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あー...何かドッと疲労が溜まった気がする。昔の前原仁も中々やらかしてくれる。俺の心労を考えて行動してくれ。しかもあんな可愛い女の子を泣かせるなんてどうかしてるぜ!


トボトボと俺は我が家へと向かう。幸いにも家を出てからそれほど歩いてはいなかったので、すぐに着くことができた。

この見慣れた二階建ての一軒家を見ると何処と無く安心感を覚える。実家って素晴らしい。


「ただいま〜...」


ついさっき「行ってきます!」って駆け出したのに、数十分後にまた舞い戻ってくるとは思わなかったぜ...。

家族のみんなは各々仕事や学校に既に向かったようだ。


「...なんか食べよ」


腹が減っては何とやら。

気分が落ち込んだ時は何かをお腹いっぱい食べるに限る。ストレス発散を目的に食事をする人も少なくはないと思うのだ。

確か、キッチン棚にカップラーメンを幾つか買い置きしておいたはず。今から何か作るのも億劫だし、即席インスタント食品で十分だろう。


いつも通り靴をきちんと揃えた俺はリビングへと向かう。


「〜〜♪」


すると、僅かに開いていたリビングのドアの隙間から軽快な音楽と楽しげな人々の笑い声が聞こえている事にふと気付いた。


ん?これは...テレビか?母さん、付けっ放しにして家を出ちゃったかな。

それとも誰かいるのか?


学校をサボるという少しばかりの悪事に現在進行形で手を染めている俺は、その後ろめたさもありそーっと抜き足差し足でドアへと近付く。

もし誰かがいて、それが心愛なら多分咎められる事はないと思う。あの子俺にベッタリだからな!

でも母さんや姉さんならもしかしたら少し叱られるかもしれない。いや、俺は中学校は殆ど行ってなかったみたいだし今更なのかな?...う〜ん、判断はつかないけど、とにかく用心する事に越した事はないと思う。


そう我ながら子供染みた事を脳内で思考する。今世では高校生の俺だが、前世では20歳の大人だ。この歳になって母親に叱られるのは勘弁してほしいのである。


いや、待てよ。しかし母さんや姉さんは、可愛くて美人な女性。...そんな人達に叱られるのは御褒美とも思えなくもないんじゃないか?


....やめておこう。疲れているからか思想が危険な方へ向かっている気がする。自重することにしよう。



さてさて、誰かいるんですか〜....。


仕切り直した俺は音を立てないよう慎重にドアを押し開き、中を覗き見る。

願わくば誰もいませんように。



そこには、


「もむもむ....んぐ」


録画されたバラエティ番組名が放送されるテレビの正面に位置するソファに座りながら、朝ご飯のサンドイッチを頬張っている姉の茄林がいた。


「...姉さん」


口に出すつもりはなかったのについ漏れ出てしまった。

まずい、聞こえたかも知れない。


「むぐ?」


案の定、俺の意図せず発した独り言が聞こえた様子の姉さんが頬をハムスターのように膨らませたまま此方に振り返った。


あ〜...姉さんに声を掛けるつもりはなかったのに。誰かいるかどうか確認したらすぐ自室に籠る気だったのになあ。


「....ッ!ひん!」


俺を見て一瞬固まる姉さんであったが、直ぐに表情を驚愕へと変化させるとそう叫んだ。....うん、「仁!!」かな?口いっぱいにサンドイッチが詰まってるから声を言葉に昇華できてないよ姉さん。


というか、姉さんはこんな豪快な食べ方をする人だったかな?家族でご飯を食べる時はいつも上品だったように思うんだけど...。少し意外だ。


「ん...んぐっ!じ、仁学校は?」


無理やり飲み込んだようだ。

今思えば、食事中の姉さんを驚かせるような行動は控えるべきだった。喉に詰まらせたら大変だからな。まあ驚かせるつもりなんてなくて、不可抗力ではあったんだけど。


「あー...えっと、体調が悪くてさ」


「....そうなんだ」


改めて問われてバツが悪くなった俺は目を背けながらそう答えた。

昔の俺が女の子を泣かせていた事に落ち込んで学校サボりました、なんて言える訳ない。


内心の葛藤を誤魔化すように俺は話を姉さんに振る。


「姉さんこそ、大学は?」


「私は今日昼からの講義だからね。まだ行かなくても大丈夫」


「そっか」


そういう事だったのか。確かに大学はその辺ある程度融通が利くからな。姉さんがこの時間に家にまだいるのも納得できるというもの。


「...あー、じゃあ僕寝るから」


これ以上姉さんと話すのが少し気まずい。

そんな事を思った俺は、そう言い残して二階へ向かおうとした。



「...ちょっと待って仁」



だが、踵を返す俺を姉さんがその一言で引き止める。

どうしたんだろうか?俺はもう直ぐにでも寝て、取り敢えず色々と一時的に考えないようにしたい。しかし、大好きな姉さんを無視する訳にはいかない。


「どうしたの?」


俺は努めて笑顔を作る。昔中川慎二の一件で姉さんに八つ当たりして素っ気ない態度を取ってしまった事があるので、もうあんなヘマはしたくないのだ。俺の周りの女の子には、常に笑顔で接する。それが出来る男だ!


そう心の中で少しカッコつけてる俺を姉さんはジッと見つめる。

...何か品定めされてるみたいで落ち着かない。


それからしばしの時間を置いた後、姉さんが口を開いた。



「仁、何かあった?体調が悪いって本当?」



....。


えっ?

なぜ分かった?俺ってそんなに分かりやすいのか?もしかしたら顔に出ていたのかもしれない。


そう問いかけてくる姉さんだが、その顔は何かを確信しているようで俺に言い逃れは許さない事を言外に告げている。要は、疑問の形などただの建前で何かあった事は既に分かっているのだろう。


「...え、えっと」


思わぬ姉さんからの言葉に少したじろいでしまう。内心をいきなり言い当てられたら人はこうなってしまうのだ。


「....もう。ちょっとこっちおいで」


「わ、わかった」


そんな俺に、まるで世話が焼ける弟を見るような優しげな笑顔で手の平を上下に振る。俗に言う「おいでおいで」の仕草だ。

...というか、「まるで」って言っちゃったけどまんまその状況だった。


「はい、ここに座る」


姉さんが、自らが座るソファをポンポンと叩く。促されるまま隣に腰掛けた。


「体調は大丈夫なんでしょ?」


困ったように微笑みかけてくる。

...単刀直入だな。やはり見抜かれているようだ。あの少しの時間で看破されるとは鋭すぎやしないだろうか。


「...なんで分かったの?」


「そりゃ分かるよ。私は仁の姉だよ?」


ここで惚けても意味などないので観念して正直に問うと、姉さんは当たり前のような顔をしてそう言った。

姉だったら弟の事は全部分かるってこと?もしそうだとしたら姉強すぎる。


姉さんは言葉を続ける。


「何があったかは言いたくないんでしょ?」


...この人の微笑みは何故こんなに暖かく感じるんだろう。自分の全てを許して、受け入れて、包み込んでるような。うららかな春の優しい陽光みたいだ。


「...うん、ごめんね」


姉さんはもちろん他の女の子達にも、俺が過去に1人の女子を深く傷付けていた事なんて知られたくない。失望されたり糾弾されたりすることはないと思うが、それでも嫌なものは嫌なのだ。


「ううん、いいよ。じゃあ、はい」


姉さんは意外にもあっさりと承諾してくれ、その後自らの肌がきめ細やかな太ももをポンポンと叩いた。


「...?えっと」


「膝枕だよ、膝枕」


よく意味が分からなく困惑した反応をすると、すぐに答えが返ってきた。


膝枕、だと?こんな美人なお姉さんに?いいんですか?

そういえば前世と今世合わせても膝枕は初めての経験だ。初めてがこんな素敵な女性とか自分いいんですか?

でも何故急に膝枕?よく分からないけど、据え膳食わぬは男の恥。此処は遠慮しないぞ。


「...じゃあ、お願いします」


「うん、どうぞ」


控えめにそう言いながら姉さんの顔色を窺ってみると、気のせいか頬が赤くなっているようだ。

...照れてる?自分から振ったというのに。可愛いな。


「よいしょっと」


おじさんみたいな声を出しながら俺は張りがありすべすべの太ももに頭を乗せる。今姉さんはとてもラフな格好でショートパンツを履いているため、生だ。なんて幸せなんだろう?生きててよかった。


「どう?」


「とても気持ちいいよ」


「...それはよかった」


そんな会話を交わした後、俺たちは数分ほど無言になった。別に気まずくなったというわけではなく、この瞬間をよく堪能したくて俺が目を瞑ったからだ。

膝枕っていうのは中々良いものだな。なんて言うか、とても落ち着く。


「...ねぇ仁」


すると、姉さんが俺の髪を優しく撫でながら話しかけてきた。


「どうしたの?」


「仁はさ、男だからしょうがないと思うんだけど。女としては、姉としてはもう少し私に甘えて欲しいなって思うの」


尚も俺の髪をサラサラと梳かしながら願いを伝えてくれる。

「甘える」か....。そりゃ俺だって人間だし、急に人肌が恋しくなって誰かに甘えたくなる時くらい偶にある。しかし俺はハーレムを作るのであり、甘えてばかりではそれは成し得ない。それに本当に甘えていいものか判断がつかない事もある。普段の俺とのギャップがありすぎて引かれるんじゃないかとか色々考えてしまうのだ。


「あー...甘えたくなる時はあるんだけど、つい遠慮しちゃうんだよね」


下から姉さんの顔を見上げながら答える。...下から見ても美人だな。


「遠慮、ね....」


姉さんは少し悲しげにそう呟いた後、こう言った。


「仁、遠慮なんかしなくていいんだよ。いつ寄りかかって来てもいいし、いつ甘えて来てもいい。私はそれを全部快く抱き留めてあげる。仁のお願いならなんだって叶えてあげる。だって私は仁のお姉ちゃんなんだから」



......あ。


これ...どこかで。このフレーズ、聞いたことがある。

何処で.....。



『謝ることなんてないんだぞ?俺の可愛い妹のためにする事で、迷惑なことなんて一つもないんだから。俺はお前のお兄ちゃんだぞ?もっと甘えろ』



『俺はな、ののちゃん。心愛の事可愛くて良い妹だと思ってる。それと同時に、ののちゃんと愛菜ちゃんの事も本当の妹のように思ってるんだ。ののちゃんは俺の可愛い妹だ。だから遠慮することなんてないぞ。心愛みたいにいっぱいいっぱい甘えてきていいんだ。俺は君のお兄ちゃんなんだから』



あぁ....俺だ。

俺が妹達に言ったこととよく似ている。

やっと思い出した。


なるほど、兄と妹、姉と弟。

確かに同じだ。


「今の仁、辛そうな顔してる。そんな弟放っておけるわけないでしょ?」


...これが、姉か。安心感と安定感を強く感じる。

もしかしたら妹達から見た俺もこんな感じだったのかな。もしそうならとても嬉しい。


「...ありがとう、姉さん」


「どういたしまして」


心の底からお礼を言った。





それから姉さんと色々な話をした。

俺はまだ姉さんのこと全然分かってなかった、と再確認させられたな。

ハーレムを作るのだとしても、もっと女の子1人1人に目をきちんと向けていなければいけない。俺はただたくさんの女の子に囲われたいのではなく、たくさんの女の子を愛し愛されたいのだ!



「へぇ〜そんな友達がいるんだね。今度紹介してよ」


「え〜...その子大分変態だけど大丈夫?」


「全然いいよ」


「...う〜ん」


尚も会話を続ける姉さんと俺だったのだが、次の瞬間乱入者が。



「ドタンッ!!ガチャ!」



ん?

玄関のドアが開くかなり大きな音が聞こえた。

誰か帰ってきた?


と俺が考えたその刹那。


「大変!!!大変だよ!!ジンちゃんが学校に来ていないって先生から連絡が!!ど、どうしよう!?」


リビングのドアを蹴破って母さんが転がり込んできた。仕事じゃなかったの?

ていうか学校?連絡?


......。


「「あっ」」


姉さんと俺の声がハモった。

会話に興じてしまいすっかり忘却していた。

急いでスマホを確認してみると、学校や莉央ちゃん、美沙、母さんなど多種多様な人から連絡が山のように入っていた。





これは....しくじったな。

すみませんでした。


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