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過去編後半 星宮真紀

そして今、並び歩く隣で親友(ヒナ)が前原仁の事が好きだと言う。頬を赤く染め恥ずかしそうに告げる彼女の姿からは冗談を言っているようには見えない。


...正直に、正直に言うとあまり嬉しい気持ちになれない。本来なら親友が恋をしているのだ、それは応援するべき事なんだろう。なんだろうけど...相手があの前原仁だと話が別だ。仮にこの恋が成功したとして、ヒナは幸せになる事はできるのか?答えは否だ。とてもじゃないが私はこの件について歓迎できそうにない。


「えへへ...」


...それなのに、幸せそうに笑うこの子の笑顔を壊したくない気持ちの方が強くなってしまう。ここで「前原仁の性格は最悪。やめておいたほうがいい」そう言うのは簡単だけど、それは私がこの子の希望を砕く事と同義だ。それは野暮というものなのだろうか。いや、しかし.....。


.......。

よし、とりあえずこの事について後押しするかしないかはまず話を聞いてからにしよう。もしヒナが、顔だけで前原仁の事が好きだと言うんなら申し訳ないがその時は全力で阻止させてもらう。でもそうじゃないんなら...不本意だけど応援しよう。


「前原のどんな所が好きなんだ?」


こういう事は遠廻しよりド直球に聞いたほうが良い。私は単刀直入にそう聞いてみた。


「い、いきなりだね...」


「ああ」


「...うーん、そうだね。やっぱり優しい所、かな?」



........。


.......?

今、ヒナはなんて言った?優しい所?優しい所と言ったのか?

いやそれは、おかしくないか?「優しい」なんて前原とは1番縁のない言葉だろう。この2つが関わり合う事なんてあり得ない。

もしかしてヒナは人違いをしているのか?うん、そうに違いない。恐らく勘違いをしているのだろう。

そうだといけないから、一応前原の特徴を上げて確認してみよう。


「な、なあヒナ。その人ってさ、髪は全体的に黒くて?」


「うん、でも先っぽだけは銀色で!」


「か、顔は?」


「無茶苦茶美形!俳優なんて目じゃないくらい!」


「身長は...」


「私より少し高いかなー」


「....学年は」


「いっしょ!」


....これ前原仁だわ。間違いない。ヒナは人違いなんてしていなかったみたいだ。

いや納得できない。前原の事をきちんと認識しているのにどうして優しいなんて発想ができる?おかしいだろう。

....聞いてみるか、うん。


「ち、ちなみに何処が優しいのか聞いてもいいか?」


「...マキちゃん、前原くんが優しい事を信じられないんでしょ?」


聞いてみたのだが、ヒナがジト目で少し前かがみなり顔を近付けてそう言ってきた。心なしか少しムッとしているようだ。


「ッ!?」


うっ...!なぜバレた?

まずい怒らせてしまったかもしれない。なんとか言い訳を....。


「まあ、それも仕方ないよね。みんなのイメージとしては、『前原くんは顔はいいけど、性格はダメ』って感じだろうし」


焦る私だったが、スッとヒナは身を引いて少しのため息を吐きながら憂うようにそう言う。


...少し意外だった。ヒナも一応はその情報は知っていたらしい。この子ちょっと抜けてる所があるからてっきり何も知らないんだとばかり思っていたけど。

でもその事を知っていて前原の事を優しいと言い切るという事は、何かあったのかもしれない。


「ご、ごめん。じゃあ、改めてなんで前原が優しいのか聞いてもいいか?」


「うん、いいよ。1週間くらい前に前原くんが久しぶりに登校してきたの覚えてる?」


「ああ、覚えてるぞ」


実は前原と私達2人は3年生になってクラスが同じになった。そのため1週間前のあの日、学校中の女子生徒達が私達のクラスに前原を一目見ようと押し寄せたのだ。それを前原はとても鬱陶しそうに見ていたのだけど。


「私と前原くんって席隣同士でしょ?」


「そういえばそうだな」


確か窓側の1番後ろが前原で、その隣がヒナだったはず。


「それでね、実は1週間前のあの日私1限目の数学の教科書忘れちゃったんだ」


「えっ!?そうだったのか?でも数学の種村って...」


「そう、種村先生って教科書忘れた生徒にとっても厳しいでしょ?他のクラスはその日は運悪く数学の授業がなくて、誰にも借りる事できなかったんだよね」


腕を組み「あれは辛かった」とウンウン頷いているヒナ。

しかし、あの日ヒナはきちんと数学の教科書を持ってきていたはずだけど...?


「それで?」


取り敢えず先を促してみる。


「あぁごめんごめん。それでね、私朝からずっとビクビクしてて、もうダメだ怒られる!って。授業の開始5分くらい前に顔を青くして席で震えてたんだけど、そこで何と隣に座ってた前原くんに話し掛けられたの!『教科書忘れたのか?』って!」


後半になるに連れて饒舌に、鼻息が荒く興奮したようにヒナは言う。

....おいおい、この話の流れはまさか。


「私ビックリしちゃって。でも前原くんの噂は聞いてたからちょっと怖かったんだよね。だから緊張しながらうんって答えたの。そしたら、『じゃあ貸してやるよ。種村のやつ男の俺が忘れたら強く言えないから、俺は大丈夫。授業もどうせ聞かないから』って言いながら教科書を差し出してくれて!」


拳を顔の前でキュッと握り締めまるで何かの演説をするかのように身振り手振りでその時の状況を説明してくれるヒナ。説明しているうちに思い出してしまったのか少し頬も赤く染まっているようだ。


しかしそんなヒナとは対照的に、私は心の中では絶賛パニック中である。


どういう事だ?それは本当に前原なのか?あり得ない、あの前原が?初対面の私をいきなり罵倒したんだぞ?そんな奴が教科書を貸してくれた?ヤバイ、訳がわからない。


「悪いと思って断ったんだけど、前原くんが『人の厚意は受け取るものだぞ?黙って貸されろ』って言いながら悪戯っぽくニヤッと笑った顔に私キュンと来ちゃって....えへへ、かっこ良かったなあ」


...訳が分からないし、到底信じられない話だ。けれど、目の前で頬に両手を当てて惚けたように微笑むこの子を見てたらそんな事はどうでもよくなってしまった。この子がこんなに嬉しそうにしてるんだ。親友の私は、この子が信じている事を信じてあげないといけないだろう。


「あと、私が消しゴム落とした時とか....。あ、それと帰りの掃除当番の時とか!」


「そっかそっか」


可愛いなあヒナは。同い年だし身長は私の方が低いけど、つい年下に見てしまう事がある。妹...とはちょっと違うな、強いて言うなら後輩?かな。


「前原くんの噂は多分間違ってるよ。だってあんなに優しいんだから!みんな誤解してると思う」


ヒナが私よりもやや豊満な胸を張って自信満々にそう言う。


...それはちょっと待て、噂は間違ってないぞ。何故ならここに実体験した私がいるからな。


「いや、本当に前原は....」


ーーーー。


そこまで言いかけて私はそれ以上言及する事を止めた。

私が実体験したのは1年前、もしかすると前原もあれから変わったのかもしれない。その可能性は大いにある。1年経てば人は十分に見違える。

...うん、よく考えてみればその可能性が高くないか?ヒナの言う前原のイメージと私が抱いていた前原のイメージとのギャップがかなりある。そう考えるのが自然というものだろう。

さらに、前原がヒナに好意を抱いているという可能性も捨てきれない。うん、こう考えたら前原の優しさにも納得できる部分があるかもしれない。

そうだ、私は何故わざわざ親友の好きな人を否定しようとしたんだろう。...もしかしたら1年前のあの事をまだ心の何処かで無意識のうちに根に持っているのかもしれない。だとしたら嫌だな、私はそんなみみっちい女にはなりたくない。


「うん?どうしたの?」


私が急に押し黙ってそんな事を考え込んでいると、そんな私を不審に思ったのかヒナが声を掛けてきた。

その言葉で私はやっと思考の海から抜け出した。


「何でもないぞ」


「そう?」


「おう。お、ヒナの惚け話聞いてたらもう家じゃん」


ふと周りを見渡せばそこは見慣れた町並みであり、我が家まですぐという場所であった。

今の今まで気付かなかった。思っていたより私も中々に夢中で話に興じてしまっていたようだ。その話が恋バナというのが信じられないんだけど。


「じゃあまたね」


「ああ、じゃあな」






そしてその日の夜の事。


「ふぃ〜」


私は年を食ったおばさんみたいな声を出しながら、お風呂上りの湿った髪をやや乱雑にタオルで拭く。母親に無理やりツインテールにされてるけど私似合わないと思うんだよな。髪の手入れとか面倒くさいし。


「ピコン」


とそんな時、高いスマホの通知音が私しかいない自室に響いた。


「えーと...」


左手で尚も髪を拭きながら、右手でスマホを操作する。いつも両手で操作しているから少しやり辛いな。

少し手間取りながらも何とか通知内容を確認する。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ヒナ:マキちゃん、私前原くんに告白してみる


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



.....えっ?


其処に記されていた文の含意を私はすぐに理解する事ができなかった。余りにも唐突過ぎたのだ。前原を好いている事を聞いたのはついさっきの事で、それから数時間しか経ってないのにもう告白を宣言される。ちょっと、頭が追いつかない。


告白って...告白か?いや、急すぎないか?こう言うのはもっとこう、段階とかあるんじゃないのか?


私は髪を拭いていたタオルをベッドに投げ捨てて、食いつくようにスマホを掴み急いで返信する。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


マキ:早くないか?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



取り敢えず疑問を呈す。そうだ、いくら何でも早過ぎる。未だ半信半疑の前原の心温まる優しいエピソードはさっき聞いたが、逆に言えばそれくらいしかヒナはあいつと交流はなかったはず。まだ前原のことはよく分かってないだろう。


「ピコン」


ヒナからの返信はすぐに来た。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ヒナ:いいの。別に告白を成功させたいわけじゃなくて、ただ気持ちを伝えたいだけだから


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



そういう事か。それなら...大丈夫なのか?


まあ、これ以上は無駄だろうしヒナにも失礼だからやめておこう。昔からヒナは変な所で頑固だから私が何か言った所で何かを変更さることはしないと思う。それに親友の決心は応援しなければ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


マキ:分かった。頑張れよ


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



私は影からそっと事の行く先を見守ろう。ヒナの選んだこの道がどこへ続こうとも私がずっと支えてあげるんだ。ヒナが喜んでいる時も悲しんでいる時も私は傍にいてやりたいよ。



その後数回ほど連絡のやり取りをして、告白をするのは次に前原が登校してきた時、という事になった。まああいつは殆ど学校に来ないし家も知らないからこういう方法しか取れないんだけどな。


しかし、どうなるんだろうか。もし、もし仮に今回の恋が成就したらヒナと前原は2人でいる事が多くなるのかもしれない。そうなったら私はどうすればいいんだ?また1人に戻るのか?

....いや、そんな事を危惧しても仕方がない。気にするのは止めておこう。





それから日々を過ごす事1週間後、ついに前原が学校に登校してきた。前回から凡そ2週間程のインターバルで、いつもよりかなり早い。あいつが登校してきたら学校中が色めき立つんだよな。特にクラスの連中。今も前原がトイレに行っている隙に、


「はぁ〜前原くんの温もりが心地良い...」「ちょ、あんたそんなことして嫌われるよ?」「もう嫌われてるから一緒だって」「それもそうか」「「はぁ〜...良い匂いがする」」


前原の椅子のちょうど尻が当たる部分を頬でスリスリしている変態2人組がいる。こいつら恥も外聞もかなぐり捨ててよくやるよ。そして何故それをクラスの女子達は羨ましそうに指を咥えて見てるんだよ。クラスにいるあと2人の男子に凄い目で見られている事に気付け。


「好きでした...好きでした...好きでした...」


ヒナはヒナで、告白の練習とか言って目を回しながら呪詛みたいに延々と何か呟いてるしこの教室前原が来たらおかしくなるな。



時はあっという間に過ぎ去り放課後になった。部活へ行く者は部活へ行き、帰宅する者は帰宅する。そんな中私とヒナは教室に残っている。そう、告白の決行は放課後に教室で、という手筈になっているのだ。前原は今自分の席に座っている。廊下には前原目当ての野次馬が集まりコンディションは良いとは言えないが。


人が集まり自然と騒めく教室、それを我関せずといった表情でスマホを弄る前原、顔を真っ赤にさせて今にも爆発してしまいそうなヒナ。


「ヒッヒッフー....、よし行ってくるマキちゃん」


...それ深呼吸じゃないけど大丈夫か?


「頑張ってこい」


「...うん!」


力強く頷いてヒナは前原の方に足を向ける。

今思えばこれがこの子の初恋なんだよな。...私の初恋も前原だったけど。まあそれは置いといて、あまり男に興味がなかったヒナが勇気を出して行動に移しているのだ。成就して欲しい。

1年前の私のように冷たくあしらわれるのではないか?という心配はある。けどここはヒナが信じる前原を私も信じる事にする。


「すーっ...ま、前原くん!」


ヒナが前原の近くまで歩きより、そう叫ぶ。

野次馬達が何事かとヒナに注目する。

...私まで緊張してきた。見てられないけど、見届けなければ。


「んあ?」


前原がスマホから視線をヒナに移す。

怪訝な顔をしているようだ。


そんな前原が目に入っているのかどうか怪しいほどヒナは緊張と羞恥で瞳を潤ませている。身体は強張りプルプルと震え、今にも倒れてしまいそうだ。

頑張れヒナ!まだ泣くな!




「私!好きです!前原くんのことが!」




目をギュッと瞑りそう絞り出す。

僅かに残っていた喧騒がその言葉と共にピタリと止む。

言った。言い切ったよあの子。なんか私まで泣きそう。


静寂がこの場を支配する。聞こえるのは僅かなヒナの息遣いの音くらいだろうか。

痛い、痛いよこの沈黙が。早く反応してくれ前原。


前原はどうやらヒナの顔をジッと見つめているようだ。その顔に映るは、困惑か驚愕か?はたまた喜悦や嫌悪か?私ではあいつの感情を推し量ることはできない。



「...1つ聞きたいんだが」


教室を満たしていた静寂はとうとう終わりを告げ、前原の声がその場に台頭する。


「...う、うん」


最悪無視されることを懸念していた私としては一安心だ。会話を切り出してくれるなんてこれもしかして脈アリってやつか?そうなのか?

予想以上の成果に少し興奮気味になってしまう私。


しかし、次の前原の言葉は予想だにしなかった。


前原はヒナを見つめながら、眉を潜めてこう言った。




「お前....誰?」




.....えっ?


「えっ?」


私の心中の声と、ヒナが思わずといった様子で出した声は全く同じものだった。


...ちょっと、ちょっと待ってくれ。聞き間違いではないのか?今『誰?』と言ったのか?

予期せぬ展開に思考回路がおかしくなりそうだ。前原はヒナの事を知らない?そんなわけあるか、席が隣なんだぞ?それに優しく接してくれたってヒナが....。


「誰って聞いてるんだけど?」


「あっ....えっと、私席が隣で...今日も授業一緒に受けたし...こ、この前教科書を前原くんから借りたこともある桜咲、です...」


「おうさきぃ?.....ああ。思い出した、お前か」


そんな私の胸中などまるで関係がなく、事態は次々とシフトする。

この状況についていけない。


前原はスマホの電源を切り机の上に乱雑に置くと、ドンっと音がするほどの強さで肘を机に乗せる。そしてその肘を軸に手で顎を支えると、



「遅えよ」



と、心底不機嫌そうに言った。


「...おそい?」


ヒナがよく分からないという風にその言葉を反芻する。事実私もよく分からない。何が遅い?


「告ってくるのが2週間前なら俺の勝ちだったのによ」


前原は何を言っている?話が支離滅裂すぎて全く理解が出来ない。何を考えているのか分からない。分かるとすれば、あの男は今不機嫌だということだけだ。左肘をつき、右手は規則的にトントントンと机を指で叩いている。


「どういう...こと?」


私の言葉を代弁してくれるようにヒナが問う。


「はぁ...面倒くせえけど説明してやるよ。結論から言えば、『賭け』だよ」


「賭け....」


「覚えてるか?2週間前、俺はお前に教科書を貸したり掃除を手伝ってやったりと随分親切にしてやったよなあ?」


語尾を強めて前原は威圧するように言う。


「う、うん。それで、こうやって...」


「遅えんだよ。もしあの日に俺に告ってきたら賭けは俺の勝ちだったんだよ。龍彦(たつひこ)との『俺が1日で女子を告らせることができるか』って賭けのな」


龍彦?龍彦っていうと同じクラスの男子の名前だ。

いや.....嘘だよな?冗談なんだよな?

頼む、もう止めてくれ。


「わざわざそのために手っ取り早く席が隣の奴を惚れさせようと親切にしてやったのに期待外れもいいとこだな」


「....うそ、だよね?」


「はあ?んなわけねえだろ。今頃告ってきやがって....」


イライラしたように机を叩く指の強さが増す前原。「トンットンットンッ」という妙に不快気な音が絶え間なく私の鼓膜を揺らす。


...なんだよ、これ。

夢?夢であってくれ。

こんな現実を到底認めることなんてできない。こんな現実があってはいけない。


「......」


ヒナは何も言わない、いや何も言えない。

唇をギュッと引き結び何かに堪えているようだ。その姿はあまりに弱々しくて、痛々しくて、私は思わず目を背けてしまった。見守ると決めたのに、あまりの非情さに現実から目を背けてしまったのだ。


「じゃあ俺もう帰るから」


前原は素っ気なくそう言い残して、教室からさっさと出て行ってしまった。それと同時に野次馬の女子生徒達も霧散する。中にはヒナに痛まし気な目を向ける者もいたが、どう接すればいいのか分からないようで、少し躊躇いながらもその場を去っていった。


何もかも空っぽになってしまった教室に残されたのは、ヒナと私だけ。


「......っ!」


声を掛けたい。慰めてあげたい。気にしなくていいよ、私がついてるって言ってあげたい。それなのに、声が出ない。


「...は、あはは」


私が口を噤んでいると、自嘲げにヒナが笑った。その後ろ姿は不安定で、歪で、視線を向けることを躊躇ってしまうほど。


「あはは...は、はッ.....は...。うぇ....うぇええええええええええええ....」


自嘲から啼泣(ていきゅう)へ。先程の自嘲は完全に強がりなんだとはっきりと理解させられる。

ぺたんと腰を落とし泣き噦る姿はとてもじゃないがあの元気なヒナとは思えなかった。


「....ヒナッ!」


そこで漸く私は行動に移すことができた。

ヒナに駆け寄りギュッと、強く、強く抱き締める。今は安っぽい同情や慰めの言葉なんていらない、ただ私はここにいる、私は裏切らない、そうはっきり行動で示してあげなければいけないと思った。


「うぇええ...えぇえええ....」


今この子はどんな心境?どれ程傷を負った?

この子を心配する気持ちが奥底から溢れ出る。それと同時に前原仁への怒りがそれよりさらに奥底から滲み出てくる。


「.....前原仁...」



私はお前を絶対に許さない。




しかし前原はその後学校に来ることはなく、私達はそのまま卒業した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ーーーーそして、ヒナは性格が変わってしまった。元気で明るい性格から少し控え目な性格にな。何とか少し持ち直して最近やっとまた元気になってきた所だったんだよ」


そう言ってマキさんはこの痛ましい話を締めくくった。

今の時刻は既に遅刻は確定的に明らかだ。かなり長い話だったからな。だが今はそんな事どうでもいい。


....辛い。聞いていただけで泣きそうだった。

俺がしたことじゃない、分かっている。しかし、この俺の口が彼女を傷付けた事実に変わりはないのだ。


「...今の話を聞いて何か思い出したか?」


「....いや、ダメだったよ」


「そうか。まあ私はまだ記憶喪失の件については半信半疑だけどな」


正直なところ、今の話を聞いて俺が何をするべきなのか全く分からない。

マキさんはさっき一言でいいから謝罪をして欲しいと言っていた。しかし、他人の俺が前原仁(おれ)がやらかした事に謝罪をして、それで本当にいいのか?答えが出ない。


「私としても、あれから1年が経ってるし今さら掘り返そうなんて思ってない」


「...そっか」


「...だが、謝罪だけはしてもらう。3週間後、私達が中学3年生だった時のクラスで私が幹事の同窓会をする予定だ」


....何ですと?同窓会があるのか?


「お前を招待する気はなかったけど、招待状を送っておく。そこに来い、前原。もしお前が同窓会に現れたら記憶喪失の件を信じてやってもいい」


なるほど。中学校の同窓会ということは、俺が性格が最悪だった事を知っている人ばかりが集まってくるということか。コレまでチヤホヤしてくれた周りとは180度違い、下手するとアウェイだな。...ボコボコにされない?大丈夫?


まあ、そんな事を考えてしまったが、答えなど決まっている。



「分かった。是非行かせてもらうよ」



周りのみんなを少しでも幸せにしたい目標を掲げている俺が今の現状を見過ごすわけにはいかない。過去の前原仁(おれ)の尻拭いは今の俺に任せて貰おう。


「...本当だろうな?もし来なければ、一生私達に関わるな」


そう言い残してマキさんはさっさと学校に行ってしまった。

....嫌われてるな。いや、それも納得できる話だったんだけど。



「......はぁ。学校サボろ」



今更登校する気にもなれず、俺は来た道を引き返す。

調べれば調べるほど、過去の前原仁(おれ)の悪行が出てきそうで凄く怖いな。

しかし前原仁がそれほどまでの最低野郎だったとは予想以上だ。いやさすがに中川慎二よりはマシだけども。




転生も楽じゃないな。


胸糞っぽい感じで申し訳ありません。

次回からはまた楽しい雰囲気に戻していきたいと思いますので宜しくお願い申し上げます。

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