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過去編前半 星宮真紀

私は星宮真紀(ほしみやまき)。中学3年生で、今はちょうど梅雨が明けて気温が高まる時期だ。

私は幼馴染のヒナと一緒にバレー部に所属しており、間もなく引退試合という事で日々練習に打ち込んでいる。


「「お疲れ様でした〜!」」


その日の練習を終えた私は部室で部員達と共に着替えをしていた。


「今日の練習もキツかったー!」「コーチ最近ピリピリしてるよね」「あ、それ分かる。でも先輩達もうすぐ引退試合だし仕方ないんじゃないかな」「それもそっか。...でも先輩達引退か〜。...私寂しいです先輩!!」「ちょっ、抱き着くな暑苦しい!!」「そんな!可愛い後輩からの愛を拒絶すると言うんですか!」「うん」「ひどいっ」


部活の練習直後の部員達は仲睦まじげに戯れていた。うちの中学のバレー部は先輩後輩問わず仲が良く、私はこの雰囲気がとても好きだ。分け隔てなく話せるのはとても良いことだと思う。


「ふふっみんな楽しそうだね、マキちゃん」


私の隣でちょうど制服に着替え終わった様子のヒナが微笑みながらそう言った。ヒナは本当に楽しそうで私まで笑顔になってしまいそうだ。


「...ああ、そうだな」


一度部室に首を巡らせ部員達の姿を眺めた私は一拍おいてそう返した。このメンバーと練習出来るのもあと少しだと考えてしまい少しナイーブな気持ちになってしまったのだ。




「昨日のテレビ見た?結構イケメンな男の子出てたよね〜」


「ああ見た見た。うちにいる男とは全然違うよな」


「当たり前でしょ!芸能人だよ!?」


着替えを終え学校を出た私達はいつも通り話しながら歩いて家に帰っていた。ヒナと私の家は近く、直線距離で30メートル程しか離れていないため帰る方向が同じなのだ。

私達は珍しく男についての話題が出ていた。そう、なんとヒナと私は、あまり男に執着しない女なのだ。周りの同級生は興味が出る年頃らしく話題は専ら男なんだけど。聞くところによると、私達2人は女にしては『異端』という分類にカテゴライズされているらしい。まあどうでもいいことだ。



「....でも、前原くんだけは別格だよね」



しばしの静寂の後、ヒナが夕暮れの空を遠い目でぼんやりと見やりながらそう口にした。その頬は夕暮れのせいか、はたまた別の何かのせいなのか少し赤みを帯びており、私はヒナの事が『恋する乙女』にしか見えない。


「....まさか、ヒナ、前原の事を?」


私は思わず少しの動揺を声に乗せてそう口に出していた。

単純に驚いたのだ。今まで芸能人の男について話した事は少なからずあったが、同級生の男をこんな表情で語るヒナを私は見たことがなかったからだ。


「う、うん...」


照れたようにハニカミながら答えるヒナ。

...これはちょっと予想外だ。


確かに、私が中学校に入学した当初から「前原仁」は女子達の話題を独占していた。巷では『学校には殆ど来ることがなく、登校頻度は月に一度あるかないか。この世のものとは思えない程の美形で、芸能人の男すらも霞んで見えるほど。外見は最高、ただし中身は外道』と言われていたっけな。本人を見たことがない者はその存在を疑ってしまう程の情報だが、ここで重要なのが最後の「外道」という部分だ。そう、性格が途轍もなく悪い事でも有名なのだ。コレには私もすっかり騙されたものだ。



そう、あれは1年前。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




幻の美少年の噂を聞くこと1年ほど、ちょうど中学2年生に上がった時、私はついに本人を目にする事が叶った時があった。この時私はあまりの信じられない光景にしばし口を半開きにしてしまった。

その美貌、噂に違わず。いや、噂以上。見惚れてしまうとはよく言ったもので、「見て、惚れて」しまったのだ。



「あ、あのすみません」


普段の口調は何処へやら。男となんて話した事はない私は、ついつい恐縮しながら廊下を歩く前原仁に話しかけてしまった。前原仁を遠目に眺めていた女子生徒達がざわめいたのが分かったが、己の欲求に抗うことができなかったのだ。あまり注目はされたくはなかったのだが仕方ない。


しかし、コレが不味かった。



「あ?何お前。女如きが俺に話し掛けるとか何考えてんの?迷惑だから」



ドキドキしながら前原仁の反応を窺っていた私は驚きすぎて数秒ほど呆然としてしまった。


確かに男は数が少ない。そのため、少し偉そうに振る舞う男が少なくない事は事実だ。実際中学2年生だった私でも高慢な男を何度も見掛ける事はあった。

しかしこの時の前原仁はどうだ。

偉そう?高慢?そんな生易しいものじゃない。

あの道端のゴミを見下ろすような眼差し、此方を馬鹿にするように歪ませた表情。今でも鮮明に思い出せる。


「....あ、...えっ?」


私はあまりの衝撃に次の言葉を失ってしまった。挨拶くらいはしてくれると思っていた。あわよくば少しくらいは会話してくれると思っていた。だが私を迎えたのは理不尽な罵倒。

先程までの浮かれた心とのギャップがありすぎて、感情の処理が追いつかなかった。



「....はあ。2度と俺に近づくなよ」



ワザとらしく深い溜息を吐いた前原仁は、そう言い残してその場から歩き去った。

残されたのは何が起こったのか未だに理解できておらず立ち尽くした私だけ。


周囲の前原仁の動向を見守っていた女子生徒達は、


「やっぱりああなったか」「前原くんに話し掛けたらダメだって」「彼は鑑賞してこそ価値がある」「うんうん。見て楽しむのが正しいよね」「思い出すなあ。かつての私を見ているようだよ」「「それを言うな」」


そう口々に話していた。

しかし、そんな事は全く気にならなかった。




.....冷めてしまった。


沸き立っていた心が、冷水をかけられたように急速に冷静になっていく。去って行く前原仁の背中を見てみても、何も感じない。


さっきまで前原仁に抱いていた感情は何処へ行ったのか。見惚れる?何を言っていたんだ私は。浮かれていた。....もうどうでもよくなった。


この時の私は明らかに失望していた。

当たり前だ、男になんてあまり興味がなかった私は当然前原仁が初恋だった。いや、今思えば「恋」なんて呼べるものじゃなかったかったかもしれないけど。とにかく、それが恋だと思い込んでいた私は、その恋が僅か数秒で砕け散った事に軽くない衝撃を受けていたのだ。別に前原仁に対して怒りなどの感情を持っていたわけじゃない、ただただ心に穴が空いたような喪失感を味わっていた。



その喪失感は数日経っても消える事はなかった。前原仁はあの日以来やはり学校には来ていないから見ることはないし、あんまり思い出さないようにしているのに、だ。何をしても楽しめなくなってしまった。当時それはもう意気消沈してしまったものだ。


そんな私が昼休み、教室で机に肘をついてぼーっと窓の外を眺めていた時、



「マーキちゃんっ!」



後ろから急に抱き着かれた。ふわりと香る心地よい匂いとこの明るい元気な声は....


「...ヒナ」


それが幼馴染の桜咲雛菊(おうさきひなぎく)だった。

私達が中学2年生の当時、私とヒナは特に仲が良いと言った事はなくただの少し話す友人程度の関係だった。


「お昼ご飯一緒に食べない?」


ウリウリと私の頬を人差し指でグリグリするヒナ。

....鬱陶しいな!

当時の私は心の中で叫んだ。


「...いや一人で食べるから」


何故今日に限って?いつも私は一人で、ヒナは友達と数人で食べているのに。

まあ、兎に角素っ気なく接していればそのうちヒナも何処かへ行くだろう。そもそもそんなに仲が良いわけでもないのだし。ただの家が近い幼馴染の関係なのだから。

私はそう考えたのだが、


「えー!寂しいから構ってよー!」


しかし、ヒナは喰い下がらなかった。寧ろぐいぐい胸を押し付けてくるほどだ。...結構おっきいなこいつ。


....?おかしい、ヒナはこんな性格だっただろうか?確かに明るく人懐っこい子だったけど、こんな人に甘えるような行動はしなかったはず。


「...いや、そんな気分じゃないから」


それでも私は拒絶を続けた。

この子が何故こんなに私に執着するのかは知らないけど、仲が良い子は他にもいるはず。私になんて時間を割く必要はない。


当時の私は、こんな性格のためか友達があまりいなかった。所謂1人狼というやつで、ご飯も教室移動もいつも独りだったのだ。そんな私に構っていたら、ヒナの他の友達に失礼だろうと考えたのだ。



しかしヒナは、


「...やだ」


ギュッと私を抱きしめる力を強め、そう弱々しく呟いた。それは駄々をこねる子供みたいな口調で、ヒドくらしくないなとボンヤリと思ったことを覚えている。


「...はあ?」


私はとうとうヒナの事がよく分からなくなった。

何故この子は私にしつこい程構う?何故らしくない行動ばかりをとる?一体何を考えている?

私はそんな事をぐるぐると考えた。

しかし、その答えはすぐにヒナの口から明かされた。



「...だって、マキちゃん元気なさそうだったから」



「ーーッ!」


「何があったかは聞かないよ?でも幼馴染の子が元気ない時くらい傍にいさせてよ」


少し抱きしめる力を強めながらヒナは私の肩に顔をのせた。慈しむそうな声色でそう言う彼女がとても尊いものに思えた。

ここでようやく理解したのだ。彼女がいつもより殊更明るく振舞うのは私を元気付けるためだったのだと。


「...幼馴染って。今までそんなに仲良くしてこなかっただろ」


しかし天邪鬼な私はここでも思ってもないことをつい口にしてしまうのだ。こういう所が友達が少ない所以だ。

今ではかなり緩和されたものの、中学2年生の頃の私は少し、いやかなり自分に素直であれなかった。


「仲良くしたいのに、マキちゃんが私を避けるんだよ?」


なに?それは初耳だ。というより、そんな実感がなかった。


当時の私は無意識のうちに幼馴染を避けていた。1人が好きだったということもあるけど、何より友達が多いヒナが眩しくて近寄り難かったのが大きかったと思う。


「...本当に?」


「本当に」


「それは...ごめん」


「これから私と仲良くしてくれるなら、許します」


私に密着するのをやめて、得意げに胸を張りそんな事を言っていたヒナ。彼女は今も昔も変わらずずっと優しいままだ。

この時からだろう、私がヒナと交流を持ち始めたのは。一見性格が相反するような私達なのだが、これがなかなか気が合いすぐに親友と呼べるような仲にまで発展した。彼女との仲が進行するにつれて私の心に巣食っていた喪失感は徐々に消えていき、前原仁のことなんてすぐに忘れることができた。


この事もあり、私はヒナにとても感謝しているのだ。


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