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単閑話 とある女教師

「いってきます」


私はマンションで一人暮らしをしており、今日も誰もいない空間へ言葉を飛ばしながら部屋を出る。


カタンカタン

とヒールで金属製の階段を鳴らす。


階段を降りつつ忘れ物がないか今一度カバンの中身をチェック。

忘れ物はなし。


「...よし、いきますか」


その言葉で自分を奮起させ、今日も私は職場へと向かう。

私は春蘭高校という高校で教師をしている。3年目のまだまだ新人であり、忙しくも充実した日々を送っている。


春蘭高校までは徒歩20分ほどだ。

私は歩きながら最近の悩み事について呻吟(しんぎん)する。


私だって20年以上生きており、これまでも悩み事なんて幾度となく抱えてきたし、それらを全て解決してきた。

それでも今回の悩み事はちょっと重いと思う。4月の初め頃からずっと私は悩まされているのだ。


その悩みの種とは、1年1組の生徒、前原仁くんである。

私は2年生の担任を受け持っているため交流はないけれど、彼は私を悩ませる。






その発端は、ある日の放課後私が大量の資料を資料室に運んでいる時のこと。

私の視界を遮る程の膨大な量のダンボール箱。


うぅ...何回かに分けて運べば良かった。早く済ませたくて欲張っちゃったなあ。


私は後悔していた。フラフラしながら積み重ねたダンボール箱を上手くバランスをとりながら運ぶ。

誰かに手伝って欲しいけれど、今は放課後で校舎はガランとしており人の気配はない。

資料室まではまだ遠く、いつもより長く感じるその距離に辟易としてしまう。


苦しい時ほど現実逃避をしてしまうもので。私はとりあえず楽しい事を思い浮かべる事にした。


最近あった楽しい事と言えば....そう、あの男の子を見かけたことかな。


とある男の子が校内で話題になっていたのだ。

それが前原仁くん。神が遣わした天使のような容姿をしている男の子だ。教師として、生徒に邪な感情を抱くのは如何なものだろうとは思うものの、あれは反則だろう。


私は初めて目にした時なんか色々と体から飛び出そうだったよ。何かは分からないけど色々。それくらいの衝撃を受けた。


しかも前原くんはとても気遣いができる優しい子なんだよね。この前、ちょうど今の私のようにたくさんの荷物を持った女の子がいたんだけど、それを見た前原くんが荷物を半分、いや半分以上持ってあげてたのを見かけた時は目が丸くなったね。まるで2次元の男の子みたいだった。

はぁ...今私はしんどいよ前原くん。

助けて。


私は20歳超えて何言ってんだって自分で自分に言ってしまった。

そんな週間少女漫画「ドキドキ!カタストロフ☆」みたいな展開があるわけないのに。それでも願ってしまう。

女の子だもん!


「....はぁ」


自分の心の中の思考に嫌気がさす。気持ち悪すぎる。


「前原く〜ん....」


別に返事を期待したわけではない。心の中で思い浮かべ続けた結果溢れてキャパオーバーを起こし、自然と口から外へ想いが漏れ出てしまったのだ。


なのに、




「はい?」




返事なんてあるはずがなかったのに。


私の声ではない、誰かの声が。

私しかいないはずの廊下に、こだまする。



「えっ」


ギギギ

と、久しく油を差していないロボットみたいな窮屈な動きで私は首だけを後方に回す。


「あ、あはは」


そこにいたのは、

困ったように笑う前原仁その人である。


「ま、前原くん...」


掠れた声で、これが現実でないことを願いながら呟く。


「なんか、すいません」


前原くんは申し訳なさそうに謝ってくる。


「え、あ、いや前原くんは悪くないんだよ?ごめんね!」


前原くんの気持ちを考えずに一瞬自己保身が頭をよぎった事に少々の罪悪感を覚えつつ私はそう言った。


「えーと、僕運びますよ?先生大変そうにしてましたよね?こう見えて力があるんです任せてください!」


前原くんは今の私たちの間に流れる妙な雰囲気を払拭してくれようとしたのか、殊更明るい口調で願っても無い提案をしてくれた。


「い、いいの?」


「はいっ」


...可愛いなあ。

私は前原くんに少しダンボール箱を分けながらそんな事をしみじみと実感する。


「助かるよ、ありがとう。そういえば前原くんはなんで校舎に?」


単純に疑問を覚える純粋な気持ちと、前原くんと少しでもお喋りしたいという不純な気持ちでそう尋ねた。


「実は弓道場から更衣室に行くショートカットでいつも校舎を横切ってまして。忘れ物しちゃって取りに行く途中だったんですよ。えへへ」


前原くんは照れ臭そうに言う。


垂らし込まれそうなんだけど?

あ、相手は生徒なんだからダメだよ私!


「そ、そうだったんだ」


動揺を隠しきれないまでもなんとかそう返す。



「はい!それに先生みたいに可愛い人が大変そうにしてるのに見て見ぬ振りなんてできませんから!」


...耐えろ私。

私は教師だよ。


「そ、それに僕自身が先生と話したかったっていうのもありますし....」



...あぁ。

もうダメだ。

この子の魅力から逃れられる気がしないよ。






それからだろう。

私は一教師としてあろうことか、生徒に好意を寄せてしまったのだ。

これが私の大きな悩み事である。


彼は私をその一挙手一投足で惑わすのだ。

廊下ですれ違った時に元気良くしてくれる挨拶が、その時に見せる彼の笑顔が、まるで麻薬のように心を満たし私は堕ちていくのだ。


彼に見つめられるだけで、私の脆い自制心なんていとも簡単に壊されてしまう。甘い蜜に吸い寄せられる蟻のように、暗い夜道にて電灯に群がる蛾のように、私は前原くんに惹かれてしまうのだ。それはどうしようもないことで、抗うことなんて不可能なのだ。


今の所私の気持ちは誰にも伝えてはいないけれど、いずれ誰かにバレてしまう可能性がある。そうなれば懲戒処分は免れないだろう。だから、前原くんへの気持ちは捨てなければいけないのだ。

よし、頑張るぞ。


そんなことを考えているといつの間にか校門の前に着いていた。


「おはようございまーす」


「おはよう」


生徒たちも登校してきており、挨拶を交わす。


うん、これだよこれ。

やっぱり教師と生徒ってのはこうじゃなきゃね!



「先生」


私がウンウンと頷いていると、後ろから声がかかる。


「うん?」


私は何か予感めいたものを感じながらも、自然を装い振り返る。



「おはようございます」



そこにいたのは予感通り、麻薬のような中毒性を感じさせる魅惑の笑顔を浮かべた前原くん。


...ダメなのに。

私は教師なのに。

やっぱりどうしようもなく惹かれてしまう。



この子からは逃げられない。

そう私の本能が確信している。


教師が生徒に好意を抱くことが許されるとするならば、生徒が学校を卒業してからだろうか。あと3年近くある。


私耐えられるかな。

ううん耐えてみせる。

そして、その時に前原くんに告白するんだ。

それまで、どうかこの気持ちは仕舞ったままで。


校舎の入り口へと向かう前原くんの背を見つめながら私は決意を固めた。


生温い風が頬を撫でる。

それはまるで私を挑発しているようで。


絶対絶対!

耐えてみせるんだからね!!!

それまであなたの魅力には屈しないぞ!


ビシっと前原くんの背中を指差しながら私は心の中で宣戦布告する。



ふっ...勝負だよ前原くん!!

私負けないから!!








...あっ、人に指差しちゃいけませんってお婆ちゃんに言われたんだった!




そういえば、なろう専用のtwitterアカウントとか作った方が良いんですかね?

皆さん作られてるのでしょうか....

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