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私のお兄ちゃん

心愛ちゃん視点です。短いです


 時はその日の朝まで遡る。


 私、前原心愛は朝学校に着くとまず親友の速水愛菜、早乙女ののとの3人━━━通称チビ三人衆で他愛もない会話で盛り上がる。それが日常の一コマだ。先生の愚痴でも、通学路にいつもいる野良猫の話でも、話題は何でも良い。


 そんな私たちの最近の話題といえば、そう、私の自慢の兄である前原仁があげられるだろうか。記憶をなくす前のお兄ちゃんは、凄くカッコ良いとは思っていたのだけどそもそも接点が殆どなく、話題にあげるような事件もなかったのだ。

 しかし。記憶をなくしてからのお兄ちゃんは正に大天使。世界の宝。結婚して下さい。と叫びたくなる程破竹の勢いで、私達家族の心を鷲掴みにしてくるのだ。家に帰るのが楽しみで仕方がないのだ。


 そして今日も私はお兄ちゃんの武勇伝について聞かせる。朝のホームルームまであと数分しかないため急いで話題を詰め込むのだ。


「それでね、お兄ちゃんの作ってくれたハンバーグがすごく美味しくて!あと……」


「ゆ、心愛ちゃん」


「ん?どうしたの愛菜ちゃん」


 すると、チビ三人衆の1人、愛菜ちゃんが申し訳なさそうにおずおずと喋りかけてくる。時間があまりないというのに、何だろう。


「前から思ってたっすけど、そのお兄ちゃんって実在してるっすか?私はてっきり妄想の類かと思ってたんすけど……」


 なん……だと!?


 頭のてっぺんからつま先まで、雷が一直線に駆け抜ける衝撃を感じる。漫画でよくある表現の『ピシャア!!』ってやつだ。まさかこの反応を現実でやるとは。


「ち、違うよ!お兄ちゃんはちゃんといるよ!優しくてかっこよくてすごいんだからね!」


 私が毎日お兄ちゃんの偉業をこれだけ聞かせているのに、その全てを妄想の類いだと片付けられていたとは思わなかった。これは友情崩壊の危機だ。信頼の揺らぎだ。


「それだよ〜。お兄さん、すごく優しくて、すごく美形なんでしょ?」


 チビ三人衆のもう1人、ののちゃんが言う。相変わらずのアホ毛をぴょこぴょこさせて、一体どうなっているのだろう。彼女は髪の毛を自在に操る能力を持っているのだろうか。


「うん!もう、ほんっとうに大好き!」


 チビ三人衆の最後の1人、心愛こと私が叫ぶ。お兄ちゃんは本来ならば存在が禁忌とされるレベルの男性だと言える。存在するだけで、危険なのだ。主に私達女の欲望が。


「ね、ねぇ?」


「はいっす。とても信じられないっすね」


 しかし、これだけ愛を叫ぼうとも、この2人には届いていないようだ。ののちゃんは気まずげに、愛菜ちゃんは鼻をふんすと鳴らし、どちらも私の話が虚言なのだと言いたげである。


 むっ!さすがの私だってカチンとくる。そらお兄ちゃんが余りにも天使すぎて信じられない気持ちも分かるけど、いくら親友と言えどここまで否定されちゃ私も黙っていられないよね。



「じゃあ今日私の家に遊びに来たらいいじゃん!私の優しいお兄ちゃんなら、女が家に来たって優しく対応してくれるに決まってるもん!」


 そう、勢いに任せて啖呵を切ってしまった。


* * *



「っていうことがあったんだけど……」


 歯切れが悪くなったものの、私は事のあらましを説明し終えた。お兄ちゃんはうんうんと頻りに頷いていたようだ。愛菜ちゃんやののちゃんはお兄ちゃんが持ってきてくれたポテトチップスをパリパリとハイペースで摘んでいた。気楽なものだ。


 ……うぅ。

 さすがに怒るかな?いくら優しいお兄ちゃんとは言え。ようするに、いきなり女の子の友達を連れてきて、その子達に優しいところを見せて!って言ってるってことだからね。普通の男ならキレる案件だよ。恐らく、記憶をなくす前のお兄ちゃんにこんな頼み事をしようものなら、極寒の様な眼差しで睨みつけられるか、小突かれるんだろうなぁ。


 男は、こうした身内に自慢のだし(・・)に使われることを酷く嫌う傾向がある。プライドの高さが起因しているのか、理由は分からないけど。だから、優しくなったお兄ちゃんとは言え、こんな頼み事はしたくなかったのだ。


 今の心地よい距離感を壊したくない。今お兄ちゃんに冷たくされると泣いてしまうかもしれない。1度温かさを知ってしまえば、もう前の関係になど戻れないのだ。


「ご、ごめんね?勝手に……迷惑かけて……で、でも私優しいお兄ちゃんのことを信じてくれなかったのが悔しくて!」


「心愛」


「っ!う、うん」


 お兄ちゃんに名前を呼ばれて肩を大きく震わせてしまった。何を言われるのか、酷く恐ろしい。私は気を張りつめて次の言葉を待つ。


 そして、お兄ちゃんはゆっくりと手を伸ばしてきて━━━━


 な、殴られる!?


 私は迫り来る衝撃に備え、ギュッと強く目を瞑ったのだが、感じたのは優しく暖かい感触だった。



「……ほぇ?」



 ……殴られない?前のお兄ちゃんならば間違いなく私は殴られていたはずだ。本当に最近のお兄ちゃんは前とは全然違う。予想と違う結果に惚けた声が漏れてしまった。


「謝ることなんてないんだぞ?俺の可愛い妹のためにする事で、迷惑なことなんて一つもないんだから。俺はお前のお兄ちゃんだぞ?もっと甘えろ」


 そう柔らかに笑いかけながら頭を撫でてくれる。髪越しに伝わる手の感触が心地好く、自ら頭を擦りつけたい衝動に駆られてしまう。それは撫でるのが単純に上手いのか、はたまたお兄ちゃんにそうさせる魅力があるのか。


「……」


 お兄ちゃんは時々、何故か一人称が『僕』から『俺』に変わる。口調が砕けた感じになるし、ほんの少し表情も柔らかくなっているだろうか?私は『俺』の時のお兄ちゃんがどちらかと言うと好きだ。これは勘なんだけど、『俺』のお兄ちゃんが本当の姿なんだろうなと思う。勘だけど、確信に近いと言い切っていい。だから、私は『俺』のお兄ちゃんが好きなのだ。


 ……お兄ちゃんのナデナデ、気持ちいい〜。至福の時間とはまさにこの事。


 私が存分に堪能していると、愛菜ちゃんとののちゃんが固まっているのが見える。

 散々疑っちゃって!

 ふふん、どう?私のお兄ちゃんは?疑った罰としてもう暫くそこで見学していればいいのだ。そうすれば少しは反省するだろう。


「ふへへ」


 撫でる手を押し上げて、私に向けている端正な顔に視線を送り返す。


 いつも笑顔で、いつも優しくて、いつもかっこよくて、そして時々素を出してくれて甘やかしてくれるお兄ちゃんが、私は大好きなのだ。


 私のお兄ちゃんは世界一のお兄ちゃんだ。世界中を探してもこんな男の人は見つからないだろう。それくらい、素敵な人だ。




 私の将来の夢は、お兄ちゃんと結婚することですっ!





 なんちゃって。


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