表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/124

姉の想い

お姉ちゃん視点ですね

 私、前原茄林は朝食の食パンを齧る。母さんや心愛も近所のスーパーで買ってきた安いイチゴジャムを塗りながら朝の会話を楽しむ。これはいつも通りの光景。


 しかし、何やら弟の仁の様子がおかしい。昨晩私が気になる人ができたと家族に伝えた時からだ。軽い気持ちの発言だったのだけど、言葉足らずだったのは否めない。別に私は男性として中川君が気になっているのではなく、人間としてただ興味深い、面白い人がいると話題に挙げたかっただけなのだ。

 しかしそんな私の浅慮のせいで、仁は昨晩気落ちしているようだった。かと思えば一転して気を吹き返して、相変わらずよく分からない子だ。


 また1晩たった今朝にはやけにしつこく中川君について聞いてくる。彼の人柄について知っているのか、住所は何処なのか、彼のどの部分が気になっているのか、その他諸々、とにかく色々だ。そんなおかしな仁は食パンを齧りながら頻りにそわそわと貧乏揺すりをしている。お行儀悪いからやめなさいとは一応注意しておいたけど。

 兎に角、私はそんな仁に言い様のない違和感を感じていた。さらに、今日いつもより早い時間に家を出るという。

 これは怪しい。怪しすぎる。何か企んでいるに違いない。幸い、今日の授業は昼からだ。私は、こっそり仁の後を付けてみることにした。


 仁は『いってきます!』と溌剌(はつらつ)に家を出た。私もコソコソとすぐ後に家を出て尾行する。そのまま真っ直ぐに学校に行くのかと思えば、方向が違う。私はますます疑いを強めた。



 しばらく後をつけていると、仁はある家の前の電柱の陰に隠れて、その家のドアの方を注視し始めた。何故か途中に寄ったコンビニで買ったであろう、パンと牛乳?のようなものをおもむろに食べ始める。


「……何してんのあの子は」


 いや本当に何してるの?

 学校サボってどんな悪事を働いているのかと思えば何電柱の裏で2度目の朝食とってるの?


 弟の奇行に戦慄しながら待つこと数分、件の家のドアがやや乱雑に開き、そこから出てきたのは大柄な男だった。見覚えがあるような……って。


「(……中川くん!?)」


 ここは彼の家だったの?意外と近場に……じゃなくて。仁が何故中川君の家に?


 仁はそのまま外出した中川君を尾行するようで、コソコソと滑稽な動きで彼の後に続いていく。

 ……全く目的が見えない。学校をサボってまでこんな行動を起こす理由は?その先の終着点は?


 そんな答えの出ない問いを脳内でつらつら考えていると、仁が一瞬こちらをチラッと見た気がした。


「(……っ!)」


 尾行がバレてしまったのかと肩が大きく震えたが、仁は何事も無かったかのようにそのまま中川君の尾行を再開した。どうやら気づかれてなかったみたいだ。

 よし、こうなったらダブル尾行だ。中川君をつけている仁をつけてやる。……ほんの少しだけワクワク。


 その後も似非探偵ごっこは続き、何故か途中で中川君と同じ学科の細山くんも合流し、シャッター通りに来た。こんなところになんの用事だろうか?どこかへの近道?


 そうして目を凝らして中川君と仁の動向を観察していると、中川君と細山君が細い路地に入っていった。そして、仁もその後を追い少し曲がり角で顔だけ路地に出し、中を伺っていたみたいだが、次の瞬間勢いよく飛び出して行った。


 ……なんだろう?


 私は恐る恐る路地の曲がり角まで行き、そっと顔だけ出す。すると、どうやら仁と中川君が会話しているようだ。



「ぼ、僕の名前は、前原仁。前原茄林の弟だ!」


「前原だあ?……あぁ、いつだったかイラついてたから怒鳴り散らしたかった時に、女共に囲まれてた奴がいたから、気まぐれに怒鳴って助けてやった女の名前が確かそんな感じだったな。最近妙に話しかけてきやがる。顔も悪くない」


「そ、そうだ。姉さんはお前のことを気に入ってた。だから、そんなカツアゲみたいなことはやめろ!姉さんが悲しむだろ!」





 ……えっ?なんて?


 前半の私の話をしているのは分かった、だけどカツアゲって?誰が?中川君が?よく見れば細山君はいなくなってるし、いや、でもまさか。そんなこと……。


 混乱している間にもついていけない私を置いて会話は続く。



「……ぶ、ぶは!うぜーその正義感。だが、残念。俺は近々あの女を犯すつもりぞ。あの顔を歪ませながらやるのは嘸かし気持ちいいんだろうなぁ。さんざん苛め抜いた後に、あっさりと捨ててやるよ。俺は男だからなぁ、女に不自由はしないんだよ。お前の姉貴を捨てた後はまた違う女で遊ぶだけだ」


「ね、姉さんにお前の本性をばらす!そしたら、もう悪さできないぞ!」


「どうせ、俺に嫉妬した弟の下らないでまかせだと一蹴されて終わりだよ」


「……お、お前なんかに姉さんはあげない!うぉおお」



 中川君は何を言っているんだろう?


 犯す?捨てる?

 そんな人だったの?なんで?これが本性ってことなの?私が呆然としていると、仁が中川君に向かって走って行った。


 だ、だめ仁!


 私が声を出す間もなく、仁は中川君に胸ぐらを掴まれて宙にぶら下げられた。体格差は歴然、身体能力じゃ差がありすぎる。無謀だ。


 じ、仁!!


 これ以上はダメだ、容認出来ない。中川君にはまた話を聞くとして今は仁が危ない。

 私が飛び出そうとすると、



「あーうぜーこれだからガキは嫌いなんだ」


「は、離せ!」


「あぁ……離してやるよ。おら、よぉ!!」



『ゴッ!』


 肉と骨が乱暴にぶつかり合う、不快で、気持ち悪い音を出しながら、中川君が仁を殴り飛ばした。大きいものが小さいものを殴る。残酷で、非情で、時が止まったような気がした。


 ……えっ?

 私はその光景を、どこか世界の遠い場所で行われていることをリアルタイムの映像で見せられているような不思議な感覚で見ていた。


「うぇ……」


「二度と口ごたえできねぇようにしてやるよ。今からお前をボコるけどよぉ、周りの奴らに何があったか聞かれても、絶対俺の名前出すんじゃねぇぞ?もし言ったら、殺すぞ?」


「おらぁ!まだまだいくぞ!」


 『ドゴッ!バキッ!』


 仁が何回も、何回も殴られる。その度に仁は「うっ!」「ぐっ!」と耐えるような声を出す。この世界にはこんなに惨い画があるのか。『蹂躙』という言葉が似合う。吐きそうだ。



 ……私はどうしてあんな人のことが気になっていたのだろう。

 気持ち悪い。気持ち悪い。

 嫌悪感しか今は抱けない。あの人の顔を見るだけで、鳥肌が立つ。存在に、苛立つ。なんで仁は殴られている?健気な仁が、私のためにあいつの前に立ち塞がったからだ。なんで、私は動けない?仁が、あの忌まわしい存在に、今も殴られ続けているのに。……えっ?


 ……仁が、殴られている?




 ……。



「じ、仁っ!!!!」


 なんで私は仁が殴られている様をずっと眺めていたんだ。いや、自己嫌悪に陥ってる場合じゃない。


 私は倒れ伏す仁の元へ駆けつけ、抱き起こす。


「仁!仁!大丈夫!?なんで、こんなこと...」


「ね、姉さん……」


 涙が溢れてくる。仁が私のためにこんなボロボロになったかと考えただけで、胸が締め付けられて苦しい。吐き気が止まらない。


「……はっ。前原じゃねえか、どうしたよこんなところで。それより聞いてくれよお前の弟が俺に急に殴りかかってきてよ。仕方なく返り討ちにしてたんだよ」


 仁をこんな姿にした奴が、あっけらかんとそんなことを言う。


「っ!!いけしゃあしゃあと!!全部見てたから!本当最低!なんで!なんで、私はこんな人のことを……」


 自分で自分を殴りたい。

 

 私は、勘違いしていたのだ。仁が優しいから、仁が笑ってくれるから。実は、今まで高慢であまり良いイメージを持ってなかった男という生き物は皆、仁みたいな暖かい生き物なのかもしれない。そう勘違いしていたのだ。だから興味を持った。でも違った。仁が特別なんだ。仁が優しいだけなんだ。今も私達を見下ろしながら、ニヤニヤとした下卑た笑みを浮かべている男を見ていると、イヤでも理解させられる。

 

 私は、バカだ。


「そっかあ、見られてたか。じゃあしょうがねぇな。お前もそこのボロ雑巾みたいになってもらうか」


 そんなことを告げながら、こちらに歩み寄ってくる男。一歩一歩の足取りが重く、近付くにつれ恐怖が増していく。

 ……普段通りなら怖がり、体が硬直し、何も抵抗できないが、今は仁がいる。私のために頑張ってくれた、仁が。


 私は素早くスマホを取り出し、110番をする。


「も、もしもし警察ですか!?今四丁目のシャッター通りにいるのですが……」


 私がそこまで警察に伝えると、


「チッ、うぜぇ。不愉快な女だ」


 そう漏らしながら、男はその場を去っていった。流石のアイツも警察に厄介にはなりたくないようだ。アイツは……何だったんだろう。同じ人間だとはあまり思いたくはない。


 ……でももう、あんな男のことなんてどうでもいい。考えたくもない。それより、今は仁だ。


「ごめん、ごめんね……私のせいで……」


 私はギュウっと力いっぱい仁を抱きしめる。この子は強く、優しい。純粋で、思いやりがあって、私を一番に考えて行動してくれた。私が、しっかりしないといけなかったのに。


「ううん、違うよ。俺がそうしたかったから、俺の判断で行動したんだ。姉さんは関係ないよ」


 そう言って笑いかけてくれた。

 全員に痛みが走っているはずだ。あんな大きな男に暴力を振るわれてとても怖かったはずだ。それなのに、なんで笑って……。


「仁……」


 私は警察がその場に駆けつけてくれるまで涙を止めることができなかった。

もちろん、中川眞二をこのままにしておく仁くんではありません。次回、ザマァ回。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ