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人形と狐のモデル  作者: 子無狐
3/5

03_ふとした異変の始まりは

 出会える時は偶然を装い。

(……)

「ああ、それが嫌そうな顔だって、わかるようになってきたわ」

 出会えた時は必然のように。

「あら、よく会うわね」

「……不本意、ながら」

 二つの(あやかし)は、たわいもない出会いを重ねてゆく。

 最初は拒絶していた狐も、交わるほどに、その距離感はあいまいになってゆく。

 出会った回数は覚えていずとも、数えられる程度のはずだった。

 なのに、触れてもいないのに、息づかいを知っている。

(……なぜ、避けられないのだろう)

 狐と人形の、密やかな語らい。

 異なる(あやかし)同士の関係としては、異例とも、異常とも、異端とも呼べる。

 個と種を保持するため、異種族とは交わらない。保守的な考えを持つのが、(あやかし)でもある。

 だが、狐の相手は、種と呼ぶにはためらわれる。人間の形を模して造られた理想像である人形は、はたして種と呼べるのだろうか。

(……それゆえ、か)

 種を脅かす可能性はないという事実が、気安さを生んでいないと言えば、嘘になる。

 狐にとって、出会いを避けない理由はそう推論づけられた。

 けれど、その認識が両者にとって正しいのかは、狐にはわからなかった。

 ――今日も、二つの(あやかし)は、月夜の下で、巡り会う。

 姿を変えるものと、心を変えるもの。

 夜の月明かりの下で、二つの異形が姿を見せあう。

 蜜月の時。

 月が円に満ちるまでの、豊穣の時。

 ささやきあい、呆れあい、風を受け。

「……あんた、相手はいないの?」

「いつか、いる」

「ふふ。モテない女のセリフねぇ、それ」

「子は、産むかもしれない。けれど、いつかはわからない」

「マジメねぇ。結婚の話なんか、していないのに」

 人間の友人同士のような雑談。

 どうしてそんな会話になったのか、いつそんな会話を交わしたのか。

 そんな瞬間を想いだせないほど、狐は以前より、自然に話せる自分を自覚してもいた。


 ――だからこそ、なのか。自然になれば、イタズラ心もわいてくるということなのだろうか。


「……!」

 狐は、いつもの出会いだと油断していた。

 だから、眼の前の光景に、面食らい絶句した。

「……似合って、ない」

 狐は、人形にそう言った。


[人形・狐面(全面)]


 人形は、狐の面をつけて、その姿を現したのだ。

 形骸を被らなければいけないほど、人形の姿は愚かでない。

 狐は知っていた。人形のことを断言するほどには、人形との出会いの数も重ねていた。

 そう、狐は想っていた――はずだった。

「こうすれば、狐になれるでしょ?」

 狐の気遣いを無視して、人形はおどけた口調でそう言った。

 そうしてから、人差し指と親指で面の下方をつまみ、少しだけ正面からずらす。

 月明かりが、白い頬の陰影を生む。

「そしてこうすれば、どちらかわからない」

 人形の顔を少し覗かせながら、けれど狐の面で自身を隠す。

 口元に小さな小さな三日月を乗せて、人形は狐に微笑みかける。

 人形は、狐に呟く。


 ――面白い、でしょ?

(……!)


 平素よりも、ひどく人形らしい、冷たい口調だった。

 狐は背筋に感触を感じる。寒気、というものだろうか。

 人形の意図がつかめない狐は、ふり払う意味でも、首を左右に振る。

 その反応に、人形は再び面をつける。

 くぐもった声が、狐の耳になんとか届く。

 それは、まるで、聞かれて欲しくないようなか細い声。

「あーあ。あんた、なんにも変わらないんだもんねぇ。やんなっちゃうわ」

 くぐもったか細い声で、人形は不平を続ける。

「変われるくせに、変わんないんだもの。やんなっちゃうわ」

 それはまるで、必死に止めている言葉をやんわりと述べているように聞こえた。

「――もう、止めにするわ」

 人形はそう言って、面を懐にしまいこみ、いつもの笑顔を狐に向けた。

 狐もそれ以上は追及できず、人形のたわいもない雑談に相槌を打つことしかできなかった。


 ――違和感は、あったにせよ。

 狐と人形は、出会いの数を重ねていった。

 当たり前の数十年のなかに、そんな些細な一時を、少しづつ刻んでいった。


 ただ、しかし。

 現実は、いつも唐突に。

 ゆっくりと自然に。

 まるで無慈悲に。

 そして無理解に。

 すべからく、変わってゆくものであった。

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