03_ふとした異変の始まりは
出会える時は偶然を装い。
(……)
「ああ、それが嫌そうな顔だって、わかるようになってきたわ」
出会えた時は必然のように。
「あら、よく会うわね」
「……不本意、ながら」
二つの妖は、たわいもない出会いを重ねてゆく。
最初は拒絶していた狐も、交わるほどに、その距離感はあいまいになってゆく。
出会った回数は覚えていずとも、数えられる程度のはずだった。
なのに、触れてもいないのに、息づかいを知っている。
(……なぜ、避けられないのだろう)
狐と人形の、密やかな語らい。
異なる妖同士の関係としては、異例とも、異常とも、異端とも呼べる。
個と種を保持するため、異種族とは交わらない。保守的な考えを持つのが、妖でもある。
だが、狐の相手は、種と呼ぶにはためらわれる。人間の形を模して造られた理想像である人形は、はたして種と呼べるのだろうか。
(……それゆえ、か)
種を脅かす可能性はないという事実が、気安さを生んでいないと言えば、嘘になる。
狐にとって、出会いを避けない理由はそう推論づけられた。
けれど、その認識が両者にとって正しいのかは、狐にはわからなかった。
――今日も、二つの妖は、月夜の下で、巡り会う。
姿を変えるものと、心を変えるもの。
夜の月明かりの下で、二つの異形が姿を見せあう。
蜜月の時。
月が円に満ちるまでの、豊穣の時。
ささやきあい、呆れあい、風を受け。
「……あんた、相手はいないの?」
「いつか、いる」
「ふふ。モテない女のセリフねぇ、それ」
「子は、産むかもしれない。けれど、いつかはわからない」
「マジメねぇ。結婚の話なんか、していないのに」
人間の友人同士のような雑談。
どうしてそんな会話になったのか、いつそんな会話を交わしたのか。
そんな瞬間を想いだせないほど、狐は以前より、自然に話せる自分を自覚してもいた。
――だからこそ、なのか。自然になれば、イタズラ心もわいてくるということなのだろうか。
「……!」
狐は、いつもの出会いだと油断していた。
だから、眼の前の光景に、面食らい絶句した。
「……似合って、ない」
狐は、人形にそう言った。
[人形・狐面(全面)]
人形は、狐の面をつけて、その姿を現したのだ。
形骸を被らなければいけないほど、人形の姿は愚かでない。
狐は知っていた。人形のことを断言するほどには、人形との出会いの数も重ねていた。
そう、狐は想っていた――はずだった。
「こうすれば、狐になれるでしょ?」
狐の気遣いを無視して、人形はおどけた口調でそう言った。
そうしてから、人差し指と親指で面の下方をつまみ、少しだけ正面からずらす。
月明かりが、白い頬の陰影を生む。
「そしてこうすれば、どちらかわからない」
人形の顔を少し覗かせながら、けれど狐の面で自身を隠す。
口元に小さな小さな三日月を乗せて、人形は狐に微笑みかける。
人形は、狐に呟く。
――面白い、でしょ?
(……!)
平素よりも、ひどく人形らしい、冷たい口調だった。
狐は背筋に感触を感じる。寒気、というものだろうか。
人形の意図がつかめない狐は、ふり払う意味でも、首を左右に振る。
その反応に、人形は再び面をつける。
くぐもった声が、狐の耳になんとか届く。
それは、まるで、聞かれて欲しくないようなか細い声。
「あーあ。あんた、なんにも変わらないんだもんねぇ。やんなっちゃうわ」
くぐもったか細い声で、人形は不平を続ける。
「変われるくせに、変わんないんだもの。やんなっちゃうわ」
それはまるで、必死に止めている言葉をやんわりと述べているように聞こえた。
「――もう、止めにするわ」
人形はそう言って、面を懐にしまいこみ、いつもの笑顔を狐に向けた。
狐もそれ以上は追及できず、人形のたわいもない雑談に相槌を打つことしかできなかった。
――違和感は、あったにせよ。
狐と人形は、出会いの数を重ねていった。
当たり前の数十年のなかに、そんな些細な一時を、少しづつ刻んでいった。
ただ、しかし。
現実は、いつも唐突に。
ゆっくりと自然に。
まるで無慈悲に。
そして無理解に。
すべからく、変わってゆくものであった。