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超能力

         超能力 サイド1  超能力


 僕は光(超能力)を見つけた。

 絶望の底の底、際限なく続く深い闇の中の深層部に辿り着いたことで。記憶は曖昧だが、バイク事故を起こしたことは覚えている。ただ交通事故だったのか、自ら望んで起こしたのかは覚えていない。その部分の記憶は消失しまったからだろう。ただ自殺でもおかしくはなかったような気がする。死線を越える体験というのは僕の人生で初めてだった。意識は曖昧で、肉体に流れている感覚薄く消えていく気がした。しかし、同時に自我が解放されていくような不思議な感覚だった。僕の頭の中に集中治療室の独特な音が残存している。それはまるで僕の頭の中に何かが突きささっているような音だ。音は休むことなく響き続け、やがて小さく消えていった。 

 長い眠りから目を覚ますと病院のベッドだった。天井には顔に見えるシミが付いていて不気味だ。シミュラクラ現象というやつだったか、あやふやな意識の中で深く頭を回転させた。机の上に置いてあったアイフォンで検索をかけると、人間の目には3つの点が集まった図形をヒトの顔とみるようにプログラムされているの脳の働きと書いてある。天井にある3つのシミが顔に見えたのはそのせいだろう。

 周りを見渡すと、病院特有のアルコールのような臭いが鼻を襲った。看護師のコツコツとした靴音が静まり返った院内に響き渡り近づいてくる。

「気分はどうですか?」

 30代半ばくらいの太った女性看護師が言った。

「まだ頭がくらくらしますが、大丈夫です」

 バイク事故を起こしたわりには、大きな外傷はなく、担当の医者も驚いていた。いわゆる奇跡というものに近く、神の恩恵だろうと周囲は漏らしていたと言う。

 ところで、動物やヒトが外界を感知するために様々な感覚機能を使っている。主に、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚。その五感を超えるもの、インスピレーション、霊感、超能力、それが第六感。

 そんなものが本当にあるのかどうか、という問いはひとまず道路の脇道に置いておく事にして、一般的には超能力者や、宇宙人、未来人などのサイエンスフィクションは、空想にもとづいた科学的なフィクションであり、悪く言えば、現代人の魂の避難場所サンクチュアリという側面も併せ持つかもしれない。そんなフィクションが現実として僕の中に入り込んでしまったのだ。

 いろいろなことに気が付いていき、死線を越えた体験を経て、

 超能力に目覚めた。 

 

         *


 約5ヶ月ほど入院して、ようやく退院を迎えた。形式的にお祝いの花束を貰い受ける。この五ヶ月間は事故の影響などもあり、精神的に不安定だったため、漠然と時が流れるのを眺めていた。体の準備期間ともいうべきものだろう。高校二年の時から小説家志望だった僕は、その5ヶ月間にいろいろな小説の構想を練っていた。退院後はひとまず、実家に帰り体を休めるようにと言われていた。先月は父親の葬式だったため、家の中がごった返していた。とりあえず、行き着けだったファミレスへ向かった。ノートパソコン、類語辞典、本棚に置いてあったカラマーゾフの兄弟、趣味である木像と彫るための彫刻刀を鞄に入れた。いつもの執筆用道具だ。最近は出かける時はいつも持ち歩くほどだ。またタバコとライターも鞄に入れてはいるが、タバコという雰囲気を味わいたいだけで吸うことはない。家から5分ほどでファミレスへ向かった。少し濁った曇り空の下を川沿いに北に向いてペダルを回した。

 緑地公園の中を通り、公道沿いにあるファミレスが行き着けの店だ。緑地公園に植えられている木々が秋風に揺れていた。蔦葛の葉も茜色に化粧をしている。黒い鳥が飛んでいるのが見えた。緑地の中央にある小さな丘の斜面すれすれに飛んで、僕の視界から消え去った。冬の到来はまだ先なのだが、かなり肌寒く感じだ。とにかく寒かった。ただ寒いというわけではなく、体の心は炎のように熱い。たとえるならメタンハイドレートのようなものだ。

 そういえば、バイク事故の慰謝料として、いくらかまとまったお金が懐に入ってきたがどうも物欲が沸かなく、かといってどこか旅行に出かけようとも思わなかった。ある友達も大学生の頃、バイク事故に遭い、その慰謝料でアメリカへ半年ほど海外留学に行ったらしいが同じようなことをしようとも思わなかった。僕にあるとするなら近場のファミレスや喫茶店、古本屋などを徘徊することだった。

 目的の場所に到着し、駐輪所に自転車を停めて店内へ入った。「いらっしゃいませ」と店員の声が店内にこだまする。一番隅のテーブルを指定して、腰を据えた。向かいの席に鞄を置き、やってきた店員にドリンクバーを注文した。ジンジャーエールとエクスプレッソを取りにいき、自分だけの空間を作り上げてからノートパソコンを起動させた。

 その瞬間――


「うわぁぁぁ」 

 突如、激しい頭痛が僕を襲った。一気に冷や汗が出てきたのがわかる。双眸が無意識的に大きくなった。同時にあるビジョンが脳内に映し出された。いわゆる未来予知ともいうべきものだろう。これが起こったのは入院中にもあった。しかし、今回には前と違い、より鮮明にビジョンが見えてきた。のは初めてだった。

 

 信号機が赤色に点滅したのが見える。場所はここからすぐそばの交差点。青いスポーツカーに乗った男が携帯電話で話をしながら運転している。ちょうどそこに若い女性が横断歩道を歩いていた。高級そうなバッグを持った気の強そうな若い女性だ。急ブレーキをかけたが間に合わない。そのまま女性を轢いてしまった。原因は前方不注意だろう。


 僕は頭を抱えた。

「何だ、今のビジョンは?」 

 体全体からどわっと噴出すように汗が湧き出ていた。店の窓から事故が起こるであろう交差点をじっと眺めた。まだ事故は起きていない。

 僕は少し考え込んでいた。

「今ならまだ間に合うか……」

 突発的に体を翻し、レジにドリンクバー代のお金を投げるように置いて、すぐさま店の外に出た。

 首を右往左往させながら、辺りを見渡す。

 高級そうなバッグを持った若い女性と出くわした。風貌からこの人が事故に遭う人だろう。その人物に後ろからそっと話しかけた。

「あのーすいません。ちょっといいですか?」と僕は訊ねた。

 この少しの時間のずれで彼女を事故から助けられると考えたからだ。

 女性は忙しそうに返してきた。

「すいません。少し急いでいるので。次の電車に間に合わないわ」

 僕を半分無視する形でそそくさと早歩きで通り過ぎてしまった。 

「道を教えてほしいんですけど」と僕。

 彼女は雷のような様相を呈してきた。

「急いでるので他をあたってください」

 なんだろう、このままでもいい気がしてきた。そもそも未来予知といっても本当かどうかも怪しい上に、僕が見ず知らずの女性をわざわざ救う必要があるか? 仮に彼女がここで交通事故に遭うのなら、それはいわゆる運命というやつではないだろうか。などと考えたりはしたものの、

 彼女が横断歩道を渡ろうとした時に、

「財布落としましたよ」

 僕は嘘を言った。彼女の足は止まり、「本当?」と言って、高級そうなブランドの鞄を漁り始めた。

 少し間を空けてから、

「嘘ですよ」と僕は言った。

 彼女から鬼のような目つきで睨まれた。同時に辟易した表情も窺えた。その瞬間、後方で大きな衝撃音が鳴り響いた。

 身体を翻すと、目の前で車が事故を起こしていた。見物客で辺りは騒然としている。

「事故かね?」

 たまたま側にいた老人が独り言を呟いていた。やはり、予知したとおりに。同じタイミングに同じ場所で。ただ未来は変わった。変わりに車は電柱に衝突していただけで、怪我人はいない様子だった。運転手も無事だ。

 ただ、彼女は僕に向かって「気味悪い」とだけ言って立ち去って行った。命の恩人に向かって何ていい草なんだ。まあ、それでも良かった。影のヒーローでも。

 カラスが僕の視界を横切るように飛び去っていた。ただ寒かった。

 



          魂サイド1 かがみの国



 晴れ晴れとした大空には本来の澄み切った雲がなく、それを覆い隠すように巨大な一枚の鏡が浮いていた。雲のように流れることもなく、山のように強固に居座っている。

 豪壮な鏡の空を見上げるともう一人の自分が見えた。もうひとつの世界にいる自分。自分よりも上にいる、それは空にいる自分、光を持つ自分、もう一人の自分がこちらを覗っている。

 大鏡空の下には黄金色の麦畑が強く茂らせている。そこにはユニコーン、白い烏、様々な色の羽を輝かせている蝶たちが生息している。麦畑の穂が風で吹き流されるかのようにひっそりと揺れている。この国では一日で季節が変わる。昨日は夏、今日は秋、明日は冬と言う具合に。この季節の変わり方は非常に波の激しい生き方だと思う。

 この地域全体のことを「かがみのくに」と人々はそう呼んでいた。

 私は画家を志して旅をしていた。名前はカラス。名前のとおりカラスのように黒く、自由に飛び回りながら生きていた。旅の荷物には聖書と油絵セットを常備している。好きな節は、ヨハネの福音書第一章、第一節「まず初めに言があった」。規律の言葉とともに私が最初にこの聖域にやってきたのは数ヶ月前だ。初めは森の中を彷徨っていたが、気が付くとこの奇妙な聖域に足を踏み入れてしまった。帰る方法も、これから向かう先もわからない。袋小路という表現が近いかもしれない。その状況下で私はこのかがみの国の過疎地域に位置する喫茶店で使われの身になって生活している。

 喫茶店の名前は「エッグ」。もう少しおしゃれな店名にしたらいいのにと思ったが、どちらにせよ過疎が進んでおり、客足は無いに等しい。造りは至って簡素、灰白色の壁にところどころヒビが入り、ある種の年代を感じさせる。店の屋根の上には魚の形をした小型の風車がくるくると泳いでいる。テーブルの数も六席、カウンター席も五人分と小規模な個人経営店で、どのようにして経営が成り立っているのかは甚だ疑問だ。その潰れかけの店の2階で寝泊りさせてもらっている。もちろん、本業の画家を辞めたつもりはなく、副業として喫茶店の手伝いをしているだけだ。店の窓から外を漠然と眺めながらそんなことを回想していた。

「もう少し、綺麗に掃除できない?」

 店主である天使(本名はガブリエル)が私に言った。その天使は小柄な体型で艶やかで長い髪を漂わせている。

「なあ、天使さん」と私はテーブルを雑巾で拭きながら訊ねた。

「はい。なんでしょう?」

 天使はカウンター席の椅子に座りながら、暇そう椅子をギコギコしている。

「寝泊りさせてもらっている身で言うのはおこがましいんですが、もう少し労働環境といいますか、労働条件の方を……」

「だめ」

 端的な台詞を返された。天使に酷使的労働をさせられるという、極めて稀な経験をしてしまっている。

「掃除が終わったら、次は森で薪を取ってきて」

 仕方なく、頷いた。

「そういえば、今日は大事なお客様が来る日だから」

「お客? 年中無休じゃなく、年中休みなのに」私は言った。

「そう、お客。それもすごい大型の常連客よ。この店の経営が成り立っているのは大口のお客様が来店してくださっているからよ。そういえば、あなたは会うのが始めてよね」

 そういうからくりだったのか、と心の中で納得した。

「あ、あと」と天使。

「まだ何か?」

「いつも言ってるけど、森の奥へは絶対行かないようにして。すごく治安が悪いというか色んな意味で危険な場所だから」

「わかってるよ。耳に蛸ができるくらい」

「そう、ならいいの」

 私は店の外に出て、言われたとおり森の浅いところまでの範囲で薪を探す。雪が降ってきたようでかなり肌寒かった。秋から冬に変わるタイミングであろう。ちなみに明日には春になるであろう。この国では季節の変わり目は常に起こる。目の前には小さな川が森の中に通っていた。さっと冬風が吹いて、川面に小波模様を描いている。この川の水は透き通るほど綺麗で飲み水として利用出来る。薪はすぐに見つかり、縄でまとめて一段落した。

 任された仕事を終え、小川のほとりで腰を反して鏡空を見上げていた。薪を集め終えて、寝転がっている自分が見える。鏡に映っている、反対側にいるもう一人の自分が。その鏡はどこか寓意的な絵のように見えなくも無い。私はこの小川のほとりで絵を描こうと思い立った。一度、喫茶店の二階である自室に戻り、置いてあった紙と鉛筆を持って、この辺りの風景を描写した。

 空に浮いている大鏡には反射して小川の魚が空を泳ぐように映っていた。どことなく、空から魚が降ってきそうな気がした。私は魚を細かく描写した。収支無言で何一つ言葉もなく、一つのことに夢中になっていた。

 ふと大空に浮いている大鏡の一部にヒビが入っていることに気が付いた。卵のようなヒビの入り方だった。場所は隅のほうで凝視しないと気付かないほど。私の脳裏に不吉な予感が走った。




          超能力 サイド2 邂逅



 漆黒の薄暗闇が街全体に広がり、安眠を誘うような静寂が時を刻んでいた。枕元に置いた夜光針の長針と短針は牛三つ時を指している。布団の中に入る前に閉めたはずの窓のカーテンがいつのまにか開いていた。部屋の中は暗く、窓の間から庭の園灯がかすかに届いているだけだ。僕は浅く眠っては目を覚まし、また同じことを繰り返していた。そして、ようやく深い眠りに付くことが出来た。

 

 一人の少女が立っていた。二つの靴が儀式の生け贄のように並んでおいてある。空が見える。場所は、高所。おそらく、ビルかどこかの建物の屋上だろう。その少女は泣いていた。目は赤く充血し、零れ落ちる涙の雫を払うように手の甲ですくっている。顔は見えないが。建物の外装は、家から近くにある十五階建てのマンション。


 今度は予知夢だった。僕は頭を抱えた。そして、すぐに家を飛び出した。いつものように鞄を肩に掛けた。無意識的に身体がうごいてしまったのだ。

 僕は夜の街を駆け抜けた。街は僕にとって不自然のように感じられた。月の色が朱色に変わっていたからだろうか。朱月は宵闇にたゆたうように、そこにあった。朧月夜がほのかな赤白い光で辺りを照らしている。光に照らされた街には人っ子一人確認できない。コンビニのネオンは光り輝いているが、外から見ても店内には誰もいなかった。また寒さだけが身体を覆いつくした。白い吐息が空気と混ざり合う。街灯が等間隔で並んでおり、その光は僕を何処か不思議な場所へ案内しているように感じられた。街灯の上にはカラスがこちらを覗っているように見つめていた。

 数分ほどで目的のマンションに到着した。オートロック式のマンションのはずだったが、扉は豪快に開いていたので中に潜入した。誰れとも接するころなく、エレベーターに乗り込めた。四角い箱の中は位置エネルギーと運動エネルギーに満ちていた。

 屋上に辿り着き、立ち入り禁止の看板を払いのけて、屋上の扉のドアノブを回し開いた。辺りを見渡すと、一人の少女が片隅で体を丸く埋めて座っている。

「自殺はよせ!」

 少女は訝し気な目でこちらを凝視していた。

「どうしてわかったんですか?」

「予知夢を見たから。君がここから飛び降りようとしていた。信じられないかもしれないけど」

 少女の青い瞳が若干大きくなったような気がした。月光に照らされた目の前の少女はおそらく、僕と同じ年くらいだろうか。艶のある金色の髪が少しだけ夜風に揺れていた。昔会ったロシア人とのクオーターの女性に似ているものがあった。

 固唾を一回呑むくらいの沈黙の後、

「……いいえ、信じるわ」

 反芻する間なく、

「私には幽霊が見えるから。いいえ、見えるだけならまだいいの。私の中に入ってくるの」

「中に?」

「ええ、悪霊が私の中に入って、悪いことをする。知らない間に他人を傷つけるようなことを言ってたの。悪霊が私から出て行くと、フラッシュバックして記憶が帰って来る。そして、私の周りには誰もいなくなって孤独になってた」 

「それは君のせいじゃない。悪霊のせいだ。乗り移られた時、君には自覚がないのだから」

「そうかしら。霊は私の弱い心が自分を生み出したと言ってたわ。つまり、悪霊は私が作ったの」

 僕は少し思案した。

「君はただ人より霊感が強いんだよ。ただそれだけ」

 若干相手の心が読めた気がした。彼女の心の動きが。

「あなたは優しいのね。こんな私を慰めてくれるなんて。周りの人たちは初めから私を知ろうとはしないのに」

 彼女は静々と腰を上げた。僕も追随し、立ち上がる。屋上から街を見下ろした。街一番の繁華街である街道には人の姿はない。街にはある種の命があるような気がした。街は意思を持って、僕たちを嫌い、飲み込んでしまう生物ように思えた。

「社会は集団からはみ出した個人を知ろうとはしない。いいえ、社会に限らない、学校でもそうだった。集団は常に個人を嫌う。私はいつも嫌われる側だった。街は私を放逐する。街は人を自殺へ追い込む殺人鬼なの」

「ヒトはそういう生き物だから。ヒトが集まって住む街も同じ」

 僕は諭すように言った。首を軽く回しながらほぐした。夜の鳥が鋭く鳴いて、夜闇の静けさを破る。闇の支配者でも来るかのような、奇妙な軋む音やざわめきが背筋に走った。

 長い沈黙の後、彼女は曇り空を抱きかかえるように両腕を広げた。

 

「あなたはカラスから見えるこの街を想像したことある?」

 彼女の表情は不気味に微笑んでいた。

 



          魂サイド2 八百万の来店



 薪を集め終え、自分の居場所である喫茶店に戻った。二階の自分の部屋の向かいには天使さんの自室がある。私はその扉をノックした。

「どうぞ」 

 澄み切った声を聞き、扉を開けて中に入った。

 彼女の部屋に入ったのもこれで二度目だ。床のフローリングは掃除が行き届いているほど白く綺麗で、黄緑色のフリルのカーテンが覗かせていた。また、数体のくまのぬいぐるみが窓に並べられている。一般的な少女の部屋と言う感じだが、一つだけ変わったところがあり、蝶が飾られていた。そして、天使さんは蝶のコレクションをして眺めている最中だった。非常に変わった趣味だと思う。ただヒトの趣味にとやかく言うつもりは無い。

「薪を集め終えたみたいね。ありがとう」

 私は空いている椅子に腰掛けた。

「紅茶でも飲んでいく? 煎れたてよ」

「うん、もらうよ」

 紅茶のブランドはフォートナムメイソンと缶に記載されている。イギリス王室御用達と前に言われたことを瞬間的に回想した。

「お客さんは何時ごろに来るの?」

「そうね。あと一時間もしないうちに来るんじゃないかしら」

 カップに注がれたばかりの紅茶がゆっくりと机に置かれた。

 机の上には大量の本が置かれている。表紙のタイトルは「天使の生き方」や「悪霊は血肉に弱い」などと書かれている。聖書も置かれていた。私は乱数を眺めるように本の中の文字をぱらぱらと見つめた。

「そのお客ってどんな人?」

「ヒトじゃないわ。八百万よ」

「八百万円?」

「お金じゃなくて、八百万の神の方よ。年間に数回来店してくれるの」

 私は初めてこの店の意味を知った。簡単に言えば、神が来店する喫茶店ということだ。

「そういえば、絵描きの方は順調?」

 私は沈黙したのち、

「うーん、あまりいい描写が思い浮かばないんだ。変わったことを描写したとは思っているんだけどね」

「変わったことねえ、なら神さまに聞いてみればいいんじゃないかしら。いいアドバイスがもらえるかもしれないわ」

 高級感溢れる紅茶をぐっと味わい、一息ついた後、独特の効果音が店の中を響いた。店の扉が開いたのだろう。

「お客様ね」

 天使さんは腰を上げて、そそくさと一階に降りていった。私も追随して降りていく。

 一階の中央にある古びた暖炉には私が取ってきた薪が詰め込まれていた。そのおかげで店内は暖かい。いつも以上に薪の量が多く、火力が倍以上に燃え上がっている。

 入り口を見渡すと、猫がいた。黒い帽子を深く被り、大きな体を隠すように茶色いコートを纏っている。

「今日は一段と冷えますなあ。どうも私は寒さには特に弱くて、暖かいコーヒーでも貰いましょうかな」

 私は猫神とでも言うのだろうか、お客様を一番奥のテーブルに招いた。いつものように機械的にお冷を出す。

「お冷は結構。冷たいのは苦手なもので。メニューの方をよろしいですかな?」

「はい。承ります」

「では、このエッグトーストを貰いましょうかな」

「はい。承りました」

 私が厨房へ向かおうとすると、

「君は新人くんですかな?」

 天使さんが呼応する形で、

「カラスくんは一時的に、ここの手伝いをしてもらっているの。彼は画家を目指しているのよ」

「ほほう、画家ですか。それはすばらしいことだ」

 私は軽く会釈をした。

「何か、アドバイスでも。しお爺さん」

「そうですなあ、画家というのは綺麗な絵を描くことよりも、生態系を描くことがよろしいでしょうなあ。誰も行きたがらないところや、誰も触れたくないものを描くことが一番でしょう」

 私は「なるほど」と頷いた。

 店の窓からは輪郭のくっきりとした雲が漂っているのが確認できた。

「森の奥へ行ってみてはどうですかな? 生態系を描くにはあそこが一番だ」

「しかし、あそこは……」

 反芻するまもなく天使さんが答えた。

「まあ、あそこの治安は最悪でしょうなあ。しかし、下層社会を知ることがこの世の真理、自然界を知ることに近い。生態系を知るチャンスは多いのではないでしょうかなあ」

「まあ、そうですが……あそこのスタンコーン(一角妖精)たちは……」

「スタンコーン?」と私は訊ねた。

「スタンコーンは別名、一角妖精と言って、森の奥深くに生息しているの。全長は五十センチほどで、大きな一本の角を生やしているのが特徴よ。ただ、彼らは少々やっかいというか、我が強くてね。いつも森の生物たちに迷惑をかけているのよ」

 私は少し考えていた。店のコーヒーをカップに注ぎ、唇を湿らせた。

「もし、森へ行くのでしたら手紙を届けてきてはくれませんかな? 急な連絡がありましてな。明後日までに届けたいのです。いかんせん私は寒いのが苦手なもので。代金はここの1ヶ月分を払いましょう」

「ええ」

 私は猫神であるしお爺さんの依頼を承諾した。


 鏡が少しずつ割れ始めていた。




           超能力 サイド3 カラス



 いきなり、何を言い出すんだ? 

「カラス?」と僕。

「カラスは自由気まま、どこへでも飛んでいける。私がカラスなら、飛び降りても魂は天上界へ召されるかもしれない。見える景色は常に一定とは限らない」

 これは霊に乗り移られているのかもしれない。僕はそっと彼女に近づこうとしたが、その意図を察知したように彼女はすぐさま、「この先危険」と書かれているプレートを無視する形で柵を乗り越えた。

「待って。そっちは危険だ」

「待てない」

 彼女は屋上のコンクリートが続く末端へ移った。彼女は十五階から下を見下ろしている。

「君が飛び降りるなら僕も一緒に飛び降りる。君は優しい子だから、僕を巻き沿いで殺せたりはできない」

「きれいごとね。言うだけなら誰にでも言えるわ。今までもそうだった」

 僕の脳内にある閃きが走った。悪霊の払い方をどこかで聞いたことがあるような気がしたからだ。

 すぐさま、僕は鞄の中から彫刻刀を取り出した。同時にライターの火で刃先を炙った。

「何してるの?」

 彼女は胡乱な目をこちらに向けてきた。

「僕は本気だよ」

 左耳たぶの下には炙ったばかりの高温の刃先があたった。

「痛っ!?」

 僕はそのまま天に向かって、左耳たぶの肉をざっくりと切り落とした。出血し、あたり一面が血まみれになり、黒朱色に染まっていた。

「血……っ!?」

 倒れこむように彼女はそのまま腰を抜かしてしまった。気を失ったのかもしれない。街も正気を取り戻したように、活気を見せている。霊が彼女から消えたのだろう。移り変わるようにして気を取り戻した。

 瞼がゆっくり開くと同時に、彼女の吐息が触れた。

「あなたは異常よ」

「僕にとってはこれが正常なんだ」

 彼女は微笑みながら、

「ふふ、私を助けてくれてありがとう」

 カラスがこちらを覗っていた。暗く閉鎖的な空間だった町が、明るく広い大地にもどったかのような変貌を遂げていた。

「寒いな」

「私が暖めてあげるわ。二人でなら暖かいはずよ」

 彼女は僕の手を握り締めた。彼女を救うことで僕の魂も救済されたのかもしれない。

 手を握られた瞬間、未来のビジョンが見えた。第六感のおかげだろう。八十歳になり、二人で老後の幸せを送っているビジョンが脳内に映った。

 この時、僕は八十歳まで長生きできるのだと悟った。



 

          魂サイド3 森



 翌日。季節は秋から冬へ変わっていた。

 しお爺さんからの依頼を受け、森の奥へ向かうことになった。同時に画家としての本業もこなすつもりだ。自室にある自前の油絵セットの中を確認した。絵の具が12色、ペインティングオイル、油壺、筆が6本、ナイフが一本、パレット、筆洗油、水彩紙、画材紙などの紙類を目視して確認し、セットの蓋を閉める。帯を締めるように気合を入れた。森への入り口は木製の赤い看板が目印になっているようで、大地に突き刺さるように位置している。それを横目に森の内部へ侵入していった。森の内部はいったって普通だ。特に奇異なものは見当たらなかった。周りをキョロキョロさせながら、歩き続けると、三匹の獣に遭遇した。全長は五十センチほどで、大きな一本の角を生やしている。これがスタンコーンだろう。

 私は彼らに気付かれないようにスタンコーンをスケッチした。鉛筆で下書きをした。描写すればするほど、空の鏡が割れていく。ついには割れた鏡からアジが降ってきた。スタンコーンたちはアジを喜んで食べている。その様子も描写しつづけた。

 森の奥へ進んでいくと、三階建ての建物に辿り着いた。木で作られた隠れ家のようなイメージだ。スタンコーンとは言葉は通じないが、手紙を見せるや否や、暗黙の了解で案内してくれた。どうやら手紙の主はここにいるようだ。スタンコーンは真ん中の二階にはおらず、一番下の一階と一番上の三階に住んでいるのが一目見てわかった。三階へは階段を登るしかないようで、手紙を届けるために階段を登り続けた。意外にも長い階段で途中に転げ落ちそうになったが、なんとか最上階へ辿り着いた。

 辺りを見渡すと、広々とした青色の絨毯が敷かれていた。その奥にいる豪華な椅子に腰掛けているスタンコーンに手紙を渡す。おそらく、ここの村長だろうか。

「こちらに来て見なさい。いいものが見れますよ」

 村長スタンコーンだけは人間の言葉が話せるようだ。

「いいもの?」 

 私は村長の後を着いていく。奥にある大きな窓の傍に連れて行かれた。

「ここから見える景色はすばらしいですよ。心が綺麗になっていくようだ」

 私は大きな窓から外を覗いた。

 春の景色が写った。三階から写る景色は冬ではなく春だった。一階から見た景色は冬だったはずだが、この際そんなことなどどうでもよく、私は三階から映る春の景色に見とれていた。すぐさまその景色を描写した。

「しばらく、ここにいるといい」

 そう言い放って、村長は出て行った。

 空に浮いていたはずの大鏡は完全に割れていた。それが要因だったのだろうか。日替わり季節は統一され、春に一定された。波の激しかった景色が常に一定に保たれている気分だ。

 私は春の景色を描写した。カラスから映る世界は俯瞰的に見えるのだろう。ここからなら自然界にいる、様々な生物を描写することが出来た。しかし、描写した絵は自分の中だけで消化しようと考えている。誰にも見せることは無いし、展示することもない。

なぜならこんなすばらしい景色は誰にも教えたくは無いからだ。 

     

次章へ続く・・・かも



ラブコメものメインでバトルものも少しずつ書けるようになっていきたい。

脳天気万歳

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