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荒野の街・3


 泊まっていくかい? そう問われ、ディーンは素直に頷いた。


「お兄、本当にここに泊まっていくの?」


 ランプの明かりが照らす、埃っぽいコンクリートの部屋を眺めてアディは言った。


「何もないだろうが……その方が俺たちには都合がいいだろう?」

「そりゃそうだけどさ」


 でも、あったかい布団とで気持ちよく寝たいってのが女の子にはあるのだ。

 それが何が悲しくてこんなコンクリートの上でボロボロの寝袋敷いて寝なければならないのか。

 はぁ、とアディはため息を吐いた。


「ま、いいよ。外ももう暗いし、都合がいいのには変わりないし」


 ぴょん、と瓦礫の山に平らなところを見つけ、座り込む。


「ほら、お兄、服脱いでよ」


 アディはカバンを地面に下ろして、その中から様々器具を出していく。


「ああ、長旅だったからな……どうにも砂が詰まっててさ、頼む」


 衣擦れの音が、静かなコンクリートの部屋に響く。

 コートが地面に落ちて、ディーンの身体が顕わになる。

 生身に見える半身と、包帯に包まれた右半身が顔を見せる。

 アディが器具の準備をしている間に、ディーンはしゅるしゅるとそれを解いていく。

 別段怪我をしている訳ではない。

 徐々に顔を見せるのは鋼だ。

 鋼の脚、

 鋼の腕、

 鋼の心臓、

 そして鋼の瞳だ。

 ディーンの右半身は余すところなく、鋼鉄でできていた。

 アディは顔色一つ変えずに、ディーンの包帯を受け取り、瓦礫の上に置いた。

 その間に、ディーンはもう一つ作業を開始する。

 ぺり、と、身体に張り付いた皮膚を剥がし始めたのだ。

 まるで気の狂ったかのような所業であるが、この場合は当然なのだ。

 そこから現れるのも、また鋼。

 高い人工皮膚を、さすがに全身用意することは出来なかったことが伺える。

 それでもなんとか人として暮らしていける程度には、隠せていると思っている。


 やがて全身の皮膚を剥がし終えたディーンは、その鋼の身体で地面を踏んだ。一切余計なものがない鋼鉄は、スマートであるし、不気味でもある。

 それでも鋼鉄に包まれた身体をアディは綺麗だと思っている。

 瞼のような鋼鉄を動かし、ガラス玉の瞳が現れる。


「お兄、こっち来なよ」


 自分の正面を指差して、アディは言う。

 素直に従って、ディーンはその足元に座り込む。

 かちゃり、と鋼鉄に器具が差し込まれる音がした。

 螺子を外し、表面の装甲を剥ぐと、その下から機械の筋肉が顔を出した。


「うわ、砂だらけ」

「今回は長かったからなぁ……」


 言葉に、ディーンの口が声を返す。

 人工皮膚を剥いだところで、その機能が失われることはない。

 彼は正しく、人のような機械なのだ。

 手際よく、アディはディーンの中から砂を掻き出して、緩みなどを直していく。

 メンテナンスはアディの仕事だ。


「ねぇ、お兄」


 かちゃかちゃと音が鳴る部屋に、その声は大きく響いた。


「カルシアさん、大丈夫かな?」

「手遅れだろう」


 ディーンは断言する。

 あそこまで機械化されて、生きている人間はそうそういない。

 あそこまで進行する前に死ぬか、もしくは獣になる。人の成れの果て、機械獣に。

 カルシアのように心臓部の代わりになるものがあるのなら、それはまず確実に。


「もうそろそろだ」

「じゃあ、そうなる前に」

「壊すのが一番なんだがなぁ……」


 思案する。

 深く、深く考え込む。その情景を頭に思い描き、しかしとディーンは首を振った。


「だめだ。やっぱり俺にはできないよ」

「そっか。今までだって、そうだったもんね」


 嬉しそうに微笑みながら、アディはディーンの身体の中を弄っていく。


「でももしそうなったら」


 それを問うのは――帰ってくる言葉も予想通り――何時ものことだ。

 それに対して、やはりディーンは何時も通り、言葉を返す。


「そうなったら、やっぱり俺が壊すよ。だから安心してくれよ」


 声は何時も通りだったけれど、その中に寂しそうな雰囲気があるのをアディは知っている。

 自分からディーンの顔は見えないけど、それでもどんな顔なのかは想像がつく。

 表情を上手く作れないディーンもその時だけは、少し寂しそうな顔をする。

 だからアディは、それがどうしようもなく悲しかった。


 かたん、と小さな音が聞こえた。まるで小石を転がしたような小さな音。

 真っ先に反応したのはディーンだ。

 整備中で碌に動けやしない身体の代わりに、目を巡らせる。入り口の側面に、熱源反応を検知した。その小ささ、形を、ディーンは覚えている。


「トルク」


 びくん、と身体を硬直させる反応を検知。わかりやすい。

 もう逃げても無駄だとわかっているのだろうか、そろそろと緊張気味に入り口から、トルクは顔を覗かせる。

 鋼鉄のディーンを目にし、少し不気味そうに声を出す。


「……あんた機械獣だったのか?」


 確かに全身機械と言えば真っ先にそれが出るのだろう。だがそれは大きな間違いであると言える。


「違うよ」


 アディが優しく首を振る。その手は止まっている。引き抜いて、工具の砂を落として、きゅ、とウエスで拭う。


「お兄は機械獣じゃないよ」


 もう一度、再確認させるように首を振った。


「じゃ、じゃあなんだってんだよ――ッ!?」


 己の機械の腕を抱き締めるようにしながら、トルクは声を荒げる。

 不気味な存在が、自分たちの根城に入り込んでいる恐怖を振り払うように。


「トルク。俺は人じゃない」

「そ、そんなの、見りゃわかるし! だ、だいたい、俺だって機械人だ!」

「そうだな……でもそれは、人から成ったものだ。機械獣だって人から成るものだ。俺は、それとは違うよ」


 かちん、と首の後ろを締めてもらって、ようやく首を振る。

 きゅいん、と人工皮膚に吸収されない機械音が鳴った。


「お兄はね、サイボーグなんだ」

「サイ……ボーグ……?」


 聞きなれない単語を舌の上で転がして、トルクはその言葉の持つ意味を想像する。


「そ、サイボーグ。人体と機械の融合……ってこれだけ聞いたら、機械人と変わらないよね」


 アディは悩ませるように腕を組む。


「機械との融合って、それって、とんでもなく怖いことじゃないのか?」


 トルクは自分の恐怖を知っている。ある日突然、身体が機械に置き換わっていた。

 それを知った親から厄介者扱いされ、捨てられ、ここにやってきたのだ。


「怖くはないな……俺はこうじゃないと生きられないから」


 笑うように言ったが、その言葉も、表情も、全く動かない。


「お兄は、もう、ほとんど機械みたいなものだよ。それでも、まだ人間だよ」


 トルクの脳内では、ひたすら混乱が巻き起こっている。

 何を言っているのかさっぱりわからない。わからないはずなのに、その感情を理解は出来る。

 知っているのだ。


 自らの脚が動かなくなった代わりに、そこに機械が生まれて歩き出せた奴を知っているから。


 だから、機械化が決して絶望だけでないことを知っている。先に待っているのが絶望だとしても、今は希望なのだということを知っている。


「ねぇ、トルク君」

「……なんだよ」

「もしもカルシアさんが獣になったとして」

「壊さない」


 即答を以て、トルクは答えた。


「だけど、あれではもう手遅れだぞ?」


 言外にもう決して助からないことを示している。

 トルクは唇を噛んだ。

 意思を固めるように、血が噴き出しても構わないと言わんばかりに。


「それでも……それでもだ。あの人は俺を救ってくれたんだ。俺に生きる道を示してくれたんだ。だから俺は、あの人がどんなになったって壊したくない――ッ!!」


 爆発するように言った言葉は、響く。

 それをやってみせるとトルクは言っている。その為の道も、何もかもわからないけれど。自分の感情だけは騙せないから。


「……そうか。だが俺は壊すよ」


 それでも、そんな感情など歯牙にもかけないと言わんばかりにディーンは呟いた。

 鋼鉄の表情からは感情は読み取れない。

 アディには、少しわかる。

 歯噛みしたくなるような悔しさも、それだけしか出来ない自分の無力さを。


「じゃあ止めてやる」

「言ってろ。さぁ、夜ももう遅い。トルク、君は寝ろ」


 ふん、と鼻を鳴らすと、大股で部屋から出ていく。

 しんと静まる部屋の中で、ディーンは人工皮膚を身に着ける。

 鋼鉄を隠して、その想いさえも隠して。



 これを頼むよ、とカルシアから小さな手紙を受け取った。


「あたしの、まだ見ぬ孫への手紙なんだ」


 そう言った表情は、やはりひび割れていて、理解できなかった。

 だが行動は理解できる。

 そのような行動を、やはりディーンは知っていたのだから。

 かつてどこかで、同じような経験がある。

 そのときの依頼者も、きっと同じようにディーンたちに想いを託した。


「うん、了解。承ったよ」


 と、アディは笑った。

 ディーンは笑わなかった。





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