-1st dish-
冒頭でもお伝えしましたがこの小説には過激な暴力描写があります。苦手な方はご注意ください。
この度は閲覧してくださり誠にありがとうございます。作者の焔山誠人と申します。
拙い文章で恐縮ではありますが、何卒お付き合いくださいますようよろしくお願いします。
荒廃した大地に風化した人工の建造物。
地球は遺伝子の暴走によって生まれた新生物が異常繁殖によってありとあらゆる生態系を破壊したことで五ヶ月前の緑と水に覆われた姿とはうって代わり陸地は植物が滅びたために砂漠に変わり地上を闊歩していた生命の大半が死に絶えた。
無論それは人間も例外ではなく、人体の大半を占める有機物を補食することで増殖し、勢力を拡大させたのだ。飢えた人間達は数少ない食料や資源を求めて際限なき争いに身を投じていった。
その死に絶えた地球上のとある場所。空を覆う鉛
色の曇天が見下ろす劣化した古塔に佇む一人の女性。
白色の髪を紅い両目の真後ろで結い肩当から脛当、更には留め具の一つ一つに至るまで全て白銀色に統一された和甲冑に身を包み、柄の先の柄頭から鍔と鞘の間に位置する切羽・更には鞘全体までもが銀色に染まった日本刀を片手に古塔の下から見守る観覧者を高さを生かして存分に見下す。
微かに息を整え、大きく息を吸って観衆を鼓舞するための演説が始まる。
―――『共食い(cannibal)』
その言葉は知能の低い下等な生物の行為と考えられることが多い。
人類と比べて極めて下劣かつ陳腐な生き物にしか出来ない醜い営みだと思われることが多いからだと言えるだろう。
要約すれば食物連鎖の頂点に君臨するほどの高等な生物である人類は「共食い」等と言う下等な営みを必要とせず、「共食い」を習慣から切り離すことによって陳腐な下等生物共と高尚な生命である自分達人間の間に明確な線を引き差別化を計ってきた。
しかし人類はその代償として富める者と飢える者とが互いに地位・名誉・利権・財産・快楽を巡り互いに奪い合う「闘争」に心血を注いできた。
総じてあらゆる人々が全てを賭けてぶつかり合い、奪い合う「闘争」こそが人類においては「共食い」と同義だと言えるのだろう。
これから記す物語は無謀にもその共食いに身を投じながら己の答えを貫き通した人間達の物語である。
***
遡ること数ヶ月前
御上月紅乃は高校でこの日の放課後を迎えて重い足取りで家路に就いていた。
クラスメイトから詰られるほどに仄かに栗色がかかった黒髪を肩甲骨に被さる程度に伸ばし、瞳を下向きに目蓋で伏せながら重い足取りで今日1日の出来事を頭のなかで再確認していた。
剣道部の部内戦で一勝する処か一本を取ることさえ於保つかず、監督に酷く怒鳴られた光景がひたすら繰返し流れては紅乃の精神を蝕むような錯覚に陥らせていくのだ。
コンクリート造りの高層ビルの合間を縫うように走る道の右端を怯えるように背中を丸めて右肩にかけた紺色のスクールバッグの持ち手を両手で掴み、せめてすれ違う人位は迷惑をかけまいとおそるおそる道を通り抜けて行く。
紅乃は元来よりあまり社交的ではなく、友人と呼べる人間は学校にも疎らにしかいない。
なので今回のように精神を病んだ時や心の中に迷いが生まれた時に友人を心の支えに出来ない紅乃にとって心の拠り所とする場所が一つだけある。紅乃の母である御上月恵那の遺体が埋葬された霊園だ。恵那は元々病弱な女性で紅乃を出産するときのストレスで体を壊し、紅乃が小学校に入学する直前に不治の病でこの世を去っている。
心の中をマイナスの感情で満たした紅乃の両足は紅乃自身の意図とは関係なく自然とその霊園へと紅乃を導いていた。紅乃が霊園についたときには日もとっぷりとくれて辺りは静寂が夜の闇を一層深く印象づけさせる。
「そう言えばお花持ってこなかったね。」
御上月家乃墓と大きく刻まれた黒い直方体の墓石の前で呟く。今こうして母の墓の前に手ぶらで来てしまったことを紅乃は思いだすと後悔してしまった。
「やっぱり私には何もできないんだね・・・今だってお線香の一本も持ってきてないんだもん。」
ゆっくりと目を瞑り手を合わせることで墓に眠る母のように強い心を持つ決心を固めて次の日からまた努力する。普段ならばそうすることで精神を整えて立ち直るのだが今の紅乃は墓に眠る女性よりも遥かに未熟で、か弱い自分に深く憎悪してしまっていた。
情けないと吐露することしか今の彼女には出来ない。手を合わせた後ゆっくりと立ち上がると自宅のある方角に向けてまた歩き出す。
――――普通ならそうする筈であった
「・・・ッ!!?」
母の墓に背を向けて歩き出した途端に紅乃の首筋を悪寒が襲う。足は止まり背中を冷や汗が伝い振り向こうにも首に力が入らない。浅くなる呼吸を落ち着かせるために一度深く息を吸い恐怖を振り払うように一気に体ごと振り返る。
それでも鎮座する墓石の群れが点在するだけだ。周囲に目を配るも特に悪寒の元になるものを見つけることはできなかった。
「気のせいかな?」
しかし誤解だったことに気付かされてしまう。中の土を巻き上げながら舗装された地面を突き破る形で地面から青みがかった細長い六本の腕が伸びると一気に両手首と足首に掴みかかったのだ。
「何なのこれ!?」
咄嗟に上擦った声が紅乃の喉から漏れる。振りほどこうにも地面から伸びた腕が紅乃の体を掴む力が強いために完全に動きを封じられてしまい、後ろ手に両手を拘束され髪を掴む手に引っ張られて大きく屈まされていく。思考が状況に付いて行けないまま目線を前に向けるが更なる絶望が紅乃の目に色濃く写り混む。
通路のコンクリートや墓石の下、更には植え込みさえも突き破って人間の骨格に腐乱した肉をぶら下げた死体達が次々と姿を表すと瞬く間に紅乃の視界を埋め尽くしたのだ。目を見開き顔の筋肉を名一杯引き吊らせて青冷めた顔で紅乃はその惨状を眺めていた。
この死体達は屍食鬼と呼ばれる死を迎えた人間に作用を施すことで人体の活動させることで不死性となった元人間達だ。細胞を維持し続けるために生死を問わず有機物を接種する程度の知能しか持ち合わせていないがより活動的な有機物を吸収したいという本能がプログラミングされているため生きた人間を能動的に襲うのだ。そんな屍食鬼に選ばれてしまった紅乃は彼らにとっては肉体を維持するのに欠かせない活きた肉の塊なのだ。
その中でも紅乃の体よりも二周りは巨大で脂を蓄えた体格の上から全身に包帯を巻かれた屍食鬼の一体が唸りながら紅乃の方へと向かって歩いて来る。
紅乃は心の底から絶叫した。首を大きく横に振り真っ向から向かってくる怪物を拒絶するために声を枯らしながら絶叫するがその甲斐も虚しく死体のだらしなく開いた口許がもう紅乃の目と鼻の先まで迫って来ていた。
「あぁ・・・」
完全なる絶望とでも言っておこうか。肉体が腐敗した屍食鬼から発せられる強烈に鼻を突く腐乱臭が紅乃の顔の目と鼻の先から発せられることと相成って紅乃は自分の死を決定付けてしまったのだ。
人は強烈な恐怖心を抱くとショックから涙を流すことも出来ないのだ。先程まで出ていた涙が涙腺に戻る代わりに顔からは滝のように冷や汗が流れ落ち、眼の光も失われ始めてろくに息も出来ないほどに精神が追い詰められていく。
恐怖から体が震え最後の抵抗とばかりに目を瞑るがそのせいで更に恐怖心が紅乃の精神を煽る。肩は先程以上に震え上下の奥歯が小刻みに噛み合う音を抑えようにもそんなことをしている余裕は紅乃には残されていない。
許して欲しい心の中で祈ることしか最早紅乃にはできなかった。自力では突破出来ないと心が折れた紅乃は精一杯の力を込めて許しを乞う。もしも神様がいてこの死体に天誅を降して怪物を退けるような天変地異が起こらない限り絶対にこの状況は変わらないと言うことを紅乃は悟ってしまったのだ。
「全く以て下らんな・・・そんな考え方しか出来ない―――」
だが奇跡のような所業は紅乃の目の前で起こってしまったのだ。
胸を震わせるような重く低い声が響いた刹那、つい先程まで紅乃を喰らおうと大きく口を開いていた屍食鬼の頭部の形が大きく歪んで赤黒い血液が頭の歪みの隙間から噴水のように溢れ出てきたのだ。紅乃は赤黒い血液が顔にかかり冷たさのあまり反射的に瞑った目をしかめてから見開き何が起こったのか確めるために苦々しく目の焦点を合わせる。
目の前で起こっている現象が理解できないせいで紅乃はだらしなく口を開けてながらも目線は歪んだ頭部を捉える。
その刹那に怪物の首は明後日の方向に炸裂し辺り一面に怪物の赤黒い血液が飛び散って初めて怪物の頭を吹き飛ばした元凶の存在を理解することが出来た。吹き荒ぶ血飛沫の中で、紅乃と怪物の丁度中間地点で紅乃を庇うように長身の男が立っているのだ。
「豚が。」
嘲笑うように男は胴体しかない死体に向けて吐き捨てた。紅乃の前に姿を現したのは2メートル近い身長を持ち、見た目は細身ながら鎧のような筋肉が全身を締め上げている色黒の男。背を向けているせいで顔は確認出来ないが月明かりに照らされた姿を見る限り二本の足で直立し真っ赤に染まった右腕の先端には人間のそれと同じ五本の指のある手が確認できる。
だが紅乃にはその目の前にいる野獣のような死体達とは明らかに違う男が、回りにいる死体とは違うがかといって自分と同じ人間だとはどうしても思えなかった。
紅乃も高校の部活程度とはいえ竹刀を執る身、戦闘の達人が持つ自分のいる場所を呑み込み掌握するような特異な雰囲気が男からは醸し出されているように紅乃には感じ取れたのだ。この雰囲気は気迫となって突き刺さるように霊園全体を支配する。
気迫に気圧されているのは死体達も例外ではなく、餌を求めて本能のままに行動しようと紅乃を襲おうと目を爛々と光らせていた屍食鬼達の目が曇り始めるのを男は見逃さなかった。
「どうした?お前達はこの雌の匂いに焚き付けられたのではないのか?」
虚無からいきなり現れてからこの場を制圧した男が最初に発したのは低く敵を逆撫でする挑発だった。顎を持ち上げて口角を吊り上げ、声に含みを入れて男が死体達の精神に煽りかける。
男は右手に握っている頭だった肉塊を無造作に放り捨てると、棒立ちになっている胴体を左足で蹴り倒して霊園全体をぐるりと見渡す。
男から見た限りでは男と紅乃の周りをぐるりと死体が取り囲み、道と言う道を全て塞いでしまっているので退路は完全に断たれてしまっている。
「返す言葉も見付からないか。だろうな。ならば還れ。」
近くにいた死体のうち筋骨隆々とした一体が両手を広げ唸りながらから男に向かって迫ると男は微かに口許を緩める。
「うぐっ・・・」
肉が潰れる鈍く不快な音が響くと咄嗟に紅乃は目を瞑った。
「ん・・・ッ!!」
ゆっくり目を開けた視界の先では男が大きく真っ赤に染まった拳を振り上げて死体の胸の中心から首を伝って頭頂部にかけての肉を抉り上げているのだ。
アッパーカットを決められた死体は力無く胴体と頭蓋だったものを肩の上にぶら下げながら宙に浮いている。
「おうッ・・・ゴフッ・・・ごぇっ・・・」
紅乃はその場で大きく嘔吐した。男の常軌を逸した行動に紅乃の精神は耐えられるはずもなく、紅乃の肉体までも大きく蝕んでいたのだ。
「地獄にな。」
口許を吊り上げながら男は容赦なく宙に浮く死体を一蹴りで振り払い獲物を追う肉食獣の様に次々と死体達に向かっていく。
一体は右手で鳩尾目掛けて拳を叩き込んで腹部を突き破る。
その横にいた一体の脇腹の肉を左手で抉り更にもう一体には肘打ちを当てて肩を潰す。
そのまま違う一体には回し蹴りで吹き飛ばし勢いを残しつつもう一体にはだめ押しとばかりに両手を頭上で組んで降り下ろし頭部を叩き潰した。
更に男が次の屍食鬼の顔に殴り掛かるべく右の拳を振り上げたその刹那だった。男の動きが固められたように止まる。
男が顔を動かさずに視線だけを右手に向けると男の右手首に一体の死体が噛み付いているのだ。更に男が一瞬右手に気を取られている隙に今度は男の左手にも激しい痛みが走る。
左手は親指と小指を残して食い千切られており、死体の両手が手首の辺りを離れないように掴んでいる。両腕の先から走る苦痛に声を震わせながらも目を見開き一層口許を吊り上げると右の拳に力を込める。
「クククッ・・・来いよ屑共・・・力比べなら受けて立つぞ!!」
男が両手に群がる引き剥がそうとする腕力と死体の噛み付く力が拮抗するが男の骨を死体が噛み千切ると同時に手首の神経も破壊され男の手の力が抜けたところを離すまいと掴んで左手とは真逆の方向へと引っ張る。
右手を引く死体と左手を引く死体の力が釣り合い男の視線が頭の後ろを向くように不自然に背筋が伸びる。そのまま弦を千切るように男の筋肉が破壊され、腱と軟骨が剥離されると男の肉体は胴体と右腕・左腕の三つに分割され破壊された肩口から滝のように鮮血を迸らせながらその場に膝を突き項垂れる。
右腕と左腕は掴んでいた屍食鬼もろとも両腕に群がった死体によって補食されていくが男は糸が切れた人形のように項垂れたままその場から動かない。両腕を食い尽くした屍食鬼達は次の標的として両腕を失った男を一気に囲うと四方から大軍で男に喰らい掛かろうと迫った。
目と鼻の先に男を捉えた一体が飛び上がり一気に男の頭頂部を喰らおうと大口を開けた刹那、先程まで微動打にしなかった男が屍食鬼よりも遥かに俊敏に喉元に噛み付き尖った前歯を屍食鬼の喉に食い込ませる。男はさっきまで固まっていたのが嘘のように噛みついた死体を地面に叩き付けると喉の肉を一気に噛み千切り、別の死体の顔にハイキックを当てて首をもぎ取ると更にもう一体の肩口に噛みつき引き倒して右足で踏みつけて動きを止めるつもりだったが男が屍食鬼の腹が大きく潰れて中に仕舞い込まれていた臓物が一気に飛び散り周囲の血で染まった地面をより一層赤く染めた。
血走った眼で天を仰ぎ肉を飲み込む。飛び出んばかりに見開かれた両目がぐるりと自分の足元で散らかされた死体に向けられる。男の口が大きく開き真っ倒に死体に噛み着くと自分の頭を持ち上げることで肉を千切り快感からぶるりと体を震わせる。
切り離した肉を飲み込んだ後一噛み、また一噛みと死体を咀嚼していくうちに破壊されていた男の左の肩口が波打つように蠢き始めると凝固を始めていた血の塊を突き破って肉の柱が立ち上がる。
肉の柱は中間からくの字に曲がって肘となり先端が五つに別れてそれぞれが中心めがけて二・三節に折れ曲がり指となって人間の手を形成していく。
男は再生した左腕で別の死体の喉を掴み一気に引寄せて項に噛み付くと脊柱を周りの肉ごと死体から引き剥がし、肋骨もろとも中身の臓器を貪り始めた。
死体も抵抗を試みているのか男にしがみつこうと手足をばたつかせるがその甲斐も虚しくやがて動きを止めてしまった。
男が肉を飲み込むと今度は右腕が元通りに復活し、死体に空いた穴に右手を差し入れて左右に引っ張ると死体は真っ二つに別れて男に放り投げられてしまう。
放り投げられた上半身と下半身は最後に残った一体へと投げ付けられてバランスを崩した死体に追い討ちをかけるべく跳躍した男が墓石を真上から叩きつけると腐った死体一体半では重量を支えきれずに地面に四散する。
「さて、大丈夫かと一応心配はするが・・・この様では答えようがないな。」
全ての屍食鬼を薙ぎ払った男は手の埃を軽く落とすと両手足を掴まれて身動きが取れなくなっている紅乃の元に歩み寄り、地面に膝をついて紅乃の顔を除いたが紅乃は口から黄色い液体を垂らして白目を向き気絶したまま男の問には答えなかった。
「仕方あるまい・・・家まで運んでやるか。」
紅乃を拘束する腕を雑草の様に根元から毟って気絶している紅乃を解放して左肩に担ぎ背を向けて歩き始めた時だった。
黒い作務衣に身を包んだ二人組が姿を現す。二人とも黒い頭巾で目元意外を隠しているせいで顔の表情を伺い知ることはできないが傍らには灯油の入ったポリタンクが置かれている。そのまま二人はアイコンタクトをとると一人の男が辺りにポリタンクの灯油を撒き始めた。
「しっかしまぁこんなに早いとはね…あの娘のお母さんのこともあっておやっさんが躍起になるのもわかるが…」
「それがコレに課せられた使命だからな、何が何でも克服して貰わなくては困る。」
二人組の残された方が若い男のこえで紅乃を担ぐ色黒の男に投げ掛けるも素っ気なく返されてしまう。
「おいおい。反対派のアンタにしちゃぁ随分な言い方じゃねえか。」
「課せられたこと位やり通せない様ではこの先コレに生きている価値などない。」
「相変わらずストイックだねぇ。だからおやっさんも恵那さんもアンタを信じたんだろうけど。」
「黙って続けろ。俺は御守りで忙しいんだ。事後処理は任せておく。」
「わかったよ。アンタもお嬢を頼んだぜ。」
男は紅乃を担いだまま跳躍しその場をあとにする。
「やれやれ…本当はそんなことさせたくない癖に…そんなんじゃアンタも壊れちまうよ。おいロク!“御焚き挙げ”の準備はできたか?」
ロクと呼ばれた灯油を撒いていた男はポリタンクを放り捨てて頷く。
「よし撤収だ!お釈迦にならねぇようにしっかり下がれよ!」
程なくして霊園全体に火の気が上がる。
夥しい数の肉片や地面の抉れた痕を浄化するように炎は一晩中霊園を包み込んでいった。