朝、喫茶店で昼を
このストーリーはもとより完結することを目的としません。
小さな区切りを続けていく予定です。
ビッグストーリーを希望の方は、私の他作品あるいは他者作品をご覧下さることを推奨します。
それでは『詠と是途』お楽しみください。
「赤かなぁ?それとも、あお?」
昼下がりの喫茶店で、詠は前触れもなく言った。
「えっと……なにが?」
「なにがって、そんなの決まってるじゃない。是途くんは考えないの?」
「色については……あんまりね」
詠は人差し指を唇にそっと重ね、こまっているような素振りを見せた。
「ん~? じゃあファッションとかどうしてるの? いつも地味めな服を着てるよね。オシャレとか考えないの?」
「うん、まあね。それに考えたって意味ないじゃないか。人は外見で決まるものじゃないからさ」
詠はふっと笑った。是途のどうしようもなく渇いた、それでいて重すぎない友情が詠にそうさせたようだった。
是途は話を引っ張ることもなく、注文したコーヒーを一口飲んだ。
「でも、でもね、前から思っていたんだけど……、そんなんじゃ彼女もできないとおもうの。少子高齢化が叫ばれているのよ? 直そうとは思わないの?」
「日本の将来を気にするのは僕の仕事じゃないよ。それに君だって彼氏がいないじゃないか。僕たちは似た者同士、ただそばにいるだけの存在だから、あまり踏み込まれたくないなあ~」
是途はコーヒーをまた一口飲んだ。
彼のコーヒーだけが減っていき、詠の頼んだ紅茶はまだ残っている。
「かわらないね、そういうとこ。私は変わっていくよ。是途とはちがうから……」
詠は静かに、ゆったりと、包み込むように笑った。それは朝が訪れたときに花々が一瞬だけ見せる、あの柔らかい花の笑顔に似ていた。
「行くあてはあるのかい?」
是途の問いは、ほとんど無意識のうちに溢れていた。
「いくあて? 私はどこにもいかないよ? ただ、かわっていくだけ。だってそうでしょう? 世の中に変わらない人間なんていない。私はあなたに変わらないなんて言ったけど、ほんとうは変わっている。ただ止まって見えるだけなの」
「僕は、そうじゃないよ。勇気がないのかもしれないけど、立ち止まっているんだ」
是途はうつむいていた。コーヒーカップと空いたシュガースティックの袋を眺めている。
「うん。しってる。さあ、歩きだそう? きっと今に未来が見えてくるはずだから……。ね?」
彼女は立ち上がって、是途をうながした。
手を差し伸べたり、笑いかけたり、そういったことは何一つやらなかったけど、是途を待っていることだけは確かなようだった。
僕はあのとき、立ち上がって付いていくべきだったのかもしれない。
少年の心には後悔だけがのこり、テーブルの上には紅茶だけが残った。