3往復の応酬
「ただいまー」
辺りがとうに暗くなってから、那々絵は帰宅した。
「お帰り。遅かったわね」
「まだちょっと用事があるの。出掛けてきまーす」
母親の返事を待たずに、那々絵は再びドアをすり抜けた。
通りを歩きながら、那々絵はケータイを開く。
そこには優亞からのメールがあった。
『今日は時間ある?』
短い文章だったが、いつもの相談のくだりだとはわかっていた。
早めの小走りで優亞の家へ向かった。
インターホンを鳴らす。
暗い門を背景に息が白く映り、年並みの冬の寒さに気づく。
ドアが開き、優亞が現れる。
「ごめんね、寒かったでしょ?」
招き入れられるままに、那々絵は玄関に入る。
「まあね。でも優亞のためだから」
微笑しながら顔を上げると、優亞の頬が紅色に火照っているのがわかった。
「上がって」
少し不思議に思いながらも、とくに気にせずに那々絵は靴を脱いだ。
クッションを抱えて、優亞がベッドに座る。
柔らかそうに沈んで、ふわりと跳ねた。
「どうしたの? 楽しそうだね」
優亞の向かいに座りながら訊ねる。
「うん……。しちゃったから」
「なにを?」
唇を閉じて、笑いながら目をそらす。
「ねえ、いじわるしないで教えてよ」
優亞はちらりと那々絵を見ると、かわいらしくクスクスと笑った。
「しちゃった……告白」
那々絵は笑顔で優亞を見ている。
「え?」
優亞は心の底から嬉しそうに笑っている。
「今日ね、"彼"に告白しちゃった。
それでね、聞いて聞いて! デートの約束までしちゃったの」
ギュッとクッションを抱きすくめる優亞に、
那々絵は固まった笑顔のまま彼女を見つめていた。
「ただいま……」
自宅の玄関のドアを開け、鞄を下ろす。
リビングから母親が顔を出す。
「お帰りなさい。もう用事はすんだの?」
「うん……」
階段を上っていく那々絵を目で追いながら、
母親は手元のマンガのページをめくった。
だらりと足を伸ばしたまま、那々絵はぼーっとしていた。
ときおり外で風の音がしている。
「那々絵。カバン玄関に置いたままだったわよ」
母親が那々絵の鞄を手に入ってくる。
一瞥するだけで那々絵は反応しない。
母親は一旦 外に出ると、マンガを抱えて入ってくる。
「あなたの部屋を掃除してるときに見つけたんだけど、これ面白いわね。
やっぱり智くんの? 続き読みたいんだけど、借りてきてくれる?」
那々絵は目で拒否を示す。
「じゃ、お願いね〜」
母親はそれに気づきながらも、知らない素振りで出て行った。
身を切るような冷たい風のなか、那々絵はドアをノックした。
反応がないため、勝手に開ける。
室内では、智がベッドの上で仰向けになっていた。
靴を雑に脱ぎ捨てると黙ったまま那々絵は本棚に向かう。
なおざりにマンガを空いている位置に入れ、その続きのマンガを探す。
「なあ、那々絵」
智が那々絵を見なければ、那々絵も智を見なかった。
「嫌いとか好きって、ナニ?」
さっさとマンガを取り出すと、那々絵は胸にそれを抱えた。
智は天井を縦横に走る木材を見ていた。
「俺はなにをわかってたワケ?」
早く立ち去ろうと急くが、積んだマンガのバランスがとれずもたつく。
少しずつ修正し、持ち上げる。
「お前はなにをわかってたワケ?」
やっとの思いで背を向けた那々絵が立ち止まる。
胸の前のマンガの重みで、少し後ろに傾いでいる。那々絵は振り返る。
「知らないわよ」
そう吐いて、よたよたと歩き出す。
足元が見えないせいで、裏返った靴をうまく履けない。
ドアノブを握ることもままならず、乱暴に押し開ける。
大きな音を立ててドアが閉まっても、智は天井を見つめていた。