人は変わる
少し曇った空の下、自動販売機を間に智と達矢がいる。
煙草を吸っている達矢は腰をかがめて壁にもたれ、目を細めている。
智は黙っている。
達矢は智がまた落ち込んでいると気づいていた。
また例のことか、と少し躊躇していた。
しかしこのまま放置するのも、と考え直した。
「どうした、智。また落ち込んでんのか」
前髪を整えながら、達矢が言う。
「……ん、べつに」
達矢は腕組みをした。
何気ないふうを装っているが、少し気を配ればすぐわかる落ち込み方。
とくにこいつは、相手に悟られまいと寡黙になりやすい。
他人に頼りたいときほど他人を避けるどうしようもない日本人だ。
「そんなあからさまにローテンションに言われてもなー」
歯の隙間から煙を吹きながら、苦笑まじりに言う。
「ああ……」
智は地面の一点を見つめている。
達矢は見てみるが、案の定そこにはなにもない。
「あ、そうだ。お前んちってマンガたくさんあったよな。
ちょっと読ませてくんない?」
寒さに耐えかねた達矢が言うと、
表情をほとんど変えないままに智は歩き出した。
達矢は黙ってその後についた。
ベッドの上で上着も脱がずに、智は天井を見ている。
達矢は世紀末覇者のマンガを読んでいた。
少し智の態度に苛立ち、達矢はもういいやと考え始めていた。
ふとウェブコミックの更新のことが気になり、パソコンを目にした。
PCは電源は切れておらずスタンバイ状態で、
ディスプレイは真っ黒のままなにも映っていない。
「ちょっとパソ借りるな」
軽く断りを入れ、チェアに座る。
個人が運営しているサイトだったが、絵柄が達矢好みの色っぽいものだった。
ディスプレイが光を取り戻すと、そこにはすでにブラウザが起動していた。
ニュースサイトの記事が表示されている。
「このニュース、消していいよな」
マウスを右上の×印に移動させる。
それに気づいた智は慌てて達矢の手を止めた。
「わっ……なんだよ」
少し冷たい智の手を振り払いながら吐き捨てる。
智は黙々とページを保存している。
その表情は真剣そのものだった。
「……………………お前が落ち込んでるの、これのせい?」
ふいにそう思い、気づけば訊いていた。
智は黙っている。ちらっと達矢を見て、ディスプレイに目を戻す。
記事の内容は、代菅泰地という大学生が
知り合いの女性を包丁で切りつけ傷害の容疑で逮捕されたというものだった。
代菅の自宅から怒声が漏れ聞こえたこと、
そこから被害者の女性が逃げ、それを代菅が包丁を持ち
追いかけているのを見られて通報されたことが記されている。
また代菅の知り合いは彼が近ごろ態度がおかしくなり、
少し敬遠されていたと語っているようだ。
被害者は代菅と同じ歳で2人は懇意に接していたが、
それは代菅が一方的に歩み寄ったものであると書かれていた。
達矢は智を見た。智は目を背ける。
「……高校のときの友達だ。泰地はそんなことするヤツじゃない。
あいつはそんな度胸のある大それた人間じゃなかった」
智、それは度胸とは言わないぞ、
と心のなかで呟きながら、記事を再び見る。
たしかに代菅はここからそう遠くない大学に通っていたようだ。
帰るときも、智はディスプレイの前に座っていた。
「智、そんなに見ても記事は変わらないぞ」
ちょっとしたジョーダンで言ったつもりだったが、
言ってから不謹慎だと気づいた。
「ああ、そうだな」
智は言うと、PCのアダプタを抜いた。
一瞬にしてパソコンは静かになる。
軽くため息をつきながら、達矢は外に出た。
智はベッドの上に身を投げた。