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Scenes  作者: Drealist
19/28

昔々の童話

ピンクの部屋のなかでは、沈黙がおり固まっていた。

対座するように体を向け合ったまま、那々絵と優亞はなにも話さない。


那々絵が呼び出されたのは、つい今し方のことだったが

電話口での会話以外、優亞は口を開いていなかった。

呼び出した本人がこれでは、来る甲斐がない。


那々絵は気をもんでいた。

優亞がふさぎ込んでいる理由は知っている。

しかしそれとは別のところで、落ち込んでいる人間がいた。

その男はここにはいなかったが、那々絵には近しい人物――智だった。

最近、智は考え込む節があり、淋しげだった。


彼が落胆する理由も、彼女にはわかっていた。

なぜなら那々絵が伝えた言葉が原因だから。


『優亞がね……あんたのこと嫌いだって』


彼女が伝えたというだけで、本当は優亞の言葉であることはわかっていた。

でも那々絵は自分が智を傷つけたという意識をもっていた。

彼女の優しさは、空回りしていた。




駅の構内、智と別れた後で那々絵と優亞の2人は

予定通り電車で繁華街のある場所へ向かっていた。


揺れる車両のなかで

優亞の様子がおかしいと、那々絵は不安ながらに感じていた。

楽しげだった彼女がなぜ黙り込むのかわからなかった。

まさかとは思いながら、那々絵は訊ねた。


「ねえ、優亞。ひょっとして智と会ったことがイヤだったの?」


優亞はゆっくりと顔を上げる。

その瞳は、怯える小動物のように揺れていた。


そのとき那々絵はやっと思い出した。

優亞が病的といえるほど男を怖がるということを。

彼女が恋をしたという事実と、

那々絵自身が智を男性として見ていないことが災いした。


「ごめんね。そうだったね、優亞は男の人が怖いんだったね」


抱きすくめるように優亞の体を寄せる。

優亞はされるがまま、顔を那々絵の胸元にうずめた。


「私が不注意だった、ごめん」


那々絵の呟きに、腕のなかの優亞がごそごそと首を振る。

彼女は優亞の頭をなでながら言葉を繋いだ。


「ねえ……智のこと、嫌い?」


今度は優亞は動かず、応えない。無言。

那々絵は智を、優亞に近づけないほうがいいと考えた。

いくら智でも傷つくかもしれない。

でも優亞にとっては、他の男と一緒なんだ。

那々絵にとっては幼馴染でも、優亞にとっては。


「……なあちゃんは悪くない。あの人も悪くない。

 ごめんね、わたしが臆病だから迷惑かけて……」


くぐもった声がもれ、那々絵の胸のあたりだけが優亞の呼吸で熱くなった。




時計の針が機械的に音を刻む。

ピンクのクッションを抱きかかえる優亞を、那々絵は黙って見ている。

彼女には、どうすればよかったのかわからなくなっていた。

智に伝えたことが、本当によかったことなのかどうかわからなかった。


幼馴染と親友。

自分の大切な人同士が仲良くいれればいいのに、

と那々絵は願わずにはいられなかった。



優亞は黙っている。

那々絵が傍にいるにもかかわらず、どこか心は別のところに向いている。

彼女は優亞が"彼"のことを考えているんだとわかっていた。


今できることは、優亞にアドバイスすることだけ。

智には悪いけれど、優亞を傷つけないために

代わりに傷つくことを了承してもらうしかない。智は男だから。


納得させるように、うなずきながら心中でつぶやく。

私にできることは、優亞を励まし元気づけること――


「昔々あることろに……」


那々絵が語りだす。「1人の女性がいました」

優亞は顔を上げる。


「彼女は赤ん坊の頃から美しく、嫉妬した魔女に誘拐されてしまいました。

 魔女は彼女の美しさをねたんで、

 誰にも会わせぬように深い森のなかの天を貫くような高い塔に幽閉しました。

 女性は魔女以外を知らずに育ちます。

 ある日いつものように彼女が窓から顔を出していたとき、

 塔の下に誰かがいるのに気づきました。

 たまたま森のなかに猟に来ていた男性でした。

 しかし彼女は魔女以外を知らないので、男性におびえました。

 しかし男性は毎日々々、塔の下に訪れてきます。

 次第に彼女も警戒しないようになり、そして恋心を抱くようになります。

 そしてあるとき、窓の外にハシゴがかけられました。

 窓からはあの男性が入ってきました。

 そして2人で魔女から逃げ、恋を実らせましたとさ」


語り終えた那々絵は一息ついた。そしてにこりと笑う。


「優亞なら大丈夫。あなたをフる男なんていないよ」


彼女の言葉を聞き、嬉しそうに優亞は顔をほころばせる。

幸せそうな笑顔だな、と那々絵は思った。




「ごめんね、なあちゃん。いつも急に呼び出したりして」

「いいよ、もう慣れてきた」


お互い笑みを浮かべ、じゃあねと口にする。

那々絵は玄関を後にした。



星が瞬く夜空の下、彼女は急ぐこともなく歩いている。

優亞を元気にできただろうか、大丈夫だろうか、

と気にしながら。


ふと足が止まる。

さっきの話は、那々絵が幼い頃に耳にした童話を思い出しながら語ったものだ。

ふいに戻って言い直したい衝動に駆られた。

那々絵はこの童話が好きではなかった。

そもそも無理にハッピーエンドを迎える話に、好きだという感情は湧かなかった。

そして前に流行ったように、童話は改善されてハッピーエンドを迎えることが多い。

つまり本当は残酷なバッドエンドということ。

それを知りつつ、優亞に話したことに気づいた。

その理由を心中で探るが、答えは見つからない。振り返る。優亞の家は見えない。


 私が優亞の不幸を望んでる?

 私にそんな不安に思う理由が一体どこに……


那々絵は思考をむりやり振り切り、歩き出した。

星はいまだ輝いている。

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