彼と彼女の後悔
ディスプレイを眺めながらマウスを動かす。
いつも見ているサイトの更新は、ほぼすべて読み終えていた。
ブラウザを閉じると、智はパソコンをスタンバイにした。
「失礼するよー」
「失礼なら出てって」
「あいよー。ってなんでやねん!」
ドアから入ってきた那々絵がノリツッコミをする。
「マンガ貸してよっ」
「勝手にどーぞ」
ディスプレイの電源ボタンを押しながら智が答える。
「ってかここはマンガ喫茶かよ」
「にしては品揃えも対応も悪いね」
「うっせ」
すでに目標は決めていたらしく、那々絵は本棚に手を伸ばす。
鼻唄を歌う那々絵をぼんやり見る智がなにげなく言う。
「なんか今日はテンション高いな」
那々絵は振り返らない。
「……そう?」
「俺の切り返しの早さがあったから反応できたものの」
「だよねー、さっすが智ぃ」
振り向きざまに那々絵が笑顔を振り撒く。
「…………」
「…………」
那々絵は固まっている。
「なんかあったろ」
「別になにも」
智が言い切る前に那々絵が割り込む。
「……やっぱなんかあったな。なにがあった」
マンガをぱらぱらめくりながら、那々絵はうつむいている。
「悩みがあるなら相談にのるぞ? 大したことは言えないかもしんないが」
真剣な智の顔を見て、那々絵は窓の外を見る。
「……俺ってそんなに力不足かな」
「そんなことはないけど……」
「じゃ、話してくれよ。誰にも言わないから」
那々絵は逡巡しているようだったが、上目で智を見た。
「……ヘコまない?」
智は疑問符を浮かべながらも、とりあえずうなずいた。
「………………………やっぱやめる」
振り返りドアに足を向ける那々絵の、肩をつかんで止める。
「ここまできてそれはないだろう? ん?」
笑みを浮かべて、智は優しく言った。
那々絵はやはり躊躇しているようで、智を見上げる。
「……この前」
覚悟を決めたように那々絵が目を背ける。
「駅で会った女の子、覚えてる?
あの優亞のこと、私が相談にのってあげてるあの子のことなんだけどね……」
語尾をにごす那々絵に、うんと智がうなずく。
「優亞がね……あんたのこと嫌いだって」
黄昏れなずむ街を眺め、智は頬杖をついたままなにも語らない。
その姿を見ながら、那々絵はやっぱり話さないほうがよかったと思った。
かすかに笑っている智が、少し不気味ながらも哀れに見えた。