彼だけの時間
公園のベンチで冷たい風に吹かれながら、
達矢は500mlペットボトルのお茶を飲んでいた。
大樹につく緑と黄のグラデーションの葉をぼんやりと見つめ、
晴天を滑空する鳥に目を移す。
授業は午前中に終わっていたものの、
どこかやる気が起こらずに
昼食をとることもなく午後を迎えてしまっていた。
公園の出入り口の前を智が通り過ぎようとし、ふと達矢に気づく。
「お――い、茨木〜!」
呼ばれた達矢はどこからの声かすぐにわからず、きょろきょろと公園を見渡す。
「……あ、なんだ智か」
「なんだはねーだろ、なんだは」
小走りにベンチに智が駆け寄ってくる。
「お前さ、口、開いたまんまだったぞ。バカに見えるからやめとけ」
薄笑いする智に言われてから初めて、
ぽかんと口が開いていたことに気づいて慌てて閉じる。
「あ……ああ」
「高校の頃から変わんねーな、その癖。
あ、"バカに見える"からっていっても、もうバカだからこれ以上は変わんないか」
バカじゃねえよ、と言いながら小気味よく智の頭をはたく。
「で、なにしてたんだ?」
「べつになにもー」
のそりとした声で呟くと、達矢はまた空を見上げた。
ゆっくりと開いていく達矢の口を見、そしてその視線を追う。
「……なんか忙しそうだな。じゃ、俺は帰るから」
おー、と達矢が答える頃には、智はもう背を向けて歩き出していた。
おそらく智には聞こえなかっただろうと、それすらぼーっとしている達也には気づかなかった。
肩に首を乗せたまま呆ける達也を、公園を出て振り返りながら智は、
リストラされたが家族に申し出ができず公園で時間を潰すサラリーマンか、
老後を迎え過去に想いを馳せるにも時を余した年寄りかに思った。
妙に笑い飛ばすこともできず、足早に智は道を急ぐことにした。