くしゃみ
「ぶえっくしっ!」
大して奇麗でもない顔を歪めて、智はくしゃみをした。
「風邪?」
それほど気にした風でもない間の抜けた表情で、那々絵が呟く。
「かもしれない」
「遅くまで窓開けっぱなしでゲームなんかしてるからよ」
「なんで知ってんだよ」
「私は勉強をしてたのよ」
智はベッドの上で鼻をすすりながら、カーペットの上に座ってマンガを読んでいる那々絵の背中を見つめた。
那々絵の家は隣で、簡単に顔を付き合わせることができる距離にある。
「そういや、明日の古典って宿題あったよな。写させて――」
「いや」
マンガから目を放さず、那々絵がきっぱりと言い放つ。
「そんなこと言わな――」
「いやだっつってんの」
智はなんの感慨もなく窓の外に目を移した。
ああ、俺がないがしろにされるようになったのはいつからだろう。嘆く彼の姿は堂に入っていた。
「少し換気するか」
窓を開けると、冷たくなり始めた空気が流れ込む。
「寒いー」
「写させてくんないなら我慢しろ」
「悪逆非道ー」
智は窓から身を乗り出し、那々絵はマンガのバトルシーンを目で追いながら言い合う。
「――っしょん」
智は左の眉をぴくりと上げた。どこかからくしゃみが聞こえた気がした。
「べっしょうん!!」
と思っていると、凄まじく汚い音が辺りに響いた。
オヤジ臭い低い声で、おそらく窓も閉めずにくしゃみをしてるんだろう。
「うっせーなー」
なで肩ねこ背のしがないサラリーマンを思い浮かべ、苛ついた様子でぼそりと呟いた。それと同時に智は鼻にむずがゆさを感じた。
「……えっぐしっ!!」満足げに鼻をさする。「ふ〜……あっ」
自分が窓から顔を出していることを思い出して、ふと振り向いた。
那々絵と目が合う。
「……ふん」
鼻で笑うと、那々絵は視線をコミックに戻す。
しばし思案するがなにも考えつかず、智は空を見上げた。
苦笑いしか浮かばなかった。