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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

告白

作者: 降鳥 新智

 私が会社を解雇されたのは昨月末のことだった。私の失態が原因で長く続いた得意先との付き合いが断ち切られてしまい、その責任を問われ、会社から追い出されたのだ。入社してから三年目を迎え、段々と仕事の楽しさを感じ始めていたし、同僚ともうまくいっていた。同期の何人かは慰めてくれたが、会社を去る日に向けられた多くの非難と軽蔑の目が私の心を深く抉っていた。失意の中、私は実家のある田舎に帰っていた。貯金があるわけでもないし、再就職のあてもなかったが、それはどうでもいいことに思えた。私は少しの間のんびりするつもりでいた。両親も打ちのめされた私を見て、特に何を咎めることもなく、ただ心配したような困ったような顔をするだけだった。

 私は落ち込んだとき、よくあてもなしに散歩をする。実家に戻ってきてから毎日のように散歩に出かけた。実家は程良い田舎具合で、車は必要だが生活に困ることもなければ、山に囲まれ自然が身近に広がっている。十月を迎え賑やかな紅葉は人々の目を楽しませるには十分だろうが、そのときの私にとって景色はどうでもよいものだった。ただ、あてもなく歩くのだ。


 慰安生活を始めて二週間という頃、夕暮れどきに家から1.5キロほど離れたところにある雑木林へと立ち寄った。元々が静かで人はあまり多くはない町だが、ここは特に静かで人が立ち入ることは滅多にない。何か曰く付きの場所というわけでもないのだが、とにかくほとんど誰も寄り付かないところだった。暗い気持ちがどこか鬱蒼とした場所へと仕向けたのだろうか、私はふらふらと夢遊病者のように中へ歩みを進めていった。

 林の中は道が整えられておらず手付かずだったが、地面は平坦で、わずかに一本道のように木が開いていたために案外歩きやすかった。天然の林なのだろうか、大小さまざまの木が立ち並び私を取り囲んでいた。しかし、散歩コースとしてはやはり不向きだろう。夕暮れどきということもあるが不気味に薄暗く、秋だというのに虫の声も聞こえなければ、生き物の気配も感じない。そういえばここまで深く中へと入るのは初めてだということに気付き、林の異様な空気に何か奇妙で不吉なものを感じ始めていた。

 どれくらい歩いただろうか、そろそろ引き返そうと思っていたとき、遠目に人が見えた。ようやくこの空間に「生き物」を確認することが出来、私は安堵した。少し歩みを速め近付いていくと、その人影は一人の老人だった。中肉中背で白髪のやや禿げかかった年老いた男だ。彼は立ち尽くしある一点を見つめて動かなかった。その何とも形容しがたい横顔に胸騒ぎを覚え、声をかけようとさらに足を速めた。30メートルほどのところに来たとき、彼の頭上少し上に輪が垂れているのに気付いた。見上げると高さ4メートルほどにある枝に縄が結び付けられ、老人の頭上へと伸びていた。彼は踏み台に足をかけ、輪を掴んだ。私は駆け出していた。

 「やめてください!」

 彼は驚いたようにこちらを見たが、すぐに前へと向き直った。

 「やめてください!」

 彼のもとに辿り着き、体にしがみついて止めた。

 「離してくれ!邪魔をするな!」

 彼は激しく抵抗したが、負けじと押さえつけると諦めて踏み台に座り込んだ。しばらく荒い息を弾ませ、落ち着いたところで彼は私を見上げた。見たところ七十代くらいだろうか、たしかに皺も多く年老いてはいるが、どこかまだ逞しさが残る顔だ。そして、何か心の内を見透かすような、そんな不思議な目をしていた。見たことはないが、私が想像する自殺者とは少し違うように思えた。

 「自殺なんて、どうしたんですか?」

 「私にはこうするほかないんだ。」

 彼は視線を外し、遠くを見るようにただ正面に見つめた。何を見ているのかはわからないが、少なくとも今ここにある景色を見ているわけではないことは確かだ。

 「でも、やっぱり自殺はだめですよ。話くらいなら……聞きますよ。」

 私の遠慮がちな申し出に彼は驚いた。しかし、すぐ自嘲するような表情でこう答えた。

 「私にとって死ぬことは救いだし、私は死ぬことを望まれている人間だ。君は私の話を聞いた後も、はっきりと私に死ぬなと言えるかね?」

 私はどう答えて良いか迷い言葉を選んでいると、老人はゆっくりと語り始めた。  

 「三十年以上も前の話だ。私は東京に住んでいて会社勤めをしていた。小さな食品メーカーで経営はギリギリだったが、何とかやっていけたし、職場の雰囲気も良かった。部下にも上司にも恵まれ、家庭も円満だった……私には妻と一人娘がいた……決して裕福ではなかったが、ごく当たり前の小さな幸せを噛み締めながら生きていた。」

 彼は懐かしそうに目を細め、しばらく沈黙した。しかし、続きを語り始めると彼は苦しそうに顔を歪めた。

 「だが、ある出来事が私の幸せを粉々に壊し、そしてそれ以来私は狂った。私の妻と娘が殺されたのだ。」

 私は驚き慰めの言葉をかけようとしたが、話にはまだ続きがある気がしたのでそれを思いとどまった。それに、話の核心はまだその先にあるような気がした。

 「その日、私は遅くまで会社に残っていた。家に着いたのはちょうど11時頃だった。普段なら鍵が掛かっているはずだが、その日は鍵が空いていた。娘は帰宅してから鍵をよく掛け忘れていたから、特に不審には思わなかった。ドアを開けて家に入ると、そこには胸に包丁を突き立てられた妻が仰向けに転がっていた。私は妻に駆け寄ろうとした。しかし、娘も家にいるはずだということに気付き、恐る恐る家の奥へと進んだ。娘は服を剥ぎ取られ……おそらく犯されたんだろう……無惨に衣服の袖で絞め殺されていた。悲しみはその時沸いてこなかった。ただ、二人を殺した人間をこの手で殺してやりたい、そんな憎しみが私を飲み込んでいった。」

 私はまだ父にも夫にもなったことはないが、職を失うまで付き合っていた恋人がいた。彼女が心臓をひと突きに刺され、声をかけても揺さぶっても目を見開いたまま動かなくなるのを想像した。私にはただそれが恐ろしいことに思えた。

 「私の願望はすぐ叶えられることとなった。犯人は押入に潜んでいた。きっと私が泣き崩れたところを殺ろうと思ったんだろう。だが、私は犯人の思惑通りにはならなかった。私の強い憎しみはすぐにでも犯人を殺してやりたいという願望を生み、その願望はもしかしたら犯人はまだどこかに隠れているかもしれないという期待を生んだ。私は妻の胸から包丁を引き抜き、あの男を刺し殺した。」

 私はただ黙るしかなかった。私には憎んでいる相手であっても、人を殺す勇気があるだろうか。正直な話、自信はなかった。

 「あいつを殺ったときは最高に幸せだった。必死で命乞いをするやつに、私が当然の報いを下してやったのだ。そのとき、私は一人の人間の命を握り、そして許しを乞うの眺め、絶望させてから握り潰す快楽を覚えた。その瞬間、私は二人の仇をとったとか、そういうことは忘れて、ただその快楽に身を委ねた。私は壊れてしまった。あいつを殺したときに味わった喜びを再び味わいたいと思った。もしかしたら、妻と娘を失い絶望し生きる意欲をなくすことへの無意識的な防御だったのかもしれない。その快楽を生きる糧とし、すがったのだ。私は包丁の柄についた指紋を拭き取り、犯人の順手と逆手それぞれの握りの指紋をつけた。犯人が後悔の念に駆られ自殺したように工作し、通報した。驚くほどに上手くいったよ。もちろん取り調べを受け疑われもしたが、証拠不十分で不起訴になった。」

 私は恐ろしくなり、彼から飛び退き逃げ出そうとした。しかし、彼は悲しそうな顔を私に向け続きを語り始めた。私は気を落ち着かせ、耳を傾けた。なぜだか、最後まで彼の話を聞かなければいけないような気がしたのだ。

 「私は悪魔となることで妻と娘を失った悲しみを忘れた。それから三十年間、人を殺し続けた。近所の嫌味な中年主婦、うちの会社を貶した取引先の部長、部下に嫌がらせをしていは部下の友人、街で見かけた非常識に暴れる若者、汚職政治家……色んな私にとって気に食わない人間を殺し続けた。彼らに罪状を告げ殺そうとすると、みんな許してくれと泣きすがった。だが、私はそれらを一蹴し殺した。その度、私は歪んだ快楽に酔いしれた。何人殺したかはもう覚えていない。今思うと捕まらなかったのが不思議なくらいだが、そのときはなぜか絶対に捕まらないという確信があった。それに、私は捕まって死刑にはなりたくなかった。」

 私は彼の言うことは嘘ではないかとも思ったが、不意に彼が私を見つめ目が合ったとき、なぜだか彼の言うことは真実だと思った。彼の見透かすような目が私には恐ろしく感じ、慌ててふと思ったことを尋ねた。

 「奥さんと娘さんがいなくなって、寂しくはなかったんですか?」

 「寂しかった……と答えたいが、それは嘘だ。寂しくなんかなかった。むしろ、妻と娘がいたことなど、そして逝ってしまったことなど忘れたかのようだった。人を殺すことだけが私の生きがいで、そのとき得る快楽が私の生きる糧であり全てだった。」

 狂っていると思った。でも、今の彼を見ても殺人を楽しむ姿はどうもしっくりこない。それより、もっと根本的な疑問が再び頭によぎった。

 「どうして自殺を?」

 彼は上着の胸ポケットから一枚の写真を取り出した。そこには振袖を着た若い女性とよく似た中年の女性が写っていた。

 「私の娘と妻だ。私は長年、二人を忘れて生きてきた。しかし、ふと家に飾ってあったこの写真が目に入った。三十年も家に飾ってあったのに私はそれがあったことにも気付かなかった。しかし、それに気付いた瞬間、私は深い悲しみを感じた。二人が逝ってから、初めてまた会いたいと願った。寂しいと思った。私の脳裏に焼き付いた古い記憶が呼び出された。二人が逝った日の、無惨な妻と娘の亡骸を、死に顔を思い出した。恐怖におののく妻の顔を、絶望に打ちひしがれる娘の顔を。そして、私は今まで殺した人間に思いを馳せた。彼らは、妻や娘と同じような顔で死んでいった。私は、私は……。」

 彼は口を噤み、両手に顔をうずめた。老人の漏らす嗚咽は、私の胸を締め付け息を詰まらせた。ただ私は、この哀れな老人を見下ろしていた。

 「それから私は死ぬために故郷へと帰ってきた。私にとって死は救いだ。そして、私が犯した罪への償いでもある。きっと、私が殺した人たちも、残された遺族も私の死を望んでいる。私はこれ以上罪を背負って生きるのが辛い。それに、私が殺した人たちへしてやれる償いは私が死ぬことだけじゃないのか?」

 私は何の言葉もかけることが出来なかった。彼は立ち上がり踏み台に上った。縄の輪に手をかけ、ふと私に顔を向け言った。

 「私は長い間、暗いトンネルを歩いていた。だが、ようやく出口を見つけた。私はもう行くよ。さようなら。」

 彼は輪に首を通し、踏み台を蹴り倒した。私は彼が逝くまでただ立ち尽くし、見送ることしかできなかった。

 

 辺りはもう暗くなっていた。私は老人の亡骸を残し、暗い林の中をさ迷った。私の脳裏には老人の苦痛に歪んだ死に顔が焼き付いて離れなかった。そろそろ家に帰りたい。私は歩き続けた。  

人生初めての小説ですが、ずっしりと重たい内容になってしまいました。

ほとんど書き殴ったようなものなので、粗く未熟な作品になってしまいましたが、少しでも読んで何か感じて、考えていただければ幸いです。


遺体と殺害描写があるので、いちおうR15タグをつけました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 初めて書かれた小説とのことですが、沢山の小説を読まれてきたのでしょう、読んでいて引っかかるようなところはありませんでした。読みやすかったです。 [気になる点] 自殺を試みる老人の見知らぬ相…
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