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黒インクのモク白ク 1

 小学三年の夏休み、俺は父さんの実家に帰省していた。帰省先というイメージにピッタリなド田舎で、郊外の中で更に人口が少なくて栄えていないとこに住んでいる俺でも驚くほど村。名称では町であるから驚きだけど、その村にしか見えない町には、田舎を想像する時に出てくるテンプレートな田んぼや畑、雑木林以外には何も存在しなかった。


 子どもらしく遊びたかったけど、爺ちゃんの家から歩いて2km先にコンビニがあるような辺境の地じゃ公園すらない。故に遊び場を探すのは最初から放棄。普段なら遊び相手になってくれる姉も、修学旅行で今回の帰省は見送っていた。


 だから俺は夏休みの自由研究を兼ねて昆虫採集をすることにした。

 ド田舎である故に地元では見られない珍しい虫が、あらゆる所で沸いていた。蝶を追いかければ蝉を見つけ、バッタを捕らえては意図的にカマキリに捕食させたりもした。道端の石をひっくり返せば女子が叫び声を上げそうなムカデが闊歩しており、林の中の雑草を漁れば女子を泣かすことが出来そうなキリギリスがいた。


 訳あって一般の男子小学生より女嫌いである俺は、女子を嫌がらせることに関して余念が無い。同級生では特定の一人以外、俺には近づいてこないほどには女子に拒絶されている。イジメやシカトではなく、自分が望んだ結果だ。また、その特定の一人も俺は徹底意的に無視している。


 女子どもからいい声を聞きだすのに申し分ない道具があらゆるところに生息していた。そんな魅力的なド田舎空間、動機は不純でも思考は単純な小学生が後先考えず夢中になるには十分で、俺が道路に面した木の幹に、背を預けぐったりしているのも当然の結果だった。


 長時間虫を追い掛け回した結果、炎天下の中で水筒の麦茶は底をつき、流れ出る汗も相当なものだった。軽く眩暈もする。人通りが無いところで倒れるのは非常にまずいから可及的速やかに水分補給をしたい。だけど、公園すら見つけるのが一苦労なこの田舎じゃまともな水飲み場もなさそうだ。


川でも探すそう、そんな考えが頭をよぎった時視界に建物が入る。雑木林が豊富に茂っている中では浮き出ている白色を醸す建物。ド田舎にしては無駄に巨大な病院だった。


 ふと足元にもぞもぞと動く何かを発見する。カブトムシのオスが腹を天に向けた状態で起き上がろうともがいていた。女子ならゴキブリと勘違いしてくれるだろう。女なんて黒けりゃカブトムシだろうが黒豆だろうが黒髪のクラスの男子だってゴキブリに見える生き物だ。俺はそいつを拾い上げ、病院のほうに足を向けた。院内は冷房完備なはずだし、喉の渇きを潤すための給水機、自販機もあると考えたからだ。


 狙いは見事的中した。捕虫網を片手に持ち、虫かごを肩から下げたなんとも病院に似つかわしくない姿で俺は病院の廊下で座り込んでいた。冷房が利いていいてリノリウムの廊下もひんやりして心地いい。自販機でスポーツ飲料を買ってそれも既に飲み干している。空の水筒にも水をたんまりと入れた。


 しかし、これからどうするか。病院なんて遊び場なんてないだろうし、かと言って虫取りには少し飽きてきた。そもそも虫取り少年なんて不衛生が服を着て歩いているのと同じで、病院にいること自体に少し罪悪感がある。では爺ちゃんの家に帰るかというと、やはり遊具どころかテレビも何も無いので、場所が変われど状況は全く変わらないからその選択肢もない。


 そんな考えをめぐらせていた時、低くなった視界に赤色のスカートがよぎった。視線を上げる。


 小学生女子だった。俺の敵である。


 女子は近くの階段から降りてきたようだった。同い年くらいだろうそいつは両手で紙の束を抱きかかえ、独り言を何かぶつぶつと呟いている。俺のことは視界に入ってないのか、こちらに視線を向けることなく目の前を通り過ぎ、廊下の曲がり角を曲がって行った。


 丁度いい。暇していたところだし、虫取りの成果を試す時が早速来たようだ。嫌がらせを実行するため、虫かごからカブトムシを取り出しそいつの後を追った。あちらに気付かれないように廊下の角からそっと覗いて様子を伺う。女は辺りをキョロキョロ見渡した後、廊下中央付近にある病室の扉前に立った。ふさがっている両手の代わりに肘で扉を開け、こっそりと入っていった。


 俺はすぐさま同じ病室前に行った。病室番号の下にネームプレートが無いところを見ると、中に病人はいないらしい。患者がいない病室くらい鍵をかけたらどうなんだ。いや、ド田舎だと病院でも戸締まりはいい加減なのだろうか。


 室内に侵入したのを女子に気付かれないように音を忍ばせて侵入した。


 そもそもなんで人のいない病室なんかに侵入した? 誰にも見られたく作業でもするのか? クラスで人気者の女子が妬ましいから、その女子の写真を使って季節外れの福笑いでも作るのだろうか。結構根暗な表情をしていから、裏で陰湿なことをやっていても何もおかしくはない。


 病室で一番奥にあるベッド、それを壁に隠れるようにして、そいつは病室の床で何かの作業に没頭していた。足音を立てないようにして女に後ろから接近した。こちらに気付く様子はなく俺に尻を向けた格好になる。尻は何か楽しいのか、左右にリズミカルに振られていた。


 よく見ると目の前の女子は髪型こそセミロングで別に珍しくは無いが、髪の色は明るい栗色という派手な色をしていた。根暗な上にマセガキのようだ。俺は更に嫌悪感が高まる。

 そして俺はそいつの髪にカブトムシを付着させた。

『ゴキ(・・)げんよう。おひさしブリ(・・)』

『……? ……っっ!!!』

 一瞬の間をおいて目の前の女子の甲高い絶叫が響き渡った。一体どこにそんな肺活量があるのか、などと感心する暇もない。すぐに『どうしました!?』と女看護士が騒ぎに駆けつけてきたからだ。


 扉をきちんと閉めたから音は漏れないだろう、なんて考えが甘かった。誰もいない病室で遊んでいたと思われるに違いなく、かと言って叱られるのは御免だ。一目散に逃げようとしたが後ろを振り向いてすぐに留まった。栗色の女は『うー! とってとってえ!』と髪についたカブトムシを取るためか手をパタパタと動かしている。だけど、ゴキブリに触りたくないという意思が強いのか、手は決して頭に触れることないため女が奇妙な踊りを踊っているようにしか見えない。


 この栗色の女のことは知ったことではない。だが、しかし、カブトムシに罪は無い。こいつを置いて俺だけ助かるなど、出来やしなかった。だからと言って、カブトムシをすぐに救出できるわけではない。カブトムシの力、特に六本足の馬力は相当なものでそうそう簡単に離れないからだ。女の髪の毛からはがしている間に、俺は看護士に捕獲されてしまう。


『おいお前、走るぞ!』


 仕方ない。俺はカブトムシを救出するため、栗色の女の手をひっぱり病室の出口に向かって駆け出した。俺らを逃がすまいと女看護士が出口前で待ち構えているけど、捕まるわけにはいかない。そいつの顔に虫取り網を被せ、看護士が怯んだ隙に網の持ち手を思いっきり引いた。首だけに急な力が加わった相手は、バランスを崩し無人のベットに倒れこんだ。網越しでくぐもった声を出す看護士を後ろに、俺たちは病室から駆け出した。


 誰もいないところを探すべく夢中で走り、気付いたら病院の外の駐車場にいた。夏の容赦ない日差しとコンクリからの放射熱が、走って熱くなった体にたたみかけてくる。


 掴んでいた手を離すと、栗色の女はその場で膝から崩れ落ちた。手を引っ張ってやったとは言え俺は全力で走ったから、疲れるのも当然だった。


 女は華奢な体をしていて、外ではハーレムができるくらいに紫外線が溢れているというのに、少しも肌が焼けていない。というか、少し不安になる程に肌が白い。


 女はもしかしたら病人なのかもしれない。病院にいて、しかも身体がいかにもは不健康そのものと主張しているように見える。勢いで連れてきてしまったが、もしかしたら大変なことをしてしまったのでは。

地べたに座り込んでしまった女の手を再び引っ張り、少し乱暴だけど無理やり木陰に移動させた。日が当たらなくなっても女は未だに顔を伏せ、肩で息をしている。


 無茶をさせすぎたか、不安になって俯いている女の顔を覗こうとしたけど、唐突に腹に重たい衝撃を感じ後ろに転倒してしまった。凄まじい勢いで目の前の女が抱きついてきたからだ、と判断がつくのに少し時間がかかった。


『なにすんだお前!』

 上半身を起こして抗議してみたけど、栗色の女は抱きついたままで離そうとする気配がない。強引にどかしてしまおうと女の肩を掴むと、その肩が震えているのに気がついた。

『ゴ、ごき、いや、とっ……とってぇ』

 彼女の頭の左側面に居座っているカブトムシのことをすっかりと忘れていた。

『大人しくしてろ』

『痛い痛い髪の毛痛い!』なんて抗議は無視しつつも、カブトムシをなるべく丁寧に剥がしてやった。あまり多く髪の毛が抜けると、カブトムシの脚から取るのが面倒になるからだ。決してこいつの為ではない。カブトムシは取り除いた途端に羽ばたいてどこかに飛んでいってしまった。

『もう虫はついてねえぞ』

 俺の言葉で体の震えがぴたりと止んだ女は、自分の栗色の髪の毛をわしゃわしゃ触った。虫がいないことを確信した女はこちらに振り返り、

『あ、ありがと……』小声でお礼を言ってきた。そしてすぐに頬を赤くし、『さ、さっきのはごき……が怖かったからで、だ、抱きついてしまって、ご、ごめんなさい!』と謝罪してきた。『も、もも、もしあなたが……その、わ、私が、あなたのことを、すすすす、好きだから、抱きついた、とか、か、勘違いしてるんだったら……そ、その、本当にごめんなさい!!』何故か謝罪が別の方向にエスカレートしている。


 勘違いされたままでは嫌がらせの意図に反するため、『お前に虫を仕掛けたのは俺だぞ?』と訂正する。

『……え? ……っ!!』しばらく間を置いた後、自分が必要のない謝罪をしたことと、訳のわからないことを口走ったのを思い出したのか、先程よりも顔を真っ赤に染め、怒りと恥ずかしさが混ざったような複雑な表情が表れた。


 これ以上俺と口を利きたくないのか、栗色の髪の女は病院のほうに歩を進めようとする。


『おい、忘れ物だぞ』


 院内から出る際、俺は女の左手を引っ張って逃げた。そしてもう片方の右手には彼女が大事そうに抱えていたものがあって、それらは駐車場に着いた時、コンクリートに散らばってしまったのだ。


 今まじまじ見ると彼女が持ってきたものが分かる。少し大きい数十枚の紙の束。鉛筆、消しゴム、カッターにしてはやたらシャープなもの、それらが入っていたであろう黄色い布の筆箱。そして見たこともない奇妙な形をしたペンだった。


 俺は紙の束を拾う。画用紙と違い表面がツルツルと滑らかで、紙は真っ白ではなく何かの絵が鉛筆で描かれていた。


 女の子の絵だ。女の子の顔がアップで描かれている。しかし、それはリアルな絵ではなく、アニメのキャラのように目が大きい。


 じっくり眺めようとしたが、突如女が横から奪い去ったためそれ以上見ることは出来なかった。大人しそうな印象だったため、その強引な行動に驚く。


 女は絵を見られたことが恥ずかしかったのか、紙の束を両手で抱えたまま俺の顔を見ないように俯いている。


『お前、病院で何やってたの?』


 しばらく沈黙があったが、黙っててもばれてると判断したのか、彼女は口を開いた。


『ま……漫画、描いてたの』


『まんが? なんだそれ』


『……え? し、知らないの?』


 知らない。アニメは姉が見るから知識としてはあるが、漫画ってなんだ? 似たようなものなのか。外で遊ぶのが大好きな俺は、テレビゲームすらやったことがない。


『まぁ、まんがってのはよく知らないけど、絵、うまいじゃん』


『ほ、ほんと!?』


 素直に感想を言っただけなのに、先ほどとは打って変わって女の表情はパッと明るくなった。俺の両手を掴みながら『ウソじゃない!? お世辞じゃなくて!?』と何度も聞いてくる。さきほどの彼女からは想像出来ない反応をされたので戸惑ったが、ウソを吐いても仕方ないので肯く。何度も首を縦に振ったことで、ようやく両手は開放された。


『わたしの絵は、うまい……のか』背を向けた彼女はそう呟き、大層嬉しそうな表情をした。『あ、あの……良ければなんだけど……』そして俺のほうに向き直ると、再び顔を少し赤らめ、恥ずかしそうにしながら、もじもじと、声を絞り出すように話かけてきた。


『わ、わたしと、友達に……なってください!』


『断じて断る』


 女はショックを受けたようで『ゆ、勇気出したのに……』とぼやきながら地面に体育座りし、地面にのの字を書いていじけ始めた。泣いているのか、鼻をすする音も聞こえる。


『第一、友達っていうものは、自然となるもんだと俺は思うぞ』


女は、俺の言葉は全く耳に入っていないようだ。まぁ、そんなことと言っても、俺は女友達を作る気は更々無いのだが。女が嫌いだから。


 暫く無言で女の様子を眺めていたが、一向にいじけるのをやめる気配はない。この女にこれ以上関わるのは不毛だ。この場から立ち去ろうと考える。しかし、随分と長く地面に座っている女を見て、俺はある不安を抱いた。


 こいつが病人だったとしたら、この肌の白さだ、相当な病気を抱えた病人の可能性もある。このまま放置したら、突然意識を失って倒れてしまうかもしれない。そんなことになったら、寝覚めが悪すぎる。


『分かったよ! 友達になってやるから元気だせ!』


栗色の髪の毛がくるりと動き、女の泣き顔が現れた。しばしの沈黙の後、女は立ち上がって袖で自分の涙を拭き、


『あ、ありがと……うううう……』


『お、おい! どこか痛むのか!?』


『ご、ごめんなざい……うれしくて……』


 そう言うと女の目には涙が溜まり出し、すぐにあふれて再び泣き出した。

 きっとこいつは幼い頃から入院生活をしていたせいで友達がいないに違いない。そして友達もいないから一人で漫画? っていうものを描いて気を紛らわせていたんだ。そんな勝手な想像が、罪悪感を促してくる。


『とりあえず、鼻をちーんしなさい』


 俺はポケットのティッシュを取り出して鼻をかむように促した。相手が病人だと普段絶対しないようなことをしてしまう。しかし、ティッシュを取る気配がないので、仕方なく女の鼻をティッシュ越しにつまむ。それに合わせて女は鼻をかんだ。うわぁ……きたねえ。今すぐ手を洗いに行きたいが、女を一人置いておくわけにも行かない。


 鼻水まみれのちり紙をポイ捨てした俺は、少し冷静になり現状を考えてみた。よくよく考えると、悪くない状況かもしれない。確かにこいつの友達になるのは面倒なことが多そうだが、今の俺は大層暇を持て余している。暇つぶしには、丁度いいかもしれない。


 ……あと、まんがってのが、少し気になった。


『……あなたの名前は? 友達になるには、お互いの名前を知らなきゃ』


 女の目元は赤く腫れていたが、すっかり泣き止んだようだ。目元を袖で軽く拭い、はにかみながら問いかけてきた。


『……俺は……篠切龍(ささぎりりゅう)


少しの間の後、俺は呟くように答えた。


お前の名前は?



『私は、あおすみたては青澄立葉あおすみたては。立葉って呼んで』



 その後、駐車場で俺と青澄立葉は看護士に見つかり、こってりと説教をくらったのだった。

 ちなみに結論から言うと、青澄立葉は入院患者ではなかった。肌がやたら白いのは『外で遊ばないから』だそうだ。

 俺は田舎にいる間、勘違いした自分を棚に上げて、この女を虫でイジり尽くすことに決めた。


あらすじ書いてる地点までまったく届いてないですが。よろしくお願いします。

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