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なんかいる◇マリーちゃん

「気持ちいい風ーっ! 元気いっぱーいっ! テンションあがるーぅッ!」

「うるさいわねアンタはーッ!!」

 船首で両手を天に突き上げて叫ぶラティを、キーシが金切り声で怒鳴りつけた。が、ラティのハイテンションは止まらない。

 港街に入港した途端にコレだ。大人達は幼い仲間達に軽く苦笑しつつ、停泊の準備に追われている。

「つーか、お前らも手伝えよッ」

「言うだけ無駄だよジーク…、はやく済ませちゃおう」

 ふたりの近くでよろけながら樽の移動をしていくジークとレイヴ。大した重さではないというのに、フラフラと樽をあちらこちらにぶつけている。寝不足がアダとなった動きであった。

「…なんだ? 月を見たら遠吠えせざるを得ないオオカミか、お前は」

「あっ、キオウさんだー」

「ふおおぉぉぉーっ!」

 止まらないラティのテンションに失笑する賢者サマ。今日はいつものローブ姿ではなく、ボタンシャツにズボンというラフな普段着姿だ。

「なぁカイ、俺どっか変じゃねぇ? 久々に引っ張り出したから、シャツにシワついてるし」

「気にはならん程度だな」

「ん。安心した」

 そうは言いつつも、慣れない服装に落ち着かないのか、襟元をいじっているキオウ。ふと思いついたかのように、普段は内側に隠しているペンダントを引っ張り出した。

 真っ白なシャツの上で太陽光に煌めくペンダント。

「あいつ、なんで着替えてんだ?」

 最後の樽を運び終えてからキオウを見たジークが首を傾げる。

「クレリオって魔法大国でしょ? キオウもゆかりがある場所でさ、魔法的な知り合いも結構いるんだよ」

「なら、なんで着替えてんだよ?」

「んー? なんて言うか、露払い?

 いつもの魔導師っぽい格好だとすぐに『キオウだ!』って気付かれやすいけど、あの格好ならパッと見ならキオウってわからないじゃん?」

「は?」

 レイヴは「だーかーらぁ」と腰を叩く。

「押し売り防止だよ。魔法道具の商人とかに『あーッ、賢者サマ発見! 買って買って!』ってならないように」

「…おい待て。キオウが賢者だって知ってる人間がわんさかいるのかよ?」

 まさかとは思うが…、自分達の手伝いもせずに部屋にこもっていた理由は「着替えの服に悩んでいたから」などと言うのでは…?

 ジークが発する疑惑の視線が怖い。

「そんな怪訝な顔しないでよ。魔法具商の情報収集能力は馬鹿みたいに優秀だし、それに――」

「! やべッ――」

「チビケンちゃ~~んッ♪」

 がばッ! どさっ…!

 何故か賢者サマが警戒した――と脳が感じたその瞬間には、すでに謎の女に抱きつかれて甲板に押し倒されていたキオウ。

“真空のジーク”が察知できないほどの――文字どおり「目にも止まらぬ速さ」であった。

「チビケンちゃん、久しぶり〜。あらっ? ちょっとは背ぇ伸びた?」

「〜〜〜っ! こンのッ…、さっさと退けよマリーッ! 膝がミゾオチ入ってんだよッ!!」

「あらヤダ。つい、いつものクセが」

「サッサと退きやがれッ!! マジでブッ飛ばすぞッ!?」

 怒鳴りつけながら、すでに虚空からむんずと杖を掴み出したキオウだ。怒りに乗せた魔力が集まった杖は、小さなつむじ風を纏っている。かなり危険な状態と言えるだろう。

 だが――。怒りの対象である人物は緊張感の欠片もなく「短気ねぇ」とクスッと笑い、ふんわりと軽やかな動作で立ち上がった。

 そして、笑いながら成り行きを見守っていたレイヴやインパスに、にっこりと笑って手を振ってみせる。

「あら皆さん、こんにちは〜」

「いやぁ、マリーちゃんも元気だねぇ」

「コックさんもお元気そうでなにより〜」

「あぅ…っ。マリーちゃん、俺その呼ばれ方は苦手なんだってばぁ…」

 片手を力なくマストについてどんよりとうなだれたインパスに、レイヴがつい小さく笑いを噴き出す。

「ぷっ…。インパスってば、しょげてやんの。

 マリーちゃん、こんにちは」

「こんにちは、レイヴさん。今日のバンダナ可愛いね〜」

「あはっ、ありがと」

「――…お、おいレイヴ。なんだよ、コイツ…」

 場の雰囲気に圧されたジークが、隣で照れ笑いをしながら頭を掻いているレイヴを後ろへと引っ張った。

 その間にも「マリーちゃん」とやらは、のんびりとカイに挨拶をしている。潮風にふわふわと揺れる焦げ茶色の髪。

「彼女は『マリーちゃん』だよ。この街で評判の『カモメ屋さん』のウェイトレスさん」

「…説明になってねーよっ」

「『カモメ屋さん』は軽食屋さんでね。シーフードを使った料理はもちろん、スイーツも絶品で――」

「今必要な補足はそこじゃねぇーッ」

 小声でコソコソと反論するジークに「あっ」とひとつ手を叩くレイヴ。

 そして、何故か、ググッと真顔でジークに迫る。

「ちなみに…『マリーさん』はダメだからね。『マリー』か『マリーちゃん』って呼ばなきゃ、キケンだよ」

「…。キ、キケン?」

「うん」

「――あらっ?

 ねぇねぇ、レイヴさんのお隣の黒髪さん? はじめまして、でいいのよねぇ?」

 何やら「あたしのキオウさんに近寄らないでって前にも言ったでしょ!?」と威嚇しているキーシをスマイルでやり過ごしていた「マリーちゃん」が、ふいにジークを目にとめて小首を傾げた。

 17歳前後…だろうか? どことなくあどけなさが残る顔立ち。背中でふわふわと揺れている長い焦げ茶色の髪。翡翠の目。膝下のスカートが優しく膨らんだワンピース。

「そうそう、コイツは『はじめまして』だよー。

 ほらジーク、挨拶挨拶」

「えっ? はっ…?」

 矛先を向けられたものの、こんな相手に――ましてや改まって挨拶などしたことがない“真空のジーク”である。ほんの数ヶ月前までは闇と影が自分の生きる場所だったのだから無理もない――と、本人は思いたい。

 意味なく口をパクパクさせているジークが可笑しくて、真横で声を圧し殺して肩を震わせるレイヴ。

 そんなジークに、にっこりと笑う「マリーちゃん」。

「照れ屋さんなのね。よろしくね、ジークさん?」

「ぅ…、あ、まぁ…」

「――ジーク、もしかして女性とお付き合いした経験ないの?」

 目尻の涙を指の背で拭い、こっそり訊ねるレイヴ。

 ジークは一瞬硬直し――…次の瞬間、顔を真っ赤にさせて本気で怒鳴った。

「なッ…!? ち、違げぇよッ!! そんなんじゃねぇッ!!」

「あははっ。まっ、そうだよねー。そこまでウブなら、酒場で誘惑してくる綺麗なおねーさん達をガン無視した状態で酒呑んだり出来ないよねー。

 でも、マリーちゃんはガン無視出来ない、と」

「こんなガキは好みじゃねぇッ!!」

 反射的にデカい声で絶叫し――…、ジークは「しまった」とばかりにマリーを見る。

 初対面のくせにデリカシーのない言葉を吐かれたわけだが、当の本人は相変わらずのスマイルだ。ジークが向ける気まずい視線に気付くと、不思議そうに小首を傾げ、そしてまたにっこりと微笑む。…どうやら本当に、心にダメージはないらしい。

 静かに「トントントン…」と床を小突く音。

「…どーでもいいが、そろそろ退けよマリー」

「あら、チビケンちゃん? まだ寝ていたの?」

 マリーの足元で涅槃のごとく横たわっているキオウが、不機嫌な目つきでマリーの右足を気だるげに睨む。

「お前なぁ…、わざとだろ? ずー…っと俺の裾を踏んでいやがるんだけどな、この踵が」

「あら」

「あら、じゃねーよ。こっちはもう怒鳴る気力もねーよ…」

「ねぇキオウ、そのまま空を見上げちゃダメだからね」

「…。おいレイヴ、お前は俺に何をさせる気だ?」

 魂胆が見え見えのレイヴに失笑するキオウ。

 そして、そんなふたりをクスッと笑う当事者。

「残念でしたーぁ。マリーはちゃんと下にキュロットを装備していまーす。そうでなきゃ、お仕事中に満足に動き回れないもの」

「だとよ」

「うん、知ってる。さっきの膝蹴りでわかった」

「お前なぁ…。

 つーか、マリー。マジで退きやがれ。これが最後の勧告だからな。次は実力行使に出るからな」

「こっわーい」

 賢者の実力行使宣言を「こっわーい」と微笑であしらい、マリーは裾を踏む右足を横へと退けた。

 キオウはすかさず立ち上がり、踏まれた裾をパタパタと払う。

「ねぇ、チビケンちゃん? さっきから舳先でストレス発散している、あのコはだぁれ?」

 マリーの綺麗な爪が示した先には、未だに空へ雄叫びをあげているラティの姿。

 まだやってんのかよ…、と苦笑するキオウ。

「んあ? ラティだ」

「空の御遣い? もしかして、クレリオは初めて?」

「だろうなぁ。だからって、アレはテンション上がり過ぎだろ」

「ここの風は純粋だもの」

「………」

 このやりとりを無言で見つめていたジークは、感じた違和感に眉を寄せる。


 ――…なんなのだろう、この小娘は…。


 この何事にも物怖じしない性格といい、あの人並み外れた素早さといい――…否、そもそも賢者の結界内である船に侵入を果たした上に、その侵入を結界の主がギリギリまで察知出来なかったのだ。少なくとも、単なる「思考が天然のウェイトレス」ではあるまい…。

「つーかお前、こんな所で油を売っていていいのか? 店は?」

 ジークの苦悩などお構いなしに、キオウはマリーに話し掛けている。

「ランチタイムが一段落して、今マリーは休憩中なの。

 ねぇねぇ、チビケンちゃんも皆さんも、午後のお茶しにお店に来てちょうだいな。ちょうど新作のタルトが焼きあがる時間だし、今日の日替わりスイーツもオススメなの」

「あっ、行きたい」

 甘い話題にすぐさま反応したレイヴ。パッと素早くジークの腕をひっ掴むと「ジークも行きたいよなっ? なっ?」と半ば強制的に同意をもぎ取る。

 嬉々と輝く寝不足の瞳がちょっぴりコワい。

「インパスはー?」

「うーん…。夕飯の仕込みをしちゃいたいから、今日はパスで」

「じゃあ、カイはー?」

「俺もいい。顔馴染みの船乗りを見掛けてな」

「ラティ――は、アレじゃあ無理か。

 当然キーシは行くだろ? マリーちゃんは天敵かもしれないけど、それと『カモメ屋さん』のスイーツとは関係ないじゃん?」

「…。

 まぁ…、そうね。スイーツに罪はないものね。仕方ないから、一緒に行ってあげる」

「よしッ」

 着々と道連れを増やすレイヴであった。

 そんな仲間に、キオウは苦笑混じりのため息をつく。

「そんじゃあ、お前らは先に行ってろよ。俺は先約があるからな」

「先約?」

「えー…。キオウさんが行かないなら、あたしも行かなーい」

 頬を膨らませてプイッとそっぽを向くキーシ。それを「ちょ、ちょい待ち~っ」と引き止めるレイヴ。それらに呆れた眼差しを向けるジーク。

 キオウは小さく笑って首を横に振ると、まーくんを伴い船板へと向かっていく。

「俺も後で合流するっつーの。

 マリー、先にこの3人を店まで頼む」

「はぁい」

 にっこりスマイルで手を振るマリー。やわらかく髪を揺らす風。心地よく空に幾重にもこだまするカモメの鳴き声。

 キオウは軽く左手を挙げてマリーに応え、街の中へと消えていった。




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