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なんかいる◇なんかいる

 真っ暗な闇の中。ランプの明かりがふたつ、ゆらゆらと揺らめいている。

 ――…それにしても…、何故に俺はこんなことをしているのだろーか…?

 本来であれば、夜目も利くし徹夜にも慣れているジーク。だが最近は規則正しい生活に体が慣れているので、夜はただただフツーに眠い。

「…なぁ」

 ジークはあくびを噛み殺し、樽の裏側をゴソゴソと物色中のレイヴに話し掛ける。

「毎回毎回、なんで夜中にやるんだよ…?」

「雰囲気だよ、雰囲気」

「…そーですか」

 真夜中の食糧庫。

 ランプと鈴を手に『なんか嫌なモノ』を捜索中の“真空のジーク”と“探求のレイヴェイ・グレイド”。以前『なんか嫌なモノ』が船に入り込んだ件を踏まえて不定期で行われている「念のための見回り」である。

 しかし――…普段出入りをしているインパスならばともかく、夜の食糧庫はかなり不気味だ。こんな時間にランプの明かりだけで立ち入ること自体、なかなかどうして勇気がいる行動であった。

 しかもお捜しのブツは『なんか嫌なモノ』なのだ。つまりは、得体の知れないブツなのだ。

 …レイヴは単に、平穏な日々に肝試しというスパイスが欲しいだけなのでは、とジークは思う。

「ったく…。そんなモン、さすがにキオウも二度と船に入れねぇだろ」

「あれでもキオウは抱え込むタイプだからねー。知らず知らずの内にまた弱っていたら、どーするのさ?」

「少なくとも、昼間はピンピンしていやがったけどな。ギャーギャー騒いでいやがったみてぇだし」

「そーいえばアレ、なんだったの? 素潜り漁の真っ最中だったレイヴさんは、野次馬できなくて残念なのです」

「知らねーよ。俺は部屋でフツーに昼寝してたからな」

「えー…、ダメじゃんジーク。俺の代わりに、しっかり野次馬しといてくれなくっちゃ」

「へいへい…」

 ジークとレイヴの手にはそれぞれ“なんか嫌なモノ探知鈴”が装備されている。賢者サマいわく「元来、鈴は魔を払い光を喚ぶ神器」なのだそうだ。

「…」

 今この場で鈴を無意味に鳴らしまくりたい…。

 嘆きつつ棚の開きに突っ込んでいた頭を抜き出すと…、同時に突然目の前を「ダーッ」と横切る小さな影。

「ぬわっ!?」

 ゴンッ!

「~~~ッ!」

「…ジーク、どーしたの? なんか今、すっげー痛そうな音が」

「な、なんでもない…っ」

 否、なんでもなくはない。

 棚に打ち付けた後頭部をさすりつつ、ジークはモヤモヤした気持ちで目頭の涙を拭う。

「…」

 まーくん…にしては、小さくてスリムなボディだった。つまり、今のは、きっと、間違いなく、絶対に、ネズミだ。

 ネズミに、決まっている…。

「………。

 な、なぁレイヴ…?」

 声が微妙に上擦ってしまったが、レイヴの返事は「んー?」とマイペースだ。

「この船…、ネズミっているよな?」

「さぁ? 俺は見たことないし。

 あっ、でも――」

 言って、レイヴはパタリと動きを止める。

「確か【デスティニィ号の七不思議:その3】が【ネズミの怪】で――」

「ネ、ネズミの怪?」

「『この船でネズミを見掛けない理由は、実はまーくんが夜な夜なコッソリと捕食しているから』だった、ような…?」

「…」

 以前まーくんに噛まれた右手を無意識にさするジーク。

 そういえば…あのとき、なかなかどうして鋭い歯をこの手に感じたような…?

「………」

 ――乗組員が寝静まった深夜の物陰で、頭からバリバリとネズミを喰らうまーくん。

 想像すると、かなりシュールな光景であった。

「うぐ…っ。人目に付かねぇだけで本当はいるんじゃ――ぬわッ!」

 ゴンッ!

「~ッ! ~~~ッ!」

「ちょ…っ、ジーク? また痛そうな鈍い音がしたけど?」

「………。

 ほ、ほっといて…」

 不覚にも船の揺れでバランスを崩し柱に頭をぶつけた、とは言えなかった。

 落ち着け、俺…。てか、ツイてねぇ…。

 肩を落したジークに何を思ったのか。チリン、とわざと鈴を鳴らすレイヴ。

「んじゃ、気晴らしに怪談でも話しますか」

「か」

 どこをどうつつけばそうなるんだよ…?

 頭に出来た小さなコブを押さえるジークの目の前に、ぬうっ…、と現れたレイヴ。バンダナを外した髪をボサボサと掻き乱し、顔に絶妙な陰影をつける配置にランプを据えた。

 なかなか「ソレっぽい演出」である。

「さ、さっさと捜索済ませて寝よう、ぜ…?」

 ひきつった笑いで釘をさすジーク。

 だが、レイヴは樽に置いたランプの光の隅で「ふふふ…」と不気味に笑っている。

「これは、俺がほんとーに遭ったお話です…」

「お…おいっ。問答無用で始めんなよっ」

「あれは…そう、8年ほど前でしたねぇ…。その当時の俺は、1人で世界を駆けて冒険していました…」

「ま、まぁ…、そうだろうな…」

「ベルナの遺跡群を目指していた俺は…『ベルナの渦潮』で有名な海峡を――…客船で横断したのです…」

「………」

 船旅の怪談であった。

 ――…な、なんだか気温が急降下した気が…。

「あの夜は蒸し暑くて…、俺はなかなか眠れませんでした…」

 しーんとした食糧庫。妙に暗く見える樽や麻袋の陰。船が軋む音。揺れでバランスを崩したジャガイモが数個ごろごろと転がる。

「寝苦しい夜でしたが、妙に静かで…。俺は夜風に当たろうと、甲板に出たのです…」

「…うぅ…」

 嫌な緊張に手が震え、小さく「チリリ…」と鳴る鈴。

「同じように寝付けないのでしょうか…。甲板には何人かの船客の姿が見えます…」

「………」

 無意識に、ゴクリ、と唾を呑むジーク。

「暗ぁーい海と雲が、こう…広がっていて…。風もなくて…、蒸し暑い空気が、どんよりと漂っています…」

「…」

「外もあまり涼しくなかったので…、俺は船室に戻ろうとしました…」

「……」

 微かに揺れるランプの火。何処からか「キィ…キィ……」と蝶番が軋むような音が聞こえるし、すきま風が女の悲鳴に聞こえてしまう。さっきのネズミ(たぶん)もその辺にいるかもしれない。

 なんだか、腹が痛くなってきた。

「ふと、誰かに呼ばれた気がして…。俺は暗ぁーい暗ぁ〜い海の方へと、顔を向けました…」

「ぅ…海からって…、明らかにおかしいだろーが…」

「手摺に近づいてみると…、やはり何か…若い女の声のようなものが、聞こえるのです…」

「…」

「俺は…、じぃーーー…っと、夜の海に目をこらしました…」

「……」

「すると、そこには――…信じられない光景が広がっていたのです…!」

「うぅぅ…っ」

 海中から手首が無数に突き出ていたとか、白装束の女が海面に立っていたとか、幽霊船が漂っていたとか、人魂が漂っていたとか、生首がぷかぷか浮かんでいたとか――…!?

 先回りをして様々な可能性を考えるジーク。少しでも恐怖を緩和しようという防衛反応であった。

 だが…、レイヴは何故か小首を傾げてゆっくりと口を閉ざしていく。

「…」

「……」

「「………」」

「…お、おい? レイヴ?」

「…ふふふふ…」

「ふ、含み笑いをすんなッ」

「続き…、聞きたい?」

「んなッ…!? べ、別に聞きたかねぇけど…、ここまで聞いちまったら、最後まで聞かないと逆に気持ち悪りぃし…」

「へ~ぇ…、聞きたいんだぁ~?」

 ラップの光を顎から当てて、闇から「ぬぅ…っ」と現れたレイヴの顔。

 対して、意味もなくひたすらに「あはっ、あはははっ」と空笑いするジーク。

 ある意味、恐怖の光景であった。

 ――だが。

「………?」

 レイヴは薄気味の悪い意地悪な笑みで口を開こうとして…、またもやビミョーに顔をしかめて小さく首を傾げた。

 そして、何故か、ドアの方向へと視線を向けている。

「…。

 なぁジーク…、なーんか聞こえなかった?」

「…はい?」

「いや、なんか、こう、さっきから…、なんつーか…。

 なんかさぁ、色んな音に紛れて、なんか…、女の人の声が……」

「………。

 そ、そーゆー小芝居はやめろよなっ。俺はそんな幼稚な手には乗らな――」

「いやいやいやいや。マジですよ。大マジですよ」

「だから、そんな手には」

「違うんだってば! ホントのホントに聞こえたんだってばッ!」

「てめぇいい加減にしやが――」

『きゃあ』


 ………。


「「…えっ?」」

 ついつい思わず、互いに顔を見合わせる両者。

「いッ、今のヤツだってばジークッ。聞こえただろッ?」

「知らねーっ。俺は何も知らねーッ! あああああああ!」

「ちょ、ちょっとジークッ? ホントは聞こえたんだろッ!? てか、耳に指を突っ込んだり抜いたりしながら『あああ』とか言わないでっ!」

「あーおれはなにもきこえないしなにもきいてねぇしなにもきこえないしなにもしらないしあーなにもッ、きッこッえなッいぃぃ…ッ!」

「だからやめてってばジーク! 意地でも手ぇ放さない気かよジークッ!

 てか、俺をひとりにしないでぇぇ~ッ!」

 必死の形相で耳を塞ぎ続け発声するジーク。耳を塞ぐ手を強引にひっ剥がそうとするレイヴ。いつの間にいたのか、両者の足元を猛スピードでぐるぐる回るまーくん。

 もはや意味不明で理解不能な状況であった。





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