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賢者サマのおふね◇アリシアのこと  作者: 神代きい


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アリシア◇魔法横丁にて

「キオウさんキオウさんっ! カミツキソウさんのお店には行くのー?」

 すっかり横丁の魅力にハマったらしく、翼をバタバタさせてはしゃぐラティ。

 待ち合わせ場所として有名な噴水広場。女神像が掲げ持つ壺からは、青色や緑色の星屑を散らした清水が流れ落ちている。さすがは魔法大国クレリオだ。

 ハイテンションなラティに優しく苦笑するキオウ。

「ああ、アンジェの店なら後で寄るよ。欲しい薬草があるしな」

「キオウさんっ、カミツキソウさん買ってぇ~?」

「やだ。それに、あのカミツキソウは売り物じゃない。アンジェの私物だ」

 却下の声に「えーっ」と唇を尖らせて抗議するラティ。

「で? で? アゼルス様へのプレゼントはどーする気?」

 変なスイッチが入ったインパスに、キオウはげんなりとした目を向ける。

「なんで息子の俺よりもお前がはりきっていやがるんだよ…。

 つーかお前、相手が父上だと変になりやがるけどよ、その父上の息子の俺には何とも感じねぇのか?」

「は? だって、キオウだし」

 迷いなき即答である。

「…。いや、まぁ、別に何とも思われなくて構わないんだけどさ。

 でも、なんだろう…。この貶された感じは」

「ジェラシー感じてんの?」

 会話に横入りしたトレジャーハンターを一瞥するキオウ。

「横から気持ち悪りぃことを言うな、レイヴ。俺はそこまで堕ちてはいない」

「え? 何それキオウ。俺が貶された気がするんだけど」

「だろうな。実際に俺はお前を貶しているからな」

「うぐっ…。そーゆーのがお前とアゼルス様との決定的な差なんだよっ」

 空に向かってわめくインパスにドン引きしたのか、我関せずと様々な果物を売る露店を眺めるジーク。自分は無関係の他人だというオーラをビンビンに発している。

 赤い皮のバナナ、トゲトゲした形の柑橘類、硬い殻にプヨプヨとした実が詰まった謎のフルーツ。ジークには見慣れない果物ばかりだ。

「ジーク、ピアナの実は食べたことないだろ?」

 ジークの視界に割り込んだレイヴが、鮮やかな太陽の色をした果物の小山を指差した。

「ん? 見たこともねぇなぁ… 」

「この地方に来たら食べないと損だよ。すんごく美味いんだから。

 おばちゃん、ピアナを2つー」

「あっ、レイヴさん僕も食べた~いっ!」

「じゃあおばちゃん、やっぱり3つー」

「レイヴレイヴっ、俺も俺もっ」

「はいはい、インパスは自腹で買ってねー。

 つーワケで。おばちゃん、3つで大丈夫です」

「酷いッ」

 レイヴから「はいどーぞ」と手渡された果物を観察するジーク。

 片手に収まる大きさで洋梨に似た形状だが、熟れたような柔らかい果肉を指先に感じる。

「レイヴさん、どーやって食べるの~?」

「あれ? ラティもピアナ初体験なのか。

 こうやって、フツーに皮ごと噛みついて食えばいいんだよ」

 レイヴは服の裾で軽く皮を拭くと、そのままピアナの実にゆっくりと歯を入れた。それを見ていたラティが真似をして、ジークもまた同じように噛みついてみる。

 プツッ、と軽く破ける皮。ねっとりとした食感の果肉。嫌みではない程度の甘さが口に広がっていく。

「うまっ」

 ジークの素の感想に「だろ~?」とレイヴは嬉しそうに笑った。ラティは幸せいっぱいな表情で頬張って、ぴょんぴょんと飛び跳ねている。相当美味しいらしい。

「つーかお前ら、このまま団体行動する気なのかよ? 俺は色々と寄り道する予定があるんだけど…」

 キオウの発言に「待ってました!」とばかりに挙手するインパス。

「本日の観光コースは『賢者サマと巡る《魔法横丁》の穴場スポット』ということで!」

「お前は単に父上へのプレゼントに口を挟みてぇだけだろーがッ!」

「え? インパスはともかく、俺はフツーにキオウの後に着いていく予定だけど?」

「僕も~」

「俺は横丁(ここ)を単独行動したくねぇし…」

「俺はどうでもいい」

「は!? カイ以外全員着いてくる気かよ!?」

 顎が外れそうな勢いで唖然とするキオウ。

「父上のプレゼント探し以外は、別に特別なこたぁしねぇぞっ?

 本屋と雑貨屋をのぞいたり、薬草買いにアンジェの店へ寄ったり…」

「なーんだ、かなり行き先あるんじゃん。

 キオウ、観光ガイドさんみたいに旗持ったらー?」

「調子に乗るなら横丁の最奥で置き去りにするぞ、レイヴ」

「調子に乗りましたスミマセン」

「あははっ」

 わいわいガヤガヤと賑やかなデスティニィ号の仲間達を、静かに穏やかに眺めるカイ。

 相変わらずのポーカーフェイスだが、その眼差しはまるで遠足の引率をする保護者であった。

「いやぁ楽しいなぁ~。キーシも来られればよかったのにねぇ」

「………」

 笑いの余韻の涙を拭いながら発せられたインパスの言葉に、一瞬戸惑いのような複雑な空気が流れた。

 それを払うように、レイヴが小さく咳払いする。

「ま…、具合が悪いなら仕方がないっしょ」

「でもよぉ? 小娘が部屋から出てこなくなって、今日で3日目だろ?」

「キオウに食事を部屋に運んで貰ってるけど…、ほとんど手をつけていないで皿が戻ってくるからさ、なおのこと心配だよ。

 あとで『カモメ屋さん』に寄って、お土産にプリンを買おうよ」

「『カモメ屋さん』のプリン!」

 魅惑のフレーズに「ピクッ」と反応するラティの翼。

 そのまま飛び立ちそうになった首根っこを、キオウが余裕でむんずと掴む。

「お前は勝手にうろちょろするな! そもそもお前は『カモメ屋さん』の場所を知らねぇだろーがッ」

「その辺のスズメに訊くからいいもーん」

「良くねーよ!」

「てかラティ、お前は今お金持ってないでしょ?」

「あっ、大丈夫だよレイヴさんっ。キオウさんのツケにするもーん」

「――なら、マリーが奢っちゃおうかなー?」

 のんびりとした聞き覚えのある声音。

 振り返ったジークの視界に入ったのは、ふわふわな焦げ茶色の髪と――…その細腕に腕を絡まれて失笑している黒髪の姿。

「あ? マリーに連れ出されたのかよ、レオ」

 目の前の光景にポカンとするジークに対し、キオウは微塵も動じていない。

 今日のマリーはフリルが付いた白いワンピース姿だ。キオウの問いににっこりと笑うと、レオにぴったりと体を寄せる。

「先生がマリーを誘ってくれたの」

「へぇ? マリーちゃん、レオさんとお付き合いしてるんだ?」

 興味津々なレイヴに、一瞬互いに顔を見合わせるマリーとレオ。

「マリーと先生はパートナーなの」

「あらま。お付き合い以上の深い関係なんだ?」

「そうなの。ねっ? 先生」

 マリーに「ぎゅーっ」と嬉しそうに貼り付かれたレオは、否定も肯定もせず、少し困ったように笑っている。

「で? 何してんだよお前ら。デートじゃあるまいし」

 キオウが「あるまいし」と言いつつレオの背後へ一瞬だけ向けた視線に気付くジーク。一体何を見ていたのだろう…と、無意識に見やる。

「………ぁ」

 …離れた位置にストーカーのようなザビィがいた。しかも、目が合ってしまった。

 俺は何も見なかった、と内心言い聞かせて視線を外す。

「ちょっ捜し物だ。キオは皆と観光か?」

「ガキの頃から来てるんだぜ? コイツらはともかく、俺は今さら観光する気にはならねーよ…」

 やる気のないキオウに、レオは小さく笑っている。

「そうは言っても、横丁は常に目新しいさ。

 魔法具屋の名物オババが、新作グッズを仕入れていたよ。後で見に行くといい」

「俺、オババの店には行きたくねぇ。俺の顔を見た途端、絶対に杖で頭を殴ってきやがる」

「そのオババって、いつも杖を振り回している北通りの魔法具屋?」

 ピアナを食べ終えて会話に割り込むレイヴ。

 レオが「そうだよ」と何やら可笑しそうに笑いを堪えて応えた。

「キオが子供の頃に、オババの店で悪ふざけをしてね。それ以来オババは、キオを見たら反射的に『この悪ガキ!』って怒鳴るんだ」

「俺、賢者なのに」

「オババにしてみたら、キオは幾つになってもただの青二才だよ」

「………なぁ、レオは何歳なんだ?」

 友人関係とはいえ、賢者を相手にこの落ち着いた態度。なんだか不思議な感じがしてきた。

 そんなジークこそが不思議なのか、レオは首を傾げている。

「僕? 見掛けよりは年寄りだよ」

「年寄りって…、ジジイじゃあるまいし」

「あ、マリーよりは年下さ。これ以上は勘弁してくれ」

 言外で「察しろ」と訴えてくるレオ。その視線の先には、露店商と穏やかに雑談しているマリーがいる。

「…」

 レオの歳を訊くということは、マリーの歳も詮索するということになるワケか。

 先日の騒動の際に垣間見たマリーの本性を思い出し、ジークはひきつった笑いでただ頷いた。

「ところで…。キオ、先日僕はこう言わなかったか?

 ――そこのチビ君をあまり横丁に近付けないように、と。かつてアリシアの民が空の御遣いをどのように扱ったか、知っているだろう?」

 一段下がった声音。眇められた眼差し。警戒の気配。

 青柳(あおやぎ)の賢者は小さなため息をつき、飴細工の露店の品に目を輝かせているラティへと視線を移す。ラティは飴が創り出す緻密な芸術作品に興味津々だ。

「本人が望んでいるんだ。酸いも甘いも経験させてやるのもいいだろう」

「ま…、僕も注意を払ってはいるけれどな。僕やマリーやザビィが傍にいる限り、過ちは起こさないようにするさ」

「そして、俺も視ている。最強の布陣だ」

「…?」

 この会話を疑問だらけで聞いていたジークだったが――…、先日レイヴから聞いた有翼人の歴史とアリシアの民の危険性を思い出す。この2つを合わせて考えてみれば、何となくではあるが想像はつく。

「ねぇねぇキオウさんっ、これ買って~ぇっ!」

 ハイテンションなおねだりに目を向けると、両手にひとつずつ飴細工を握っているラティの姿。柔和なほっぺを紅潮させた、まっすぐでキラキラな笑顔である。

 欲しいものはひとつまで、というのが船における子供のルールだ。それをキオウが指摘すると、ラティは笑顔のまま首を振る。

「こっちのハトさんは僕のだけど、こっちのウサギさんはキーシへのお見舞いっ! キーシが元気にならないと、僕つまらないもん」

 にっこりと笑うラティに、キオウは笑みの中でため息をつきながら財布を出した。

 


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