表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
賢者サマのおふね◇アリシアのこと  作者: 神代きい


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/31

ステータス◇ステータス

 ついカッとしてデスティニィ号を飛び出したキーシ。だからと船以外に行くあてもないので、夜の浜辺で膝を抱えていじけていた。

 キオウに悪意などないのだと、キーシはよくわかっている。…だからこそ、キーシは自分に対して劣等感にも似た感情を抱いていた。

「……はぁ…」

 重いため息が出てしまう。

 自分の名前も誕生日も覚えていない。それどころか、キオウ達と初めて会った頃の記憶もあやふやだ。覚えていないわけではない。…思い出したくないのだ。

 自分に残る記憶の中で一番辛く苦しかった時のことを――…。

「…」

 目の前では月明かりを受けた波がユラユラと揺れている。

 デスティニィ号から眺める海は好きだ。それはたぶん、仲間(みんな)がいて安心できる場所から眺める風景だから。

 でも…、船の外で眺める海は苦手だ。自分の一番嫌な記憶――漂流していたところを海賊に拾われて奴隷商に売られた、あの記憶と結びつくから…。

「――キーシ」

 暗い気持ちでうつむいていると、聞き慣れた声で名前を呼ばれた。うっすら浮かんでいた涙を袖で拭う。

 砂浜をサクサクと鳴らして傍らまで来たキオウが、そのまま自然な動きで隣に座った。

「無神経なことを言って、悪かった」

「………」

 迷いなく誠意ある声音。チラリと見ると、キオウは寄せては返す夜の波を見つめている。

 キーシは抱えた膝を小さく自分に引き寄せた。

「…キオウさんは、あたしの本当の名前や誕生日を知ってるの?」

「………」

 躊躇いのような間を置いて、キオウは「何故そう思う?」と問い返してきた。

 キーシは複雑な思いに下唇を噛む。

「その…なんとなく――…うん、なんとなくこう思ったの。

 もしもキオウさんが本当のあたしを知っていて、それでもあたしを『キーシ』だって見てくれているなら…、そうだったら、何だか安心するなぁ…って」

「安心…?」

 キオウの声音に、彼が自分を気遣っているのを感じる。

 さっきは怒ってしまったけれど、それでもキオウは自分にとって大切な存在だ。そのキオウの気遣う心に、安堵感をおぼえる。

「もしも……本当のあたしが悪い人間だったら…、それを船のみんなが知ったら――…。

 そうしたら…、あたしを見る目が変わっちゃうでしょ…?」

「…」

 キオウはただ静かに自分の言葉に耳を傾けてくれている。

「…あたしは…、船のみんなに『キーシ』って呼ばれて、今までみたいにみんなと一緒にいたいの。

 でも…」

 止めどなく込み上げてくる不安に震える声。

「も…もしもあたしが……本当のあたしが…みんなが思っているような人間じゃなかったら…ッ!」

「キーシ」

 力強く握られた手。

 無意識に強く閉ざされていた目を開けると、自分の目をまっすぐと捉える碧い瞳。

「お前は、お前だ。他の何者でもない」

「キオウさん…でも……!」

 自分の記憶を辿ろうとする度に這い上がってくる正体不明の恐怖。思い出してはいけないのだと警告する鼓動ーー。それらに畏れを抱かないほどにまで、自分は強い人間じゃない。

 流れ落ちた涙を拭っていると、温かな手が頭に置かれ、そして優しく撫でられた。

「お前の生い立ちは問題じゃない。大切なのは、今こうして恐怖と戦えるお前の(なかみ)だ。

 何度でも言おう。お前は、お前だ。他の何者でもない」

「キオウさん…」

 それに…、と。キオウはわざと悪戯っぽく微笑む。

「たとえお前の正体が何かを知ったとしても、船の連中がどうこう思うと――ましてや態度を変えると思うか?

 ワケのわからんマリモのバケモノや、尋常ならない魔力を操る賢者(おれ)を簡単にあしらう連中だぞ? 人を殺めてきた“真空のジーク”がフツーに馴染む連中だぞ?

 そんな連中が、仲間(おまえ)を見捨てるはずがない」 

「キオウさん…」

 つられて力なく微笑むと、キオウはまた優しく頭を撫でてくれた。

 その心地よい手に…、キーシは勇気を奮い立たせる。

「――…キオウさん」

 意を決した呼び掛けに首を傾げるキオウ。

 キーシはゆっくりと深呼吸して口を開いた。

「あたしの記憶…、魔法で戻してください」

「…」

 聞いた瞬間にかたい表情で眉をピクリと動かすキオウ。

 キーシは手のひらに滲む緊張の汗を裾で拭き取りながら、まっすぐと賢者の目を見つめる。

「いつでも記憶を取り戻す手助けをしてくれる、って言ったでしょう? あたしは、今、全部を思い出したいの」

「――それは」

「誕生日だけとか、本当の名前だけとか、そんな部分的じゃダメなの。中途半端じゃイヤなの。

 思い出すなら、全部を思い出したい」

 キオウは苦しい表情で首を横に振る。

「…俺が言った『手助け』は、ゆっくりと時間をかけて思い出していく方法だ。全部をいっぺんに思い出すのは、辛いことになる」

 ――…やっぱり、とキーシは確信した。

 キオウは本当の自分のことを知っているのだ。だからこそ、自分が全部を思い出すことを渋るのだ。それはきっと、間違いなく、辛いことになるから。

 それに…、自分が予想していたように、この記憶喪失の原因はきっと自分自身だ。

 何か恐ろしいことが自分に起きて、自分はその恐怖から逃れるために記憶を手放したのだ。つまり――…記憶を取り戻すということは、そのときの恐怖を再び呼び覚ますということ。それが恐ろしくないわけがない。

 だが。だからこそ。キーシは強くキオウの名を呼んだ。

「キオウさん。あたしの記憶は、あたしのモノなの。キオウさんのモノじゃない、あたしのモノなの。

 心配してくれるのは嬉しいけれど、あたしはあたしのモノを取り戻したいの。

 だから、キオウさんが止めるのはイヤ」

「………」

「あたしはまだ子供だけど…、小さい子供じゃない。

 キオウさんの優しさに甘えていたくない」

 決意に強く見つめていると――…、かなりの時間の後に、キオウが深いため息をついた。

「…わかった。ただし、これだけは絶対に譲れないからな。

 ――俺の手を握っていろ。記憶に流されて、自分を見失わないように」

 差し出された手。迷いなく自分を委ねることができる人の手。


 ――――キーシはその手をしっかりと握った。





 

 

 

 

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ