なんかいる◇日頃の行い
窓から差し込む穏やかな日差し。心地良い潮騒。いつもと同じ平穏なデスティニィ号である。
そんな中。自室でやわらかな風に銀髪を遊ばせて、手紙を黙読中の若き賢者サマ。
両足を机に乗せた行儀の悪い姿勢で、ゆらゆらと椅子を揺らしている。
「…カドリエ、かぁ」
ふぅ、とため息。
読み終えた便箋をガラクタだらけの机に置くと、お次は引き出しから魔法の手鏡を取り出した。
椅子の上であぐらを組み…、そのまま何となーく、自分の顔をまじまじと見てみる。
母譲りの美しい銀髪。父譲りの碧い瞳。両親から継いだ整った顔立ち。
黙って静かににっこり笑っていればモテる顔ではあったが――、服装が魔導師の定番装備であるローブなので、笑うとむしろ「妖しい勧誘以上に警戒すべき対象」でしかなかった。
「…」
何故に俺は自室で鏡を相手にスマイルなんぞやっているんだ…。
ちょっぴりへこんだキオウは、机上で力なく頭を抱えた。
「父上が――…てか、出どころは叔父上か。あのボンヤリした叔父上が、まさか縁談の相談を俺にしてくるなんてなぁ…」
――…どさどさどさ…っ
ばたーーーんッ!!
「えんだんッ!?」
「………はい?」
いきなりドアをぶち開けて現れたのは、同郷の元宮廷料理長。その足元には驚愕から落としたと思われる料理本達が散乱している。
対するキオウはというと、半目で生ぬるーい視線をインパスに向けていた。相手のテンションを下げる追加効果をもたらす「やる気のない眼差し」である。
が、その相手が「変なスイッチが入ったインパス」では効果がない。
料理本を蹴散らして部屋に侵入した料理人は、そのままキオウの肩を掴んでガクガクと揺さぶる。
「えええ縁談って、こう…お見合い的なヤツをやったりとか?」
「や、やるんだろうな」
「政略結婚ってヤツですかっ?」
「まー、そうだろうな」
「式はいつッ? 料理長はどいつ!?」
「いや、叔父上は断るつもりだし」
「アグナル様、断っちゃうの!?」
「そう手紙には書いてあ――」
そこまで言い――…キオウは、ハタ、と気がついた。
…嫌な予感が止まらない…。
「おい待てインパス、誰の縁談かをわかって言っているんだろうな?」
「もっちろん! おめでと、キオウ~!」
「…。
いや、てかおまっ、違ッ…! 待ちッ――!」
弁明をはかるも、酸欠した金魚と化したキオウ。だが、走り出したインパスはもう誰にも止められない。
甲板へと飛び出したインパスが、力いっぱいに鐘を鳴らしまくる。
がらんがらんがらんがらん!!
「…うるさいッ!」
珍しく一喝したのは、このデスティニィ号の舵を守る航海士であった。
騒音の爆心地へと大股で急接近し「…今ので集まっていた晩飯が全部逃げたぞ」と釣竿片手にギラリと睨むカイ。めったに声を荒げない彼だが、しかしやはり海の漢。ギャングも逃げ出す威圧感。
が、やはりインパスには効果がない。
とろけたバターのような笑顔で航海士をガクガクと揺さぶる、元宮廷料理長。
「カイッ、とうとうキオウにも春がきたんだよ~っ」
「? 確かに今は、春の始めだが…」
「キオウが結婚するんだよ~っ!」
どんがらがっしゃん!
モップ掃除に使ったバケツをひっくり返す有翼人ラティ。
「きききき…っ、キオウさんがッ、けっこん!?」
「ぬああぁぁぁッ! だから、違う! 違うっつーのッ!!」
髪をむしる勢いで掻き乱して絶叫するキオウ。だが…いかんせん大嘘の前歴者なので、どうにも信憑性に欠けてしまうのであった。
嘘つきのヒツジ飼いがオオカミにヒツジを食べられてしまった、という昔話が脳裏をよぎる。
やはり嘘つきはいけませんね。
人間正直に生きましょう。
「んで、お相手は誰なのッ? 年上? 年下っ? 同い年ッ!?」
「しつッけぇぞインパス! だから違う! 誤解だ誤解ッ! 俺の縁談じゃなくて――…従妹のティカの縁談なんだよッ!!」
「「「………」」」
場を数秒間支配する、奇妙な沈黙。
そして。
「ティカ様だって!?」
静寂を破ってこの世の破滅とばかりに天を仰ぐインパス。
先ほどとは真逆の、顔面蒼白である。
「なんてこった…! ティカ様はまだ15歳だというのにッ、見ず知らずの野郎に嫁入りだなんて…!」
「落ち着けよ。王族なら珍しくもない年齢だろうが」
「ティカさまあぁぁぁ~…!」
「いや、あのな? だから、叔父上は断るって――…もしもーし」
しかし。
走り出したインパスは、やっぱり誰にも止められない。
「ぬあぁぁ~…。『インパスのタルト大好きーっ!』って無邪気に笑っておられた姫サマが、ついにお輿入れに…。はうぅぅ~…」
「――…それで、一体なんだったんだ?」
生気を抜かれた廃人のような千鳥足でフラフラと去っていくインパスを眺め、軽く首を傾げるカイ。
キオウは全力で脱力し、力なくパタパタと手を振る。
「んあ~…、なんでもないなんでもない。いつものアイツの早とちり」
「えーっ?」
「つまんなーいっ」
ラティから抗議が来るだろうな…、と予想していたキオウだったが、何故か少女の抗議まで聞こえてギョッとする。
さりげなくいつの間にかギャラリーに増えていたキーシであった。
「それでラティ、なんの話?」
しかも、騒ぎの理由を理解していない。典型的な野次馬である。
懸命にゴニョゴニョと口を動かすラティ。
「えーと、だから、アグナルさんがエンダンを…」
「ふーん。エンダン…えんだん……。
縁談ッ!? ちょっと、なによそれ一体誰よッ!? あたしのキオウさんに手ぇ出したオンナはッ!」
なにやらサラリと凄まじいセリフを吐くキーシであった。
「だあぁぁぁッ! だから、違う! 断じて違うッ!」
「なら、縁談ってなによッ!? 縁談ってッ!」
「ッたく、だから! それはッ!!」
「んもうッ…! やましくないのなら、歯切れよくシャッキリ答えなさい!」
「うぐッ…、だーかーらー…ッ!」
青柳の賢者をタジタジにさせる元奴隷娘。さっさと退散する航海士。こぼしたバケツの水を片付ける有翼人。我関せずと光合成中のまーくん。
今日も平穏なデスティニィ号であった。