ステータス◇ひび割れ
食堂のテーブルに顔を突っ伏したまま動かないキオウを、カイが向かいの席から訝しげに観察している。
「…どうした?」
「いや、その…。ちょっと胃もたれ…」
胃もたれ…、と呟きながら、カイはテーブル上に視線を移す。
インパスが用意したサンドイッチは手付かずだ。
「外出先で何か食ったのか?」
「…」
しばしの間を置き、力なく顔をあげるキオウ。
「……空きっ腹で、クッキーをヤケ食い…」
「馬鹿かお前は」
「それなら、オレンジ剥いたげるねー。胃もたれ賢者サマーぁ」
厨房から聞こえた語尾に軽く腹が立つキオウであったが、怒声の代わりに小さな呻きしか出てこない。
…ああ、気持ちが悪い。
「そもそもお前、最近ちゃんとしたメシを食っているのか?」
言いながら新聞をバサリと鳴らすカイ。自分を幼い頃から見てきたカイには、食生活の乱れなどお見通しだ。
キオウはテーブルに顎を乗せたままため息をつく。
「だってさぁ、メシのタイミングが合わねーんだもん。ショウカで朝メシに誘われたけど、時差でショウカの方が朝が早いからさぁ、俺的には朝メシの時間には早いから断っ――」
ばたばたばたッ!
「ちょっとキオウッ! ショウカに行ってたのッ!?」
インパスが床をぶち抜きかねない勢いですっ飛んで来た。血走った目が少し怖い。
同郷の料理人をジロリと一瞥するキオウ。
「『ショウカ』ってフレーズに過剰反応すんなよ…」
「するに決まってるでしょーがッ! 月末を思えばッ!」
「…月末?」
キオウの怪訝な眼差しに触発されたのか、インパスのこめかみに青筋が浮かんだ。
「自分のお父上のお誕生日を忘れたとは言わせないッ!!」
「………?」
宣戦布告のごとく「びしッ!」とナイフの切っ先を向けられ、しばし沈黙したまま首を傾げるキオウ。
やがてその口から「あぁー…」と無感情な声が漏れる。
「何その反応!? お誕生日プレゼントの用意はしているんでしょーねッ!?」
地団駄を踏みまくるアゼルスの狂信的ファン。左右の手にそれぞれオレンジとナイフを握りしめているので、かなり危険である。
キオウは呆れた視線を投げつつ、コップの冷水を軽く飲んだ。
「横丁で何か目ぼしい物を捜す予定だよ。父上は大げさな真似って嫌うし」
「えぇー…? それだとただの『クレリオのお土産』だよ〜? もうちょっと力の入ったチョイスをしよーよキオウ〜。お父上のお誕生日をお祝いするの、何年振りだと思ってんの〜? 気合い入れよーよ〜」
脳ミソがすっかりアゼルスモードのインパスには、その息子にオレンジを剥く気配はない。
やれやれとため息をついたキオウは、魔力でインパスの手の物をもぎ取った。ふよふよと浮遊していくオレンジとナイフ。
キオウはそれらを危なげなくキャッチして、意外と器用な手つきでオレンジの皮を剥いていく。
鼻腔をくすぐる柑橘の香り。
「無駄な気合いはあえて入れたくないんだよ。逆に父上達に気を使わせるから」
「へ?」
この薄皮の厚さなら食べられそうだ。キオウはオレンジを1粒剥がし、薄皮ごと口に放り込む。
酸味と甘味、薄皮の苦味もなかなかいい。
「父上と屋敷の爺が気にしてんだよ…。俺にシルリカを着せてない、って」
「…シルリカって、なんだ?」
新聞をたたんだカイが、キオウとインパスに問いの視線を向けた。
「ショウカの新成人が着る伝統衣装だ。父上は口には出さないけど、爺が『キオウ様にシルリカを着せたい!』ってうるせぇの。屋敷に寄り道すると俺の傍らに張り付いて、ずーっとブツブツブツブツ…」
「ジャフレ殿か。お前を赤ん坊の頃から世話してきたんだからな、孫を見るような気持ちなんじゃないか?」
気持ちはわかるけどさぁ…、と気だるげに頬杖を突くキオウ。
「俺21だぜ? ショウカの成人は18だぜ? 3年過ぎてるじゃねーか」
「構わないんじゃないのー? 着てあげればー?」
「そーだなー…。父上が若い頃に着てたシルリカが屋敷にあるしなー…」
「! なッ、なんですとッ!? ア、アゼルス様の…、シル、リカ…!!」
ぶほッ!
「げッ、鼻血噴きやがった」
「もはや病気だな…」
鼻を押さえてバタバタと厨房に逃げていく元宮廷料理人を、冷ややかに見送るキオウとカイ。
毎度のことだが、変なスイッチが入ったインパスの身の心配など微塵もしていない。ドン引きはするが。
インパスと入れ違いのように、キーシが厨房から姿を現した。不審そうな視線をインパスにジロジロと投げているようだ。
「ちょっと…、なんなのアレ? 気味悪い」
「いつもの熱病だ」
「それも、父上の誕生日が近いから重症。俺より張り切るなっつーの」
「アゼルスさんの誕生日…? へぇ、そうなんだ」
どうやらキーシは厨房で水仕事をしていたらしい。濡れた手をタオルで拭きつつ席に座る。
「で、プレゼントの用意は?」
ガクッ
既視感たっぷりなセリフに頬杖を外すキオウ。
「…いや、まだだけどさ。横丁で何か捜してみる」
「ふぅん…。キオウさんの誕生日っていつ?」
「枯葉の月の8日」
「やっぱりキオウさんも、誕生日プレゼントを貰うと嬉しい?」
「悪い気はしない」
「そっかぁ。あたし誕生日覚えていないから、そういうキモチってよくわかんないや」
キーシはあっけらかんと言うが…、キオウとカイは複雑な心境で黙ってしまう。
潮風に窓が微かにカタカタと鳴った。
「…お前が良いと思うなら、誕生日を思い出す程度の手伝いはいつでもするから」
「………」
賢者の声に、一瞬ギクリと動きを止めるキーシ。
そして――…次に向けられたキーシの目には、キオウの予想とは裏腹に、哀しさと怒りが宿っていた。
「――…キオウさん、ザンコク」
「え…?」
思いもよらない言葉に驚きキーシを見ると、目の端にうっすらと涙をためながら唇を噛みしめるキーシの姿。
「誕生日を思い出す、程度…?
なんなのよ…。たかが誕生日くらい、ってカンタンに思ってる!?
あたしには…、そんなカンタンな問題じゃないのッ!!」
「! キーシ、それは違――」
バタンッ!
キオウの弁明など聞き入れることなく、キーシは悲鳴に近い叫びを残して外へ飛び出してしまった。
届かなかった左手を項垂れるように下ろしたキオウは、ただ力なく椅子に座る。
ギシッ……
「…キオウ、何事? キーシがお前相手にキレるなんて…」
インパスがおそるおそると厨房から様子をうかがっている。
キオウはそれには応えずに水を飲むと、深く大きなため息をついた。




