ステータス◇ラティの不思議
残虐な描写が若干含まれています。
「クレリオの風ってホントに気持ちいいねぇ~」
デスティニィ号の舳先で足をブラブラさせながら、ご機嫌な鼻歌を歌っているラティ。まるでフワフワな綿飴を頬張ったかのような、幸せいっぱいのニンマリ笑顔だ。
掃除当番が嫌でモップ片手にイライラしていたジークでさえも、伝染した幸せオーラに「まぁなー…」と苦笑してしまう。
柔和なほっぺを無邪気に紅潮させたラティが、後ろへとのけ反って逆さまにジークを見上げた。
「ジークさんは風って好きー?」
「んあ…? まー、そうだなー。嫌いじゃねぇなぁ」
冬場の蒼に吹くような鋭い風は苦手だが、こうした平和なそよ風は確かに気持ちがいい。穏やかな風が素肌を撫でるときの心地よさも好きだ。
ジークの答えに気を良くしたのか、ラティは「えへへ」と笑って寝転がった。
その脇をヘッドスピンのごとき転がり方で通過していく緑色の球体。凄いのかマヌケなのか、判断がビミョーな光景である。
「ねぇねぇジークさん、どーして風は吹くのー?」
「………」
うわぁ、出ました。お子さま特有の「どーして?」が。
もとより子供の相手が苦手なジークは、気だるげにモップを持ち直す。
「んあー…、なんだ。アレだろ。雲が流れるから風が吹くんだろ」
「じゃあ、なんで雲は流れるのー?」
「風が吹くから流れるんだろ」
「じゃあ、なんで風は吹くのー?」
「だーかーら、雲が流れるから――」
これでは「ニワトリが先かタマゴが先か」並の壮大な無限ループである。
飽きることなく風と雲を「なんで?」「どーして?」と繰り返すラティ。
しかし、唐突にその視線を甲板の中央へと移動させた。
「キオウさんが帰ってきたー」
「へ?」
ジークもつられて視線を移すが、そこに賢者サマの姿はない――…のだが、一呼吸の間を置いて空中に幾つか緑色の微かな火花が散った。
甲板の床にサァ…ッと広がっていくエメラルドグリーンの魔法陣。光の消失と同時に見えたのは、見慣れた銀色の髪だった。
「おっ? キオウおかえりー。お前用にサンドイッチがあるって、インパスが言ってたよー」
洗濯カゴを担いで通りがかったレイヴに「あっそ…」と上の空で返事をする賢者サマ。あくび混じりに髪をグシャグシャと掻きながら、気だるげな足取りで食堂へと入っていく。
「………」
ジークはラティに視線を戻した。
魔法陣が現れる前にキオウの帰りを察知するとは…、有翼人のスキルだろうか?
「有翼人の人生って面白そうだなー…」
人間と鳥と、その他不思議な存在達の良い所取りな生き方…。なんとも魅力的で羨ましい。
風にフワフワ揺れている茶色の羽毛を眺めていると、ラティが不思議そうに振り返った。
「ジークさん、なぁに?」
「いや、別に。お前って楽しそうに生きてるよなぁ、って思って見てただけ」
ジークの言葉にニコニコと笑うラティ。
「ボクは楽しいことをいーっぱい見つけるために生きているんだもーん」
「それがラティの座右の銘なんだよねぇ」
空の洗濯カゴを振り回しながら割り込むレイヴであった。
洗濯干しのロープを見ると、パタパタとはためくレイヴのバンダナコレクション。まるで万国旗のようだ。
「そういえばさ、ラティ。初対面でも言ってたよなぁ、それ」
「そーだっけぇ?」
まんまるおめめをキョトンとさせて首を傾げるラティ。
その仕草につられたのか、レイヴが小さく声を出して笑った。
「あれはー…、1年半くらい前だったかな。とある海峡付近を進んでいたとある朝、レイヴさんはやかましいほどの海鳥達の鳴き声で目が覚めまして。
眠い目を擦りながら部屋を出たレイヴさんは、上空をぐるぐる飛んでいる海鳥達と――…メインマストの天辺にチョコンと座ったラティを目撃したワケです」
「…へっ?」
思わずマストを仰ぎ見るジーク。
レイヴも同じようにマストを見上げて「そうそう」と笑う。
「他の連中も何事かと出てきてさ、今のジークみたいにポカーンと見上げていたっけなぁ。
ちょうど食糧庫から野菜を出してきたインパスが、ズバッと大根でラティを差して『レアモノ発見ッ!』って叫んだりして」
「ははは…」
それはそれは、なんともインパスらしい行動だ…。
斜め持ちの大根で「シャキーン!」と天を突くエプロン姿のインパスが目に浮かび、ジークから乾いた笑いが漏れた。
「そんで。のほほんと舞い降りてきたラティが、こう言うワケよ。
『おはよーございまーす。ボクは楽しいことを探して旅してまーす。疲れちゃったんで、ちょっと羽休めさせてもらってまぁーっす』」
「………」
初登場からすでにマイペースだったらしい…。
ジークが半ば呆れ顔で見ると、ラティは照れ臭そうに「えへへ」と翼をばさばささせた。
「だってさーぁ、海の上ってきゅーけーができないんだもーん。そしたら『あの船なら安心して休めるよー』って海鳥達が案内してくれたんだもーん。
――あっ、まーくんだぁっ」
離れた位置の手摺の上をまーくんが器用に転がっている。船の小さな揺れにも負けない絶妙なバランス感覚だ。
興味の対象を移したラティは、まーくんの元へとあっさり飛んでいってしまった。
「「………」」
しばし無言となるジークとレイヴ。
「……なんつーか…。マジでマイペースだよな、アイツ」
人智を超えた能力を持ちながらのマイペースな自由の人生…。それは確かに楽しいだろうな、と思う。
そんなジークの呟きを拾ったレイヴは――…、何故か哀しげな苦笑を浮かべていた。
「ジークはラティ以外の有翼人って会ったことある?」
唐突なレイヴの問いに、ジークは「ねぇな」と即答する。
有翼人は普通の人間からごく稀に生誕する不思議な存在だ。街中でバッタリと遭遇できる存在ではない。
「俺は何人か会ったことがあるんだけどさ、そのほとんどが世の中や人間をひがんじゃったりしてるんだよ。
…ラティみたいな楽観的な有翼人がいるなんてさ、俺は想像もしていなかった」
「レイヴ…?」
爽やかな晴天を見上げるには不釣り合いの物憂げな目。
ジークの心の暗いざわめきに気付いたのか、レイヴが慌ててパタパタと手を振った。
「嫌だなぁジーク、そんな不安そうな顔しないで大丈夫だって。ただ…、なんて言えばいいんだろうなぁ。
ほら、あれだ。トレジャーハンターってのはさ、お宝に繋がる情報を集める中で、各地の伝承や伝説や歴史を調べるんだよ」
「そりゃあ、遺跡だの隠し財宝だのを捜すのには必要だろ」
デスティニィ号でジークが知らない場所に着くと、レイヴは色々な話を聞かせてくれる。その博識ぶりには時に驚くほどだ。
「そうして調べ物をしていくとさぁ…、嫌でも目にしちまうんだよねー。
…有翼人の迫害の歴史、とでも言えばいいかな」
「………」
例えば――、と。
レイヴは海面に視線を固定させたまま、淡々と語る。
「…昔とある暴君が、有翼人を集めるように配下に命令したんだ。希少な宝石や貴金属をコレクションするような感覚で。
とはいえ、有翼人は数が少ない。簡単には見つからないし、見つけても飛んで逃げられてしまう。
そこで暴君は考えた」
――数が少ないのなら、増やせばいい。
「つまりは、有翼人同士の子供なら間違いなく有翼人だろ、っていう安易な考え。
だけどさ、その『結果』は同じ。普通の人間同士から有翼人が産まれる確率も、有翼人同士から有翼人が産まれる確率も、差はなかった。計画は失敗だったワケだ。
自分のナイスアイデアが台無しだった暴君は逆ギレして――、医師や魔導師や錬金術師にこう命じた。有翼人の『構造』を『徹底的』に『調べろ』ってね。
――この意味、わかる?」
「………」
ジークは答える代わりに、眉をひそめて顔を背けた。…胸がムカムカして気持ち悪い。
現在は有翼人を神聖視する国は多い。だが、その度が過ぎた国では、有翼人を赤子の時点で神殿などにしまい込んでしまう。
そして…、有翼人を忌避し差別する国もまた少なくはないのだ。忌み嫌われて消されてしまう場合もあれば、見世物小屋で一生を過ごす場合もある。便利な伝令兵として戦に使われることだってある。
そうでなくても――…、人々が向ける奇異の目はなくならないのだ。
「そんな環境を生きているワケだから…、有翼人の多くは臨戦態勢のヤマアラシ並みに世間や人を警戒して、中には世界を呪っちまう程に恨んでいる奴もいるんだよ」
「………」
…ジークは自分の中で受けた衝撃が隠せない。
魔法や精霊や龍などの神秘的な存在に、ジークはただ純粋に興味を惹かれ、憧れにも似た想いを抱いていた。有翼人に対してもそれは同じだ。
けれど――…、彼らは辛く暗い歴史と望まない境遇に晒されている…。
『ボクは楽しいことをいーっぱい見つけるために生きているんだもーん』
「ラティは強ぇな…」
あの幼さで強い信条を持ち明るく生きているのだ。この強さには自分も敵わない。
そう思いつつレイヴを見ると――、彼は困惑顔でため息をついていた。
「ラティが強いのは同感だけどさ…。うーん…。
――…ジークはラティが何歳か知ってる?」
「10歳だろ? 前に本人から聞いた」
ジークは普通に答えたが、レイヴは「うーん」と唸っている。
「俺も本人からそう聞いたよ。
ただし――、今から1年半前に。あの年格好のラティから」
「………は?」
なら、今のアイツは11歳か12歳…? ボケたジジイやババアならともかく、あんなガキが自分の年齢を数え間違えるか? あのオトボケなら有り得――…いやいや、そもそも成長期だろ? 1年半前にあの年格好って何だよ…!?
頭を抱えたジークを、レイヴは伸びた自分の前髪を摘まみながら追撃する。
「ジークがデスティニィ号に来た頃のラティと今のラティ…、髪の長さが変わったと思う?」
「………」
…変わって、いない。髪の長さどころか、身長もだ。成長期の真っ盛りなのだろうに…!
「そもそもさぁ…。俺が出会ってきた有翼人達は、ラティみたいに鳥と会話をしたり、風を喚ぶような真似は出来ないんだよ。
あくまでも『人間に翼が生えました!』ってな感じなの」
「……そ…そう、な、んだ?」
ジークの脳ミソ、大混乱。
動作がギクシャクとしたジークの横で、レイヴは離した前髪を吹き上げる。
「単にラティが『魔法使いの才能がある有翼人!』っていうスペシャルな存在なのかもしれないけどさー…。
ラティはなーんか、謎、なんだよなぁ」
「…。
キ、キオウは何つってんだ…?」
困ったときの賢者サマ頼みである。
が。
「キオウは別に何も言わないよー。ラティがデスティニィ号に居着いたときだって、いつもの日陰でフツーに昼寝してたし。
賢者サマがそんなだから、俺も『まっ、こーゆー有翼人もアリなのかなぁ』って」
「いいのかよそれで!!」
ジークの雄叫びに驚いたのか。甲板に平和に留まっていた数羽のカモメが、ワサワサと飛んで逃げていく。
だが。レイヴの応えは「いいんじゃない?」とあっさりしていた。
「そりゃあ気にはなるけど、それだけを深く気にしていたら、デスティニィ号ではやっていけないからねー。
俺はラティよりも、まーくんの糸目の存在意義の方が遥かに気になる」
糸目の存在意義。
…やはり、レイヴはどこまでもレイヴである。
はぁ…、と脱力していると、レイヴが「そーいえば」とパチリと手をひとつ叩き合わせた。
「この前さ、ジークに話したよね? 昔俺が船旅で遭遇した怪談」
「うっ」
そういえば、アレは話の途中で中断していたっけ…。
蒼仕込みの警戒を纏った“真空のジーク”に、レイヴはヒョイと立てた人差し指を左右に振り振りしてみせる。
「あの怪談の舞台とさ、同じなんだよ」
「…。はい?」
「ラティと出会った海峡が、だよ。うーん、偶然? ミラクル?
謎だなぁ、謎」
「………」
ひとり腕を組んで「うん、うん」と頷くレイヴ。
対するジークは、たっぷり10秒以上はフリーズし――。
「そんなミラクルがホイホイあってたまるかあああぁぁァァァッ!!」
全力の雄叫びと共に、モップの柄をへし折るのであった。




