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賢者サマのおふね◇アリシアのこと  作者: 神代きい


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ステータス◇ジークとレオと

「ふー…! 久ッ々にいい汗かいた感じだぜー…!」

 達成感にも似た運動後の清々しい気持ちに息を吐き、ジークは剣を流れるような動きで鞘に納めた。

 本気ではないとはいえ“真空のジーク”との手合わせに互角に付き合えるレオはただ者ではない。しかもレオはこの朝練のために警備隊の訓練場の一角をわざわざ借りたのだ。一体どのようなコネクションがあるのやら…。

 ジークと同じく剣を納めたレオは、案の定息の乱れも感じさせない。この安定感といい、やはりレオは兄と雰囲気が似ている。

「ふぅ…、つい熱が入ってしまった」

「まったくなー。お互いにマジでやり合ったら、どうなるんだろうな」

「平服でだったら、怪我はするだろうなぁ。歩く救急箱がいるから、多少の負傷は気にとめないけど」

「…歩く救急箱?」

 しかめ面のジークに「アレだよ」と指を差すレオ。

 そこには腕を組んだ姿勢で壁に寄りかかったザビィがいる。

「彼なら多少の怪我は簡単に魔法で治せる。まっ、手足を斬り落としたりしたら睨まれるだろうけど」

「え」

 …それはもはや「多少」と呼べる範囲ではない。

「どんだけマジな決闘を想像してんだよ…。つーか、アイツって魔法使いの類いなのか」

 魔法使いという存在には軟弱な身体のイメージがあるが、ザビィは油断のない黒豹だ。シャープな体躯に無駄のない服装。しかもジークはザビィの腰に装備された短剣を発見していた。

「なんつーか…、前の仕事中に遭遇した同業者と似たモンを感じるんだよなぁ」

「密偵や諜報もお手の物だよ、彼」

「似たモンどころか、ほぼマジモンじゃねーか」

「殺生は駄目とは言ってあるけど」

「それかなりのマジモンじゃねーか!

 …てかアンタ、俺の前の仕事が何かをわかってんのか?」

 この大陸にまで“真空のジーク”の噂が広まっているとしたら、自業自得とはいえ肩身が狭い。

 げんなりとした視線のジークに、レオは小さく笑っている。

「大雑把にだけれど、キオが君の職歴を僕に暴露したんだ。大変だったようだね」

「なんで勝手にバラしてんだよあの賢者ッ!!」

「君なら怒りはしないから、と言っていたけれど?」

「キレるっつーのッ!! くそっ、後でぶん殴ってやる!」

「良好な関係で大いに結構」

「どこをどーやって解釈すりゃあそーなりやがるんだよ!?」

 頭を抱えて叫んだジークとは対照的に、目を細めたレオは朗らかに笑っている。…この妙なマイペースぶりはクレリオの国民性か。

 冷静さを取り戻そうと深呼吸をしたジークの耳に、簡単な挨拶を交わす声が聞こえてきた。

 見ると、ザビィの隣に見慣れた航海士とトレジャーハンターの姿。ジークの視線に気付いたレイヴが、ブンブンと手を振ってくる。

「おはよー、ジーク。お前のお友達が気になって来ちゃった」

「不純な動機だなぁおい! てかお前、昨夜はアレだけベロンベロンに酔っぱらってたくせに、こんな朝っぱらからよくすっきりしていやがるな」

「ストックしていた賢者サマの秘薬のおかげです」

 ドヤ顔で胸を張るレイヴ。だが、言葉どおりならば、レイヴは威張るようなことなど何もしていない。

 苦笑するジークからレオへと視線を移したレイヴ。その目は何故か…、変な緊張感に満ちている。

「は、はじめましてー。クレイバーのレイヴです。“探求のレイヴェイ・グレイド”のレイヴです。お会いできて光栄です」

「…うわぁ」

 現役時代には孤独を好む一匹狼だといわれていた“探求のレイヴェイ・グレイド”が、珍しく率先して他人に自己紹介をしている…。

 引き気味のジークが見守る中、レオは軽く小首を傾げてから握手に応えた。

「ご丁寧にありがとう。僕はしがない剣士のレオですよ。

 でも、はじめまして…かな? 何だろう…、前にも会ったような気が」

「! き、きっと一昨日マリーちゃんの店にいたから見覚えがあるんだと思いますハイ!」

 妙にカタコトである。

「そうかな? いや、確かに一昨日見掛けたのは覚えているんだけれど…。もっと前にも会――」

「全力で気のせいだと思いますハイ!!」

 有無を言わさぬ力押し。

 その冷や汗ダラダラな横顔にピンと閃き、ジークは「あぁー…」と納得した。

 レオと出会っていた過去をレイヴが全力で葬りたいのだとしたら――…、クレリオで遭った黒歴史と関係しているのだろう。たぶん。

「そ、そんなことよりも! この後ウチの船で一緒に朝メシをどーぞ! 客人に料理を振る舞いたくてウズウズしている人が船の厨房にいるから!!」

 必死で歴史の上書きを謀っているレイヴ。ギラギラとみなぎる笑顔が妙に怖い。

「せっかくのお誘いだけれど、僕らは先約があるから。次の機会があれば、そのときにはぜひ」

「そ、う、なんだ…。残念」

 ガックリと脱力したレイヴを放置して、ジークはレオに向き直った。

「素直に楽しかった。また今度やろうな」

「うん、僕も楽しかったよ。また今度。

 それじゃあ、僕らはこれで」

 カイに会釈をしたレオは、ザビィを伴い立ち去っていく。その背を見送っていると、空に溶けた朝の賑わいが耳に入ってきて、不思議と活力が湧いてくる。

 ちなみに。灰になったレイヴは、その間は完全に放置であった。

「警戒する相手ではなかっただろう?」

 港への帰路でカイに問われ、ジークは「そうだな」と頷く。

 そういえば、カイが特に用もなく船からこうして出歩くなど珍しい。昨夜の言葉を心配して来たのだろうか?

「あのザビィってヤツも悪いヤツじゃなさそうだしな。口きかなかったけど」

「人間嫌いらしいからな。俺も数える程度にしか会話をしたことがない」

 口数が多くはないカイが相手では尚更だろうな、とジークは少し苦笑する。

 カイは慣れた様子で入り組んだ路地を進んでいく。朝市で混雑する表通りを避けているようだ。

「つーか、絶滅危惧種ってなんだ? キオウがレオをそう言っていやがったけど、意味を訊きそびれちまった」

「レオ殿は魔法剣士だ。正統派のな」

「は? てか、むしろ邪道な魔法剣士ってなんだよ?」

「いや、『邪道な』ではなく『一般的な』だな」

 特殊な技法で鍛え魔力を宿した『魔法剣』を扱う剣士を魔法剣士という。魔法剣を使うにはコツが必要で、魔力を制御する素質がない者が無理に魔法剣を使うと、大怪我をしてしまう場合もあるらしい。

「魔法剣を使う一般的な魔法剣士とは違い、レオ殿は普通の剣に自分で魔力を自在に宿すそうだ。詳しくは知らないが、本来の魔法剣士とはそういう者達だったらしい」

「ふーん」

 ジークは適当に相づちを打つ。

 そういえば…、伯父のユタバが「ユギハの家系は魔法剣士の血筋」だとか何とか言っていた気がする。父は普通に魔法を使えていたし、もしかしたら魔法剣士のご先祖サマは「正統派」だったのかもしれない。

「なら、レオがそういう小細工を剣にしていたら、ヤバかったかもしれねぇワケだ」

「レオ殿は卑怯な真似はしないさ。ただ純粋にお前と遊びたかったんだろう」

「遊びじゃねぇ。真剣だ」

「………………」

 いつもなら「真剣と書いてマジと読むっ!」などと反応してくるだろうに、レイヴは暗く黙ったままだ。

 面倒くせぇ…、とジークはぼやく。

「一般的な魔法剣士も数は少ないが、正統派の魔法剣士は更に稀少だ。この魔法大国クレリオでも数名しかいないらしい」

「それで絶滅危惧種か」

「キオウは簡単に言うが、稀少の中の稀少な存在らしいぞ。手合わせができて良かったな」

「んなこと言ってもよ、レアな魔法剣士とやり合ったっつー実感がねぇ」

「お前の言う『小細工』をされていたら、負傷しかねないだろうな。高位魔法が飛び交うようないざこざも、その『小細工』の剣で容易に鎮圧するそうだ」

「そ、そりゃあ手足を斬り落としても不思議じゃねぇわな…」

「――うおぉしッ! 決めたッ!!!!!」

「はい!?」

 レイヴの突然の気合いに、思わずギョッと身構えるジーク。

 レイヴは先ほどまでとは一転して、奇妙な気迫にみなぎっている。

「俺ちょっと走り込んでくる! ストレス発散してくる!! 先に帰って朝メシ食ってて!!!」

「……あー…いってらっしゃい…」

 朝日が昇った坂道を全力疾走していくレイヴには、力のないジークの声援はもはや届かない。…こうしてストレスの処理が自分で出来るのならば、ジークの心配などいらなかったようだ。

 手合わせで得た以上の疲労感に、ジークは盛大なため息をついた。




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