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賢者サマのおふね◇アリシアのこと  作者: 神代きい


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23/31

もやもやする◇デスティニィ号の夜

 気持ちのいい星空が広がる夜。浴室から自室に戻ったキーシは、何だかちょっぴり気分が良かった。

 鼻歌混じりに「コトリ…」と優しくテーブルに置いたのは、昼間マリーから小瓶に分けて貰ったシャンプーと石けん。彼女いわく、海は潮風や日差しで傷みやすいのだから、髪や肌を労ってやった方が良いのだとか。使ってみたら確かに泡立ちが良くて、いつもより洗いあがりも良い感じだ。

 ベッドの上に座った姿勢で、髪の水分をタオルでしっかりと拭き取る。それからマリーとの買い物で買ってきたブラシを用意して、優しく髪を梳かし始めた。

 ブラシは髪にスルスルと入り、引っかかることもなく髪を整えていく。そうして宝物の手鏡を覗き込むと…、そこに映っていたのはツヤツヤした栗色の髪。指通りも気持ちいい。

「シャンプーとブラッシングするだけで、こんなに違うんだー…」

 今まではシャンプーやら石けんやらにこだわりなどなく、その時々に浴室にある物を使っていた。風呂あがりのブラッシングだなんて習慣も当然なく、適当に乾かした髪を手櫛で整える程度だった。

「このシャンプーって高いんだろうなぁ…。あたしのお小遣いで買えるかな? けど、生活必需品なんだから、言えば買ってもらえるのかも…」

 入浴のグッズ代や洋服代やその他諸々。女の人はお金が掛かるとよく聞くが、なるほどこれなら納得だ。

 入浴といえば、マリーは良い香りがする入浴剤も分けてくれた。とはいえ、浴室は他の仲間達も使う場所なので、今夜は浴槽に入浴剤を投入出来なかった。自分が最後に入浴する機会があれば試してみよう。

 ベッドに寝転んだキーシは、上機嫌に鏡を覗いて髪を弄る。今夜眠っている間に寝癖を付けるのがもったいない気分だ。寝癖を防ぐ方法を訊いておけば良かったかもしれない。

「んー…っ」

 寝転んだまま背伸びをして体をほぐす。気持ちいい。

 そのまま窓越しに星空を見上げると、仲良く3つに鳴らんだオレンジ色の星が瞬いていた。

「…あ。キオウさん、まだいるかなぁ?」

 夕食のときに「今夜は《夜空見上げ》せずに外出する」と言っていたから期待はできないが、何となく話がしたい。

 部屋から出て《夜空見上げ》スポットの甲板に行ってみたが…、案の定キオウの姿はないようだ。ちょっとだけガッカリしつつ、喉が渇いたので厨房へ足を向ける。

「あ、キーシ。一緒にポーカーやる?」

 手札を交換しつつ声を掛けてきたのはインパスだ。チラリと見ると、男4人がテーブルで酒を呑みつつ遊んでいる。

「…このあたしに賭け事をやらせる気?」

「インパス、大人の遊びに女の子を誘っちゃダメだってば」

「まだ小娘には早ぇだろ。やめとけ」

「子供に賭博を覚えさせるな」

「………うぅ…」

 一斉に批難されて小さくなるインパス。脱力して伏せ損ねたトランプがジークから丸見えだが、ジークはため息混じりに視線を逸らしている。インパス相手にズルをする気はないらしい。

「そうだな…、コレが終わったら他の遊びをするか」

「おっ、カイいいねぇ。神経衰弱とかババ抜きとか?」

「俺はダウトがいいな。小娘わかるか?」

「バカラ――…は、賭博ゲームですねスミマセン皆さん睨まないで下さい」

「あははっ。さぁさぁ皆さん、ちゃっちゃと決めちゃって」

「チッ、降りたヤツは気軽でいいよな。全部掛けてやる」

「同じく」

「えっ? えっ? みんな強気!? 流れに乗って俺も全額っ!」

 ポーカーのルールはわからないが、この場の雰囲気は面白い。

 離れた席で水を飲みつつ見ていると、どうやらカイが勝ったらしい。ジャラジャラと移動していくコイン達。インパスはテーブルに撃沈している。

「ほらほらインパス、邪魔だから片付けて。キーシはもっと近くにおいでよ。

 では、お手軽にババ抜きね。ほらほら、ジョーカー捜して1枚退けて」

「遊びになると張り切るよな、お前」

「トランプ切って配るぞ」

「カイ早っ」

 穏やかなランプの明かり。ほろ酔い連中の可笑しな談笑。トランプを捌く音が耳に心地よい。

 ふと手札から顔を上げると、捨て札の山で巣作りのごとくゴソゴソしているまーくんの姿。…その行為の何処が楽しいのかイマイチわからないが、本人は楽しいらしいので、全員が見て見ぬフリをしている。

「そういえば。キーシ、マリーちゃんとのお出かけはどうだった? 夕飯のときはラティのお喋りが止まらなかったから、聞けなかったよね」

 問いながらインパスの手札を1枚抜き取るレイヴ。ペアにはならなかったらしく、そのまま自分の手札に加えている。

 キーシはちょっと考えてから口を開く。

「…まぁ、楽しかった、かな? 色んなお店を回ったり、『カモメ屋さん』でシフォンをご馳走になったり」

「つーかお前、マリーが苦手じゃなかったのかよ?

 …あ、ババだ」

 カイの手札から抜いたトランプを見て、ボソッと低く呟くジーク。

 すかさずレイヴが吹き出して笑う。

「うわ、ジークな馬鹿っ。なんかバラしてるしっ。作戦ですかーっ?」

「おうよ、作戦だ作戦。ババは今、俺の手の中にある!」

「むしろ清々しいな」

「てか、レイヴもビミョーに言葉が変」

「単なる酔っ払いでしょ」

 ピシリとツッコミを入れて、さっさとジークの手札を抜き取る。…ババだ。

 が。すかさず素知らぬ顔でインパスに手札を差し出すと、ジョーカーはあっさりとキーシの元からオサラバしていった。

 ジョーカーを手札に加えたインパスが、唇を噛んでプルプルと笑いを堪えている。わかりやすい男である。

「マリーさんはキオウさんの恋人じゃなくて、他にお相手がいるんだって。それを聞いたら、なんだか、こう…、イヤな印象が消えた感じで」

「なるほどねー。まっ、マリーちゃんは男女関係なく誰に対してもフレンドリーだからねー。挨拶代わりに跳び蹴りする相手は、キオウだけだけど」

 インパスの手札を抜いたレイヴが、軽い手つきでペアの手札を捨てた。

 ジョーカーが手元に残ったインパスから悔しげな歯ぎしりが聞こえる。うるさい。

「ジークはどうだった? 初《魔法横丁》の感想は――…とか言ってる矢先に、カイがナチュラルにあがったし」

 ぺちっ、と軽い音を立ててカイが捨てたトランプに目を剥くレイヴ。

 カイは「元々手札が少なかったからな」と苦笑している。

「まっ、フツーに楽しめたな。変な店や場所には近寄らなかったし」

「キオウがマトモな場所しか案内しなかったなんて、ちょっと意外」

「いや、キオウ以外のマトモな案内人と一緒に歩いたから」

「えっ? 誰?」

 レイヴが酒を口にしながらジークに驚きの目を向ける。

「キオウの知り合いのレオってヤツ。ほら、昨日マリーの店のカウンター席にいた剣士」

「へぇー」

「…」

 ジークとレイヴの何気ない会話に何故か動きを止めたのは、カイだった。

 軽く眉を寄せている。

「…そうか。レオ殿が戻っているのか」

「な、なんだよカイ?」

「…。

 いや、気にするな」

「無理だっつーのッ。気になるっつーのッ! 俺アイツと明日の朝イチで剣術の鍛錬の約束してんだぜ!?」

「おお…、あのジークがいつの間にかお友達を作っている…。レイヴさんは感動の涙がとまりません」

「安っちい涙を流してんじゃねーよ! つーかソレ、単なる酔いと眠気からの涙だろーがッ!」

「あがりでーす」

「な…んだとッ!?」

 手札がなくなって万歳したキーシを、ガバッ! と見やるジーク。

「小娘、いつの間にッ!」

「ジークさんがレイヴさんにツッコミ入れてる間に、さりげなくトランプを抜きましたー」

「あははっ。キーシを気取れないとは“真空のジーク”おそるるに足らずぅ!」

「うるせぇよッ!!」

「うるさいのはお前だ、ジーク」

 冷静にツッコミを入れたカイだが、その目はどこか楽しげだ。

 テーブル上で組んでいた指をほどき、酒のグラスを軽く傾けている。

「それに、警戒をする必要はない。レオ殿は従者と共にクレリオ国内を巡り、先々で傭兵のような仕事をしている。腕は良く、人々からの信頼も厚い。キオウの良き理解者でもある」

「…。ま、確かに悪いヤツじゃなさそうだとは、今日一緒にいてわかったけどな」

「とかジークが苦悩している間に、さりげなくあがるレイヴさんなのであった」

「何ぃッ!? インパスと1対1の構図ってなんか嫌だなおい!」

「失敬な! 俺が勝ったらこの後の片付けをさせてやるぅ!」

「望むところだ! その代わりに俺が勝ったら、あのレア物の酒を寄越せ!」

「あははっ。タイトリュマーッチィ! 拍手はくしゅぅ~!」

「舌が回っていないぞ、レイヴ」

「………」

 無駄に盛り上がっていく酔っ払い達には、キーシを気にする気配など微塵もない。…だがまぁ、コレもいつものことだ。

 キーシはこっそりと退席した。



「はぁ…」

 甲板の手摺に寄りかかって、ため息。

 あの酔っ払い達に期待したワケじゃないけど…、それでも髪の変化に気付かれないとちょっぴり寂しい。

「…あたしが浮かれてただけか」

 それとも…、毎日あのシャンプーを使い続ければ、本格的に髪質が変化してくるだろうか? そうすれば、あの大人達もさすがに気付いてくれるかもしれない。

「まっ、別に誉められたいワケじゃないけど…!」

 夜の海に捨て台詞を吐いて踵を返した――そのときだった。

「うおっ!?」

「きゃっ!」

 まさかジークがすぐ後ろにいたとは! もう少しでぶつかるところだった。

「びっくりした! ジークさんの馬鹿!」

「わ、悪りぃ。酔い醒ましに夜風に当たろうと思って出たら、お前がいたから」

「ババ抜き、勝ったの?」

 まぁな、とニンマリ笑うジーク。自慢げに酒のボトルを掲げ持ってみせている。

「で、コレが戦利品な」

「『酒は呑んでも飲まれるな』」

「へ?」

「前に行った港の食堂のおじさんが言ってた」

「…。耳に痛てぇ言葉だなぁ」

 苦々しく自嘲するジークだが、唐突に何かを閃いたのか「あっ」と声をあげた。

「そうだキーシ、少し待ってろ」

「え?」

 なんで? …などと訊く隙もなく、素早い動きで自室に駆け込んでいくジーク。ほろ酔いでもこの動きはさすがだ。

 そう待たせることもなく、ジークはすぐに戻ってきた。酒のボトルは部屋に置いてきたようだが…、その代わりに小さな封筒のような紙袋を手にしている。

「今日横丁で見掛けてさ、珍しいからつい買っちまったんだ。お前って本を読んだりするだろ? 使ってくれ」

「あたしにくれるの…?」

 受け取った紙袋を開けてみると…、中から出てきたのは不思議なしおりだった。

 まるで万華鏡の中をギュッと平らにしたかのよう。静かに左右に振ってみると、星屑や小さな花がキラキラと踊る。キレイだ…。

 しおりを見つめているキーシを、ジークはどこか優しげな眼差しで眺めていた。

「ホントにくれるの?」

「ああ。貰ってくれ」

「…ありがと」

 呟くような、小さな小さな感謝の言葉。

 しかしジークは満足そうに笑って腰に手を当てた。

「さて、と。夜も更けてきたらからな、そろそろ寝ろよ」

「…うん。おやすみなさい、ジークさん」

「おう。おやすみキーシ」

 肩越しにヒラヒラと手を振りつつ自室に戻っていく後ろ姿。

 その姿がドアの向こうに消えた後…、今ジークが「小娘」ではなく「キーシ」と言っていたことに気付く。このしおりをくれたことといい、珍しいこともあるものだ。

 キーシは軽く小首を傾げながら、ゆっくりとした足取りで自分の部屋に戻った。






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