もやもやする◇魔法横丁
「すごいすごいっ! ねぇねぇキオウさんっ、あの人ひとりで一度に7つも楽器使って演奏してるよーっ!? 太鼓とラッパとタンバリンとハーモニカと縦笛とギターとカスタネット!」
「あー、そーだなー。すげーなー。うん」
「わっ! あっちの人は火ぃ吹いたよっ!? あれっ? しかもカラフルだよっ!? ピンクの火って僕はじめて見たぁーっ! キオウさん見てたーっ!?」
「はいはいはい、すごいですねー」
「向こうのピエロさんの玉乗りもすごーいっ! いち、にぃ、さん…――10個も重ねたボールに乗ってるよ!? わっわっ? グラグラしてるのに落ちなーいっ!」
「一番下のボールを蹴り飛ばしたくなるよな」
「ジークさんヒドイっ! あっれぇっ? あの大きな木のお人形さん、どーやって動いてるの? クルクル踊ってるよ?? あっ、おじぎしたっ! 衣装が変わったっ!
ねぇねぇねぇキオウさんっ、僕もっと近くで見てきてもいーいっ!?」
「どーぞどーぞー、ご自由にーぃ」
「わーいっ!」
人混み目掛けて嬉々と突撃していくラティ。横丁の中央広場で繰り広げられる大道芸を前に、ラティのテンションは昨日の入港時を遥かに上回る勢いだ。
そんなラティとは対照的に、あくびを噛み殺す保護者役キオウ。確かに賢者サマには退屈な光景かもしれないが、ここの大道芸のレベルはかなり高い。ジークもさりげなく楽しんでいる。
「気になるのなら、お前ももっと前で見てこいよ」
「あのガキの群れに混じる度胸はねーよ。ここからでも見えてるしな」
大道芸人達を囲んで歓声をあげている子供達。幸いなことに背中の翼が目印となり、ラティを見失う可能性は低い。
子供達が集まっている中、大人達は少し離れた位置からこの様子を見守っている。持ち物や服装から、各自の正体が何となくわかる。どうやら地元民よりも冒険家や旅行客が多いようだ。
「レイヴが横丁で死にかけた経験があるとか言ってたから、もっと怖ぇイメージがあったんだけどなぁ…」
「この辺りはいわば横丁の表側だ。一応は王都の中だし、すぐ近くに王立の魔法図書館や魔法学院もあるから、比較的治安が保たれている。
問題なのは、横丁の裏側」
「…やべぇ感じなのか?」
「違法な魔法具の店やら、心臓の悪い人には要注意なホラーやら、お子様の情操教育には不適切な光景やら」
ふぅん、とテキトーに応えるジーク。
「あと、変な方向に究めようとするキチガイな連中とか混じってる。そーゆーに遭遇したら少し厄介かもな」
「変な方向?」
無意識に問うと、キオウが怪訝そうな顔をした。
「…あれ? 今お前、レイヴ本人から例の話を聞いたっぽい感じで言ってなかったか?」
「例の話?」
「レイヴを解体して邪神への供物にしようとした馬鹿の話」
「………」
これには“真空のジーク”もさすがに絶句だ。…どうやらレイヴは、予想以上の体験をしたらしい。
どおりで話したがらないワケだ…、と胸の中で呟くジークだが…、何だか妙に気持ちがざわついて落ち着かない。
「――…ち…ちなみに、だ。その馬鹿はお前が殺ったのか?」
ごくり…、と唾を呑んでキオウの様子を窺うジーク。
キオウは軽く小首を傾げている。
「いや、簀巻きにして王立警備隊に突き出した。裁判で極刑――この国には死刑がねぇんだけどな、極刑である『煉獄刑』に処された、とか聞いた」
「煉獄刑…って、なんだ?」
…何だか嫌な予感がしてきた。
フッ…、と妖しげに微笑んで目を伏せるキオウ。
「魔法大国であるこの国が『煉獄』と表現する場所はな、まさに地獄みてぇな所だ。そこで終身懲役を食らうのが、煉獄刑」
「地獄…っつーと、アレか? しゃれこうべがあちこちに転がっていたり、熔岩がポコポコ沸いていたり、よくわからん有毒ガスが不規則にプシューッと吹き上がっていたり?」
「うんうん、そんな感じ」
「…。
マ、マジであんの? そんな場所が、この平和そーな国の、どっかに…」
「地下にありそうだよなー。雰囲気的に」
「………。
冷静過ぎる切り返しだっつーの」
体感気温が急降下したジークとは正反対に、広場のギャラリーは歓声やら指笛やら拍手やらで賑やかだ。すっかりと見逃してしまったが、大道芸人達が何か大技を決めたようである。
「俺は昼寝の続きがしてぇんだけどなぁ。ジーク、ラティを任せていいか? 夕刻の鐘には戻るから――…って、え? なんでそんな怖ぇ顔で睨むんだ?」
石像並みに表情を冷たく強張らせたジークは、キョトンとするキオウにますます眉間のシワを深めた。
「この危険地域で有翼人のガキの面倒をひとりで見きれる自信が、俺にはねぇ」
「へっ?」
「賢者サマと俺を同じ土俵にあげるんじゃねーよッ! せめて剣を持ってくりゃよかった!」
「――…あははっ。あれだけ脅せば、そりゃあまぁ当たり前の反応だろうなぁ」
後ろから聞こえた笑い声に振り返ると、そこには先ほどの剣士が立っていた。連れの青年の姿は見えない。
キオウに半ば呆れたような失笑を向け、片眉を跳ね上げている。
「キオ、僕の国を魔界か何かみたいに誤解させる言い方はやめてくれないか?」
「似たようなモンだろ?」
「ほら、まーたそんな言い方を」
レオは再び呆れたように笑うと、ため息をついてジークに向き直った。
「悪いね。この賢者が認識している魔界と、一般認識の魔界とでは、雲泥の差があるらしい。怖がらせてすまない」
「こここっ…、怖がってなんかねーよッ!」
「あははっ、ごめんごめん。お詫びに『魔界じゃないクレリオ』を案内させてくれないか?」
さりげない申し出に顔をしかめるキオウ。
「案内って…、ザビィはどうしたんだよ?」
「アンジェの店には目当ての品がなくて、他の店へ捜しに行かせた」
「ふぅん、あのザビィがレオから目を離すなんて珍しい。
ジーク、どうする? コイツと一緒でもいいか?」
キオウに「コイツ」と不躾に指を差されたレオは、慣れた様子で小さく苦笑している。
この親しみやすい雰囲気、黒髪、平服に佩剣、立ち振舞い。それらが連想させたのか、一瞬ジークの脳裏に兄がよぎった。そういえばレオがキオウに向ける眼差しも、兄が自分に向けるそれに似ている。
すなわち。良く言えば余裕と慈愛、悪く言えば小馬鹿にした目だ。
「俺は構わねーよ。お前ら仲良さそうだしな」
「なら、決まりだな。そろそろラティを捕まえてくるか」
腕まくりをして子供の群れに挑むキオウ。少し目を離した隙に、ラティは最前列の方に行ってしまっていたようだ。キオウの怒鳴るような呼び掛けも、ギャラリー達の活気に溶けて届いていない。
「つーか…、よく考えたらラティは有翼人だよな。そんな大層なモンが混ざっているっつーのに、よく騒ぎにならねぇな」
ぼんやりと呟くジークの目線の先には、人混みからラティを引っ剥がすキオウと、甲高い奇声をあげて駄々をこねるラティの姿。…これでは人さらいに抵抗する幼子の構図だ。
「有翼人を奉りあげたり差別したりする国が多いけど、ウチの国民は有翼人をあまり特別視しない。街でごく普通に暮らしているから、あの子を見ても驚きはしないよ。
――…とはいえ…」
一段低くなった声音に視線を移すと、レオはどこか辛そうに顔をしかめている。
「最近は少しばかり物騒だから、できれば横丁にあのチビ君を出入りさせて欲しくないなぁ」
「物騒って…、昨日の騒ぎと関係があんのか?」
思い返せば、あの騒動はこの平穏な国には不釣り合いだった。
ジークをしばし見つめた後、レオは小さく「…そうか」と呟く。
「昨日の強盗を倒した黒髪の青年って、君のことか」
「げっ、噂になってんのか?」
「警備隊長から顛末を聞いた。あの強盗達はアリシアの民だと名乗ったそうだ」
「アリシア?」
初めて聞く言葉に首を傾げるジーク。ここはジークが生まれ育った大陸から離れているためか、アリシアという国名や地名を聞いたことがない。
レオは困ったようにこめかみを掻いている。
「かつてクレリオの周辺は、巨大なひとつの国だった。その国が『アリシア』だ。アリシアが滅んだ後に、このクレリオやカドリエといった国々が誕生した」
「へぇ」
「――なんだなんだ? ジークを相手に歴史の勉強かー?」
魔力で強化した腕力を使って、見事ラティを引きずり出したキオウだ。
ラティはぷっくりとほっぺを膨らませて拗ねている。可愛い。
「昨日の強盗達はアリシアの民だったらしい」
「だろうな。真っ昼間からクレリオの街中で攻撃魔法をぶっ放つなんて、どう考えてもアリシアの民だ」
「…どういう意味だ?」
話が読めないジークに、キオウとレオのふたりは顔を見合わせている。
「旧アリシアの国の中には『今在る国など滅びてしまえ! アリシアの栄光を取り戻せ!』みてぇな過激派がいる。その連中が自分達を『アリシアの民』だと名乗ってんだよ」
「ゲリラみてぇなモンか…。地獄云々の話よりも、危険を身近に感じるな」
ジークが苦い表情を浮かべると、レオの目に少し悲しげな光が宿った。
「ウチの国で騒ぐアリシアの民は、まだ可愛いものさ。横丁の裏やら闇やらで燻っている暗い魔術師連中の方が、圧倒的に質が悪い。
ま、その魔術師の皆さんが過激派な皆さんを結果的に潰すパターンも多いから、何だかんだで平穏なバランスが保たれているワケだけど」
「…は?」
「自分の大切な研究や修行を邪魔する蚊程度にしか思わないからね。
だからダークな魔術師の皆さんは、君が危険だと感じた過激派の皆さんを、躊躇いなく当然のようにサクッと潰して、そして何事もなかったかのように再びじっと引きこもるのさ」
「………。
今一瞬そのダークな連中をマシな存在だと錯覚しかけた俺がいる…」
ガックリとうなだれるジーク。よくわからないなりにジークの頭をよしよしと撫でるラティ。そんな仲間達を尻目に、キオウはあくびを噛み殺す。
目の前の平和な光景に、レオは目元を和ませていた。




