もやもやする◇カミツキソウ
今日も相変わらず「のほほ〜ん」としたまーくんの顔。
その鼻先(?)ギリギリの位置で忙しなくガチガチと打ち鳴らされているのは――…、ズラリと鋭く並んだ凶悪な歯であった。
「こ、こわい〜…」
ベンチでパンをかじっているキオウに顔を押しつけ怯えるラティ。翼まで力なく、シュン…とへたっている。
キオウが《魔法横丁》でパン屋の次に訪れたのは、この植物を扱う店であった。室内を埋め尽くす不思議な植物の数々。高い天井に据えられた天窓から降り注ぐ陽光。計算して張り巡らされた水道が、植物達に常に新鮮な水を届けている。
「大丈夫だ。ほら、よく見てみな」
肩に伝わる小さな震えに苦笑したキオウは、対峙するふたり(?)を指さした。おそるおそるとそちらを見るラティ。
緑色の丸い頭部。鉢からスラリと伸びた葉と茎からして、どうやらコレも植物らしい。
「あー…、なんだ? 食虫植物みてぇなモンか?」
正体不明の植物達に圧倒されて棒のように突っ立っていたジークの、ようやくの発声である。
「別名が『カミツキソウ』っつーぐらいだからな、歯が届けばどんなモノにでも噛みはする。けど、すぐに吐き出すよ。
正式名は『ユメクイソウ』。イキモノが寝ている間にみる夢が主食だ」
「へー…、面白い植物もいるんだな。
あ、まーくんも一応は植物か」
「そーそー。俺のまーくんは光合成をする立派な植物ですよー」
「その立派な植物に、俺は手を噛まれた経験があるけどなー」
恐怖の笑顔で牽制し合うキオウとジークに、ラティの震えがようやく止まった。
キオウに貼りついたままではあるが、恐怖より好奇が強い目でまーくん達を見ている。
「あのコワいの、夢を食べるんだ?」
「悪夢を食べてくれる、いい植物だ。丁寧に世話して良くしてやればしっかりと応えて、育てている人間は快適な睡眠がとれる。
まっ。その逆で、テキトーな管理でテキトーに世話をしていたら、悪夢は食わずに良い夢ばかりを食いやがる。持ち主は夜な夜なうなされっぱなしだ」
「…経験した口振りだな、賢者サマ」
ジークの視線にしかめ面をするキオウ。
「師匠が1鉢育ててんだよ…。持ち主に似て嫌みなヤツでさ、ガキの俺に意地悪な夢をみせやがる。
大量のトカゲが一斉に切り離した尻尾がビチビチ跳ね回る夢とか、駆け登ろうとした坂道の地面が突然ビッシリ敷き詰めた玉ねぎに変わって転んでそのままゴロゴロとスタート地点に逆戻りになる夢とか」
ビミョーな嫌みが込められた夢の数々であった。
室内の植物はジークが見たことがないモノばかり。光り輝く葱坊主。綿のような実をつけた果樹。風鈴に似た軽やかな音色を奏でるスズラン。
さすがは魔法大国だ…、と感心しつつ視線を巡らせていると、傍に生えた木の幹に貼り紙を見つけた。
【飲食物持ち込み禁止
店主より】
「………」
ジークの視線は、さも当然のようにパンを食べ進めているキオウに嫌でも向く。
「…お前さぁ、あの貼り紙をわかった上でソレ食ってんのか?」
念のために忠告すると、キオウは「んー?」と生返事でヒラヒラと手を振った。
「大丈夫大丈夫。ほら、このパンでラストだし」
「何が大丈夫だよ…」
呆れた心境でぼやくジークなど気にせずに、キオウは最後のパンを食べ終えた。紙袋をガサガサと丸めてポケットに突っ込み、証拠の隠滅をはかっているらしい。やれやれ…。
――そのとき。
〈まもっ〉
ずいっ!
ビクッ…
「「「………」」」
今目の前で起こった出来事にそれぞれ沈黙する一同。
短い発声と共に力強く「ずいっ!」と前に出たまーくん。そのまーくんに「ビクッ…」とビビって首もとい茎を引っ込めたカミツキソウ。
明らかにまーくんがカミツキソウをイビっている構図であった。
「あー…、なんだ? こんな平和なツラをしているくせに、弱者には強気に出るような性格だったのかよ? お前のマリモ」
思考がフリーズしているジークに、ただただ苦く笑うキオウ。
その間にもまーくんは「ずいっ! ずいっ!」と無言で迫り、その度にカミツキソウが「ビクッ…ビクッ…」と茎を引っ込めている。
「あれは単にじゃれているだけだ。ま、カミツキソウにしてみれば格上の存在だからな。たまったモンじゃねぇだろーけど」
「格上…なのか? さすがは賢者が創ったイキモノ」
「――その賢者の躾が行き届いていないようでは、話にならないのだけれどね。しかも、また勝手に飲食物を持ち込んで」
会話に滑り込んだ声音は、落ち着き払った大人の女性のそれ。
声が聞こえた通路に視線を向けると、妖艶な雰囲気が漂う長身の女の姿。体のラインがわかるサテン地の民族衣装。長い指で持つスマートなキセル。アップにしてうなじが見える髪型は少し崩れているが、それさえ色気を感じさせる。
紙袋を突っ込んだポケットを慌てて押さえるキオウ。その際に「燃やせばよかったか…」などと物騒な独り言をこぼしていたようだが、ジークは聞こえないフリに徹した。
「てか、なんでバレたんだ? 防犯システムで遠視魔法か何か使ってんのかよ、アンジェ」
「さぁね。ネタばらしをしてはつまらない」
「俺の本日初のメシだったんだ。角のパン店で買ったまではいいんだけどよ、落ち着いて食える場所が見つからなくて」
「お前でなければ即座につまみ出していたところだが…、一体これで何度目だい? これ見よがしに貼ったこの注意書きが見えなかった、とは言わせないよ。秋津のに密告させてもらおう」
「うっ。勘弁して」
「それにまたお前の遣いが私のカミーユをからかい道具に…、やれやれ」
「まーくんは久々に同類のお友達と会えて嬉しいだけだろ」
「同類? 青柳の賢者の遣いと、この私が丹誠したカミーユが、同類?」
「…。見下された気がする…」
ため息を吐き出したキオウは、隣のジークが発する怪訝な眼光に「あぁ」と向き直った。
「ジーク、この店の主人のアンジェだ。化け物だから怒らせるなよ。――…いてッ」
音もなくキオウの背後をとった女主人の、手加減なしでのキセルの一撃。
「こら。ヒヨコの分際で、人を化け物扱いするんじゃない」
「俺のドタマにキセルなんかで強烈な一撃が見舞えるヤツは、間違いなく化け物だっつーの!
あー、いッてぇ〜…」
ジンジンと痛む頭皮を指先でさするキオウは、目尻に涙が溜まっている。…本気で痛かったらしい。
反射的に警戒を纏ったジーク。だが彼女は警戒するジークを横目で小さく笑うと、悠然とキセルに火を入れる。
「ヒヨコが友達を連れてくるとは珍しいね。しかも、ずいぶんと活きがいい」
「あー、珍しいモノに興味津々な横丁初心者の仲間達だ。ビビらせるなよ?」
「お前が煽っているだけだろうに。
――ほら、昨日頼まれたモノだよ」
「さすが仕事が早いなぁ。ありがとさん」
テーブルにコトンと置かれたのは綺麗な小瓶。淡い水色の液体に、キラキラと輝く星屑が漂っている。
「さて、私は他にも調合の依頼があるから失礼するよ。
いいかい坊や達? 勝手に葉や茎や花を折らないように。それから、店の奥にある柵は越えないように。奥の植物達を飼い慣らすには、ちょいとテクニックが必要だからね」
「テクニック――…てか、飼い慣らす? 飼い慣らすかいならす――…飼い慣らす? 植物を?」
頭を抱えたジークの肩に「ぽんっ」と手を置く賢者サマ。
「ジーク、気にするな。喰われたくなければ、奥には行くな。それだけだ」
「はぁ〜!?」
「はははっ。ヒヨコの連れにしては、珍しく素直な反応をする子じゃないか。まともな人間の友人がいるようで、少しは安心したよ」
女主人は気持ちのよい笑い声をあげ、再び植物が茂る店の奥へと消えていった。揺れた草木から舞った胞子が、窓から差し込む陽光にキラキラと煌めく。
あんぐりと開けた大口を閉じるタイミングを逃し、唖然とそれを見つめるジーク。
「…お、おいキオウ。俺はどこからツッコミを入れりゃあいいんだ?」
キオウは少し苦笑する。
「アンジェはマジで化け物だからな。横丁でも指折りの魔女で、調合の腕はピカイチ。顧客には俺以外の賢者もいる」
「へー…」
「このお薬なぁに? キオウさん、病気なの?」
顎をテーブルに乗せて目線を小瓶の高さに合わせたラティが、キオウと小瓶を交互に見ている。
「賢者サマ専用の特注栄養剤だ。お前ら間違っても飲むんじゃねーぞ?」
「もし飲んだらどーなるんだ?
…って。おい、なんだよ? その悪意を帯びた薄ら笑いは」
「あ、いや。お前が万が一飲んだ場面を想像したら、つい」
「…。
絶ッ対ぇに、飲まねぇ…」
喉をクツクツと鳴らしてほくそ笑む賢者サマは、どこからどう見ても立派な悪役の姿であった。
ドン引きのジーク。瓶の中を興味津々で見つめるラティ。未だに無言で威圧中のまーくんと、逃げ場を失い鉢に茎を絡めたカミツキソウ。
新たな客が店内に入ってきた。ドアの開閉で雑踏のざわめきが僅かに聞こえ、そして消える。
「――…ん? これはまた奇妙な所で遭遇したな」
「んあ?」
入店者の声に反応したキオウが、ベンチの背もたれでのけ反るようにドア側を見た。つられてジークも視線を向ける。
黒髪の青年がふたり。ひとりは黒豹のような印象を与え、もうひとりは腰に佩剣を――…顔よりも剣で記憶している自分に、ジークは少し幻滅してしまう。
「なんだ、レオか。ザビィもレオを無事に捕まえたようで、なにより」
キオウの友人に使う気軽な声音に、昨日マリーの店で会った剣士が軽く笑った。
「ああ、そうそう。昨日キオからザビィが僕を捜していると聞いていたことは、すでにバレているからね。お前のチカラの残滓が、僕に付いていたらしい。昨夜はこんこんと説教を食らった」
「え? 俺ってそんなに魔力垂れ流してんの?」
全身をパタパタと触って確かめるキオウに、ザビィと呼ばれた男が小さく失笑している。
「チカラの制御法を見直した方がいい。器が成長に追いついていない」
「マジかよ…。この前会ったときは何も言わなかったぞ、ウチの師匠は」
「弟子が自覚するのを待っていたんじゃないか?」
「あー、確かに。あの御仁ならやりそうだ」
「確かにやりそうだけどなっ。くそっ。お前ら、他人事だと思って…」
「そんなことよりも。キオ、お前の友人に僕らを紹介してくれないか? 面食らっているだろうが」
成り行きをポカンと見守っていたジークを、チラリと冷ややかに一瞥するキオウ。
はぁ〜…、と特大のため息を吐き出す。
「…ったく。よし、いいかジーク。こっちは絶滅危惧種のレオで、後ろのはレオの目付け役のザビィだ」
「その紹介の仕方は酷いな、キオ」
「自業自得だッ。
んで。こっちはジークで、こっちはラティ――…って、あれ? ラティはどこだ?」
先ほどまでテーブルに顎を乗せていたはずのラティがいない。
キョロキョロと辺りを見回すと…、まーくんの後ろという安全圏でカミツキソウを観察しているラティの姿。へたっていた翼も元通りなので、恐怖心は薄れたらしい。
「こらラティ! 噛みつかれても知らねーからな!」
「だってキオウさーん、よく見たらカミツキソウさんって可愛いんだもーん」
「その可愛いカミツキソウにさっきまでブルってたのは、お前だろーが…」
「ほらほら、葉っぱにうぶ毛がはえてるんだよー? キオウさん、知ってたー?」
にこにこ〜っ☆
子供の穢れなき純粋な笑顔の破壊力は、山を打ち砕く神の雷にも匹敵――否、容易に凌駕していることであろう。
…どんなときでもマイペースなラティの姿勢に、キオウは頭を掻いてやれやれと笑った。




