もやもやする◇昼の立ち話
「インパスさ〜ん、こんにちは〜」
ポカポカ陽気の正午。デッキに置かれたテーブルで昼食の片付けをしていたインパスの耳に、春風に乗って穏やかな声が聞こえてきた。
桟橋を見ると、大きめのツバの帽子の下で、マリーがニコニコと笑っている。
「あっ、マリーちゃん。こんにちは〜」
「ねぇねぇインパスさ〜ん。マリー、船に上がってもいいのかなぁ〜? チビケンちゃんの結界が〜、新しくなっていて〜、ピカピカで〜、なんだか入るのがもったいない気がするの〜」
「大丈夫だいじょーぶ! 気にせずドンドン上がってきて下さいなー!」
船の主に未確認のまま乗船許可を出すインパスであった。
にっこりと微笑んで船板を渡り船に上がるマリー。春の日差しに映える桜色のふわふわワンピースと、細かなレース編みの白いポシェット。バスケットのカゴを両手に持つ清楚で穏やかなその佇まいは、無頼漢の口にホウキをぶっ刺す行動から遠くかけ離れている。
インパスの傍まで歩み寄ってきたマリーが、優しい動きでバスケットを差し出す。
「お裾分けのレモンとオレンジです。離島産の新鮮なものなの。船旅にビタミンは大切でしょう?」
「わっ、嬉しいなぁ。ありがたく頂戴するよ。
…ん? この瓶はハチミツかな? あっ、3瓶とも種類が違うね」
レモンの下から現れた瓶の中身は、陽光にキラキラと輝いて見える。
「タイムと、クローバーと、リンゴのハチミツ。マリーはハチミツが大好きだから、いろんな花のハチミツを集めているの。オススメを全部持ってきちゃった」
「使い分けが出来るから嬉しいよ。ありがと、マリーちゃん」
マリーは「どういたしまして」とニコッと笑う。
「マスターがインパスさんに会いたがっていましたよー?」
「そっかぁ。じゃあ、後で寄らせてもらおっかなぁ。マスターとのまかない食談義は楽しいからなぁ」
マリーにつられてのほほん口調のインパスは、表情までのほほんとしている。わかりやすい男であった。
「………?」
船室の方向から何やら視線を感じる。
見ると、おそるおそるとこちらを見ているキーシの姿。体半分を壁に隠し、何やら落ち着かない様子だ。
にっこりと微笑んでみせるマリー。
「キーシちゃん、こんにちは~」
「……こ、こんにちは…」
「そんなトコでどーしたのキーシ?」
「インパスさんにはカンケーない! なんでもないんだからっ!」
ばたばたばたばたっ!
ばッたんッ!!
「…。
あっれぇ? 俺ってば今キーシの気に触るよーなことを言ったかなぁ?」
猛スピードで自室に駆け込んでしまったキーシに小首を傾げるインパス。
マリーは変わらずニコニコと笑っている。
「あのお部屋がキーシちゃんのお部屋なのね。どおりで水の護りが視えると思った」
「へぇ~、さっすがマリーちゃん。ちなみに、俺の部屋はどーなの? あの部屋なんだけどさ」
インパスが指さしたドアをしばし眺め、おっとりと小首を傾げるマリー。
「うーん…? インパスさん、お部屋よりもキッチンにいることが多いでしょう?」
「うん」
「お部屋には特に目立つ護りはないけれどね? キッチンに小さな火の精霊が棲み着いているみたい。インパスさんの火の扱い方が大好きだって笑ってる」
「へーぇ、精霊さんに気に入られるだなんて光栄だなぁ。料理人として誇らしいなぁ」
ホクホク笑顔の元宮廷料理長は、嬉しそうに指の背で鼻をこすった。とぼけた頭にもしっかりと誇りは宿っているらしい。
そこへ、新聞と地図を片手に通りがかる航海士。
「インパス、キオウを知らないか?」
「キオウならジークとラティを連れて出掛けたよー。朝も昼も食べずにぶっ通しで寝てたくせに、起き抜けで外出する元気はあったみたいだねぇ」
「昼メシの後に『どこか連れてって!』ってラティが猛烈にせがんでいたからねー。
マリーちゃん、こんにちはー」
「こんにちは、レイヴさん」
「…って、おわっ!? レイヴ、いたんだ…」
傍のタルの間から突き出たレイヴの顔に飛び退くインパス。料理人とは思えない素早さであった。
レイヴはニヤリと笑い、何かの雑誌をピラピラと振る。タルとタルの間に寝そべって読書をしていたらしい。
「こんなに気持ちのいい昼だし、俺だってたまにはのんびり過ごすよ。暇なときは素潜りやら探検やらばかりをしている人間だと思ってた?」
「何か他の用事でもあるのかなぁ、って。キオウ達と一緒に行かないレイヴは、レイヴじゃない」
「じゃあ、俺は誰?」
「レイヴじゃないレイヴ」
「…。インパスと話していると、たまにワケわかんなくなる」
苦笑いのレイヴ。ニコニコのマリー。ニンマリなインパス。
そんな平和な光景に、カイのポーカーフェイスも自然と和らぐ。
「俺もたまには昼寝でもするか…。キオウが戻ってきたら起こしてくれ。今後の予定について話がある」
「はいよー」
「りょーかーい」
仲間がヒラヒラと手を振る中、カイは微かに笑んで自室に戻っていく。平穏な潮騒。カモメの鳴き声。昼食後の満腹感。確かに昼寝にはピッタリの環境だ。
潮風にフワリと浮きかけた帽子のツバを、マリーが優しく押さえている。
「そーいえば、マリーちゃんがランチタイムに来るなんて珍しいね。今日は休憩時間がいつもより早いの?」
バスケットから拝借したオレンジを剥きつつ訊ねるレイヴ。
「今日マリーはお仕事お休みなの。ご用は午前中に済ませちゃって時間が出来たから、来ちゃった」
「それはそれは、デスティニィ号にようこそー。ごゆっくりー」
「インパスがどんなに歓迎モードでも、マリーちゃんはお前にじゃなくてキオウに会いに来たんだけどねー。留守でいないけど」
「うッ、レイヴがいじめた…」
レイヴを恨めしげに一瞥し、レモンを外皮ごと丸かじりするインパス。当然だが酸味に悶絶している。
楽しい友人達にニコニコのマリー。
「今日のマリーはチビケンちゃんにじゃなくて、キーシちゃんにご用なの」
「キーシに?」
「昨日マリーの部屋に忘れ物をしたの」
「届けに来たんだね。マリーちゃん、優しいねぇ」
「インパス、インパス。自分じゃ気づいてないみたいだけどさ、今のお前って完全にオヤジっぽいからなー」
「むむっ、失敬な。誰が鼻の下を伸ばしていると?」
「あはっ。そこまでは言ってないけど…、確かに伸びてたなぁ」
「むむむっ! 失敬なレイヴに皿洗いの刑を命じるっ! ほらほらっ、行動行動!」
「えぇー…?」
この仲良しな2人をこのままそっとしておこうと決めたのか、マリーはただ静かに微笑んでその場から離れた。




