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賢者サマのおふね◇アリシアのこと  作者: 神代きい


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16/31

もやもやする◇ショウカの朝

 よく晴れた朝。小鳥達のさえずり。風は少し冷たいが、昼には心地よい暖かさとなるだろう。

 そんなことを思いつつ自室に戻ると、部屋の中央で緑色の光が走った。

 光は顔を向ける僅かな間に魔法陣を形成し、術者のシルエットが浮かび上がる。

「おや? おはよう、キオウ。朝からお前に会えるとは良い日だ」

 魔法陣の消滅と共に絨毯へと着地した息子に声を掛けると、幼い頃の面影を感じさせる笑顔が浮かぶ。

「おはよ、父上。ショウカの朝の《気》は気持ちいいなー。んんー…っ!」

 気持ち良さそうに背伸びするキオウ。その目の下には少しだけクマがある。寝不足らしい。

「眠そうだね」

「ちょっと用事があって、徹夜したんだよ…。帰ったら少し寝る」

「おや。大事な睡眠時間を削ってまで、一体私に何の用かな?」

 そういえば…、まーくんとは頻繁に会うが、この子自身と直接会うのは数ヶ月ぶりだ。会いに来てくれたことは嬉しいが、無理をしてはいないかと心配になる。

 気だるげにソファに寝転がったキオウが、何もない空間から無造作に封筒を取り出した。

「父上宛ての手紙~」

 ソファでうつ伏せのまま、それをヒラヒラと振ってみせるキオウ。だらしがないが、わざとやっているのだとわかるので叱りはしない。

 動きに合わせて封筒を受け取る。差出人の名前はないが、封印に捺された印は知っている。

「…んん? もしや、ジークの父君からかな?」

「んー、そーそー。まーくんを介さずにー、直接俺に届けて欲しかったっぽーい…」

「眠いのなら、そのまま仮眠しておいき」

 今にも寝入ってしまいそうな声音に呆れたが、キオウは「平気へーき」とまたもやヒラヒラと手を振っている。

「それ渡したし、俺帰るよー。夜にまた来るからーぁ、返書があったらそのときにもらうー…」

「はいはい。わかったから、早く寝なさい」

「はーい…」

 見ているこちらが心配になる緩慢な動きで魔法陣を敷く賢者サマ。

 とりあえずは転移に成功したようだが…、寝ぼけた状態で転移魔法を使い迷子になった、という昔話を以前聞いた気がする。困った子だ。

 やれやれと苦笑しつつ、引き出しからペーパーナイフを取り出して封を開ける。中には2枚の便箋。適度な改行と整った字体でとても見やすい。仕事柄、親書を書き慣れているのだろう。

 手紙をちょうど読み終えるタイミングで、コンコン…、と自信のないノックが聞こえた。

 ノックの仕方で訪問者が大抵わかる。これは書類を急かしにきた秘書官でも、仕事をサボって自室に逃げてきた自分を捜す執事でもない。…そこまで考えて「せめてノックは堂々となさい」と呆れた気持ちになった。

「兄上、入りますよー」

 ガチャガチャ…

「あれ? 兄上、開かな――…おわっ」

 ガタッ

「い〜…ッ!」

「…何をしているんだ、お前は」

 そういえば、ドアに鍵を掛けていたのだった。

 物音と悲鳴に呆れてドアを開けてやると、弟は何故か右足の甲を押さえている。

 その傍らの床には、布に包まれた本のような物。…どうやら落としたこの荷物の角で、足にクリティカルヒットを受けたらしい。

「あ、兄上。入っていいですか? 執事長に追われているんです…」

「やれやれ…、入るのなら早く入りなさい。

 お前達、ご老体が来たら適当に追い払ってくれるかな?」

 何事かと様子を見に来た衛兵とメイドが、小さく笑いながら「はい閣下」と応じてくれる。さて、あの石頭の執事長をどのように追い払ってくれるのか、お手並み拝見だ。

 アグナルが荷物を拾い上げて室内に入る。軽く廊下を見渡した後、再びドアに鍵を掛けた。

「はぁ〜…、助かりました。早朝から大量の書類にサインをして、指やら腕やらに力が入らないんです。少し息抜きをしてもバチは当たらないでしょう?」

「早速当たったようだがね、バチ」

「ですから、力が入らなくて落としたんですよ。酷いですよ。兄上だって逃げてきたのに」

「朝議の後に、あのバロウズ卿に長々と捕まったんだ。息抜きをしてもバチは当たらないだろう?」

「…兄上が言うと、躊躇いなく頷きそうになります。同じセリフなのに」

 特大のため息に苦笑しつつ、鍵付きの引き出しにさりげなく手紙をしまう。これはショウカの王に宛てた公式な手紙ではなく、キオウの父である自分に宛てられた私的な手紙だ。

「兄上、ここで寝ていましたか?」

 先ほどまでキオウが占領していたソファに腰を下ろしつつ、アグナルはソファに残る温もりをサラリと撫でる。

「私ではなくて、キオウがね」

「来ていたんですか? 入れ違いだったなぁ…」

「ん? 私にではなくて、キオウに用だったのか?」

 向かいのソファに座りつつ首を傾げると、アグナルは困ったように笑う。

「何と言えばいいんだろう…?

 とにかく、これを見て下さい」

 テーブルの上で荷物の包みを開いていくアグナル。額縁が見えたので、どうやら本ではなく絵画らしい。

 最後の布をヒラリと払い現れたソレを見て――、一瞬動きが止まってしまった。

「――…アグナル」

「はい」

「どこで、コレを?」

「…。カドリエが、強引に」

「……ふぅん…?」

「あ、怒らないで下さい。一応受け取っただけですから」

「お前は『一応』で、娘のダンナを決めるのか?」

「ですから、一応ですよ。建前ですよ。聞く耳も持たずに突っぱねていては、外交にも影響が」

「この程度で顔色を伺うとは、ショウカも落ちたものだな」

「ですから、怒らないで下さい。

 そんなことよりも――…、似てますよね?」

 咳払いで苦しげに話題を戻そうとするアグナルは、テーブル上の肖像画を指差す。

「…そうだな」

「問い合わせては失礼ですよね…」

「先方にか? それとも、本人に?」

「後者はあり得ない選択ですよ、兄上。むやみに混乱させる気で――…あ」


「陛下ーッ! 閣下ーーッ!」


 ドア越しにも関わらず、廊下の彼方からの叫びがはっきりと聞こえてきた。

 ショウカ王城名物「歩く拡声器」こと、古参の執事長である。


「陛下ーーーッ! 閣下ーーーッ!

 む!? おいお前達! 陛下と閣下を見なかったか!?」

「いえッ、自分は見ておりませんッ!」

「私も存じませんっ!」

「ふむ、そうか! しかしこのような場所で逢い引きとは、最近の若い者は常識に欠けるな!

 陛下ーッ! 閣下ーッ! 陛下ーーーッ! 閣下ーーー…ッ!

 ―――! ―――……!」


 ………。


 コン… コンコン…

「あ、あの…。その……」

 今にも泣き出しそうなメイドの震えた声に、軽く苦笑しつつ鍵を開けてやる。

 ――その途端。

「「申し訳ありませんでしたッ!!!」」

 ズサッ!

 床に頭突きをかます勢いで土下座する衛兵とメイド。

「閣下のお部屋の前で如何わしい真似をしていたわけではッ! 決してッ!」

「ただ世間話をしていた様に装っていただけなんです! それだけなのに、執事長が勘違いを――…!」

 死刑宣告をされた冤罪者のようである。

 これには兄弟揃って苦笑するしかない。

「いや、大丈夫だよ。執事長の融通が利かない早とちりはわかっているさ。なぁアグナル?」

「そうですね。君達は気にせずに、仕事に戻りなさい」

「は、はい…」

「本当にすみませんでした…」

 トボトボと歩いていく衛兵とメイド。あの大声量が撒き散らかした誤解が、どれほどの尾ヒレを付けていくのやら…。

 その哀れな後ろ姿が見えなくなった後、アグナルがやれやれと左右に頭を振った。

「…これ以上の被害者を出す前に、私は戻ります」

「そうだな…。なら、私は先に兵長とメイド長を捕まえて誤解を解いておこう。時間が経ってからでは、あの二人が可哀想だ」

「すみません」

 盛大なため息をついたアグナルは、重い足取りで去っていく。

 自室に鍵を掛けようとし――、テーブル上の肖像画が目にとまった。アグナルのことだ、わざとここへ忘れていったに違いない。

「…」

 再び布で包む前に、しばし眺める。

 髪と瞳の色は異なるが、顔の作りや印象がかなり似ている。無縁の人間とは思えないが…。

「後でアグナルに届けるか…」

 肖像画にため息をこぼしつつ布で覆い隠したアゼルスは、それを人目に付かない棚の開き戸へと押し込んだ。





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