もやもやする◇ショウカの朝
よく晴れた朝。小鳥達のさえずり。風は少し冷たいが、昼には心地よい暖かさとなるだろう。
そんなことを思いつつ自室に戻ると、部屋の中央で緑色の光が走った。
光は顔を向ける僅かな間に魔法陣を形成し、術者のシルエットが浮かび上がる。
「おや? おはよう、キオウ。朝からお前に会えるとは良い日だ」
魔法陣の消滅と共に絨毯へと着地した息子に声を掛けると、幼い頃の面影を感じさせる笑顔が浮かぶ。
「おはよ、父上。ショウカの朝の《気》は気持ちいいなー。んんー…っ!」
気持ち良さそうに背伸びするキオウ。その目の下には少しだけクマがある。寝不足らしい。
「眠そうだね」
「ちょっと用事があって、徹夜したんだよ…。帰ったら少し寝る」
「おや。大事な睡眠時間を削ってまで、一体私に何の用かな?」
そういえば…、まーくんとは頻繁に会うが、この子自身と直接会うのは数ヶ月ぶりだ。会いに来てくれたことは嬉しいが、無理をしてはいないかと心配になる。
気だるげにソファに寝転がったキオウが、何もない空間から無造作に封筒を取り出した。
「父上宛ての手紙~」
ソファでうつ伏せのまま、それをヒラヒラと振ってみせるキオウ。だらしがないが、わざとやっているのだとわかるので叱りはしない。
動きに合わせて封筒を受け取る。差出人の名前はないが、封印に捺された印は知っている。
「…んん? もしや、ジークの父君からかな?」
「んー、そーそー。まーくんを介さずにー、直接俺に届けて欲しかったっぽーい…」
「眠いのなら、そのまま仮眠しておいき」
今にも寝入ってしまいそうな声音に呆れたが、キオウは「平気へーき」とまたもやヒラヒラと手を振っている。
「それ渡したし、俺帰るよー。夜にまた来るからーぁ、返書があったらそのときにもらうー…」
「はいはい。わかったから、早く寝なさい」
「はーい…」
見ているこちらが心配になる緩慢な動きで魔法陣を敷く賢者サマ。
とりあえずは転移に成功したようだが…、寝ぼけた状態で転移魔法を使い迷子になった、という昔話を以前聞いた気がする。困った子だ。
やれやれと苦笑しつつ、引き出しからペーパーナイフを取り出して封を開ける。中には2枚の便箋。適度な改行と整った字体でとても見やすい。仕事柄、親書を書き慣れているのだろう。
手紙をちょうど読み終えるタイミングで、コンコン…、と自信のないノックが聞こえた。
ノックの仕方で訪問者が大抵わかる。これは書類を急かしにきた秘書官でも、仕事をサボって自室に逃げてきた自分を捜す執事でもない。…そこまで考えて「せめてノックは堂々となさい」と呆れた気持ちになった。
「兄上、入りますよー」
ガチャガチャ…
「あれ? 兄上、開かな――…おわっ」
ガタッ
「い〜…ッ!」
「…何をしているんだ、お前は」
そういえば、ドアに鍵を掛けていたのだった。
物音と悲鳴に呆れてドアを開けてやると、弟は何故か右足の甲を押さえている。
その傍らの床には、布に包まれた本のような物。…どうやら落としたこの荷物の角で、足にクリティカルヒットを受けたらしい。
「あ、兄上。入っていいですか? 執事長に追われているんです…」
「やれやれ…、入るのなら早く入りなさい。
お前達、ご老体が来たら適当に追い払ってくれるかな?」
何事かと様子を見に来た衛兵とメイドが、小さく笑いながら「はい閣下」と応じてくれる。さて、あの石頭の執事長をどのように追い払ってくれるのか、お手並み拝見だ。
アグナルが荷物を拾い上げて室内に入る。軽く廊下を見渡した後、再びドアに鍵を掛けた。
「はぁ〜…、助かりました。早朝から大量の書類にサインをして、指やら腕やらに力が入らないんです。少し息抜きをしてもバチは当たらないでしょう?」
「早速当たったようだがね、バチ」
「ですから、力が入らなくて落としたんですよ。酷いですよ。兄上だって逃げてきたのに」
「朝議の後に、あのバロウズ卿に長々と捕まったんだ。息抜きをしてもバチは当たらないだろう?」
「…兄上が言うと、躊躇いなく頷きそうになります。同じセリフなのに」
特大のため息に苦笑しつつ、鍵付きの引き出しにさりげなく手紙をしまう。これはショウカの王に宛てた公式な手紙ではなく、キオウの父である自分に宛てられた私的な手紙だ。
「兄上、ここで寝ていましたか?」
先ほどまでキオウが占領していたソファに腰を下ろしつつ、アグナルはソファに残る温もりをサラリと撫でる。
「私ではなくて、キオウがね」
「来ていたんですか? 入れ違いだったなぁ…」
「ん? 私にではなくて、キオウに用だったのか?」
向かいのソファに座りつつ首を傾げると、アグナルは困ったように笑う。
「何と言えばいいんだろう…?
とにかく、これを見て下さい」
テーブルの上で荷物の包みを開いていくアグナル。額縁が見えたので、どうやら本ではなく絵画らしい。
最後の布をヒラリと払い現れたソレを見て――、一瞬動きが止まってしまった。
「――…アグナル」
「はい」
「どこで、コレを?」
「…。カドリエが、強引に」
「……ふぅん…?」
「あ、怒らないで下さい。一応受け取っただけですから」
「お前は『一応』で、娘のダンナを決めるのか?」
「ですから、一応ですよ。建前ですよ。聞く耳も持たずに突っぱねていては、外交にも影響が」
「この程度で顔色を伺うとは、ショウカも落ちたものだな」
「ですから、怒らないで下さい。
そんなことよりも――…、似てますよね?」
咳払いで苦しげに話題を戻そうとするアグナルは、テーブル上の肖像画を指差す。
「…そうだな」
「問い合わせては失礼ですよね…」
「先方にか? それとも、本人に?」
「後者はあり得ない選択ですよ、兄上。むやみに混乱させる気で――…あ」
「陛下ーッ! 閣下ーーッ!」
ドア越しにも関わらず、廊下の彼方からの叫びがはっきりと聞こえてきた。
ショウカ王城名物「歩く拡声器」こと、古参の執事長である。
「陛下ーーーッ! 閣下ーーーッ!
む!? おいお前達! 陛下と閣下を見なかったか!?」
「いえッ、自分は見ておりませんッ!」
「私も存じませんっ!」
「ふむ、そうか! しかしこのような場所で逢い引きとは、最近の若い者は常識に欠けるな!
陛下ーッ! 閣下ーッ! 陛下ーーーッ! 閣下ーーー…ッ!
―――! ―――……!」
………。
コン… コンコン…
「あ、あの…。その……」
今にも泣き出しそうなメイドの震えた声に、軽く苦笑しつつ鍵を開けてやる。
――その途端。
「「申し訳ありませんでしたッ!!!」」
ズサッ!
床に頭突きをかます勢いで土下座する衛兵とメイド。
「閣下のお部屋の前で如何わしい真似をしていたわけではッ! 決してッ!」
「ただ世間話をしていた様に装っていただけなんです! それだけなのに、執事長が勘違いを――…!」
死刑宣告をされた冤罪者のようである。
これには兄弟揃って苦笑するしかない。
「いや、大丈夫だよ。執事長の融通が利かない早とちりはわかっているさ。なぁアグナル?」
「そうですね。君達は気にせずに、仕事に戻りなさい」
「は、はい…」
「本当にすみませんでした…」
トボトボと歩いていく衛兵とメイド。あの大声量が撒き散らかした誤解が、どれほどの尾ヒレを付けていくのやら…。
その哀れな後ろ姿が見えなくなった後、アグナルがやれやれと左右に頭を振った。
「…これ以上の被害者を出す前に、私は戻ります」
「そうだな…。なら、私は先に兵長とメイド長を捕まえて誤解を解いておこう。時間が経ってからでは、あの二人が可哀想だ」
「すみません」
盛大なため息をついたアグナルは、重い足取りで去っていく。
自室に鍵を掛けようとし――、テーブル上の肖像画が目にとまった。アグナルのことだ、わざとここへ忘れていったに違いない。
「…」
再び布で包む前に、しばし眺める。
髪と瞳の色は異なるが、顔の作りや印象がかなり似ている。無縁の人間とは思えないが…。
「後でアグナルに届けるか…」
肖像画にため息をこぼしつつ布で覆い隠したアゼルスは、それを人目に付かない棚の開き戸へと押し込んだ。




