これぞクレリオ◇キオウとジーク
「――…これで良し、と。後は定着を見守る程度か。
で? いつまで俺をストーキングしているんだ?」
術を扱う緊張から解放されて伸びをしたキオウは、日付が変わってもまだ傍で居座っているジークに視線を向けた。
ジークはうつらうつらと眠っているまーくんを両手に収め、ぼんやりと夜空の月などを眺めている。
「あー…、何となく」
「用事がないなら、さっさと風呂に入って寝ろよ。どんなに待っても、今夜は横丁には行かないし、《夜空見上げ》もしないからな」
「んあ? そう…」
ジークはわかりやすい性格だ。相談事があっても素直ではないので、ストレートに言い出せないらしい。または、他の仲間に聞かれたくない内容なのか。
「なら、そのまままーくんの子守を頼むな」
「子守って…、コイツ爆睡してねーか?」
「今はジークが持ってるから眠れているだけ。今夜は少しばかり結界が不安定だからな、まーくんもナイーブになってる」
ナイーブ…、と漠然と呟くジーク。まーくんもココロを持った立派なイキモノなのだが、どうも忘れられがちだ。自然下ではなかなかお目にかかれない外見がアダとなっているらしい。
キオウは軽く失笑し、ジークを自分の部屋へと通す。
先日までは若干散らかっていた室内だが、片付けたおかげで床板が見えているので歩きやすい。せっかくクレリオに来たのだからと、不要な魔法具を思いきって処分してよかった。
「あっ、まーくんを置くなよ? 赤ん坊と同じだ。抱っこ中は眠ってくれるが、置いた途端に泣き叫ぶからな」
まーくんを定位置である窓辺のクッションに下ろそうとしていたジークの動きが、ピタリと止まる。
「な、鳴き叫ぶのか?」
「いや、泣き叫ぶ。――おいコラ、試そうとすんな」
再び窓辺付近で不審な動きをしていたジークが、苦笑いを浮かべて誤魔化した。
小さな火を喚びランプを灯す。ふんわりとしたやわらかな明かり。
「…それで? 親父さんがどうかしたのか?」
「っ!?」
そこまで息を詰まらせなくても…、と思う。だが、ジークらしい。
「勝手に心ん中を視たんじゃねぇだろーなッ?」
「視る必要なんてねーよ。言い出しにくい上に、他の連中に聞かれたくない話題といえば、それしかないだろーが」
「…」
唇をつむんで視線を泳がせたジークが、力なくベッドに座り込む。
ばふっ…
「――…いや、なんか…、こんなモンを送ってきやがった。“まーくん便”で」
まーくんを膝の上に置いて、ズボンのポケットから封筒を取り出すジーク。
船の乗組員が家族や友人に手紙を気軽に送りたい場合、まーくんの配達サービス“まーくん便”を使う。もちろん、先方がまーくんに慣れていることが前提条件だが。
「なんでナチュラルに“まーくん便”を使いこなしていやがるんだよ、あの親父。てか、まーくん見て何とも思わねーのかよ。俺なんてまーくんに慣れるまで時間が掛かったっつーの」
「まーくんは賢者が創ったイキモノだぞ? 視る人が視れば、偏見なしで凄さがわかる」
「凄さ、ねぇ…。
つーか、なんでマトモな外見で創らなかったんだ?」
「当時の俺はガキだったしなー。子供の無限な発想力と想像力には、熟練の賢者でも敵わない」
「今なら手足くらいは付ける、ってか?
――ともかく。コレはお前にだ、賢者サマ」
ぶっきらぼうに突き出された封筒を受け取る。
宛名も差出人の名前もないが、封印にしっかりと蒼の刻印が捺された封書。賢者を相手にしては微弱過ぎる魔力の封印も感じるが…、これは自分にはむやみに開封して欲しくない、という意思表示だろう。そもそも、魔力の封印から誰に開封をされたいのかが伝わってくる。
これは――。
「俺宛てじゃない。父上宛てだ」
「ご名答だぜ、王子サマ」
苛立ちから嫌みがたっぷりと含まれた言葉。キオウは少し苦笑する。
「封筒に魔力の封印がしてあるけど、コレが俺宛の手紙代わりになっている。要点をギュッと極めるとー…、そうだなぁ。
『コレを父君に届けて欲しい。ヨロシク』って感じか?」
「ケッ、回りくどいっつーの」
「わざと回りくどい真似をしたんだろうよ」
「ったく…。苦労するよな、お互いに」
ムスッとした表情で頬杖を突くジークに、キオウはまた苦笑した。
――…ジークがかつていた業界で、そしてキオウが属していたかもしれない世界で、ショウカ王家直系の人間と蒼の現総裁の息子が行動を共にしている事実が、はたしてどれほどまでに広まっているのやら…。
ショウカも蒼も「知らぬ存ぜぬ」を貫き通しているらしいが、それでもやはり気苦労は絶えないのだろう。
シンプルだが上質な紙の封筒だ。中身は「ウチの愚息が多大な迷惑をお掛けしてマジでスミマセン」といった具合か。
「結界が落ち着いたら、俺が直接届けに行ってくるよ。時差を考えると、ショウカは朝になっている頃だろうし」
「ショウカの連中は元気にしてんのか?」
ジークの表情も声音も先ほどよりは柔らかだ。キオウもまた自分と同じ重石を背負っているのだと改めて思い知り、少しは楽になったのだろう。
「元気だよ。父上は『早く隠居生活に戻りたい』って愚痴ってくるし、叔父上は『隙あらば隠居に戻ろうとする兄の気を変えてくれ』って嘆いてくるし」
「そ、そーですか」
「そっちはどうだ? この前も顔見せに連れていってやったろ?」
盛大なため息をついてベッドに寝そべるジーク。
「アニキが総裁代行で雑用をこなしているからな、親父の負担はかなり減ったらしい。その分、病人は大人しく寝てやがれっつーの」
「悪化はしてないだろう?」
「顎が痩せた」
「あ、あご? 顎限定?」
「ウワバミのくせに禁酒したストレスを、日夜いろんな硬いモンを噛んで誤魔化していやがる。ジャーキーとか、スルメとか、ドライフルーツとか。おかげで顎のいらねー肉が取れた」
嫌みを含んだ言い回しを使っているが…、言葉の端々に温かな感情を感じる。この父子の絆は本当に強い。
まーくんがジークの腹の上で何やらモソモソと身動ぎをしている。可愛い。
「“まーくん便”って、他の船の連中も使ってんの?」
問いつつ、まーくんの額を撫でるジーク。その間にまーくんは自らベッドの毛布へと降りたが、寝ぼけているのかジークの手のひらに顔を押し付けて甘えている。
「インパスとレイヴはよく使ってるな」
「はぁ? あのふたりが筆まめタイプ? 意外だぜ」
「つーか、インパスは食材や調味料の仕入れで利用してる。モノによってはまーくんに多少かじられる欠点があるけどな。
レイヴもお菓子のお取り寄せ、なんて真似をしてる」
「他の連中は?」
「カイは新聞を“まーくん便”で取り寄せている程度。クティのおじさん達に連絡が取りたいっつーときは、俺が直接出向くしな。
キーシとラティは…、ほとんど使わない」
ふぅん、と曖昧な相づちを打つジーク。まーくんはその左手に全身を擦り寄せ甘えている。
夜風が窓枠をカタカタと鳴らす。すきま風に揺らめくランプの明かり。
「――…小娘ってさ…」
壁に映る揺らめく自分の影を眺め、ジークが小さく呟いた。
「刃物で嫌な思いをした経験があるのか?」
「…」
――…昼間に遭った件を言いたいのだろう。
キオウは小さくため息をつく。
「…。かもな」
「あの小娘って、その…、お前らが奴隷商から買ったんだろ?」
「そうだな…」
「………」
ジークは次の言葉に困っているようだ。やはり根は優しい。
なので、キオウはあえて口を開く。
「あの子は嵐の海をボロ板に掴まって漂流していたそうだ。それを見つけた海賊達が、躊躇いなく奴隷商に売り払った」
「…。小娘の記憶は…、どこからあるんだ?」
無意識に重いため息が出る。
「あの子に残る記憶のスタートは、粗末な船の船板から眺めた曇り空。
…海賊に拾われた時点で、すでに記憶がなかった」
「………」
ジークが心の苦痛に眉を寄せている。
「記憶がないという恐怖は尋常じゃない。だが、それに合わせて海賊と奴隷商の待遇も最悪だった。
俺があの子を初めて視たとき…、あの子には恐怖と絶望しかなかった」
「…」
「『キーシ』という名は俺が与えた。これは『貴女の存在を私は祝福しよう』という《古き言葉》を組み直した、いわば短縮呪文みたいなものだ。
だから『キーシ』と呼び掛ける毎に、あの子の魂に訴えることが出来るんだよ。
――…『お前は在ていいんだよ』ってな」




