これぞクレリオ◇サラリと凄い
夕食を終えた後の、まったりとした夜のひととき。
まーくんを脇に抱えて賢者サマを捜していたジークは、目に入った光景にポッカリと口を開けていた。
「…」
ガリガリッ ガリガリッ
サーッ ガリガリッ
「…の許……わ……とす…し…」
ガリガリガリガリッ
「………」
「ジーク、なんでそんなトコで立ち尽くしてんの?」
楊枝を口にくわえて登場したレイヴ。ジークの視線を追うと、一瞬首を傾げて「ああ」と手をひとつ叩く。
「キオウ導師の本気モード、見たことないんだっけ?」
「…何やってんだよ?」
ほんのりとした月明かりの中、何やらブツブツと詠唱しながら、チョークで光輝く謎の紋様を描きなぐっている賢者サマ。しかも船体の全面に、である。空中を忙しく歩き回りつつ、チョークで「ガリガリ」と余白を埋めている。ほんのりとエメラルドグリーンに輝く紋様達。
手すりから身を乗り出して、この不思議で幻想的な光景を凝視するジーク。まーくんを無意識に「ぼとッ」と落としたが、落とされた本人はダメージの気配もなく平和に床で揺れている。
「結界の再構築、らしいよ? よくわかんないけど、年に1度はこの作業をしてる」
「…。こんなトコで?」
現在デスティニィ号は港街に停泊中、つまりは周囲に他の船やら他者の目やらがありまくりである。こーんな場所でこーんなに人目を引く真似をして良いのだろうか?
ジークの杞憂を「てかお前、変な顔になってるし」と笑い飛ばすレイヴ。
「クレリオかクティに来たときに、ごくフツーにやってるよ。目眩ましの術も施しているらしいから、まー大丈夫っしょ」
「いいのかよ、そんなんで…。軽いよな、お前ら。今さらだけどよ」
「だって、賢者サマだし。それにさ、この街の人は多少派手な魔法を目撃しても驚かない。マリーちゃんっていう強力な市民の味方がいるから」
「…」
魔法使いの口にホウキをぶっ刺して氷点下の微笑を浮かべたマリーが脳裏に甦り、一瞬フリーズするジーク。…思い返せば、アレはどのように捉えても「癒し系」とは呼べない光景であった。
目眩に襲われて、軽い立ちくらみを起こすジーク。
床にあぐらを組んだレイヴは、じゃれついてきたまーくんを構っている。
「てかジーク、賢者サマに用事?」
「…あー…」
――…レイヴはまーくんに視線を向けたままなので、ジークが一瞬だけ晒した複雑な表情には、おそらく気付かなかっただろう。
「あー…、なんだ。アレだ。お前が言ってた横丁とやらに連れてってもらおうかなー、とか思って。
あの様子だと…、今は無理だよな」
「…初心者は夜の横丁には行かない方がいいよ。経験者は語る」
「な、なんかあったのか? 妙に溜めて言いやがったけどよ」
右手でまーくんの「すりすり」を受け止めつつ、全力でしかめ面を浮かべるレイヴ。
はぁ~…と、盛大なため息が夜空に消える。
「…ちょっぴり昔の、とある夜。レイヴさんは《魔法横丁》で迷子になりました。んで、タチの悪い魔法使いに絡まれまして、何だかんだありまして、3日ほど生死をさ迷いました。そこを通りすがりの賢者サマに助けられました。
以上がレイヴさんの、痛ぁ~い記憶。終わり」
「………」
「質疑応答は、一切ナシ」
「…いや、別にほじくり返す気はねぇから」
「そーして」
圧力たっぷりなレイヴの笑みがヒジョーにコワい。
背中を伝う冷たい汗に、ジークは「あはは…」と空笑いした。
「――…んあ? この嫌な空気は、なんだ?」
手すりを「よっこいしょ」と乗り越えて甲板に戻ってきたキオウが、ビミョーな表情でこちらをジロジロと観察している。
「あ、賢者サマ。横丁初心者のジークのために、夜の横丁に潜む危険をレクチャーし」
「なんだ? ジーク、横丁に行きたいのか?」
レイヴのセリフをあっさりと遮り、杖で自分の肩をトントンと叩くマイペースな賢者サマ。
袖に付いたチョークの粉が「トントン」の反動で舞っているが、本人は気にしていないらしい。
「今夜は無理だなー…。結界が定着するまでは、船から離れられない」
「結界ぶっ壊れたのか?」
まさか、とキオウが胸を張る。
「俺は青柳の賢者だぞ? 俺の結界がそう簡単にぶっ壊れてたまるかよ。
臨時のチェックをしているうちに、どんどん気になる点が視えてきて」
「マリーちゃんの乱入が原因で結界のバランスが崩れた、とか?」
「マリー程度で崩れたら困る」
真顔のキオウはキッパリと断言し、目にかかった前髪を乱雑に払う。賢者サマにもプライドがあるらしい。
ひんやりとした夜風に、酔っ払いの愉快な奇声が混じっている。港街の夜らしい夜である。
――が。
ばさばさばさーっ
「キオウさーんっ、ボク、フッカツしたよーっ」
「おー、良かったなぁラティ」
ラティが頭上から元気いっぱいに飛んできた。港街の夜にフツーにはない光景であった。
カイからラティの体調について聞いたときは心配したが…、夕食もしっかりと食べていたし、お土産のプリンもキッチリと完食していた。この様子ではもう大丈夫のようだ。
見上げる3人の視線を受けて、無邪気に翼をばたつかせるラティ。
「ねぇねぇキオウさん、一緒にお風呂入ろーっ」
言い終わる前に突撃する空飛ぶ抱き着き魔。電光石火の素早さであった。
それをすかさず回避するキオウ。
「ダメだダメだ、俺は忙しいんだっつーの。星と月の動きを視ながら、結界の固定をしているんだからな」
「えーっ? キオウさんならお風呂入りながらでも出来るでしょー?」
途端に「ぶふっ」と噴き笑うレイヴ。…一体どのような想像をしたのだろうか?
つられたジークも、ちょびっとだけ想像してみる。
「…」
――湯船の中で鼻歌に呪文の詠唱を乗せながら、緻密な結界をチマチマと練り上げる青柳の賢者キオウ導師。
「………」
笑いのツボにではなく、脱力のツボにしかハマらない…。
ため息と同時にうなだれるジーク。そんなジークが更なる笑いのツボだったレイヴ。不満げに唇を尖らせているラティ。
そんな中、キオウはただただ失笑している。
「俺にも事情があるんだよ。特定の工程の間は水に触れては駄目だとか、この工程では直にこの星の光を手繰り寄せなきゃいけないとか」
「ふぅん。なんか、メンドーだねー。
じゃあレイヴさん、一緒にお風呂入ろーっ」
「あらま、次なるエモノは俺なのね。俺ですか。俺ですね。そうですか。大変ですね。頑張ろう俺。
いいですかー、脱衣場で翼の羽根の水気をブルブルして払うのはナシですよー。ビチャビチャになった脱衣場の片付けは大変ですからねー。そこんトコはくれぐれもお願いしますよー。いいですねー、ラティお兄さーん」
「わーいっ」
「そのお返事が何かがおかしいですよー、ラティお兄さーん」
「わーいっ」
「…わ〜い」
ラティは疲労感が漂うレイヴをグイグイと引っ張って、強引に浴室へと拉致していく。普段のラティではこの時間帯になると眠くなるのだが、幸か不幸か今日は日中のお昼寝が効いてしまったらしい。
哀れな犠牲者の後ろ姿が見えなくなるまで、ジークとキオウは生暖かい眼差しでキッチリと最後まで見送った。




