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賢者サマのおふね◇アリシアのこと  作者: 神代きい


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13/31

これぞクレリオ◇サラリと凄い

 夕食を終えた後の、まったりとした夜のひととき。

 まーくんを脇に抱えて賢者サマを捜していたジークは、目に入った光景にポッカリと口を開けていた。

「…」

 ガリガリッ ガリガリッ

 サーッ ガリガリッ

「…の(もと)……わ……とす…し…」

 ガリガリガリガリッ

「………」

「ジーク、なんでそんなトコで立ち尽くしてんの?」

 楊枝を口にくわえて登場したレイヴ。ジークの視線を追うと、一瞬首を傾げて「ああ」と手をひとつ叩く。

「キオウ導師の本気モード、見たことないんだっけ?」

「…何やってんだよ?」

 ほんのりとした月明かりの中、何やらブツブツと詠唱しながら、チョークで光輝く謎の紋様を描きなぐっている賢者サマ。しかも船体の全面に、である。空中を忙しく歩き回りつつ、チョークで「ガリガリ」と余白を埋めている。ほんのりとエメラルドグリーンに輝く紋様達。

 手すりから身を乗り出して、この不思議で幻想的な光景を凝視するジーク。まーくんを無意識に「ぼとッ」と落としたが、落とされた本人はダメージの気配もなく平和に床で揺れている。

「結界の再構築、らしいよ? よくわかんないけど、年に1度はこの作業をしてる」

「…。こんなトコで?」

 現在デスティニィ号は港街に停泊中、つまりは周囲に他の船やら他者の目やらがありまくりである。こーんな場所でこーんなに人目を引く真似をして良いのだろうか?

 ジークの杞憂を「てかお前、変な顔になってるし」と笑い飛ばすレイヴ。

「クレリオかクティに来たときに、ごくフツーにやってるよ。目眩ましの術も施しているらしいから、まー大丈夫っしょ」

「いいのかよ、そんなんで…。軽いよな、お前ら。今さらだけどよ」

「だって、賢者サマだし。それにさ、この街の人は多少派手な魔法を目撃しても驚かない。マリーちゃんっていう強力な市民の味方がいるから」

「…」

 魔法使いの口にホウキをぶっ刺して氷点下の微笑を浮かべたマリーが脳裏に甦り、一瞬フリーズするジーク。…思い返せば、アレはどのように捉えても「癒し系」とは呼べない光景であった。

 目眩に襲われて、軽い立ちくらみを起こすジーク。

 床にあぐらを組んだレイヴは、じゃれついてきたまーくんを構っている。

「てかジーク、賢者サマに用事?」

「…あー…」

 ――…レイヴはまーくんに視線を向けたままなので、ジークが一瞬だけ晒した複雑な表情には、おそらく気付かなかっただろう。

「あー…、なんだ。アレだ。お前が言ってた横丁とやらに連れてってもらおうかなー、とか思って。

 あの様子だと…、今は無理だよな」

「…初心者は夜の横丁には行かない方がいいよ。経験者は語る」

「な、なんかあったのか? 妙に溜めて言いやがったけどよ」

 右手でまーくんの「すりすり」を受け止めつつ、全力でしかめ面を浮かべるレイヴ。

 はぁ~…と、盛大なため息が夜空に消える。

「…ちょっぴり昔の、とある夜。レイヴさんは《魔法横丁》で迷子になりました。んで、タチの悪い魔法使いに絡まれまして、何だかんだありまして、3日ほど生死をさ迷いました。そこを通りすがりの賢者サマに助けられました。

 以上がレイヴさんの、痛ぁ~い記憶。終わり」

「………」

「質疑応答は、一切ナシ」

「…いや、別にほじくり返す気はねぇから」

「そーして」

 圧力たっぷりなレイヴの笑みがヒジョーにコワい。

 背中を伝う冷たい汗に、ジークは「あはは…」と空笑いした。

「――…んあ? この嫌な空気は、なんだ?」

 手すりを「よっこいしょ」と乗り越えて甲板に戻ってきたキオウが、ビミョーな表情でこちらをジロジロと観察している。

「あ、賢者サマ。横丁初心者のジークのために、夜の横丁に潜む危険をレクチャーし」

「なんだ? ジーク、横丁に行きたいのか?」

 レイヴのセリフをあっさりと遮り、杖で自分の肩をトントンと叩くマイペースな賢者サマ。

 袖に付いたチョークの粉が「トントン」の反動で舞っているが、本人は気にしていないらしい。

「今夜は無理だなー…。結界が定着するまでは、船から離れられない」

「結界ぶっ壊れたのか?」

 まさか、とキオウが胸を張る。

「俺は青柳(あおやぎ)の賢者だぞ? 俺の結界がそう簡単にぶっ壊れてたまるかよ。

 臨時のチェックをしているうちに、どんどん気になる点が視えてきて」

「マリーちゃんの乱入が原因で結界のバランスが崩れた、とか?」

「マリー程度で崩れたら困る」

 真顔のキオウはキッパリと断言し、目にかかった前髪を乱雑に払う。賢者サマにもプライドがあるらしい。

 ひんやりとした夜風に、酔っ払いの愉快な奇声が混じっている。港街の夜らしい夜である。

 ――が。

 ばさばさばさーっ

「キオウさーんっ、ボク、フッカツしたよーっ」

「おー、良かったなぁラティ」

 ラティが頭上から元気いっぱいに飛んできた。港街の夜にフツーにはない光景であった。

 カイからラティの体調について聞いたときは心配したが…、夕食もしっかりと食べていたし、お土産のプリンもキッチリと完食していた。この様子ではもう大丈夫のようだ。

 見上げる3人の視線を受けて、無邪気に翼をばたつかせるラティ。

「ねぇねぇキオウさん、一緒にお風呂入ろーっ」

 言い終わる前に突撃する空飛ぶ抱き着き魔。電光石火の素早さであった。

 それをすかさず回避するキオウ。

「ダメだダメだ、俺は忙しいんだっつーの。星と月の動きを視ながら、結界の固定をしているんだからな」

「えーっ? キオウさんならお風呂入りながらでも出来るでしょー?」

 途端に「ぶふっ」と噴き笑うレイヴ。…一体どのような想像をしたのだろうか?

 つられたジークも、ちょびっとだけ想像してみる。

「…」

 ――湯船の中で鼻歌に呪文の詠唱を乗せながら、緻密な結界をチマチマと練り上げる青柳の賢者キオウ導師。

「………」

 笑いのツボにではなく、脱力のツボにしかハマらない…。

 ため息と同時にうなだれるジーク。そんなジークが更なる笑いのツボだったレイヴ。不満げに唇を尖らせているラティ。

 そんな中、キオウはただただ失笑している。

「俺にも事情があるんだよ。特定の工程の間は水に触れては駄目だとか、この工程では直にこの星の光を手繰り寄せなきゃいけないとか」

「ふぅん。なんか、メンドーだねー。

 じゃあレイヴさん、一緒にお風呂入ろーっ」

「あらま、次なるエモノは俺なのね。俺ですか。俺ですね。そうですか。大変ですね。頑張ろう俺。

 いいですかー、脱衣場で翼の羽根の水気をブルブルして払うのはナシですよー。ビチャビチャになった脱衣場の片付けは大変ですからねー。そこんトコはくれぐれもお願いしますよー。いいですねー、ラティお兄さーん」

「わーいっ」

「そのお返事が何かがおかしいですよー、ラティお兄さーん」

「わーいっ」

「…わ〜い」

 ラティは疲労感が漂うレイヴをグイグイと引っ張って、強引に浴室へと拉致していく。普段のラティではこの時間帯になると眠くなるのだが、幸か不幸か今日は日中のお昼寝が効いてしまったらしい。

 哀れな犠牲者の後ろ姿が見えなくなるまで、ジークとキオウは生暖かい眼差しでキッチリと最後まで見送った。






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