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賢者サマのおふね◇アリシアのこと  作者: 神代きい


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これぞクレリオ◇賢者達の雑談

 精霊が生まれ棲む世界。清浄なる古の風が草花を奏で、小鳥の羽根を撫で、湖面に静かな乱れをもたらす。

 サワサワと煌めく湖に映る白亜の神殿。その階段の中腹で、麻の民族衣装を着た人物が浅く腰掛けていた。

 気だるげな表情で頬杖を突き、キラキラと輝く湖面をただ何となく眺めている。

「退屈だなぁ…」

 はぁ〜…、と深いため息。

 せっかく退屈しのぎに新しい衣装をわざわざ手縫いで作ったというのに…、見せびらかす相手がいないのでは意味がない。

「…何をしている?」

 背後から深みのある声を掛けられたが、退屈な相手なので振り返る気などさらさらない。

「見てのとおりだよ。君にじゃなくて、君の弟子に会いたかったな。青柳(あおやぎ)のは来ないのかい?」

「知らん」

「想像どおりの返事をどうも。いやはや実に素敵な師弟愛だ。放任主義の師匠を持って、あの子はさぞや幸せだろうな。おかげで押し付けではない様々な経験を自由に積むことが出来る」

「…たまには締め付けが必要、か」

「んん? これは大変だ。あの子の一大事だ。秋津(あきつ)のが不穏な言葉を発してしまった。私はその方向に向けるつもりなど欠片さえなかったのに。だがまぁ、あの子の師である君がそう思うのならば、そうすべきなのかもしれないか。嗚呼、ごめんよ青柳の」

 相も変わらずベラベラとしゃべり続ける明星(みょうじょう)の賢者だが、やはり視線はおろか顔さえ相手に向けていない。だが、これもまたいつものこと。秋津の賢者は気にもとめない。

 湖面で翡翠色の魚が「ぴしゃんっ…」と跳ねる。

 広がっていく湖面の波紋をぼんやりと眺めていると――…、波紋は文字どおりに水面を歩いていた人物のサンダルに到達した。

 明星の賢者が向ける視線に気付いたのか、しまった…、とばかりのしかめ面である。

「やれやれ、あれで気配を隠したつもりだったのだろうなぁ。私は退屈しのぎの相手なら大歓迎だというのに。

 おいで、清流(せいりゅう)の」

 明星の賢者の気軽な手招きとは正反対に、手招かれた側は微かなため息をついて近寄ってきた。

 その肩に掛けるように持つしなやかな釣竿が、歩みに合わせて揺れている。

「さて清流の、言い訳を聞こうか。我々を無視してまで、一体どんな大物を狙っていたのかな?」

 親愛ある嫌みに失笑する清流の賢者。

「私は単に…、気遣いから離れようとしただけだよ。そもそも秋津のと明星のの談笑に介入だなんて、若輩者の私にはとてもとても」

「おや、遠目からは談笑に見えたかい? それはつまり、私との会話中に秋津のがニヤニヤした瞬間があった、ということか。残念ながら私の後頭部には目がないから気付かなかったよ。嗚呼、なんということだろう。なんなる不覚だ。この私が貴重な瞬間を見逃してしまった」

 1つ何かを言われれば数倍にして返す明星の賢者。清流の賢者が苦笑混じりにその背後へと視線を移すと――…、すでに秋津の賢者は退散した後だった。

 その視線を追い、明星の賢者はようやく自身の背後を見る。

「おや、いつの間に消えたのやら。別れ際の挨拶というモノの存在を知らないのかなぁ。今日私は秋津のの姿をついに見ることはなかった」

「何だろう…、身代わりにされたような気がするのは私だけかな?」

「それは可笑しな解釈だ。そもそも先に話し掛けてきたのは秋津のだからね。私はただただボーッとしていただけだよ。釣竿を担いで湖面を徘徊する君を眺めつつ」

 あぁコレね、と清流の賢者は釣竿を揺らす。

「師匠の忘れ物を釣り上げないといけないんだ」

「忘れ物?」

「そう、忘れ物。魚だよ」

 困った笑みの清流の賢者は、わざと含みのある言い方だ。

 明星の賢者は首を傾げつつ釣竿の《質》を密かに探る。込められてた魔力は確かに失せ物捜しのソレだ。

「ふぅん…。いじわるな物言いだね、清流の。やられっぱなしは悔しいからなぁ、私は私で好き勝手に推理を展開しよう。

 ペットのクジラが迷子になった? …いや、違うな。御伽(おとぎ)のがクジラその他水棲生物の類いを飼っているだなんて、私は見聞きしたことがないか。

 では、夕食に用意したサンマの塩焼きを湖に落とした? …うーん、これは面白い。湖の女神が出てきて『アナタが落としたのは金のサンマですか? それとも銀のサンマですか?』『いいえ、私が落としたのはフツーのサンマです』『アナタは正直者ですね。褒美に金銀両方のサンマをあげましょう』うん、悪くな――…おや? そもそもサンマは銀色か。しばらくサンマはご無沙汰だったから忘れていたよ。

 そもそも捜し物は失せ物ではなく忘れ物だったか。ならば――」

 呆れ顔の清流の賢者などお構いなしに、豊かな想像を次々に展開していく明星の賢者。さすがである。

 あ、向こうの木陰で精霊が笑ってる。

「そろそろ正解を言っても?」

「いや、駄目だ。言っちゃ駄目。君に私のささやかな楽しみを奪われてたまるものか。青柳のが遊びに来ないから退屈なんだよ」

「青柳のなら、クレリオに来ているけれど」

「うわぁ、君は私から青柳のまで奪うのか。酷い後輩だ。こうなったら奥の手だ、御伽のに告げ口してやろう」

「青柳のが駄目なら、師匠(おとぎの)を相手にすればいいのに」

「その言葉、パンがないならお菓子を食べればいいのに、とも聞こえたよ。さすがはアリシアの民。余計な一言が己が身を滅ぼす」

「それを言うなら、私はファルートの民は寡黙な性質かと。夕闇(ゆうやみ)ののように」

 その言葉に、心外だ、とばかりに眉を跳ね上げる明星の賢者。

 だが、その表情はどこか愉しげだ。

「あれは寡黙とは違うなぁ。言わずに良いことは言わず、言うべきことも言わず。達観ではなく単なる諦め、悲観、厭世。単なるペシミスト」

「手厳しい」

「適宜ツッコミを入れてやらないと、勝手にひとりでよろしくない方向へと突き進んでしまうからね。ウチの師匠は」

「良好な師弟関係、大いに結構。

 ――…ん?」

 バッシャアァァーン…ッ…!

 遠くで突如あがったド派手な水柱。うねりが湖に波を起こす。

 水しぶきが作った虹の下で、湖底へ潜行していく水柱の犯人がチラッとだけ見えた。可愛らしいパステルピンクの巨大なヒレが。

 それを呆然と見つめる清流の賢者と、唖然と見つめる明星の賢者。

「…清流の? もしかしたら、もしかしなくとも、今のがアレなのかな? 君の師匠の『忘れ物』とやらは」

「あー…、えーと…、そう…みたい」

「なんだ、捜していた君自身も初見なのかい?」

「あー…、うん」

「あのヒレだと、クジラ…なのかな? 私の推理がまさかの命中なのかな? けれど、妙にモコモコした雰囲気のヒレだったなぁ」

「はぁ…。その…、師匠の手編みでね」

「手編み、か。ふむ、手編み手編み。

 その『編む』の意味は『術式を編んだ』というフツーの意味ではないのだろうね」

「言葉どおりの『手編み』だよ…。あみぐるみ、なんだ」

「ふぅん? 最近の御伽のは編み物にハマっているのか。なるほどね。ああいった大物ばかりではなく小物も編むのかい? 機会があれば私の衣装作りに協力してもらおう。私は縫い物はするけれど、編み物はほとんどしないからね」

「さすがは明星の、注目する場所が違う。あみぐるみには食いつかないとは」

「御伽のが人形やら何やらに《仮の魂》を込めて遊ぶのには慣れているからね。君がまだ生まれてもいなかった頃には、手足と頭を生やした自分の屋敷を暴走させて転んで大破させたこともあったな」

「うわぁー…」

「ところで、清流の? 捜し物はとっくに湖の奥深くへと泳ぎ去ったようだけれど、いいのかい?」

「いやぁ~…、一度撤退して作戦をひねるよ…。この竿ではとても太刀打ち出来ない。まさか、あれほどの大物とは」

「やれやれ、何を悩んでいるのやら。単純な問題だ。釣り上げるのではなく、ごく普通に捕らえればいいだけの話だろうに」

「それが複雑な問題なんだよ。釣り上げないと駄目なんだ…。師匠が満足しない」

「あぁ、なるほど。御伽のは釣り上げる瞬間が視たいのか。それはそれは大変だね」

「他人事だと思って…」

「他人事だからね」

 そうこうしている間に、穏やかさを取り戻していく透明な湖面。先ほど慌てて逃げ出していた水鳥達が、しだいに定位置で落ち着き始めている。

 平和な光景とは裏腹に、特大のため息を空に吐き出す清流の賢者。その姿を眺めていた明星の賢者の瞳に怪しい光がチラリと宿る。

 どうやら、またもや何やら愉しい企みを抱いてしまったようである…。






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