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探検の話

 肌を刺す冷たい空気は、森の中に似ている。と、時計は静かに目を閉じた。

 ここは時計の古巣である。もちろん時計に記憶はない。しかし肌になじむこの空気は、やはり古里のものなのだろう。

(……部屋が、みっつ、よっつ)

 服を探したいと言ったのはただの口実だ。広大に邪魔をされず、古巣の中を探検してみたかった。

 それは深い森の中に潜っていく時よりも、ずっと興奮するものだったし、不思議と懐かしさを感じるものである。

 この家はやけに広い。木の廊下がまっすぐに続き、左右にいくつもの扉があった。

 目の見えない広大にとって明かりなど不要なものらしく、天井の電灯はいくつか割れ、いくつかは外されている。

 夜はさぞかし暗いのだろうと時計は思う。それは確かに森に似ている。

 廊下には紙の固まりがいくつも放置され、隅には埃がつもっていた。

「汚い」

 時計は眉を寄せる。

 埃の多い家なのだ。広大曰く、合理的な方法。と言う。目に見えない広大にとって掃除は、煩雑なものに違い無い。

 だからこそ、使う部屋だけを掃除する。そのせいで、使われていない部屋はその歴史分だけの埃が積もっていた。

 時計は鼻に皺を寄せて埃を吸い込まないよう気をつける。

 そしてやがて、一番奥の部屋にたどり着いた。

 それは廊下の最終地点、そこに一つだけ扉があるのだ。その扉はこれまで見てきた扉とは異なる。

 大きな2枚の木の板をはすかい打ち込んでいるのである。

 それは巨大な十字架のように見えた。


「埃臭い」

 そんな木の戒めを、時計は難なく外す。長い指の爪を引っかけて、引っ張ればそれはあっけなくはずれた。

 人間の力で打ち込んだ釘など、時計にとっては綿よりも柔らかい。

 この部屋に足を踏み入れようと思ったのは、気まぐれだ。

 家の一番奥、まるで隠されるように封印された部屋。それは時計の好奇心を刺激するにじゅうぶんな存在である。

 そもそも、鳥人は好奇心が強い。

「ん……?」

 狭い部屋だ。部屋と言うより、物入れなのかもしれない。

 窓もなく、闇が籠もっている。扉を開けた瞬間、不思議な香りが鼻を突く。

 羽根をきゅっと折りたたみ、時計は暗い部屋の中、手探りで潜った。鳥人は、闇に弱い。

「物入れかしら、これは」

 化け物でもでるかと思われる暗闇の奥。手を伸ばせば意外なことに、そこにあったのは木のタンスだけである。

 部屋は狭い。巨大なタンスが押し込められただけで、いっぱいになってしまうほどだ。

 時計は音をたててそのタンスを突く。かつかつと、それはきれいな音をたてた。

 周囲を手探りで探るも、確かにこの部屋にはタンス一つしか置かれていないようである。

「これだけ……か。贅沢な部屋」

 大きなタンス。それに鼻を近づけると、桐の香りがする。長くそこに置かれていたのだろう。古く見えるが、香りはまだ残っている。

 優しい桐の香りだ。

「いいな、これ。これ、ほしいな」

 時計は素直に感想を漏らした。軽く湿気た桐の香りは、雨降る森の香りに似ている。

 時計は慎重に一番下の引き出しを引く。そこにはいくつかの服が詰められていた。

 引き出すと、湿気ってはいるものの、いずれも傷んでいない。

 黒の服に白のスカート。そしていくつかのワンピース。いずれも女性のものだ。 時計は一枚広げて胸の前にあてる。丁寧に畳まれていたそれが、音をたててほどけていく。

「……これって人間の女の服。なんで、ここに……」

 何年ここに閉じこめられていたのか。服は埃と桐のかおりをまき散らした。

 時計は心に浮かんだ疑惑を吹き飛ばすように首を振る。そして何枚か取り出し、廊下へ放り出した。

 桐のタンスにはあと2つ、引き出しがある。

 立ち去ろうとした時計だが、再びタンスを見つめ足を止める。

(ここはあたしの巣だ。巣を見る権利があるんだ)

 いやな予感が胸の奥をじわじわと浸食する。その予感がどういう意味を持つものか、時計にはわからなかったが。

「……」

 再び闇と向かい合った時計は、2段目の引き出しを引く。それは思ったよりも重い。

 ぐっと引き出せば、中には青銅色の不思議な固まりがある。

 ふれると固い。青銅のような、泥のような不思議な色だ。

「粘土?」

 過去に一度だけ、時計は粘土を見た事がある。研究施設で、粘土を使った不思議なテストを受けたのだ。時計の爪では長すぎて、形をかたどることさえ出来なかったが。

 しかしこの粘土は何かを象ろうとしている。

 それは人の顔だ。人の顔を象ろうとして、途中で力つきたような形だ。

 真ん中に大きなへこみがある。それは力いっぱい、殴打したような跡である。

「変なの」

 薄暗い部屋の中、目もないそれが時計を見つめている。とたん不気味さが背の羽根を毛羽立たせる。

 時計はあわてて引き出しを閉めて、それを遠ざけた。

「……なんなの、この家」 

 残された引き出しはあと一つ。

 恐怖よりも、好奇心が先にたつ。

「軽い……」 

 指の先に引き出しの持ち手を引っかけ、くいと引く。それは二段目に比べてずっと軽いものだった。

 おそるおそる、中をのぞき込む。時計の髪が音をたてて引き出しの中に滑り込み、中にあるものを隠した。

 髪が吸い込まれそうな恐怖に、慌てて身を起こす。再度ゆっくり引き出しを覗き込めば、そこにあるのは一枚の絵である。 

「絵じゃないわ、これ……知ってる、これ」

 絵というにはあまりにも写実的なそれを、写真というのだ。これもまた研究施設で得た知識だ。しかし本物を見たのは、初めてである。

 古ぼけ角などはセピア色に染まっているそれを、時計は爪先でそっと持ち上げた。

 その写真に映っているのは、まだ若い広大。そして隣に立つ女の美しくも優しい笑顔である


 鳥人は好奇心の強い生物である。その好奇心に駆られ、鳥人の祖先は人里に出た。そして人に狩られることとなる。

 鳥人は好奇心に殺されたのだ。と、時計はふとそんなことを考えた。

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