表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/32

出会い

 背には羽根、腕には爪を、自由に空を飛び回り人を魅惑し人を食う。

 人はそれを、鳥人と呼んだ。 



 村口広大は、瞳に光を持たない。

 有り体にいえば盲目である。しかし、ただ盲目と一言でまとめるには、彼の目は異様すぎた。

 彼をはじめて見る人は驚く。続いて大半の人間が目を逸らす。気の毒に、と言う人もあれば嫌悪感に顔を歪める人もいる。そのあたりの反応は、見た人間の性質によるのだろう。

 たった一人だけ、あなたの目はサナギのように美しい。と、奇妙な誉め方をした女がいた。

 ……つまり、広大の目とはそのような形をしている。

 かつて光を持っていたと思われるそこは、何かにえぐり取られたようにぽかりと穴が開いていた。

 まぶたは炎症を起こしたまま固まって盛りあがり、それはやがてサナギの形となる。

 これまで彼を見て7割の人間が気の毒にと声を詰まらせ、2割が名誉の負傷だと誉めたえ、そして1割が嫌悪感を剥き出しにした。

 少しでも褒め称える人間がいたのは、広大に権威があったからだ。そして彼がまだ若く、世間一般でいう美しい顔立ちをしているのも、彼らの同情を引いた。

 同情など、広大は聞き飽きていた。聞き飽いたが、彼らは毎日のようにやってきて、何かと広大に気を遣う。

 そんな見え透いた気遣いにも飽き飽きしたころ、彼を支えていた権威の下降がはじまっていた。皆も飽きてきたのだろう。

 人々の視線から解放された広大は、家の奥に引きこもることにした。


 彼が引きこもりの場所として選んだのは、昔から暮らして来た古巣……家である。

 光などなくとも生活に困難はない。気まぐれにやってくる面談者をのぞき、そうして彼の周りからは人が減った。

 朝起きて眠るまで、広大の行動は一律である。

 まず窓を開ける。広い家には20もの窓があるので、それを順番に開けていく。

 風が抜けるのを感じた後、庭へと降りてそこに野放図に育つ野菜を鼻で嗅ぐ。

 目は見えなくても香りだけで収穫はできる。そして簡単な食事をとる。彼は一日一度の食事で充分だった。

 その後、彼は暗い独房のような部屋にこもる。その部屋を、彼は仮にアトリエと呼んだ。

 土の香りをまき散らすそこで、彼は黙々と灰色の土塊を捏ねる。昼なお暗い部屋だが、光はない。光など、今の彼にとって無意味なものだ。

 そして、足元に吹き込む風が冷えるころ、ようやっと彼は腰を叩きながら立ち上がり、窓を閉めるのだった。

 春夏秋冬変わらない、単純にしてそして変化のない日々。

 そんな日常がある日唐突に破られたとすれば、それは彼にとって青天の霹靂であった。



「おや」

 ある朝のことだ。恐らくそれは4月だろう。広大の家には日付を知らせるものが無い。空気の香りでしか彼は季節を推し量れない。

 やわらかい晩春の風が顔を撫でる、そんな朝だった。

「そこに、だれかいるのかな」

 広大は窓の一つを開けながら、動きを止める。

 真下に広がる庭先に小さな気配が揺れているのだ。

 見えはしないが、窓から顔を差し出せば土の香りがする。

 そこには密林のように鬱蒼と木々や雑草、そして花が生い茂る小さな庭があるはずだ。

 甘酸っぱい大地の香りの中、甘いミルクのような香りが混じっている。

「困ったな。不法侵入は。警察に通報をしなくてはいけなくなるから」

 広大は窓を開けつつ、そう苦笑した。

 これまでも不法侵入はよくある話だった。視力のない、変わり者の元権威が一人で暮らす家。どんなものかと興味本位で忍びこむ人は意外に多いのだ。

 またその類だろう。

(ここ最近は減っていたのだけど)

 と広大は心のうちに呟く。

 またなにかメディアが広大を取り上げたのかもしれない。

 彼らは広大に許可も取らず、平然と人のプライベートを晒すのである。新聞もテレビさえも持たない広大は、そんな情報をいつも後から聞く。

「僕はあまり警察が好きじゃないからね」

「あたしも嫌いよ」

 返ってきた声は若い少女のものである。まだ10歳ほどか、険のある鋭い声だ。

 嫌な予感がする、と広大ははじめて動きを止めた。

 少女の声は、すぐ目の前から聞こえてきたのだ。窓は2階部分に作られていて、広大はその2階に立っている。

 彼女が庭にいるのならば、声は眼下より聞こえてこなくてはならないはずだ。

 しかし、声は真正面……いや、それより少し高い場所から聞こえてきた。それだけではない。彼女の声はゆっくり移動している。

「でも警察より、ずっとあんたが嫌いよ。広大さん」

「……ああ、君は」

 そのとき、広大の頬に柔らかい感触が伝わった。極上の手ざわりのその感触を、広大は知っていた。

「君は鳥人だね」

「……その呼び名は、私があなたのことを人間と呼ぶようなものよ。私の名前は時計。時計と呼んで頂戴」

 まるで風のように柔らかい。羽根と思われるそれが、広大の頬へと触れてすぐに離れる。

 巨大な羽根が作りだす激しい風に煽られて、広大の中の血が久しぶりに騒いだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ