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転ぶ三日月  作者: 瀬野とうこ
第一章 : 血染めの手を持つ生徒会長
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第八話

朝から十夜は学園の敷地内を奔走していた。


おそらく十夜よりも、結界を維持することに長けた九条のほうが負担が大きかったが、今朝になって外部からの攻撃が激化し、要となる複数の定点を同時に崩されそうになったため、手が回らなくなっていた。

週末がくれば、教職員が補強にあたってくれるという話だが、このままであと二日、やりすごせるかは微妙な線だ。

溝口が情報屋としての腕をふるい、学園の異変をいち早く知らせてくれるから、今のところなんとかなってはいるものの、依然として犯人の目処も目的も、わかってはいない。


――時折、自分がなぜこんな役割をかってでているのだろうと、冷めた目で見つめてしまうことがある。

九条は疲労の色が濃いし、秋は目にみえて機嫌が悪くなっている。

残る一人のメンバー、会計の音無 百々だけが、ハードワークには慣れていると言って、余裕しゃくしゃくといった態度をみせる。


(女は強いな)

常に生気と自信に満ちあふれている彼女ならば、十夜のように、自分の置かれた立場を疑問に思うこともないのだろう。

「わたしが決めて、好きでやってることだから」とでも言いそうだ。


自分に割り振られた定点の補強が終わる。

臨時のもので、応急処置ていどの効果しかなさない出来だ。

この場の修復にあたるのは、二度目だった。

二日前に、九条が焼きつけた魔よけの呪符が、黒く輝きを放っている。

力強いその波動に、十夜はいくばくかの力添えをしたようなものだ。

壊すのは得意だが、守るのは不得手だ。

それでも、十夜にしたって、自分で決めて好きでやっていることなのだった。


「さすがに疲れたな」

肩をまわして、上体を伸ばす。

秋と奏がいなければ、生徒会役員など引き受けはしなかった。

大多数の生徒など、どうなろうともかまいはしないが、彼らと過ごす自分の居場所を守るために、十夜はおのれにできることをこなしていくしかないのだ。


「次にいくか」

十夜は携帯を取り出し、溝口に電話で手の足りていない箇所を確認した。

若草の萌える季節に、さわやかさとはほど遠い厳しい目つきで、十夜は次の定点へと足を運んだ。






奏は早朝に届いたメールを読み返し、まるで流れに乗りきれていないおのれを感じていた。

(とりあえず、望月さんに伝えればいいんだよな)

立場の弱さをかみしめて、教室のドアをひらく。

(あれ)

いつもなら奏より先に登校しているはずの、三日の姿がこの日はなかった。


クラスの男子とてきとうに会話を楽しんでいると、始業時間ギリギリになって、彼女が教室へと駆け込んできた。

「めずらしいね」そう声をかけると、はにかんだ様子で、

「ねぼうしちゃった」と肩をすくめてみせる。

よほど急いで来たのだろう。息があがっているのに、すとんと下にたれた髪はちっとも乱れていなくて、彼女の髪はなにでできているのだろうかと、くだらないことを考える。

すぐに授業がはじまり、私語を交わす間などなかったため、彼女への伝言は後まわしとなった。


ようやく落ち着いて会話のもてる機会がおとずれたのは、昼食後のことだった。

学食でカツカレーセットを食べて教室に戻ると、三日がひとりで本を読んでいた。

「なに読んでるの」

「ん、盆栽図鑑」

席につこうとしていた奏の動きが、一瞬とまる。

「……望月さん、盆栽に興味があるの?」


「家で育てているのはひとつだけで、増やすつもりはないんだけど、この本はいろいろな家庭の盆栽が載っていておもしろいわ。こういうのって、手をかけている人のこだわりが如実にあらわれるの。一本の木に対して深く関わろうとする考え方って、とても不思議ね」

「それはオレも不思議だ。望月さんのおうちは、誰が世話をしてるの」

「もちろん私よ。ひとり暮らしだもの」


(え)

なぜ盆栽なのかと突っ込むべきか、それともひとり暮らしのほうに話題をそらすべきか、しばし悩んだ。

(地味な性格だと思ってはいたけど、いくらなんでも地味すぎやしないか?)

なんてモテなさそうな趣味なんだ、と思ったけれど、さすがに余計なお世話なので口をつぐんだ。


「そう。ええと、ひとり暮らししてるんだね。実家は遠いの?」

「いいえ、すぐ近くなの。ただ、見聞を広めようと思って家を出ただけ」

「よく許してくれたね」

世間知らずな印象をうける娘だ。家族はさぞかし心配だろう。

「最初は反対されたけど、説得したらわかってくれたみたい」


「へえ。ああそうだ、ところで」

「なあに?」

秋からの伝言を口にのぼらせようとして、奏はためらった。

(なんて言えばいいんだ?)


なんせメールには、

『彼女、八百坂神社の娘だった。魔よけの腕はプロ並み。うさんくさいところもあるけど、とりあえず監視まではしなくていいや。なにか気づいたことがあったら教えて。それと、生徒会に入る気はないか、きいてみて』

と、あったのだ。


(ああくそ、誘いたいなら自分でやればいいのに)

心の中で毒づいて、奏はしぶしぶ話しだした。

「その、副会長から望月さんに伝言をたのまれてるんだけど」

三日の表情がいくぶん硬くなる。

「ええと、いや、たいしたことじゃなくて、その、……生徒会に加わるつもりはないかって」


「生徒会ってどういうこと?」

「さあ。オレもよくわからないけど、気に入られたんじゃないかな、たぶん」

三日がもの問いたげな眼差しをする。

それはそうだろう。彼女の態度から察するに、あまり好意的にはとらえられていない様子だ。


(また余計なことしたんだろ、あの人)

目の前の少女に、いくばくかの同情を覚える。

「私、そんなつもりはないから」

「じゃあ、そう伝えておく。もし、しつこく誘われることがあっても、嫌ならきちんと断ったほうがいいよ。すこし強引なところのある人だから」

「うん。ありがとう。……それにしても、突然でびっくりしちゃった。どうして私なんだろう」

「さあ。それはオレにはさっぱり」


「副会長とは親しいの?」

「いや、そうでもない」

と、思いたい。と、胸中でつけ加える。


三日にその気がないことを、すぐにメールで伝えようかと思ったが、考えなおす。

早朝のメール以降、生徒会の誰からも連絡がない。

秋からの、返信をうながすメールすらきていない。

それはすなわち、彼らが忙しくしており、こちらにかまけるゆとりを失っているということだ。


(触らぬ神にたたりなし、と)

「それにしても、意外だったな。ひとり暮らしってたいへんそうだけど、すこし憧れるよ」

あたりさわりのない話題を口にして、いま学園を襲っているのであろう問題からは意識をそらした。

人にはそれぞれの領分というものがある。

一般の生徒としては、おとなしくしているのが最良の選択だというものだ。






放課後、三日は千佳とともに家庭科室にいた。

「今日はりんごのケーキを焼くからね」

京子がレシピの載ったプリントを手渡してくれる。

調理後の試食のほかに、それぞれひとつずつ持ち帰ることができるというから、三日は昨日世話になった体操部の人たちに、お礼をかねて持っていこうかと考えた。


芽衣が、りんごが好きだと言って、はしゃいでいる。

「アップルパイ、タルト、焼きりんご。りんごってほんとうにおいしいわよね」

「ですねー。りんごあめも、食べきれないくせについ買っちゃいます。かわいくて」

「わかるわ」

千佳と芽衣が意気投合して、りんごのすばらしさについて語る。


「生のりんごもいいんですよ。最初にりんごをウサギにみたてた人は、天才だと思います」

「誰かにむいてもらうのも嬉しいものよね」

「ああ、いいですね!」

「わたし、ジュースにして飲むのも好きなの」

「あー、わかります。おいしいです!」

「ジャムも、甘いのにどこかさっぱりしていて、好きだわ」

「ゼリーにしてもおいしいし」

「ヨーグルトとあえるのも好きよ」

「りんご、ヨーグルト、はちみつ。最強です」

「ああ、たのしみね、りんごケーキ」


盛り上がる二人に、京子があきれた様子で声をかける。

「好きなのはわかったから、食べたかったらほら、手を動かす」

「はーい」


そんな光景のただなかにいて、三日はじんわりと思った。

(平和だなあ)

二晩つづけてみた悪夢が、まさしく夢のようだった。

平穏な日常のなかで、人間らしさを学ぶ。それこそが、三日の目標であり、願いでもあった。






「やぶられた」

十夜がさけんだ。


九条はすぐさま手をひいて、自分たちの周囲に守護の結界をしいていく。

太い筆が地面をすべり、墨で円陣が描かれる。

「中に」

九条にうながされて、秋が陣の中へ入る。


「あーあ、とうとう壊れちゃったか。まあ、放課後でよかったかもね」

「しかしまだ、学内に残っている者も多いだろう」

学校を覆う柵をのりこえて、全長三メートルはありそうな甲殻類が、校内へ侵入しようとしていた。


「……カブトムシ」

九条がぽつりとつぶやく。

「ああうん、カブトムシとかクワガタとか、それっぽいよね。子どもが見たら喜びそう」

「泣くだろう」

十夜がつっこむ。


昆虫のように見えるのは外見だけで、色はまだらなオレンジだ。

巨大な毒々しい、動くオブジェといったところだろうか。

それが、進入をはたすと同時に、触角をふりまわして暴れだした。

口もとからは、黄色みがかった唾液がしたたりおち、垂れた先ではジュッという音とともに、白い煙がたちのぼる。


秋が首をまわして、億劫そうに名乗り出た。

「しかたないなあ。ぼくがやるよ」

そうして九条のはった陣から出ようとしたとき、目の前の昆虫の触角が、ばっさりと切り落とされた。


「おまたせ」

空をよぎった光の来た先を見ると、会計の音無 百々が駆けつけるところだった。

「いいところに来るなあ。ラッキー」

百々の姿をみとめて、秋が円陣の中央へ後退する。


「これ一匹?」

「ああ」

「わたしがやるわ」

そういって、百々は、触角を失って身悶える巨大な昆虫に相対した。


腰にさげたポーチから、ナイフを四本、抜いてかまえる。

昆虫の額からはえた短いツノが、百々のグラマラスな肢体にぴたりと向けられた。

百々の呼気のもれる音がした。


両手から放たれたナイフが、身をよじる昆虫の、顎下と腹に二本ずつ刺さる。

見ると、立ち位置をずらした百々の手には、ふたたび四本のナイフが握られていた。

気をはりつめたままの百々の見つめる先で、昆虫はどう、と倒れた。


唾液が散り、ところどころから煙があがる。

しばらく身構えたままだった百々は、やがて足元からとがった石を選び手に取ると、折った枝の先にくくりつけ、投擲の要領で昆虫の口内に突き刺した。

「動かないわね。死んだかしら」


「百々ちゃん、おつかれ」

秋がねぎらいの声をかける。

「あっけないわね。まだ来るかもよ」

「おそらくな」


結界が破壊されたのは、今いる柵に沿った一角だけだ。

後続が来るならばここだろうと予想はついたが、念のために溝口に電話をかけて、周囲の状況を確認する。

すると溝口は、十夜に意外な情報をもたらした。


「家庭科室で騒動がおこってるんだ。召喚のおこなわれた形跡がある。もしかすると、今回のトラブルの本命はそっちなんじゃないかな」

「なんだと」

「京子さん一人じゃ心配だな。そっちの手があいたら、様子を見にいってあげてよ」

じゃあね、といって、通話が切れる。


溝口とのやりとりを残りの三人に説明すると、百々が厳しいおももちで柵の向こうに目をやった。

「来たわね」

今、百々に倒され、地面に転がっているのと同種の昆虫が、全部で五匹あらわれる。

柵を越えようとする敵にナイフをあびせ、百々が言う。

「さすがにひとりじゃキツいわね。一之瀬さん、手伝って」

「了解」

秋につづいて、十夜も一歩をふみだした。


「俺もやろう。手早く済ませて、家庭科室を見にいくぞ」

柵を越え、一匹二匹と、昆虫が地面に転がる。

十夜は地面を強く蹴った。

騒動の糸を引く人物を、今日こそ特定してやると、心に決めた。

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