第一話
九十九 一樹は収集家だ。
いつか誰かが使うかもしれないと目にとめたものは、見過ごすことなく手に入れようとする。
飾るためではなく、使うために集めているのだ。
そのため、九十九のもとには頻繁に人が訪れる。
相談には気安くのるし、必要とあれば物品を貸し出すこともある。
そうして物事が回っていくのを見るのが好きだ。
気分は、出し物を眺める観客に似通っていて、そうである以上、演目が風変わりだったり目新しかったりすることを、ことのほか喜ぶ。
この日も馴染みのある学園の生徒が二名、九十九のもとへと足を運んでいた。
まるで印象の違う双子。
仁木 灯と、仁木 風太だ。
血色が悪く線も細い灯に対し、風太ははつらつとして体つきも俊敏そうだ。
季節は夏で、気候の変化の影響を受けやすい灯が、このときを待ちわびていたことを九十九はかねてから知っていた。
双子は火炎の妖精だ。気温が高いと、それだけで生き生きとしだす。
梅雨の湿気を受けて体調を崩していた灯が、身を清めて復活を遂げたいと願うのももっともなことだった。
「いいでしょう。ならばこれを差し上げます」
差し出したのは、水晶の玉だ。
子どもの拳ほどの大きさの、透明な玉の中央に、赤く炎が渦巻いている。
灯の表情がぱっと輝く。
「コレクターさん、ありがとう」
「ただしひとつ注文が。召喚は学園内でおこなってください」
「校舎の中でということ?」
「いいえ。建物の中でなどと無理は言いません。敷地の中ならどこでも構いませんよ」
「そうよね、屋外じゃないと。火事になったら困るもの」
「ええ。危なくないところで火にくべてくださいね。さっそく、明日にでも」
「そうするわ。ありがとう」
喜びをあらわにする灯のとなりで、風太もふてくされた表情で頭をさげる。
外見はどうあれ、この二人は、嘘がつけず直情的なところがよく似ていた。
今も風太は、九十九の助力を得ることに対し不満顔で、それでも灯が元気を取り戻せるとあって安堵もしつつ、――でもやはり自分の力だけで妹を助けてやれないのがくやしいと、顔を見ているだけで感情の推移まで見てとることができる。
「終業式で、元気なあなたに会えるのを楽しみにしていますよ」
「ええ、もちろん」
重ねて礼を述べ、灯と風太が退室する。
入れ替わりに、彼らと同学年の、引き締まった体をもつ長身の若者が入ってきて、口を開く。
「餌付けですか」
「おねだりをきいてあげただけだよ」
いくぶん軽薄そうは雰囲気の彼は、体操部所属の二年生、京堂 友哉だ。
職務に忠実な九十九の子飼いで、小回りのきくとてもよい子だ。
先ほどの二人も、春先に精霊を所望した九十九のところへ連れてきたのは京堂だった。
「さて。万理万里の終業式は明後日だろう。実は着ていくもので悩んでるんだ」
サテンのスリップドレスのすそを揺らし、九十九は立ち上がった。
赤くなめらかな生地は、最近のお気に入りだ。
クローゼットへ向かう後ろに付き従いつつも、露骨に興味のなさそうな声で京堂が言う。
「何を着ていたって同じでしょう」
「そんなことはないよ。若々しい君たちはそうでも、着飾ることを知っているのが大人というものだ」
「ただの着道楽じゃないですか」
ドレスの生地に合わせて選んだ、赤いルージュのひかれたくちびるをつり上げる。
「経験をつませてやろうというのだよ。君も後学のために、女性の装いを見立てることくらいできたほうがいいだろう」
京堂が肩をすくめた。
「だったら、場をわきまえた服装がいいと思いますね。やはりスーツじゃないですか?」
「つまらなくないか?」
「学校ですよ。終業式の来賓なんて、そんなものでしょう」
「君は意外と頭が硬いね」
ずらりと衣装をならべながら、はっぱをかける。
「ほら、もっと身を入れて選ぶといいよ。なんといっても、人というのは見られて綺麗になるのだから」
「オレがいまさら見るまでもなく、あなたは綺麗でしょうよ。ああ、じゃあこれにしましょう」
そう言って京堂が指さしたのは、フリルのたくさんついたブラウスと、黒のタイトスカートだった。
九十九はぼやいた。
「ほんと君って、無難だよね」
この日、学校はジャングルと化していた。
日よけの帽子をかぶり、首にはタオル、手には軍手をはめて、袋を片手に三日は指定の場所へと足を進める。
終業式を明日にひかえ、一昨日から三日間、学力テストが実施された。
テストがあけて、本来ならば晴れ晴れとした気分で帰宅できそうなものなのだが、万理万里学園では、全校生徒一丸となっての草刈りが通例となっているらしい。
クラス担任に言われるがままに軍手や帽子を用意してきたが、人によっては鎌や草刈り器を持ち出している者もいる。
それほど、草が茂って目に余る。
(梅雨の頃を思い出すな)
渡り廊下からあたりを見回し、遠い目をする。
掃除当番の班別に、ブロック分けされた範囲を手当たり次第に抜いていくよう、指示されている。
三日がクラスメイトとともに割り振られたのが、この渡り廊下の近辺なのだが、たったの五名でどうにかなるような草の量ではなかった。
「よし、やるか」
今日の放課後で片がつかなければ、明日の終業式後に持ち越すこととなっている。
それはさすがに気が乗らないのか、どうにか本日中に終わらせたいという皆の意気込みが伝わってくる。
(どうしてこう、増えるとなると見境いなく増殖するんだろう。この学校)
三日前は、ここまで荒れてはいなかった。
雑草が目立つ程度だった景観が、一日、二日とたつ間に、足の踏み場もないほど草だらけになったのだ。
目につく植生は、近辺の山中にあるものとそう変わらない。
ただ、繁殖力だけが並外れている。
梅雨時期にあったキノコの大量発生を彷彿とさせるが、キノコと違って、好んで刈り取っていく者もない。
(おとぎばなしみたい)
昔話に出てくる豆の木とか、柿の木とか、そういったものを連想させる成長具合だ。
不思議なことに、ほうぼうに点在する園芸部が手にかけている花壇の周辺には草は生えない。
裏を返すと、土が露出している箇所で、花壇以外の全ての場所に草が茂っているということだ。
三日は校舎の壁に沿って、草をちぎってはちぎっては、持参した袋に詰めていく。
およそ十分おきに、抜いた草を回収していく係の者が巡回してくる。
今日ばかりは全ての部活動が休止するらしく、集めた草はグラウンドに山積みにされるようだ。
(えらい量になりそうだけど、集めてどうするのかしらね)
気にはなるが、目先の仕事を片づけるのが先だ。
「おう、やってるな」
端から皆でもくもくと手を動かしていると、草刈り器をたずさえた担任の斉藤がやってきた。
「先生!」
クラスメイトの間で、歓迎の声があがる。
「よし、お前ら少し下がってろ」
無骨で大柄な男性教諭だ。
常より迫力のある風貌をしているが、これほど頼もしく見えるのは初めてだった。
空気を震わすけたたましい機械音がはぜる。
生徒を渡り廊下に避難させると、斉藤は草刈り器を動かして、大まかに草をなぎ倒していった。
草いきれとともに、大量の土埃が舞う。
(うわあ、すごい)
抜いても抜いても終わりそうにないと思えた背の高い雑草が、手当たり次第に倒れ伏していく。
(機械って、すごいなあ)
音もすごいが、効果もすごい。
「先生、かっこいい」
隣に立つ女生徒が、きらきらした目で斉藤を見つめる。
まったく、三日もそう思う。
生徒の熱い視線に見守られて、あらかた中央部分の草刈りを終えた斉藤が、機械を止めて戻ってきた。
首からかけたタオルで、汗まみれの禿頭をぐるりとぬぐう。
「壁に当たるから、ふちの方は手作業でやらないとならんぞ」
「はい!」
「じゃあな、がんばれよ」
次の現場へ向かうのだろう。
土で汚れたジャージの裾まで、輝いて見えた。
「ありがとうございます」
声をそろえて、礼を言う。
「よかった、なんとかなりそうだな」
口々に安堵の言葉がもれる。
「まずは刈った草をどかさないと」
一面、草の絨毯だ。
ちょうど巡回してきた回収係に、運び手を追加してほしいと声をかけ、三日たちは明るくなった表情で、せっせと草をかきだした。
結論からいうと、それでも残った草をむしってきれいにするのは重労働だったのだが、どうにか夕刻には仕事を終えて後片付けにはいることができたのである。
「おつかれさま!」
生徒会から差し入れされたスポーツドリンクを飲み、口々にいたわりの声をかける。
体操服は土まみれだ。
日に焼けて、赤らんだ顔をしている者も多い。
まだ作業におわれているグループも多いのだろう。
あちこちで、草刈り器の稼働音が聞こえてくる。
「疲れた-。早く帰りたいね」
「着替える前に、シャワー浴びたいよ」
着替えの制服は、教室の机の上だ。
作業を終えた者から、着替えて自由に帰宅することができる。
同じグループの面々と、手を洗い、教室に戻ろうとする道すがらのことだった。
「見つけた。望月さん、いいかしら」
声をかけてきたのは、テストの前日まで入院していたという八又 さやかと、同じ家庭科部の幽霊部員、原田 正樹だ。
(うわあ)
しぶしぶ三日は、足を止めた。
原田はともかく、さやかとは因縁めいた関わりしかない。
用件など、とてもまっとうなこととは思えなかった。