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転ぶ三日月  作者: 瀬野とうこ
第一章 : 血染めの手を持つ生徒会長
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第二話

昼休みに入ると同時に、三日は千佳とつれだって、購買に昼食のパンを買いにむかった。

ここのタマゴサンドが三日は好きだ。

タマゴサンドとイチゴジャムパン。あとは牛乳かな……と、考えごとをしながら歩いていると、食堂へむかう廊下の途中で障害物につまずいた。


「おっと」

涼しげな青年の声がした。彼の足につまずいたのだろう。

(つまずいたっていうより、……転ばされた?)


「ちょっと、大丈夫? ミカ。――あ、わ!」

背後からあせった様子で声をかけていた千佳が、何に気づいたのか、こらえきれなかったような歓声をあげた。


両手を床についた三日が見上げると、すらりとのびた肢体の先に、どこか見覚えのある面立ちの青年が自分を見つめていた。

「ごめんね、僕のせいだ」

泣きぼくろが印象的な優男だ。


男は、上体をかがめて三日の頬に手をのばした。

彼の指先が眼鏡のフレームにかかる直前に、

「秋。待て」

突如静止を求める声がかけられて、二人の間に割りこむ影があった。


「あ」

三日の口から間の抜けた声がもれる。

不機嫌そうなおももちで駆け込んできたのは、くだんの生徒会長だった。


「悪いな。こいつが迷惑をかけた」

右手で秋と呼ばれた男を牽制しつつ、三日に左手をさしのべる。

「あ、どうも」

さしだされた手をつかもうとして、――寸前で、三日は動きをとめた。


シルバーのリングが光る左手。

今は何の変哲もないように見える手だけれど、実際は今もべったりと血に濡れているのだろう。

触れてみたらぬるっとすべったりするのかどうか気にはなるところだけれど、自ら確かめてみる勇気はない。


「ああ、えっと、大丈夫です。一人で立てます」

今にもとろうとしていた手をひっこめて、立ちあがる。

「そうか」

自然な動きで手をひいた十夜も、三日の不自然な態度に気がつかなかったはずはない。


気まずい沈黙をやぶって口をはさんだのは、秋という名の優男だった。

「きみ、一年一組の望月 三日ちゃんでしょう。そっちの子は何ていうの?」

秋に見つめられて、千佳が顔を赤くする。


「あたしは、大瓦 千佳っていいます。えと、ミカと同じクラスの」

「そう。三日ちゃんに千佳ちゃんね。僕は、一之瀬 秋。生徒会の副会長をやってる。こっちの無愛想なのは会長の十夜。よろしくね」

「はい! よろしくお願いします」

にこっと人当たりのよい笑顔をみせる秋に、千佳は元気いっぱいの返事をした。


千佳とは対照的に警戒心を強めた三日は、おそるおそる口をひらく。

「……あの、どうして私の名前を知っているんですか」

正直なところ、この秋という青年は、いささか不気味だ。

愛想のよい笑顔が、彼のひととなりを覆い隠しているように思える。


秋はにこやかな表情のままでこたえた。

「女の子の名前を覚えるのは得意なんだ。二人とも、いまから学食?」

「はい。お昼にパンを買おうと思って」

露骨にはぐらかされた答えを疑問に感じることもなかったのか、千佳が嬉しそうに会話をひきついだ。


「天気がいいから、ミカと二人で中庭で食べようって話してたんです」

「そうなんだ。購買のメロンパン、おいしいよね」

「へえ、あたしそれ食べたことないです。買ってみようかな」

「うん、あれはおすすめ。ああでも、早く行かないと欲しいパンがなくなっちゃうか。足止めしちゃってごめんね」

「いえ、そんな」


「三日ちゃんも、ケガがなくてよかった。今度あらためてお侘びをさせて?」

「いいえ必要ありません。少しぶつかっただけですから、平気です」

硬い表情で、断固として首をふった。

「そう? 残念。かわいらしい新入生と親しくなれるチャンスかと思ったのに」


「秋。ふざけていないで、もう行こう」

「はいはい」

十夜にうながされ、秋は二人に手をふった。

「じゃあね、またね」

「はい。失礼します」

頭をさげる千佳にあわせて、三日も会釈をかえす。


いくぶん緊張していたのか、ほっとして息がもれた。

上級生二人に見送られて、食堂へと足をむける。

何かおかしな人に目をつけられたのではないかと背筋を寒くさせる自分に対し、千佳は上機嫌だ。


「ラッキーだったね、副会長とお話ししちゃった。生徒会ってきれいな人が多いけど、副会長がダントツだよね」

「……そうなの?」

やだもう、と千佳が背中をどやしつける。

「どこ見てるのよ。あきらかに美人さんだったじゃない。もっととっつきにくい人かと思ったのに気さくに話してくれるし、しかも名前で呼んでくれたし。嬉しいなあ」


よかったね、とは言ってあげられそうになかった。

最初に目が合ったとき、色素の薄い彼の瞳を、冷たい光がよぎった気がしたのだ。

あの眼差しには覚えがあった。異質なものを排除しようとする者の目だ。

もしかしたら、今朝方十夜の手を見てしまったことが、彼の耳にも入ったのかもしれない。


(だから探りをいれてきた、とか?)

動揺を上手くごまかせなかった自分を、いまさら悔やんでもしかたがない。

なるべく彼らには近寄らないようにしようと心に決め、三日は目の前の昼食へと意識をきりかえた。






早めに昼食をすませて仮眠をとろうと、急ぎ学食にむかっていた三鷹 奏は、行く手をふさぐ四人を目にして、足をとめた。

同じクラスの女子生徒が二名と、あとふたり。我が校の生徒会長と副会長が、どうやら立ち話をしているようだ。


(知り合いか?)

しらないふりをして通りすぎるべきか、ひきかえすべきか、しばし悩む。

しかし結論が出るよりさきに、女子二名が立ち去り、こちらに気づいていたらしい生徒会長が手まねきをしたので、奏は大人しく近づいていった。


「いいところに来たな」

「こんちは。いや、どうもオレ、嫌な予感しかしないんですけど。なにか用ですか」

「なに、たいしたことじゃない」

「そうそう、奏にちょっとききたいことがあってさ」

女子生徒の後ろ姿を目で追っていた副会長の秋が、振り向いて言った。


「同じクラスなんでしょ、望月 三日。どんな子?」

(……望月さんのほうか)

やっかいごとの予感に、こっそりとため息をつく。


この二人とは、知り合ってもう二年になる。

悪い人たちだとは思わないが、自分のところにろくな話を持ち込んでこないというのは折り紙つきだ。

縁あって同じ学校に入学してからというもの、こき使われてばかりなのだから。


奏はすこし頭を整理して、質問にこたえた。

「望月さんはね、容姿は派手だけど、性格はひかえめ。授業態度は真面目で、落ち着いてるよ」

「親しい?」

「そこそこ。席、隣りなんだ」

「へえ、それはいいね」

秋は楽しそうにあいづちをうった。


さて、彼女にはこの男の興味を引くような点があっただろうかと、思い巡らせる。

望月 三日は美人だ。黒くてまっすぐな髪はツヤがあって人目をひくし、肌は白くて人形のようだ。

黒目がちの瞳は、目が合うとまっすぐにこちらを見つめてくる。

ただ、その瞳の持つ温度はわりと低くて、色気はない。

話す口調も声のトーンもおちついたもので、口数もさして多くないことから、奏としては隣りが彼女でよかったと思っている。


(この人が気にかけるようなタイプには思えないんだけど)

これが他の男なら、整った面立ちを見て一目惚れでもしたのかと思うところだけれど、秋に限ってそれは考えにくい。

「望月さんがどうかした? 問題がありそうな人には見えないな」


問うと、十夜が微かに表情を曇らせて述べた。

「俺の左手が見えるようだ」

意味を察して、奏は目を見開いた。


十夜の左手は、わけありだ。奏も幾度か目にしたことがある。

(けっこうエグいんだよな、あれ)

しかし彼の手を染める血液は、昼日中からあらわにされるたぐいのものではないはずだ。

常に血に濡れてはいるのかもしれないが、人目にさらされるのは、夜がふけてからのはず。

すくなくとも、奏はそう認識していた。


ことは十夜にとっても意外だったようで、そのおもてにはめずらしく困惑の色がみてとれる。

「目がいいだけなら、めずらしいとは思うが問題はない。ただ、時期が悪いだろう」

「うん、タイミングが悪すぎるよね。このところのゴタゴタとの関係を疑うなっていうほうが無理でしょう。まあ、春は毎年荒れるもんだけど、嫌になるねえ」

そう言って秋は鬱陶しそうに前髪をかきあげた。


春は荒れる、というのは、まさしくそうだ。

学校選びを間違えたかと思うほど、入学してからこっち、生徒会のかかえる学内の問題解決に、奏もつきあわされていた。

「そんなわけだから、奏、あの子のこと調べてね」

「え」

秋のいきなりの発言に、奏は思いきり顔をしかめた。


「僕が動こうと思ったんだけど、なぜか十夜が邪魔をするから。こいつのことだからどうせ、面倒だからほうっておこうとか思ってるんだろうけど、僕は逆に面倒だからこそ早く処理しちゃいたいんだよね」

「せっかちだな」

「十夜がのんきなんだよ。せめてあの子の種族くらい把握しておかないと、何かあったときに対処できないでしょう」


奏は内心でぼやいた。

(望月さんが人間じゃないっていうのは、この人たちにとってはもう確定かよ)

偏見だというのは自覚してるが、人間ではないあれやこれやといった者たちが、奏はあまり得意ではなかった。

(まあ、ここに入学した時点で、だいぶあきらめちゃいるけどさ)

奏の知っているだけでも、学内には様々な種族の生徒が紛れ込んでいる。

目の前の二人だって、例外ではない。


十夜が言った。

「めずらしく積極的だな。あの娘がそんなに気になるのか?」

「そうだね」

秋は首をひねった。

「興味はあるけど。ほらあの子、人間じゃないにしても見えすぎなんじゃない? 僕でさえ、こんな真昼間からは見えやしないっていうのに」


「秋さんは夜型だから。望月さんは昼型なんじゃないの」

なかばヤケになって奏は言った。

「いっそ本人にきいてみようか。あなた何者ですかって」

秋があきれた様子で眉尻をさげた。

「お前ね」


「正直オレ興味ないし、巻き込まれたくないんだけど」

三日は無害な同級生だ。そのままでいてくれていいと思う。

「仮に彼女に害意があって、学校を荒らして回ってるんだとしても、十夜さんに任せておけばなんとかしてくれるよ」


これは責任転嫁ではなく、適材適所というやつだ。

奏にはなんら役に立つ特殊能力などありはしないが、十夜はちがう。

伊達に生徒会長を名乗り、学園を仕切っているわけではない。


すると、ふいにふわりと頭をなでられた。何事かと思い、目をむけると、穏やかな眼差しの十夜と目が合った。

「奏はいい子だな」

「こいつのどこが?」

秋が目をむく。


奏もなにやら複雑な心境になって、ぼそぼそと言いかえした。

「いや……、この年でいい子が褒め言葉だと思ってるのは、きっと十夜さんくらいだよ」

「そうか?」

そうして微かに口元をほころばせた十夜の笑顔には、希少価値があった。


一般の生徒にはとりつくしまも与えないほどクールな対応をとる彼は、トラブルを強引におさめる処理能力もあいまって、学内では怖れられていることが多い。

とくに問題行動の多い生徒ほど、その傾向は顕著だ。

その彼が優しく微笑むことがあるなど、見る人が見たなら度肝をぬくことだろう。


しかし、奏は知っていた。この顔は、十夜が愛犬にむける表情と同じなのだ。

(まあ、ライアスはかわいいけどな)

真っ白な大型犬を思いおこし、苦笑をうかべる。

(仕方ないな)

ついほだされて、できる範囲での協力を申し出ようかと考えた矢先、秋がニヤニヤと性質のよくない笑みをむけて口をひらいた。


「たしかに奏はいい子だ。非常に使い勝手がいい子、なんだよね」

苛立ちをこめて、奏は秋をにらみつけた。

こういう顔をするときの秋は、本当にいやなやつだ。


「手伝ってくれるんでしょう? 知っていたよ」

ぐっと、くちびるを噛む。

(くっそ、ムカつく)


「奏?」

甘ったるいほどの優しい声音で、秋が返事をうながす。

奏は舌打ちをした。

「やる」


もとより、断るという選択肢は、奏に与えられてはいないのだ。

折れた奏に、秋は満足気な表情をうかべた。

「うん、えらいね。奏がうちの学校に入学してくれて、本当によかったよ」


いたわるように、十夜が背中をかるくたたいた。

「無理はしなくていいからな」

「そうですね」


秋はムカつく男だが、奏にとっては恩人だ。

すぐに茶化すし、気まぐれだし、人使いは荒いしで、ろくに良いところのない人物だが、感謝の念は変わらずにいつもある。

素直に頼めばきかないことなどないものを、わざと怒らせるような物言いをして遊んでいるのだ。


「ほんと、最悪」

ぼやかずにはいられない。

と、十夜の携帯に着信があり、「九条からだ」と断りをいれて、彼は通話ボタンを押した。


九条といえば、生徒会書記の九条 直己だ。

いくつかのやりとりの後、十夜の眉間にはシワがよせられた。

「またか。――わかった、今から行く」

通話を終えて、十夜は秋に告げた。


「西門の結界にほころびが生じたそうだ」

「今度は西? 昨日から三度目じゃない、まいるね。誰の仕業か知らないけど、犯人見つけたら絶対に沈めてやる」

秋も嫌そうな声をあげた。


「行くぞ」

「しょうがないなもう」

大変だなあ、と思いつつ、そっと距離をあけていた奏の腕を、秋がわしづかみにした。


「どこ行くのさ。奏も行くよ」

「秋さん、オレ……空腹なんです」

「気があうね、僕もだよ」

「オレが行っても役に立たないと思うし」

「謙遜なんて必要ないよ。昨日は立派な働きをみせていたじゃない」

「使い走りしかしてません」

「パシリも必要なんだよ」

「……疲れてるし」

「ふん、昨夜はお楽しみだったんでしょう。絶好調じゃないか」


奏は秋の足をけとばした。

「ふざけんなよ。オレ、そういう冗談大嫌い」

弱みをつかれて怒った奏を笑いながら軽くいなして、秋は顎をしゃくった。

「ほら、十夜も待ってる。じゃれるのは後回しだ」

「わかったよ!」


奏は腕を振り払うと、秋も十夜も追い越して、ずんずんと先を急いだ。

「おお、見上げた根性だ。やる気だね」

「……秋」

からかいすぎだと、秋をいさめる十夜の声が聞こえたけれど、気にもとめずに足を進めた。


(やっぱりさっきは、ひきかえすのが正解だったよな)

憎らしいほどにうららかな春の陽射しをあびて、奏は深いため息をついた。


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