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転ぶ三日月  作者: 瀬野とうこ
第三章 : 疑惑に満ちた恋の季節
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第五話

「よう。お嬢ちゃん」


朝、校門をくぐったところで声をかけられ、ふり向いた。

「京堂さん。おはようございます」

「だいぶ暑くなってきたな」


梅雨があけて以降、日を追うごとに日差しが強くなってきている。

いい天気だが、暑い。

「そうですね」とうなずくと、京堂が感心したように三日を眺めまわした。


「おや、お嬢ちゃんでも暑いって感じるのかい。なんかひとりで涼しげなんだよなあ」

「そりゃあ夏が来るんだもの、暑いですよ。」

京堂の指が伸び、頬をつつく。


「そうは言っても、汗ひとつかいてないじゃないか。お、けっこう柔らかいね、いいねえ」

「ちょっと、遠慮なしにつつきまわさないでくださいよ。痛いですよ」

ぐいぐい押してくる指を、身をよじって避ける。


「暑いのはべつに嫌いじゃないです。どっちかっていうと、寒い方が苦手かも」

「へえ。意外だな。なまっちろい体してるのに」

「そんなに弱々しくないですよ。風邪だってひかないのに」

「日にあたってるのか心配になるくらい白いけどなあ」


まじまじと顔を見下ろされ、表情をゆるめる。

「日焼け、しづらい体質なんですよね」

「ああ、すぐ赤くなっちゃうとかいう?」

「いえ、赤くもなりませんけど。」

「ふうん?」


そういう京堂も、とりたてて日に焼けているわけでもない。

「運動部の人って日焼けしてるイメージだったんですけど、そうでもないですね」

「ずっと屋外で練習してるとこに比べたら、そりゃあなあ。とはいえ、お嬢ちゃんと比べると程度が違うよ」


京堂に腕をとられて比較をされる。

「白いな」

どこの深窓のお嬢様だよ、と言って笑う。


「そういえば」

「はい」

「今日は匂わないんだ?」


ぐっと三日は言葉につまる。

「……くさいって幼なじみにも言われました」

「いやあ? いい匂いだったけどねえ」

頭頂部に顔を寄せ、くんくんと嗅がれる。


「やめてくださいよ」

「どうして。オレけっこう好きだったけどね、昨日のも」

(ああ。なんかこの感じ)

自分より大きいものに鼻をこすりつけられる感覚が、大型犬を彷彿とさせる。


「京堂さん、動物っぽいところありますね」

「そっかあ?」

「舐めるし、嗅ぐし」

にんまりと京堂の口元が弧を描く。


「ん、ん。愛情表現でしょ。オレって素直だから」

「そうですか」

「うわ、適当な返事だなあ。まあいいけど。そうだな、舐めるといえば」

京堂が声をひそめた。


「さっき風邪ひかないって言ってたの、体液の解毒作用と関係あるの?」

「……そう、ですね」

「そう考えると便利だよね」


耳元でひそやかな微笑がはぜる。

「あのさ、今度もし具合、悪くなったらさ。いっぱい舐めていい?」

硬い親指がくちびるをなでていった。

「お嬢ちゃんのキス、下手な神頼みより御利益がありそうだ」


ぞわっと背中が総毛立った。

「ふ……」

「ふ?」

的確な言葉を探しあぐねて、三日は叫んだ。

「不埒者!」






きっとああいうのをセクハラというのだろうと気がついて、教室に入った三日を待っていたのは、新たなセクハラだった。

「望月さん、おはよう!」

「八又さん。どうしてここにいるの」

クラスが異なるはずの少女は、尾を振らんばかりに喜び勇んで、登校した三日に飛びついた。


「もちろん朝一番に望月さんに会いたかったからだよう」

ぎゅうぎゅうと抱きしめてくる少女を両手で引きはがして、自分の席につく。

さやかは空席だった隣の椅子に腰掛けて、三日にべったりとしなだれかかった。


「おはようおはよう。今日はいい天気だね。もうちょっと暑くなったら、一緒にプールに行かない?」

「行かない」

「水泳の授業って合同かなあ。望月さん、手足長いから水着似合いそうだよね。きっと軽やかに泳ぐんだろうな、素敵だなあ」

「私、泳げないから」


「え、そうなの? うわあ、泳げなくて恥ずかしがってる望月さんだなんて、ちょっととっても、ときめいてしまうじゃないの!」

「……冗談でしょう」

「冗談なんかじゃないわよ。ああん、でも、そこらの雑多な男子に、望月さんの玉のような肌を見られるなんて我慢ならないわ」


「八又さん」

うなだれて、三日は言った。

「私、いたたまれないのだけれど」

「どうして? あ、そうそう。昨日の無礼で下劣な上級生、何の用だったの? もう、馴れ馴れしくつきまとって、許せないんだから」


「――つきまとってるのはお前だろう」

まくしたてるさやかの前に鞄が置かれ、座席の主である三鷹 奏が冷え冷えとした声でそう告げた。

「オレの席だ。どいてくれないか」

「出たわね。むっつり横恋慕男」


ギロリと音をたてそうな眼力で、さやかを睨む。

「邪魔」

くやしそうに歯がみするさやかを追い立てて、席につく。

「もうすぐ始業時間だ。自分の教室に帰ったらどうだ」


「なっによ、偉そうに!」

「騒々しいよりマシだろ」

さやかが頬を紅潮させる。

「望月さん見た? この無愛想男の勝ち誇った態度!」

「ええっと、あまり教室で騒ぐのはどうかと思うのだけど」


「だってえ」

さやかがくちびるを尖らせる。

「同じクラスで隣の席だからって、優位に立ってるみたいな態度、むかつくんだもの」

「あまりうるさいと嫌われるぞ」

淡々とした口調で述べる奏に、さやかは気色ばんだ。


「なによそれ、頭にきちゃう。望月さんだって、あんたみたいなやつには目もくれないんですからね、だ!」

「あの、八又さん、もうちょっと声を抑えて……」

とりなそうとする三日をよそに、さやかは固く決意を表明した。

「決めたわ。害虫駆除よ」


そう言って、奏を指さし、出て行った。

「首を洗って待ってなさい。目にもの見せてやるんだから」

さやかが荒く教室のドアを閉めると同時に、予鈴が鳴った。


「あの、三鷹くん。ごめんなさい」

見るからに機嫌の悪そうな奏に、頭をさげる。


ゆるくかぶりを振って、彼は口を開いた。

「いや。しかし、教室まで押しかけるとは、頭が痛いね。エスカレートしてきてるんじゃない? 望月さんも大変だね」

「ええ。遠慮してほしいって、もっと強く言ってみる」


「すっかりのぼせあがってるみたいだから、早く目が覚めるといいね」

「目が覚める、か。そうれもそうね」

目をぱちくりとさせて、奏を見た。


(そっか。そうよね。目覚めさせればいいんだ)

昨日の京堂のように、さやかの変調も原因がはっきりしている。

(あとで会ったときにでも、それこそキスのひとつで解決するんじゃないかしら)

それくらいならお安いご用だ。


目途がついたことで、幾分気が楽になる。

「ありがとう。やってみる」

「ん?」

「自分を取り戻してほしいって、かけあってみるね」

「ああ」


(あと、そうだった)

昨日の香水の件を問い詰めようとした三日は、奏を見つめて、目をみはった。

「三鷹くん」

「ん」

常になく、その返答にも力がない。


「すごく顔色が悪いよ。具合悪い?」

「あ、いや」

「保健室に行く?」

まばたきをくり返して、奏は息をついた。


「いや、悪い。平気。少し疲れてるだけだから」

(少しって雰囲気じゃないけど)

じっとうかがう三日に、奏はごまかすような微笑を向けた。

「寝不足で朝食も抜いたのがまずかったかな。授業中、居眠りしそう」


「……そう」

穏やかな笑顔の向こうに、はっきりとした拒絶を感じて、口をつぐんだ。






昼休みはまるまる睡眠にあてて、いつもなら落ち着くはずの体の不調が、いつまでも抜けなかった。

「おかしいな」


息苦しくて、目がかすむ。

胸に刻まれた十字架が、熱をもってうずく。

単なる疲労ではなさそうだと、放課後、相談に訪れた生徒会室で、奏は意識を失った。

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