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転ぶ三日月  作者: 瀬野とうこ
第三章 : 疑惑に満ちた恋の季節
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第一話

万理万里学園ではこの日、恋愛にのめりこむ生徒が大量に発生した。

(どうしたんだろう。皆、頭が沸いてるみたい)

朝からそこここで発生する騒動に、めまいがしそうだ。


三日はべつに、思春期の恋愛を否定するつもりはまったくない。

自分に関係のあることがらだとは思えないので、たいして興味がないだけだ。

それでも、今日の学園内の雰囲気は明らかにおかしかった。

大多数の生徒が、精神の均衡を欠いているように思える。


今も、休み時間に教室を出ると、廊下のあちらこちらで頭をのぼせ上がらせた人々が、寄り添って恋情をつらつらと語り合っている。

かたく指先をからませて見つめあう男女もいれば、片思いの相手を戸口から凝視する女生徒もいる。

渡したラブレターの行く末を声高に話す集団もあれば、放課後に意中の彼女を誘うのだと息巻く男子生徒もいるといったぐあいに、非常に居心地の悪い空気ができあがっていた。


移動教室へと向かうみちすがら、わっと盛り上がる集団が通路の端にあった。

男子生徒がむらがる中に、あでやかな女子生徒がひとり歩いている。

なにごとかと目を向けると、隣りを歩いていた千佳が耳打ちをした。


「生徒会の音無先輩だよ。音無 百々さん。これまた派手だね、おみそれしちゃう」

遠目にもわかるメリハリのある肢体に、ウェーブがかかった茶色の髪が華やかな、ちょっと見た感じだととても高校生とは思えない豪華な美女だ。

きゅっと上がった口角が、意志の強さをあらわしている。


「あ、原田くん」

百々を囲む人々の中に、家庭科部の仲間が混じっているのを見つける。

千佳がけらけらと笑い声をあげた。

「原田くん、音無さんの熱心なファンだっていうもんね」


実際あのように群がって、何を盛り上がることがあるのか見当もつかないが、今日にかぎっていえば、似たような光景を何度も目の当たりにしていた。

堂々と好意を表にあらわす人もいれば、内面で情熱をたぎらせて瞳を燃え上がらせる人もいる。

表現方法は様々だが、一様に、恋愛面への興味が突出しているらしい。

なんとも朝からにぎやかだ。


「こんにちは、望月さん。どこに行くの?」

そんななか、別のクラスの女子が三日に声をかけてきた。八又 さやかだ。

はずむ声音に明るい表情で、全身で三日に会えたよろこびを表現している。

彼女の態度が急変した夜から、既に二週間が経過しているが、いまなお彼女から寄せられる過剰な好意に変化はないようだ。

どうやら原因は彼女が所有していた惚れ薬にあるようなのだが、まったくもってたいした威力である。


次が移動教室なのだと答えると、彼女は身をよじってなげいた。

「あたしも一組だったらよかったのになあ」

正直なところそれは遠慮したい三日なのだが、横目で見たところ、千佳も同じ気持ちであったらしい。

口をひん曲げて、露骨に視線をそらしている。

毎日のようにこんな場面にでくわしていたら、それは嫌にもなるだろう。

最初のうちこそ、やいのやいのとさやかと言い合いをしていた千佳も、今週にはいってからはさじを投げたのか、見て見ぬふりを決めこむようになってしまった。


「でも今日は補習があるね、水曜日だもん。一緒に授業うけるのたのしみだな」

「……そうね」

何に対してのあいづちなのか自分でもよくわからないまま、肯定する。

「ねえ望月さん。今日のお昼はふたりきりでとりたいな」

ぐっと身をよせたさやかが、三日の手をにぎろうとする。


とっさに手をひいた三日は、しかしすぐに避けたのはやりすぎだったろうかと考えて、わたわたと所在なさげに両手を動かした。

気を悪くしたそぶりもみせずに、「へんな望月さん」と、ひとしきり笑ったさやかは、何に思い当たったのか、ふいに真面目な表情をして三日の顔をのぞきこんだ。


「望月さん、もしかして、……あなたアレが効いてないのかしら」

「あれ?」

突然どうしたというのだろう。さやかは重ねて三日に問いかけた。

「今日はいつもよりもドキドキしたり、妙に気になる人がいたりしない?」


「さあ、特にないようだけれど」

「人恋しい気分になったりとか」

「いえ」

「じゃあ思いきって、人肌が恋しくなったりとか?」

「いいえ」

「夏休みを一緒に過ごす恋人がほしくなったりとか」

「ないわね」

「やっぱり……」と、うめくと、さやかはうなだれた。

「効いてないんだ」


そこでようやく三日もきいてみた。

「何が効いていないというの?」

形ばかりの乾いた笑い声をもらし、さやかは語った。

「恋愛脳になる薬よ」

「何それ」

さすがに聞き捨てならなかったのか、千佳が会話にくわわった。


「今朝、化学室から拝借してきて、学校中にばらまいたの」

「はあ? 何を?」

身をのりだす千佳に、さやかは冷ややかな目を向けた。

「うるさいわね。今、望月さんと話しているのよ。入ってこないで」


「なんですって。あんたいつもいつも、本当に態度が悪いよね」

かみつく千佳は無視をして、さやかは三日の腕に手をかけた。

そのまま半袖のブラウスからのびる素肌をなでさすりながら、困惑した様子で顔をゆがめる。


「それもこれも、すべては望月さんに恋のすばらしさを理解してもらおうとしてのことだったのに。肝心の人に効果がないんじゃ、完璧に無駄足だわ」

ずいぶんな告白をきいた気がする。

「もしかして」

三日はおそるおそるたずねてみた。

「今朝から学校の様子がおかしいのって……」


「薬のせいでしょうね。バカみたい。皆で浮き足だっちゃって」

「ちょっとあんた、なんてことしてくれるのよ!」

つかみかかる千佳に、さやかは倍の勢いでわめきかえした。

「文句を言いたいのはこっちよ! 情報料もふくめてけっこう苦労したっていうのに、ひどいじゃないの」

「知らないよそんなの。文句があるならミカに言いなよ」


するとさやかは、頬を染めてはにかんだ。

「そんな……。望月さんに文句なんて言えるわけないじゃない」

そう言って、三日の腕をそうっと優しくつねってみせる。

(うわあ)

いたたまれない心地になって、三日は視線をさまよわせた。

(なんだろう。なんだろう、これ)


ひとつわかったことがある。

恋愛感情なんていうものは、けして素晴らしいものではなく、ただひたすらにやっかいなものなのだということだ。


「それにしても、どうして望月さんには効かないの?」

「個人差、……というよりも、体質のせいね。きっと」

「前にあたしが惚れ薬を持ち出したときも、そういえば望月さん、平然としてた。おかしくない?」

「薬は効かない体質なんだよ」

「だってでも、あの夜は原液を浴びたのに。あの状況だったら、望月さんもあたしのこと好きになっていないといけないと思うの」


不信をつのらせて、さやかが詰め寄る。

「化学の先生、言ってたもの。一人の人の心を手に入れる協力な惚れ薬だって。それを素手でつかんでおいて、平気なはずない」

「ええっと、そうだなあ。だったら、その一人の人っていうのが八又さんだったんじゃない? 先に八又さんに効いてしまったから、その時点で効能が失せたんだよ」

「先に薬に触れたのは、望月さんだったわ」


「うーんとほら、私は手のひらだったけど、八又さんは頬だったじゃない。顔に近いほうが素早く浸透したのかも」

「……それ、本気で言ってるの」

じと目で見られて、三日はごまかし笑いをした。

「だったらいいかなあ、って」

「まったく。望月さんったら」


口をとがらせて、さやかは言った。

「まあ、そんなところもかわいいんだけどね」

思わず咳き込みそうになってしまった三日に背を向けて、さやかは手をふった。

「しょうがないから、また別の手を考えるわ。じゃあね」

嵐が去るかのごとく、きびきびとした動作で遠ざかる背中を見て、息をついた。


「ちょっともう、尋常じゃないわね」

うんざりしている気持ちを隠そうともせずに、千佳がぼやく。

「あの惚れ薬を用意したのって、化学の先生だったんだ。そういえば、学校にキノコが蔓延したときも、化学室にキノコを持っていって調合してもらうようなことを言ってたものね。ああまで効き目がでるなんて、すごいなあ」


「ミカったら、そこに感心しちゃうの?」

「うん、いまさらながら、それなら必死になってキノコを集める人たちがいたのにもうなずけるかなって」

「あら、なあに」

面白そうに目を輝かせて、千佳がきいた。

「ほしいものなんてないようなことを言っていたのに、叶えたい夢でもできたの?」


三日はゆるくかぶりをふった。

「ううん、そういうわけじゃないの。あれ? でも、そういえば」

「うん?」

「八又さん、今日撒いた薬も化学室から持ち出したものだって言ったよね。私だけじゃなくて、千佳もいつもと変わりないように見えるけど、大丈夫なの?」


「ああ、そんなこと」と、千佳は胸をはってうけおった。

「だってそれって、恋愛方面に頭がいっちゃう薬なんでしょ」

「らしいね」

「それなら平気よ。あたしいつだって恋愛脳だもの」

――女はたくましいと、そう実感させる一言だった。






三鷹 奏は、恋愛にうつつをぬかしている女が嫌いだ。

その奏からすると、今日の学校はまさに魔窟だ。

昼休みには、なかば本気で早退しようかと考えたほどである。


(なんの悪夢だよ、これ)

生徒会室のドアを開けた奏は、そこで足がすくんで動けなくなった。

扉の向こうは、めくるめくハーレムと化していたのだ。


立ちすくむ奏に、奥の座席で書きものをしていた秋が声をかける。

「おや、自分から出向いてくるなんて珍しいね。どうしたのさ」

ペンをはしらせる秋を取り囲み、女子生徒が一、二、三、……七人はべっている。

(一週間分か)

頭にわいた即物的な思考を慌てて振り払う。


言葉もない奏に、秋がいぶかしげに問いかける。

「奏? 入ったらどう?」

「いや、オレ……」

「用があったんでしょ」

それはそうなのだが、さして広いとも言い難い室内に、既に八人もの人物がいるのだ。


(しかも全員三年生。しかも全てがこの男目当てって、本気かよ。趣味悪いなオイ)

秋の良いところはどこだろうかと考える。

(エロい顔、と……Sっ気のあるところか? でもそれって美点じゃないだろ)


頭を悩ませる奏に、男運の悪そうな悩める子羊の一人が微笑みかけた。

いや、年のわりによく熟れた肉感的な肢体の持ち主なので、子羊という言葉はそぐわないのだが、それはともかく。

「かわいいわ。一年生?」

「ぎくしゃくしちゃって、照れてるんじゃなあい?」

「いらっしゃいよ。お茶をいれるところなの。ご一緒しましょう」

子羊たちが口々に奏を誘う。

彼女たちは一様に、新しいおもちゃを見つけたときのような目つきをしていた。


「あの、いえ。十夜さんは?」

秋は、困っているようにも楽しんでいるようにもとれる表情で、簡潔にこたえた。

「逃げた」

「ああ。なるほど」


それは十夜にも、この空間は居心地が悪いだろう。

このようないかがわしい場にいたくはないだろうし、もしかすると一箇所にとどまることで、秋のように異性に囲まれるというリスクをおかしたくなかったのかもしれない。


部屋に詰める彼女たちのかもしだす雰囲気も体つきもたいへんに悩ましげなのだが、秋はいたって普通の態度で次々と書類に記入をしている。

「はい、次これね」

それどころか、集まった子羊たちにも適当に仕事を割り振っている様子なのが、この男らしいといえば非常にらしい。


「忙しいようなので、オレ帰ります。十夜さんに借りてた本があったんだけど、また今度にするから」

「渡しておこうか?」

奏は首をふった。

「ううん、大丈夫」

「そう」


子羊の一人が、プリントアウトした用紙の束を秋に手渡す。

「ありがとうね」

秋が相手の目をじっと見つめて微笑むと、彼女はぱっと頬を染めた。

(……バカらし)

片や愛想をふりまき、片や労働力を提供している。


彼女たちの寄せる好意をさばききれる度量は素直にすごいと思う。

(そもそもこの場で平然と座っていられる時点で、普通じゃないよな)

奏には無理だ。部屋の有様を目にしただけで腰がひけている。

「おじゃましました」

結局一歩も生徒会室に入ることなく、扉を閉めた。

お久しぶりです。再開します。

今後、週に2回ペースで更新していけたらいいなと思っています。

あと、今まで掲載していた分に、改行を追加しておきました。

見づらくてすみません。ほんとに。

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