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転ぶ三日月  作者: 瀬野とうこ
第二章 : ひしめく欲望のキノコ狩り
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第三話

「あれ、委員長だ」

昼休み、購買で買ったパンを持って中庭に出ると、千佳が校舎脇の花壇を指さした。

「ほんとだ。三鷹くんだね、何をしているんだろう」

(草むしり……?)


奏はこちらに背をむけて、せわしなく両手を動かしている。

花壇には青いバケツが置いてあり、花壇から何かをせっせと移しかえているようだ。

三日と千佳は、顔を見合わせた。

「行ってみようか」

二人はそろそろと彼に近づき、背後から声をかけた。

「三鷹くん」


びくっと、奏の背が揺れる。

「うわ。ああ、望月さんと大瓦さんか」

「委員長、何してんの?」

千佳がけげんな面持ちで、バケツの中をのぞきこんだ。

何かを入れているように見えたのに、中身はカラだ。


奏はバツの悪そうな顔で、ぼそっとこたえた。

「……キノコ採り」

「は?」

「キノコ?」

三日はあたりを見回した。

「キノコが生えているの?」

「あるよ。二人には見えない?」


千佳が情けない顔をする。

「……ないよね?」

「ええと、私にも見えないけれど」

奏はいたたまれなさそうにうめいた。

「見えなくても構わないけど。いや、むしろ見えないのが健全だと思うけど、キノコを採ってるんだ。ああでも、オレだけが変なんだと思うなよ。他にも採ってるヤツはたくさんいるんだから」

そう言って、奏が示したほうを見てみると、たしかに他にも数名の生徒が、校舎の隅で入れ物を片手に何かを採るようなそぶりをみせている。


千佳は目を丸くした。

「えええ?」

わりといつも冷静な彼らしくもなく、奏は露骨に眉をしかめると、千佳の手をとり、てのひらに何かを載せた。


千佳がひゃっと悲鳴をあげる。

「なななに? やだ、なんか載ってる!」

「な。見えなくてもあるだろ、キノコ」

千佳はきゃあきゃあ言いながら、慌てて手を振り払った。

「やだ、気持ち悪い!」

「――悪い」

千佳の手から落ちたとおぼしきキノコを拾い上げ、奏は三日を見た。


「望月さんは、その眼鏡をはずしたら見えるよ、きっと」

三日はぽかんと口をあけた。

「え、え?」

自分でもなんとなくそうだろうとは思っていたが、まさか彼の口から指摘されるとは思っておらず、すっとんきょうな声をあげる。


「どうして三鷹くんが私の眼鏡のことを知っているの」

ああ、と声をもらして、奏はくちびるを噛んだ。

「もしかして秘密にしてた? ええとほら、前に小耳にはさんだんだ。ごめん」

「どこで?」

「生徒会室で」

(なるほど)

ようやく三日にも合点がいった。

生徒会の役員ならば三日の目のことを話題にのぼらせてもおかしくはないし、クラス委員の彼は、生徒会室に出入りする機会が多いのだった。


しかし気になることもある。

「あの、隠してるわけじゃないから、べつにいいんだけど。でも、あのね、……他のクラス委員の人とかも当然のように知っていることなの?」

それは嫌だなあ、と思っていると、奏はすこし慌てた様子で首をふった。

「いや、それはない。そんな言いふらすようなマネはしてないよ、誰も」


そうして、軍手をはめた手で、わしわしと頭をかく。

「言い方が悪かったかな。たぶん、そんなに知っている人はいない。オレはたまたま、ちょっと間が悪かっただけだから」

「そう、よかった」


胸をなでおろす三日の隣りで、千佳が「はい」と手を挙げた。

「ちょっと、二人でわかりあわないでよ。あたし置いてけぼりなんだけど。ミカの眼鏡がどうしたの?」

「あ」

思わず声をもらし、奏と三日は目を見交わす。


三日はしかたなく、ざっくりとした説明をした。

「そうね、ええと、……私、実家が神社だって前に話したでしょう。それで、見えるのよ。お化けとか、いろいろなものが。だけどこの眼鏡をしていると、そういうあやしげなものが見えなくなるから、わざわざかけているのよね」

「お化け、見えるの?」

三日はうなずいた。


千佳は同情たっぷりといった様子で、三日に言った。

「うわあ、それは怖いね、かわいそうに。それじゃあ眼鏡かけてたほうがいいよ、絶対!」

予想と違ったリアクションに、まばたきをした。


「信じるの?」

「そりゃあ信じるよ。だって、あたしには見えないけど、キノコもさっき触ったもの」

胸をはる千佳に、思わず感心する。

(人間って、誰でもこんなに柔軟な思考を持っているのかなあ)

三日にはよくわからないけれど、小学生のころに同級生に化け物あつかいされた記憶もあるので、人間にもおそらく個体差があるのだろう。


ほっと安堵の息をもらす。

近しい人間が受け入れてくれるのであれば、それに越したことはないのだ。

千佳は目を輝かせてうながした。

「怖いものは見ないほうがいいけど、でもねえ、ちょっと眼鏡をはずしてみてよ。そしたらキノコ、見えるかもしれないんでしょ」

「ん、ええ、そうね。わかった」

三日にも興味があったので、眼鏡をはずして、ポケットにしまう。


「うわあ」

眼前にあらわれた光景に、胸をつかれる。

(すごい)

「ミカ、見えた?」

「見えた。キノコだらけなの。おとぎの国みたい」


普段目にする校舎とは、まるで様子が異なっていた。

たゆたう水底に、花壇はおろか、中庭の下生えの間や、校舎の隅など、いたるところに極彩色のキノコが群生しているのだ。

(おどろいた。目がチカチカしちゃう)


花壇に腰かけ、二人のやりとりを黙って見ていた奏を見やる。

さきほどまでカラだと思っていたバケツの中に、黄色地に緑の斑点もようがついた大ぶりのキノコが山となっていた。


「ほら、キノコ狩りするのもわかるだろ。希少性のあるキノコも多いらしいよ。今しか採れないから、皆必死になって集めてるんだ」

「なるほどねえ」

色とりどりのキノコを、まじまじと見る。

いかにも毒がありそうな、ペンキを塗りたくったような色のものばかりだ。

中には、紫色をした輝く粒子を放っているキノコもある。


(あれ、吸っても害はないのかな)

見えると途端に気になるということもある。

三日はぶるっと背中をふるわせた。


千佳は、羨ましそうな声をあげる。

「いいなあ、ミカと委員長には見えるんでしょ。損した気分」

「毒々しい色のキノコばかりだよ。でもたしかに、見ごたえはあるかも」

「ふうん、そうなんだ。で、委員長はそれを集めてどうするの?」


奏の眉間にシワが寄る。

「頼まれたんだ。強引に。拒否権なしで」

そうして忌々しげに言葉を継いだ。

「あーあ、オレも見えなかったらこんなことしないですんだのにな」

こんなふうに、感情をあらわにする彼はめずらしかった。

そう考えた矢先に、奏は舌打ちをして毒づいた。

「くっそ、どうも口が滑るな。キノコのせいか」


もしかして、それは舞い散るキノコの粒子のせいなのでは。そう頭をかすめたけれど、口はつぐんだ。

かわりに、疑問を口にのぼらせてみる。

「三鷹くんは誰のおつかいをしているの」

「ああ」

彼は露骨に目をすがめた。

「あいつ」

そう言って顎で示した先に、いつの間にやら近づいていた秋がいた。






「副会長」

千佳がよろこびの声をあげた。


「やあ。たのしそうだね」

「こんにちは」

秋は片手をあげて挨拶を返し、奏を見ると、にっと口角をつりあげた。

「きこえたよ、奏。おまえ、すこし口が悪くなっていやしないかい」

「誰のせいだよ。いつも好き勝手に使いやがって」


おやおや、と、秋が大仰に腕をひろげる。

「奏は善意で手伝ってくれているのでしょう。しかし案外弱いね、もう胞子にやられたの? もっと耐性があるかと思ったよ、なさけない」

「胞子だと」

「そう。これ」

秋は三日が目をつけていた、輝く粒子を放つキノコを手にとり、かかげてみせた。


「トンデケロリタケ。自白作用がある」

ぎょっとした様子で、千佳が秋の手元を凝視する。

奏は忌々しげに口をゆがめた。

「やっぱり害のあるキノコばかりじゃないか。浮かれて収穫なんてしてないで、はやいとこ駆除しろよ」

「なにをいう。どれも貴重な品なんだよ。こんなふうに一斉に繁殖するなど、そうあることではないんだ。これも海の恩恵なのかね」

そう言って秋は、はるか頭上の海面に目をやった。


三日は、気安ささえうかがえる二人のやりとりに、目を見張る。

(仲、いいんじゃないのかな)

奏は不快感を隠そうともしていないが、こうして噛みつく姿を見るのも、はじめてなのだった。

(ケンカするほど、っていうし。それかも)

いつもの公平な態度が嘘のようだ。


奏はバケツを指さした。

「どうせこれだって、あんたロクなことに使わないんだろう。もういっそ全部燃やしちまえよ」

「まあそう言わずに。完成したら奏に優先的にわけてやるからさ」

千佳が、おずおずとして口をはさんだ。

「あの、集めたキノコをどうするんですか?」


「そうだねえ」

秋は顎をさする。

「きみにはこれは見えないのかな」

「ええ」

「そう。だったら、漢方の材料がそろってるとでも思ってみて。ここのキノコにはさまざまな効能があるんだ。専門家が調合すると、幅広い薬液ができる」

「へえ」


「ぼくが今回作ってもらおうと考えているのは、催眠剤と催淫剤。それと幾種類かの香をね」

三日はつぶやいた。

「犯罪の匂いがします」


「いやだな、悪いことには使わないよ。生徒会でね、終業式の後に打ち上げをするんだ。その舞台設置にね、必要なんだよ」

「はあ」

万理万里学園は三学期制を導入している。そのため、夏休みと冬休みの前には、終業式があった。


「今から打ち上げの準備をするなんて、気のはやいことですね」

「キノコは採れるときに集めておかないと」

「……集めるのはオレなんだけどな」

奏はバケツいっぱいに集まったキノコを大ぶりのビニール袋にうつすと、空になったバケツにまた別の種類のキノコを収穫しはじめた。


「ほら、これ持っていけよ」

なげやりな態度で、黄色いキノコのつまった袋を秋に差し出す。

秋は、にこりと笑顔で受け取ると、励ましの言葉を彼におくった。

「えらいな、ちゃんとどれを集めればいいのかわきまえているじゃないか。その調子で頼むよ」

「やかましい。とっとと行け」


背を向けてキノコを採取しながら、秋の顔を見ようともしない奏に、千佳はおどろきの声をあげた。

「あたし、こんなに無愛想な委員長、はじめて見たなあ。でもなんだかいいね、委員長と副会長って、おともだちなの?」

「はあ?」

奏がぎろりと千佳をにらむ。

「そんなわけないだろ。使役されてんだよ、オレは」


秋がにこやかに口をはさんだ。

「奏はね、たしかに以前からの知り合いではあるけど、ぼくではなくて、本当はぼくの妹と仲がいいんだよ。とてもね」

奏の動きがぴたりと止まった。


「へえ、そうなんですか。副会長、妹さんがいたんですね」

「そう。とてもかわいい子でね。奏がせっせと集めているキノコも、これは巴が使うんだ」

「――おい」

奏の口から、地を這うような音がもれる。


「ああそう、巴というのは、妹の名なのだけど」

秋は手をのばし、バケツの中から、まだらに変色した茶色いキノコをひとつ手にとり、くるくると回した。

「さっきのは眠りを促す作用があるんだけど、こっちは催淫作用があってね。これは妹に頼まれたんだ」

「え?」

「だってほら、誰もが奏のようにがっついてるわけじゃないからさあ」


「てめえ!」

奏は声を荒げると、手にしたバケツを秋に向ってたたきつけた。

とっさに秋が払いのけたバケツが地面を転がり、しなびた色のキノコが宙を舞う。


秋は実に楽しそうな笑い声をあげて、キノコのつまったビニールを抱え、後ずさった。

「本当に奏は怒りっぽいな。キノコ、ちゃんと集めて化学室に運んでおきなよ」

剣呑な表情をした奏の口から、歯ぎしりの音がもれる。

「ちくしょう」

いくつか悪態をついたのがわかったけれど、それは三日には聞きとれなかった。


秋はふたたび手をふって、校舎にむかって歩き出した。

「じゃあね」

三日と千佳があっけにとられて見送るなか、奏は無言で落ちたキノコを拾い集めた。


(背中から、怒りのオーラが見える)

気詰まりな空気を感じて、千佳に救いを求めて視線を向けた。

千佳はきょとんとした表情で奏を見ると、こうたずねた。

「よくわからないんだけど、委員長って副会長の妹さんと付き合ってるの?」


「違う。きくな、違うんだ」

「ふうん」

いくつかまばたきをして、あっけらかんと彼女は言った。

「まあいっか。キノコ狩り、がんばってね」

「ああ」

「あたしお腹すいちゃった。ミカ、ごはん食べよ」

「うん、そうだね」

うなずいて、奏とじわじわ距離をあける。


奏はふと頭をあげて、三日を見た。

「外で食べるなら、キノコが生えてない場所で食べろよ。どうやら胞子は有害らしいから」

「うん、わかった。どうもありがとう」

落ち着きのある優等生で、適度に親切で温厚。そんな印象をうけていた彼にも、個人の事情があるんだろうなと、ぼんやり思った。

しかし基本的にはいい人なのだろう。

三日は、奏の助言にしたがって、穏便に昼食がとれそうなベンチを探すことにした。

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