「真実の愛を見つけたんだ」と婚約者が言い出した
真実の愛ネタ ある意味運命の番いネタかも
多神教世界
「聞いてくれウルリカ!僕は真実の愛というやつを見つけたんだ!」
大体一月ぶりくらいに待ち合わせた婚約者がウッキウキでそんなことを言い出してウルリカは何かとても面倒な事態が発生していることに気付いた。
そもそも婚約者とは言っているがウルリカとフィロスの間に相手に対する恋情なんかはない。問題児のフィロスにお目付け役をあてがう名目として婚約させられたのだとウルリカは認識している。
とはいえ一応年上らしく冷静な対応をせねば、とポーカーフェイスを崩さないようにウルリカは問いかける。
「真実の愛、ですか。流行の歌劇で聞いたような言い回しですね」
フィロスと真実の愛という言葉が正しく結びつくような関係にあるとはウルリカには思えない。そもそも恋情愛情に対する理解度の著しく低い男である。なんらかの詐欺に巻き込まれているか、斜め下の理解をしている可能性が高い。
流行の歌劇では婚約者が真実の愛とか言い出すのは婚約破棄騒動の前振りだが、さて。
「うん。僕も人間の婚姻に愛などという曖昧な概念が何故必要になるんだろうと思っていたのだけどね、考えを改めたよ。人間は良い子が生まれる相手だというだけで伴侶を選んでもうまくいかないんだね。その点は僕が間違っていた」
「…今回は一体何をやらかしてきたんですか、フィロス」
「やらかしだなんて心外だな。僕はちゃんと規則通り、自分から手を出したわけじゃないよ。僕に向けられた願いを叶えただけのことさ」
ウルリカは痛む頭を押さえながら、フィロスから詳しい話を聞くことに決めたのだった。
そもそもの話、この一月ほどフィロスがウルリカと顔を合わせることがなかったのは、フィロスが他国に赴いていたからである。その訪問先は翠星王国。魔術神を信仰し、大事のたびに魔術神に神託を求める国である。ウルリカはあの国の中枢は気が狂ってるんじゃないかと思っている。それはともかく。
翠星王国には三人の王子がいる。いずれも王妃が、王子が五歳の時に神託を求め、その通りに婚約を結んだ。第一王子ビスカリアは公爵令嬢グロウアリアと。第二王子ヘリオトロープは伯爵令嬢リクニスと。第三王子ウェストリンギアは子爵令嬢スキラである。そして先日第一王子が18歳になり、何事もなければ王太子になる、はずだった。
「でも第一王子は男爵令嬢との間に真実の愛を見つけた、として魔術神に加護を求めたんだ。公爵令嬢との婚約を廃して、男爵令嬢と結ばれるために力を貸してくださいって」
「面の皮が分厚いわね…相手が魔術神じゃなかったら不敬で天罰くらってるところよ」
なにしろ本人ではなく王妃の求めとはいえ、神の斡旋した婚約者である。それを拒否するというのは神の判断が間違っていたと言い出すに等しい。神と人は対等ではないので、機嫌を損ねる神の方が多いだろう。まあ魔術神は底抜けにおおらかで心底人間を愛しているので笑って許したようだが。
「元々、神託で結ばれた婚約がどうなったかちゃんと確認してフィードバックしておいた方がいいかなって思ってたし、第一王子が婚約破棄するっていう卒業パーティーに合わせて王国を訪れたってわけ」
「あなたのフットワークの軽さも良いんだか悪いんだか…」
卒業パーティーでは、それこそ恋愛歌劇のような婚約破棄騒動が行われた。第一王子は自らの真実の愛である男爵令嬢を公爵令嬢が虐げたとして告発し、公爵令嬢はそれを否定して証拠を求めた。どちらに正当性があるかというのは、正直なところフィロスにはあまり興味のないことではあったのだが。
「でも、恐らく正当性があったのは公爵令嬢の方でしょう?令嬢が婚約を続けたいと思うかは別として」
「公爵令嬢は潔白だったよ。魔術神が割り出した次期王妃に最も相応しい人間がそんな拙いやり方をするわけないだろう。…まあ、正確にいうと、第一王子と結ばれた時、最も優秀な子を産むことのできる娘、という選出だったけど」
ちなみに他の王子の婚約者も同じ条件での選出である。肉体的、遺伝的な相性が最も良い相手。派閥とか身分とかその他の理由は考慮に入れられていない。動物であれば、この条件でも十分惹かれ合い番いとして仲良くできるものなのだが、人間はそうもいかなかったようだ。
「…で、結局、あなたは第一王子と男爵令嬢の間にあるものを真実の愛と認めて支援したってことでいいの?」
「ううん」
ウルリカの問いにフィロスは人懐こい笑顔を浮かべて首を振った。
「神託が王妃にとっての最適解であっても王子にとってそうでなかった、というのはいいよ。そういうこともあるだろう」
膠着状態の第一王子と公爵令嬢の間に涼やかな声が差し込まれた。自然とその場の視線が声の主に集まっていく。そこにいたのは、白衣を纏った麗しい青年だった。王国では珍しいラベンダー色の髪を片側で三つ編みにして流している。誰何の声に青年は人懐こい笑みで答えた。
「そこの第一王子に真実の愛に対する加護と、公爵令嬢との婚約破棄からの男爵令嬢との婚姻の支援を求められてね。神への誓いを破棄したいというなら、事実関係の確認とかした方がいいかなって、見に来たんだ」
青年の瞳はオーロラを閉じ込めたような不思議な色をしていた。若者たちは青年の姿に見覚えはなかったが、ただの平民には見えないし、発言内容から魔術神の神殿の関係者だろうと捉えた。王子たちの婚約が神託によって決まったことは有名である。寧ろ王子が婚約破棄しようというなら関わってこないわけはなかった。
「私とイベリスは真実の愛で結ばれているんだ!グロウアリアよりもイベリスの方が私の妃に相応しい!」
「…殿下、お言葉ですが、彼女では王妃にはなれません。せめてもっと早く仰っていただければ教育がどうにかなった可能性もあったかもしれませんが…」
「今は僕が話しているところだよ?」
再び押し問答を始めようとした二人を青年は短い言葉で刺す。王子が反論するより前に、しゃらんと鈴のような音がして、青年の手元に魔術神の象徴とされる杖が現れた。
「魔術神の名において宣言しよう。フィロステギアは真実の愛を祝福する。ただし、己が真実の愛を持つというのなら、証明してみせなさい。神の祝福は婚姻を認める理由になるだろうからね」
青年がとん、と杖で床を叩くと、そこから会場いっぱいに光が広がった。その場にいた者たちは皆、眩しさに目を閉じたり、手や腕で目元を遮ったりした。
「王子以外も存分に証明してくれて構わない。僕は全ての愛を祝福しよう。僕は婚姻に何故愛が必要なのかわからないけれど…人間にとってはそんなに必要なものなんだろう?」
光が収まって、目を開いて、会場のあちこちで悲鳴が上がった。混乱する会場の中でいち早く公爵令嬢が青年に問いかける。
「いったい、何をされたのですか?!」
「幻影の呪いだよ。愛する者の一番好きな部位が、複数に増えて見えるんだ。愛が強いほど沢山増えて見えるようになっている。大体五つぐらい増えていたら有意に他より深い愛を向けていると言えるんじゃないかな?それで、幻影に惑わされずに愛する者の本物の部位に口付けられたら呪いが解ける。そうしたら僕が真実の愛と保証しよう」
「…その呪いは、愛していない相手からは何も起こっていないように見えるのでは?呪いがかかっているかの区別が傍目につかないと、意味がないかと」
「…それもそうだね。うっかりしていた。では、呪いのかかっている者の頭上には天使の光輪を浮かべておこう。それで区別できるだろう?」
青年が指を鳴らすと、その場の人間たちの頭上に残らず光輪が浮かぶ。青年だけが光輪もなくニコニコと笑っている。そして王子と男爵令嬢に向けて真実に愛のキスを促した。
「僕が王国中の娘を比較分析して選んだ相手より、真実の愛の方が妃に相応しいというんだろう?ならばそれが一時の熱情ではなく祝福すべき愛なんだと証明してくれたまえ。僕は今のところ怒っていないから」
「…魔術神さま?」
「うん。君が喚んだんだろう?」
青年は人懐こい笑みを浮かべて王子の呟きを肯定した。
これが他国で魔術神に軽い気持ちで願いをかけてはならないと言われる所以である。魔術神は本当に人間を愛していて、いくらでも願いを叶えてやりたいと思っているので、自分に届いた願いは何でも叶えようとしてくれるのだ。しかし人間と神では思考回路が異なるので、人間の思った通りの叶え方をしてくれるとは限らない。今回も例に漏れず。
「さ、早く証明してくれ。キスするだけでわかるんだから、何も難しいことじゃないだろう?」
なお、人間たちは"怪物のようになった相手に口付ける試練"と捉えているが、魔術神は怪物のような姿だとは思っていない。天使のような姿だと思っている。"幻影の中から真実を見つける試練"として呪いをかけている。おお神よ。
結局、王子と男爵令嬢は互いの呪いを解くことができなかった。愛が真実でなかったのか、愛の深さが足りなかったのか、本人たち以外には定かではないが、真実の愛を証明できなかったので祝福は得られなかった。
問題は居合わせ巻き込まれた他の人間たちである。その大半はそもそもその場で口付けに挑戦することもできなかった。これは単に婚約者がそもそもいなかったり、その場に同席していなかった者も含む。そして口付けても解除されなかった者たちもいた。とばっちりである。まああくまで幻影なので光輪以外は現実の肉体に影響ないのだが。
「…婚約者に不貞をされた私は本当にとばっちり以外の何物でもないし、暫く解除できなさそうなのだけれど」
「別に恋愛的な愛に限ってはいないよ?深い愛であれば家族愛や友愛でも解ける。君が愛されていれば家族が解いてくれるさ」
「家族愛でも有効だと仰られるなら、私が挑戦することも許していただけるでしょうか」
「ティーツ様…」
公爵令嬢に歩み寄ったのは彼女の兄の乳兄弟である伯爵令息だった。彼が彼女の右目の瞼に口付けると呪いが解けて彼女の光輪は消えた。それを見て青年が言う。
「これは余談なんだけど、王子が神託を不服だったようだから、一応演算しなおしていたんだ。そうしたらやっぱり、第一王子の最適な相手は君だったよ。でもね、君を主体として最適な伴侶を演算した場合それは第一王子じゃなかったんだ。君にとっての最良の伴侶は彼だよ」
青年はそう言って彼女の呪いを解いた伯爵令息を指さす。二人は赤面した。
「…わ、私は、今はティーツ様の呪いを解くことはできません…」
「知ってる」
何やら甘酸っぱい雰囲気を漂わせる二人には興味をなくしたように青年は会場の中を見回す。他に解呪できそうな人間はいないものかと。
「で、卒業生ではなかったけれど出席していた第三王子とその婚約者は真実の愛で結ばれていたんだ。二人ともお互いの呪いを解くことができたんだよ」
「最終的に何か丸く収まるのがあなたの神としての性質とはいえ、納得いかないわ…国一つ混乱に陥れておいて反省も報復もないの」
何か丸く収まるので許されてるとも言える。でなければ他の神から魔術神に対して何らかのペナルティがあっただろう。
まあ、ある意味で、「人間が困っているのを見つけたからって自己判断で手を出さずに、助けを求められるまで待ちなさい」と言い聞かせられている時点で問題視自体はされているともいえるのだが。
ウルリカは竈の女神 魔術と竈はそこそこ深いつながりがあると言えるので




