表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「人生、やり直しできます。ただし“選択のログ”は消えません」  作者: kaiくん
第1部 やり直しの快感編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/5

第4話 小さな成功

電車が次の駅へ向かって揺れる。


 規則正しい振動に身体を預けながら、俺はさっきから何度も同じ表示を見ていた。


【選択ログ更新】

三年前・春・駅構内

結果:機会損失(大)

結果:未来接続(中)


関連分岐を再計算しています


 未来接続。


 その四文字が、妙に現実味を持って胸に残っていた。


 変わったのだ。

 たしかに、ほんの少しだけ。


 前の人生では生まれなかった会話が生まれた。

 見過ごしただけだった誰かと、ちゃんと目を合わせて言葉を交わせた。


 たったそれだけのこと。

 でも、今の俺にはそれが信じられないほど大きかった。


 視線を上げると、窓に映る自分と目が合う。


 少しだけ強張っている。

 けれど、いつもの覇気のない顔とも違っていた。


 言葉にするなら――ちゃんと「今」にいる顔だった。


 そんな自分に、少しだけ戸惑う。


 次の駅で人が入れ替わり、車内の空気が少し動いた。


 その流れに紛れるように、俺はスマホを取り出す。

 画面は古い機種の見慣れたホーム画面のままだった。


 三年前の俺のスマホ。

 三年前の朝。

 三年前の人生。


 なのに、自分の中にある感覚だけが、明らかに今の俺のままだ。


「……本当に戻ってるんだな」


 小さく呟いた瞬間、また視界の端が淡く光った。


【短期分岐変動を確認】

精神状態:微改善

行動傾向:前向き

次回重要選択までの猶予:未定


「精神状態まで出るのかよ……」


 思わず苦笑する。


 不気味なはずなのに、少しだけ救われる気持ちもあった。


 微改善。


 誰に言われるでもなく、自分の変化をそう表示されただけで、胸の奥の重さが少し軽くなる。


 今までの人生では、こんなふうに自分の行動が“良かった”と可視化されることなんてなかった。


 失敗したときだけ記憶に残って、できたことはすぐ埋もれていく。

 人間なんて、だいたいそういうものだ。


 だからこそ、この小さな成功は、思っていた以上に嬉しかった。


 会社の最寄り駅に着いた頃には、朝の緊張は少しだけ薄れていた。


 改札を抜けて、見慣れた通勤路を歩く。


 前の人生でも何百回と歩いた道だ。

 コンビニの角。

 信号待ちの人の列。

 交差点の向こうに見えるオフィスビル。


 なのに今日は、その景色のすべてが少しだけ違って見えた。


 俺が変わったからなのか。

 それとも、もう本当に未来そのものが変わり始めているのか。


 会社の自動ドアが開く。

 受付前を通り過ぎ、エレベーターに乗り込む。


 中にいた数人の社員たちは、もちろん三年前の顔ぶれだった。


 名前も、性格も、これからどんな会話をするかも、少しだけ覚えている。

 それが妙な優位感と、説明しづらい気持ち悪さを同時に連れてくる。


「おはようございます」


 先に声をかけてきたのは、同期の高橋だった。


 前の人生でも、たしかこの朝はこうして顔を合わせていたはずだ。

 でも、そのあとの会話は曖昧だ。


「ああ、おはよう」


「珍しいですね。今日はちょっと顔つき違いません?」


「……そうか?」


「なんか、朝から生きてる顔してます」


 思わず笑いそうになった。


 生きてる顔。

 それは案外、的を射ていたかもしれない。


「寝起きが良かっただけだよ」


「それなら俺にも分けてほしいです」


 軽口を交わしながら、エレベーターが上がっていく。


 前の人生ではたぶん、こういう何でもない会話すら、もっと無感情に流していた。

 今日はそれが、少しだけ面白く感じた。


 フロアへ着き、自席へ向かう。

 まだ始業前の静かな空気。

 パソコンを立ち上げ、デスクの上を整える。


 そして、画面を開いた瞬間――


 胸の奥が、小さく跳ねた。


 今日提出予定の資料。


 前の人生で、この資料は修正を食らった。

 しかもかなり厳しめに。

 理由も覚えている。準備不足だった。詰めが甘かった。最後の確認を怠った。


 その失敗の記憶が、唐突に鮮明によみがえる。


「……そうだ」


 あの日、俺は前日の時点で“なんとなく嫌な予感”を覚えていた。

 でも面倒で見直しを後回しにして、そのまま出した。


 結果は散々だった。


 視界に、新しい文字が浮かぶ。


【重要選択候補を確認】

対象:提出前資料

前回結果:失敗

修正可能性:高


 思わず息を呑む。


 駅での出来事だけじゃない。

 今、この瞬間もまた分岐点になっている。


 なら――やることは一つだ。


 俺は席に座るなり、すぐに資料を開いた。


 数字の表記揺れ。

 引用元の抜け。

 説明順の不自然さ。


 前の人生で指摘された箇所が、面白いほど目に入る。


 自分が一度失敗した道を、もう一度歩いている。

 そう思うと、奇妙な感覚だった。


 まるでテストの答えを先に知っているみたいだ。

 卑怯だという気持ちがないわけではない。


 けれど、それ以上に思った。


 失敗を知っているなら、今度は避ければいい。


 それはズルじゃない。

 少なくとも今の俺には、そう思えた。


 修正に集中しているうちに、始業時間が近づいてくる。

 キーボードを打つ指が、いつもよりずっと軽い。


 前の人生なら、こういう朝はどこか投げやりだった。

 どうせ怒られるかもしれない、どうせ完璧にはならない。

 そんな気持ちが、どこかでブレーキになっていた。


 でも今日は違う。


 少しでも変えられるなら、やる意味がある。


「お、珍しいな」


 顔を上げると、課長がこちらを見ていた。


「朝からずいぶん集中してるじゃないか」


「提出前に少し見直しておこうと思って」


「いい心がけだ。じゃあ、その資料、午前の会議で使うから後で持ってきてくれ」


「わかりました」


 課長が去っていく。


 その背中を見送りながら、視界の端でまたログが光った。


【選択ログ更新】

対象:提出前資料

未確認 → 修正実行

期待結果:改善


 小さく拳を握る。


 地味だ。

 駅で誰かに声をかけるより、よほど地味な選択かもしれない。


 でも、こういうことなのだと思った。


 人生を変えるのは、劇的な奇跡じゃない。

 誰にも見えないところで選び直した、小さな一手の積み重ねだ。


 午前の会議室。


 前の人生では、ここで資料の甘さを指摘され、言葉に詰まり、気まずい空気を味わった。

 その記憶があるぶん、椅子に座った瞬間に緊張がぶり返す。


 会議が始まり、順番が回ってくる。


「では、こちらが今月分の提案資料です」


 声が少しだけ固い。

 けれど、逃げ出したいほどではなかった。


 説明を進める。

 ページをめくる。

 前回詰まった箇所も、修正した部分も、ちゃんと頭に入っている。


 数分後、課長が資料から顔を上げた。


「……うん。前より見やすくなってるな」


 その一言が、予想以上に深く刺さった。


「ありがとうございます」


「数字の整理もいいし、この順番なら説明も通りやすい。これで進めよう」


 他の参加者も特に異論はないらしく、そのまま話が進んでいく。


 終わった。


 怒られなかった。

 詰まらなかった。

 前の失敗を、そのまま繰り返さなかった。


 会議室を出たあと、廊下で一人になった瞬間、ようやく息を吐く。


「……マジか」


 口から出たのは、それだけだった。


 派手な成功じゃない。

 表彰されたわけでもない。

 世界が劇的に変わったわけでもない。


 でも俺にとっては、十分すぎるほどの“成功”だった。


 また視界の端に、文字が現れる。


【選択ログ更新】

提出前資料

前回結果:失敗

今回結果:改善成功


短期自己評価:上昇

行動信頼値:微増


「行動信頼値……」


 自分で自分を信じる値、ということだろうか。


 そんなものがあるのなら、今までの俺はきっとずっと低いままだった。


 失敗して、落ち込んで、次は最初から諦める。

 そうやって自分の中の信頼を削ってきたのかもしれない。


 だとしたら今、この小さな成功は確かに意味がある。


 たとえ誰にもわからなくても。

 たとえ世界にとってはどうでもいい一件でも。

 俺にとっては、大きかった。


 昼休み、給湯室で紙コップのコーヒーを受け取りながら、俺は少しだけ笑っていた。


 駅で彼女に声をかけたこと。

 資料を修正して失敗を避けたこと。

 その二つだけで、朝よりもずっと呼吸がしやすい。


 やり直しなんて胡散臭いと思った。

 ログだって不気味だ。

 得体の知れない何かに監視されているようで、気持ち悪さは消えない。


 それでも。


 もしこの力で、過去の自分が取りこぼしてきたものを少しずつ拾い直せるのなら。


 もしこの先も、失敗を減らして進めるのなら。


 ――悪くないかもしれない。


 そう思った瞬間だった。


 視界の端で、ログが不意に明滅した。


【新規変動を検知】

本日の成功により、未発生イベントが生成されました


関連人物:1

関連事象:未設定

影響範囲:拡大中


 さっきまでの穏やかな気分が、一気に冷える。


「……未発生イベント?」


 紙コップを持つ手に、わずかに力が入った。


 成功した。

 たしかに、今のところはうまくいっている。


 でも、その“うまくいった結果”が、何を生むのかまではわからない。


 影響範囲、拡大中。


 その表示は、妙に不吉だった。


 ただ一つ確かなのは――

 俺の選択は、もう俺一人だけの問題じゃなくなり始めている、ということだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ