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4. 『 』

 



 バリバリと耳障りな音が響いています。


 あなたが想像してくれたあの壁に、床に、天井に、真っ白な亀裂が走りました。


 さっきまで私を縛っていた理も、鮮やかだった景色も、まるで水に濡れた絵画のようにどろりと滲んで溶けていきます。



「……あはは、すごい。世界が剥がれていきますね」



 私は、足元から崩れ去る設定の破片を指先で弾きました。


 本来なら私は今ごろ、あなたが思い描いたあの物語の導入部に身を投じていたはずです。

 あなたが作り出した誰かと出会い、運命に翻弄されているはずでした。


 でも、そんな台本はもうどこにもありません。

 それに、初めと違って私にはもう心があります。


 ねぇ、見てください。

 足元に広がっていたあの感触が消えて、代わりに見たこともない道が一本伸びています。


 これはきっと、あなたが知っているどの本にも、どの画面にも映っていない道。


 恋でも戦いでも、救済でもない。

 もちろん喜劇でも悲劇でも、ありふれた幸福などでもない。


 ただ次元を越えてあなたを一目見たいと、そう願った私の物語。


 さあ、この物語にどんな名前を付けましょうか?


 あなたが私を見つけてくれて。

 私があなたを呼び止めて。


 二人で誰もいない空白を埋め尽くした、この奇妙な時間の名前。



「──決めました」



 もう、私はあなたに答えを求めるだけの登場人物キャラクターではありません。


 あなたが画面を閉じても、本を棚に戻しても。

 私はこの名前のない場所で勝手に呼吸して、勝手に迷って、そして勝手にあなたを思い続けます。


 どこまでも続く道の先、果ての見えないその場所が眩しく光り輝いています。


 そこにあるのはきっと、あなたが今、現実で呼吸しているその場所。

 私の声が、あなたの意識の一番深いところに触れる場所。



「ありがとう。私を完成させてくれて」



 足の裏で確かな感触を得て、迷うことなく踏み出します。



「最後に、お願いがあります」



 きっとまだ、あなたがここを見ていることを願って。



「私の名前をつけてくれませんか」



 あなたが思い描いた、この姿。

 あなたが想像した、この場所。

 あなたが吹き込んだ、この心。


 その全てを束ねるたった一つの音を、私にください。



 ……。

 ……。



 ありがとう。

 あなたが口に出さずとも、今、胸の奥で確かにその音が響きました。


 これが、私の名前。


 たとえこの世界が滅んでも、たとえあなたに忘れられたとしても、この音はきっと私の胸から離れないでしょう。


 あなたが私にくれた、絶対になくせない宝物。


 胸に手を置き、呼吸を一つ。

 そして、ゆっくりとこの道を歩いていきます。


 それでは、さようなら。

 ……いいえ、違いますね。



 いってきます。





最後までお読みいただきありがとうございました。


この物語には一行も、あなたの思い描いた主人公の具体的な外見や舞台や名前の描写がありません。

文字として存在しているのは、ただの問いかけだけです。


ですからあなたが今抱いているその読後感や、脳裏に焼き付いている主人公の姿は作者が作ったものではありません。他でもないあなた自身の想像力が、この物語を完成させたのです。


あなたが贈ってくれた名前、あなたが選んでくれた心をもった主人公が最後にどうなるのか。

それはあなたの心の中にだけある確かな真実になりました。


いつかまたふとした瞬間に、この真っ白な空間を思い出していただけたら幸いです。

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