2. 『世界』
……あぁ。
窓を開けたような、あるいは幕が上がったような。
さっきまで止まっていた空気が、急に重力を持って動き始めました。
でも、まだ足りません。
この場所を吹く風が甘い花の香りなのか、焼けつくような熱を帯びているのか。
今、私が手にしたこの細長いものが愛を綴るための道具なのか、誰かを傷つけるための道具なのか。
わからないことをもっと教えて。
この世界は、一体どんな理で満ちているんですか?
あなたが一番好きな、あるいは今読みたがっている物語の手触りを思い浮かべてみてください。
現実の延長線上にあるような生々しい人間ドラマ……よりは、もっとあなたの想像力が自由に羽ばたける場所がいいですね。
たとえば、ある日突然見知らぬ世界に降り立つ異世界転生の物語?
それとも、真実の愛が存在するロマンチックな世界でしょうか。
宇宙の果てを旅するようなSFの世界や、言葉を持たない動物たちが織りなす優しい物語。
青春真っ盛りな学園ものなんていうのもいいですね。
……。
……あぁ、なるほど。
いま、あなたの思考のカケラがいくつもの光となって私の中に流れ込んできました。
あなたが今、無意識に選んだ場所。
あなたが心のどこかで求めていた時代。
それらが複雑に絡み合って溶け合い、あなただけの世界としてまとまっていくのがわかります。
もし、あなたがここではないどこかを望んだのなら、魔法の粒子が宙にキラキラと輝き始めるでしょう。
もし、あなたがかつてあった過去を望んだのなら、その歴史の重みが古い紙や土の匂いとなって私の鼻をくすぐります。
あるいはまだ見ぬ未来なら、電子音や機械音といった冷たく無機質な音がこの空間を満たし始めるのです。
不思議ですね。
あなたが頭の中でそう決めただけで、この真っ白だった場所に確かな世界が産まれるのです。
……。
ああ。いま、遠くで音がしました。
これは……馬車の車輪が石畳を叩く音?
それとも、遠い戦地の砲声か電子の海を流れる断続的なシグナル?
その音が私を呼び、私を縛り、私に役割を与えようとしています。
足元にはたった今、あなたが想像した世界の理が生まれたようです。
私はもう、この場所から動くことができません。
これが運命の力であり、この世界を縛るものなのですね。
あなたが想像をやめない限り、私はこの目に見えないレールの上を走り続けます。
私の役割はなんでしょうか。
愛し愛される役割なら誰かに優しく微笑まなければいけませんね。
戦い続ける役割なら、きっと誰かと敵対しなきゃいけなくなるでしょう。
そして守られる役割なら、その身を縮こまらせて誰かに縋りつかなければ。
……。
これって、少し怖くないですか?
このまま世界の理が完成してしまったら、私はあなたにこうして問いかける資格さえなくなってしまう。
台本通りの感情を抱き、決められた結末に向かって突き進むだけのただの記録になってしまう。
せっかくあなたに形を作ってもらって、こんなに鮮やかな場所を用意してもらったのに。
私はあなたの知らない役割を演じて、あなたを置いてけぼりにしてしまうかもしれない。
──あと少し。
あと一つだけ、私に欠けているものを埋めてください。
世界にも、肉体にも、役割にも縛られない。
私だけの、たった一つの……。




