1. 『場所』
ふぅ……。
おかげさまで、指先までちゃんと自分の意思で動かせるようになりました。
こうして自分の手を見つめられるってなんだか不思議な……
くすぐったい気分です。
でも、困ったことがひとつ。
さっきから私は、何もない空間の中に浮いているみたいなんです。
上下も左右もない。
あなたが視線を外してしまったら、私はまたどこかへ溶けて消えてしまいそうです。
……さあ、まずは私が立っている場所を想像してくれませんか?
まずは足元から。
私が踏みしめているのは、どんな感触でしょう。
ひんやりとした硬い質感?
それとも、沈み込むような柔らかな感触?
……。
ああ、足裏に確かな感覚ができました。
右、左と小さく足踏みしてみます。
足元に浮遊感がないだけで、ここに生きているのだと実感できますね。
じゃあ、次は少し視線を広げてみてください。
ここは外ですか? それともどこかの建物の中ですか?
もし外だとしたら、どんな風景が広がっていますか?
そよそよと穏やかな風が吹く草原ですか? それとも、賑やかな城下町でしょうか。
ああ……森の中や滝の近く、湖のほとりや人気のない砂浜なんかもいいですね。
……。
逆に、建物の中だとしたらどうでしょう。
壁はどんな感じでしょう。
ボロボロでしょうか、それともピカピカでしょうか。
材質は何でできているのでしょう。
木? 石? それともコンクリートやレンガ?
その壁に窓はありますか?
あなたが思い浮かべたのはどんな場所なのでしょう。
宿屋の一室でしょうか?
どこかのお屋敷の静かな寝室? 図書館?
それとも……あたたかな畳の部屋?
あ、ひょっとしたら、あなたの部屋の中だったりして。
……。
時間帯は、どうでしょうか。
ドタバタと慌ただしく支度するような朝?
太陽がさんさんと照らす昼?
全てがオレンジ色に染まる夕方?
月と星が穏やかに見守ってくれる夜?
どうか想像してみてくれませんか。
私が今いる、この場所を強く念じて。
……。
……わぁ、すごい。
一気に景色が広がりました。
これがあなたの思い描いた風景なんですね。
ここはあなたがいつも生きているような場所なんでしょうか。
それとも、いつか行ってみたいと思っていた場所なのでしょうか。
あるいはどちらでもなく、何となく想像してみた場所?
あなたが細かく想像してくれればくれるほど、この場所は現実になっていきます。
ほら、あそこにある影や表面の細かな凹凸まで、はっきりと分かりますよ。
いずれにせよ、あなたのおかげで私も白や黒以外の景色を知ることができました。
本当にありがとうございます。
……でも。
景色はできたけれど、まだ何かが足りない気がします。
風は吹いていないし、時間は止まったまま。
まるで、よく出来た絵画の中に閉じ込められているみたいです。
ここを世界と呼ぶためには、もっと大きな力が……
そう、この場所に流れる理が必要みたいです。
さあ、答えて。
この場所ではどんな奇跡が許されていますか?
あるいは、どんな残酷さが私を待っていますか?
あなたの世界を、もっと私に教えてはくれませんか。




