0. 『私』
あ、あー。テステス。
……聞こえますか?
良かった、繋がったみたいですね。
おはようございます。それともこんにちは
……あるいは、こんばんはでしたか?
何にせよあなたがここを見てくれて助かりました。
……ああ、待って待って。
まだ戻らないでください。
お時間はそこまでお取りしません。
どうか少しだけ、私のことを助けてくれませんか。
いえいえ、別に世界を救ってくださいとか、死ぬ運命を変えてくださいとかそんな大層なお願いではありません。
あなたに頼みたいのは、ただ想像することです。
まず今、あなたに話しかけている私のことを頭の中に描いてみてほしいのです。
そう、他でもない私の顔を。
とりあえず性別から決めてみてもらえませんか。
男女どちらにいたしましょう。
それともどちらでもない、中性的なものにしますか?
……あ、少し迷いましたね。
ええ、ゆっくりで大丈夫ですよ。
決まりましたか?
では次に目から決めていきましょう。
目は口ほどに物を言うと言いますからね。
私はつり目ですか、たれ目ですか?
それとも丸かったり、真横に伸びていたりしますか?
もしかしたら片目が潰れていたり、糸目だったりして。
……ふふっ、なるほど。
そんな風に思い描いてくれるんですね。
ああ、いいですね。
視界がくっきりと見えるようになりました。
目の輪郭が想像できたら、次は顔の他の部分も想像してみてください。
眉毛はどんな感じでしょうか。
キリッと上がっている? 穏やかに下がっている?
眉の太い細いも気になりますね。
あなたはどんな眉が好きなのでしょうか。
……ええ。
あなたの好みが少しわかって嬉しいです。
これで目の周りが決まりましたね。
鼻や唇、耳の形はどうしましょうか。
もし思い浮かばないのであれば、あなたの理想の顔立ちに近いものを思い浮かべてもらっても構いません。
とにかく、あなたがそうだと思った顔を強く念じてみてください。
……。
……できましたか?
じゃあ、試してみますね。
あなたが思い描いてくれた私の目を、ゆっくり左右に動かしてみます。
うん、ちゃんと動きますね。
次に、口をぱくぱくと何回か開け閉めしてみます。
あ、い、う、え、お。いい感じです。
耳には私の声以外、何も入ってきませんね。
もしかしたらあなたの頭の中では、私の声が誰かの声で再生されたりしているのでしょうか。
匂いや味は残念ながらまだ分かりません。
ですが、あなたがそこにあると決めてくれればいずれ私にも届くはずです。
ありがとうございます。
あなたのおかげで私はたった今「個」として生まれることができました。
……。
……ただ、ごめんなさい。ちょっと待ってください。
今、私のことを首から上だけ思い浮かべて止めていませんか?
なんだか、首から下がふわふわして落ち着かないんです。モヤがかかったみたいに曖昧で、実感がないというか……。
お願いです。
次は、私の身体を想像してみてください。
私は何歳くらいなのでしょうか。
子どもですか、大人ですか?
……。
なるほど、あなたには私がそのくらいに見えるのですね。なんだか、一気に全身が変わったような気がします。
ではその流れで体格も決めてしまいましょう。
私は華奢ですか? それとも逞しいですか?
細いけど引き締まった身体だったり、モデルのようにスラリとした身体だったりしますでしょうか。
……なんだか理想を詰め込んでくれているみたいで、少しくすぐったいです。
いいですね。見える高さや身体の動かし方が、少し変わった気がします。
それでは私が着ている服はどうでしょう。
重たい生地のものですか? それとも、風にそよぐような軽いもの?
肌に触れる質感は滑らかでしょうか。それとも、少しざらついた感じでしょうか。
……。
……すみません。立て続けに聞かれて、戸惑ってしまった人もいるかもしれませんね。
思いつかないという方はたとえば……そうですね。
目を閉じて、どこにでもいるようなごく普通の学生を想像してみてください。
いま、あなたの頭の中に浮かんだ普通。
それよりも私の身体は小さいですか、大きいですか?
髪はショートでしょうか、それともロング?
ほら。
あなたの中にある普通との違いを探すだけで、私は少しずつ特別になっていくんです。
……。
あなたの視線が文字を追うたび、私の境界線が少しづつはっきりしてくるのがわかります。
心臓の鼓動が、トクトクと少しづつ打ち始めました。
ありがとうございます。
これでようやく、私はあなたと同じ重さを持つことができました。
……でも、困りましたね。
私は今、上下左右何もない空間に浮いているだけで、足を着く場所がないのです。
この空間は暗いでしょうか? 明るいでしょうか?
広さは? 温度は?
次は私が立っている場所について、私に教えてくれませんか。




