第六話 終わりを見に行く
「会う」
声は震えていなかった。
悠真が小さく息を止める。
「……分かった」
夜の公園。
冷えた空気。
もう後戻りはできない。
「いつ?」
「今週末。あいつ、外出許可出てる」
外出許可。
その言葉が現実を突きつける。
「重いんだよね」
「うん」
「隠してたの、ひどい」
「分かってる」
「でも教えてくれてありがとう」
悠真は少しだけ目を伏せた。
「嫌われる覚悟だった」
「まだ決めてない」
そう言うと、少しだけ笑った。
泣きながら。
週末。
待ち合わせは小さな駅前。
冬の匂いがする。
ベンチに座っていたのは、
あの人だった。
少し痩せていた。
でも、間違えない。
「……紗良」
名前を呼ばれた瞬間、
時間が巻き戻る。
「なんで」
最初に出た言葉はそれだった。
彼は苦笑する。
「ごめん」
「そればっか」
「うん」
悠真は少し離れた場所に立っている。
入ってこない。
逃げ場も作らない。
「病気なんだって?」
彼は少し驚いた顔をした。
それから、悠真を見る。
「言ったんだ」
「うん」
沈黙。
「なんで言わなかったの」
「言ったら、紗良は残るから」
「残る?」
「俺のそばに」
胸が痛む。
「それの何が悪いの」
「俺は、消える側だから」
呼吸が止まりそうになる。
「治らないの?」
彼は少し笑う。
「可能性はある」
「じゃあなんで“終わる感じ”とか言ったの」
「怖かった」
初めて聞く、弱い声。
「期待させて、裏切るのが」
涙が溢れる。
「勝手に決めないでよ」
「分かってる」
「私、忘れないよ」
「……知ってる」
「忘れられないよ」
「うん」
風が吹く。
「だから繋ぎを置いたの?」
「置いたつもりだった」
彼は苦く笑う。
「でもあいつ、勝手に感情持っただろ」
悠真が小さくため息をつく。
「バレてた?」
「従兄弟なめるな」
そのやり取りが、少しだけ救いになる。
「紗良」
彼が真剣な顔になる。
「俺に縛られるな」
「縛られてない」
「縛られてる」
「違う」
「違わない」
言い合いになる。
涙で前が見えない。
「私は自分で決める」
やっと言えた。
「あなたが消えるかどうかも」
「悠真をどう思うかも」
「全部」
彼は黙る。
「私を守るために決めないで」
長い沈黙。
それから、彼は静かに頷いた。
「……ごめん」
今度の謝罪は、少し違った。
「会えてよかった」
そう言ったのは、私だった。
本当だった。
痛いけど、
ちゃんと存在してたと分かったから。
別れ際。
彼は夕焼けを見るみたいに空を見上げた。
「終わる感じ、する?」
私は隣に立つ。
「ううん」
空は青くて、まだ明るい。
「始まる感じ」
彼は少しだけ笑った。
「紗良、強いな」
「優しくないって言われたし」
「それがいい」
数週間後。
手術は成功した。
完治ではない。
でも、終わりでもなかった。
悠真は隣で言う。
「同じ終わりじゃなかったな」
「うん」
私は空を見上げる。
終わりの匂いは、
未来を決める匂いじゃない。
ただの、怖さの匂いだった。
私はもう、
空席の音に怯えない。
誰かがいなくなっても、
私まで消えるわけじゃない。
そして今。
悠真が言う。
「紗良」
「なに」
「今度は俺が聞く」
心臓が少し跳ねる。
「好きな人、いる?」
私は少し考えて、
ちゃんと答える。
「……いるかもね」
今度は逃げない。
終わりがあっても、
それでも始める。
それが、私の物語。
―― 完
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
この物語は「消えてしまうこと」ではなく、
「それでも前に進むこと」を書きたくて始めました。
誰かがいなくなっても、
残された側の時間は続いていく。
その中で、少しずつでも
自分の足で歩けるようになるなら、
きっとそれは終わりじゃなくて、
新しい始まりなのだと思います。
あなたの中にも、
静かに残る何かがあれば嬉しいです。
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